軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

海の男

最近は少し暖かくなってきた。

潮風が吹いても心地よいだけで、体が震えるようなこともない。

ハルカはこの世界の地理には詳しくない。北方大陸の地形くらいは頭に叩き込んだが、南方大陸のことはさっぱりわからない。他に知っていることと言えば、今目の前にある海を渡ってずっと進んだところに、神龍国朧という国があるということくらいだ。

この世界の 破壊者(ルインズ) との戦闘の歴史を考えると、他の大陸には人族の手が及んでいないということになるのだろう。ハルカが今まで見たことのある 破壊者(ルインズ) といえば、以前イーストンと共に戦った吸血鬼くらいだったから、彼らがどんな生活を営んでいるのか、というのもあまり想像ができなかった。

ハルカは、イーストンが吸血鬼の関係者であると、ほぼ確信している。

だから余計に彼がこれからどこへ行くのか、何の目的があるのかを尋ねることができなかった。自分から話さないということは、話したくないことなのだろうと、ハルカは解釈していた。

港町は活気にあふれている。

潮風と太陽に晒されて育った男たちは、たくましい体つきで肌が褐色になっている。まさに海の男という感じだ。

街を案内しながら歩くイーストンは、この辺りの人間のはずなのに、肌が白く、ひょろっとしていて、どうも街に馴染んでいないように見えた。

港を歩いていると、ひときわ立派な船が見えてきて、イーストンがそれを見上げて足を止めた。たくさんの作業員が甲板を忙しそうに走り回っているのが見える。外観はまだ真新しく、傷一つないようだった。

「随分と大きな船だ。僕がこの街にいた頃はまだなかったな」

イーストンが感心したように、船首から船尾までじーっと目を滑らせている。

メインマストの見張り台には一人の男が立っており、双眼鏡で海ではなく街の方を眺めている。胸元をはだけさせて、長い髪を風になびかせた伊達男は、たくさんの人が忙しなく動き回る中で、やけに目を引く存在だった。

その男はぐるりと街を展望して、双眼鏡を手から離し、ふとこちらを見て動きを止めた。

イーストンもそれに気づいて、一瞬表情をゆがめたように見えた。

「行こうか、昼前に店に入らないと混み合うからね」

不自然に船から視線を外したイーストンは、ハルカ達の同意を得ることなく、さっさと歩きだす。

案内をまかせているので、それに対しての不満はなかったが、イーストンの珍しい反応に、ハルカ達は顔を見合わせた。

歩き出したイーストンについていきながら、もう一度船を見上げると、先ほどの見張り台に立っていた男の姿が消えていた。

「おい、イース! 帰ってきたら最初に姿を見せる約束だったろう! なんでこんな所を歩いているんだ。それとも俺を探しに来たのか?」

遠くから声が近づいてくる。港を歩く人々はその声を聞いて、一斉に道を空けた。男からイーストンまで、まっすぐな道ができる。

「おう、悪いな。お、あんた、この間の魚美味かったぜ。お、おっさん、薬師の婆さんは元気になったかよ?」

左右に分かれた人たちは、男に声をかけられると、礼を言ったり、頭を掻いて頭を下げたり反応は様々だった。その反応を見ていると、ここにいる誰もが、この男の顔を知っているというのがわかる。

そうしてイーストンのもとまでたどり着いた男は、その堂々たる体躯で胸をそらし、白い歯を見せて人好きのする笑顔を浮かべた。

「イース! 一年ぶりか? 元気そうで何よりだ」

「君も元気そうだね。こんなところで声をかけなくても、あとでそっちに向かう予定だったよ。今回は友人も連れてるんだけど、見てわからない?」

やけに気安い対応だった。皮肉交じりの返事をされたのに、男は驚いたように目を見開いて、それ以外の所に反応した。

「友人!? へぇ! なんだなんだ、随分若いやつと友達になったな。とびきりの美女もいるじゃないか。こりゃ失礼、俺はこいつの古くからの友人でね。帰ってきたら旅の話を聞かせてもらう約束になってたんだ。ちょうどいい時間だし、もしあんたらさえよければ、うちで昼食をごちそうするぜ? どうしても腹ペコだってなら、その辺で食べてもいいが、そうでないなら是非寄っていってくれよ」

イーストンの友人だと言っているが、ハルカたちからすればよく知らない男だ。どうしたものかと思っていると、イーストンがフォローするように口をはさんできた。

「見ての通り、悪い男ではないよ。君たちに害を加えることもないと思う。でも面倒だったら断っても構わないけどね。もちろんその辺の店に立ち寄るより、美味しいものを出してくれるんだよね? 僕はこれから彼らを、この街で一番おいしい店に案内する予定だったんだ」

「当たり前だろ。お前が旅先で友人作ったなんて初めて聞いたんだ。俺が下手なもてなしをするとでも思ったか?」

「って言ってるけど、どうかな」

仲間たちが頷くのを見て、ハルカは最後にノクトを見る。ノクトは男の方を見つめていたが、ハルカの視線に気づくと笑って頷いた。

「せっかくですから招待にあずかりましょうかねぇ」

ノクトは返事をした後は、男のことが何か気になるのか、また彼の仕草を観察するように見つめていた。男もそのことには気づいているようだが、一瞬ちらりとノクトの方を見ただけで、気にした様子もなく、相変わらず堂々と胸をはっている。

よく目立つ男だから、注目されるのには慣れているのかもしれない。

「それでは、折角ですのでお邪魔させていただこうと思います」

「おう、食事には期待してもらって構わないぜ! そんじゃ俺についてきな」

男がさっそうと歩きだすと、その先には一本の道ができる。

先ほどと同じように、人が自然と横にそれて、男の進む道を空けるのだ。

この男は間違いなく街の中で一目置かれている。しかし暴力などで恐れられているわけでもなさそうだ。なにせこれだけ道を譲る人たちがいるというのに、その目に暗い感情が宿っていないのだ。

きっとひとかどの人物なのだろう。

であればきっと、美味しい食事にも期待できるはずだ。

警戒心半分、食欲半分で、ハルカはその男の後に続くのであった。