軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

至る

食事はハルカの心を十分に満足させるものだった。

空腹のまま連行されたことは辛かったが、こうしてお腹いっぱいになるまでご飯を食べると、それも些細なことであったように思える。

食事をしながら話して分かったことだったが、ジルはこの街に住んで長いそうだ。以前ノクトがこの街に来た時には、既にここを拠点と定めていたらしいのだが、その時は旅に出ていて出会うことはなかったという。

年は今年で百近くになるという。魔素を体にめぐらす、いわゆる身体強化を健康法として日夜行なっているらしく、その見た目は初老程度にしか見えない。

ジルが、王国という冒険者が冷遇されがちな場所に拠点を構えた理由は単純だ。ここエレクトラムの侯爵が代々ジルの研究に助成をしてくれているからだという。魔法の重要性、強い冒険者の有用性をよく理解していて、それにあやかろうという魂胆だ。

街を発展させるためにはなんでもやるという、エレクトラムの歴代侯爵のありようがそこからも読み取ることができた。

「ジルさんは、どうして魔法の研究をしているんですか?」

雑談をしているうちに、ジルがどういった理由で研究をして、何故あちこちに本を提供しているのかが気になった。

「魔法使いというのは、戦闘時に身体強化を使用するのが難しいせいで、どうしても身体的に弱くなりがちです。魔素酔いの頭痛のせいもあって、運用も難しい。軍隊では成果を発揮するかもしれませんが、冒険者界隈においては必要ないとされることも多いです。私はそれが悔しくてね。今は一部の選ばれた人間しか魔法使いの道に進むことはできません。でも、私はこれから生まれてくる後輩たちのために門戸を広げてやりたいと思っているんですよ。魔法の才を磨けば、立派に生きていけるように。しかしまぁ……、これは建前であって、本当はただ自分の知的好奇心を満たしているにすぎないのかもしれませんがね」

常日頃から考えていることなのだろう。ハルカの疑問にジルは淀みなく答えた。

少し長く話したジルは、一度コップをもってのどを潤した。

「と、まぁ、私の話はこれくらいにしておきましょう。せっかくかの有名なノクト殿に会えたので、私からも聞きたいことがあったんです」

「なんか王国に来てから、それっぽい話聞くけどよ、このじいさんそんなに有名なのか?」

ノクトの隣に座ったアルベルトが、ノクトの頬を指でぶにっとつつく。

ジルはそれを見て苦笑しながら答えた。

「私より一世代上の冒険者の名を一つ挙げろ、と言われたらクダン殿かノクト殿のどちらかでしょう。ノクト殿にそんなことをしているのを当時の冒険者が見かけたら、悲鳴を上げて裸足で逃げ出しますよ」

「ふーん……」

アルベルトは納得いかない表情のまま、ノクトをつつくのをやめた。ノクトはと言えば、笑っているばかりで気にした様子はない。

「少なくとも私の聞いた【血塗悪夢】は、その二つ名にふさわしい人物でした。今回の会談にも、私は結構な準備をして臨んだんですけどね。というわけですので、質問よろしいですか?」

「はぁい、答えられることは答えますよぉ」

「はいでは、お願いします。あなたのその不老性は治癒魔法によるものですか?」

「いいえ、違います」

「では、それはクダン殿と同じ類のものですか?」

「恐らくそうです」

「それは人間ならば手に入るものですか?」

「時と場合によっては」

「あなたに頼めば手に入りますか?」

「いいえ」

ジルはそこで一度質問を止めて、顎を撫でながら考える。会話をしているだけなのに妙な緊張感が辺りを包んでいた。この会話は聞いてもいいものなのだろうかと思ったが、邪魔をするのもはばかられたので、ハルカはただ視線を彷徨わせるだけにとどめた。

「……真竜というのは、老いによる死がない生き物と聞きます。それはそういう生き物として、神から生み出されたからだと。この話の真偽について、ノクト殿はどう思われますか?」

「真竜はある極致に至った竜ですよ、もとから真竜であったわけではありません。真竜に至ったものに、老いによる死はないでしょうねぇ」

「……なるほど、この話に、私はいったいどれだけの対価を払えばいいのでしょう?」

「対価だなんてそんなぁ、ただの雑談の一環ですよぅ。でも、そうですねぇ……、僕はあなたと百年後にまたお茶でも飲みながら、こうして会話ができたらいいなぁ、と思います」

「……精進します」

場にしばしの沈黙が流れたが、ジルが手を一度たたいて「さて」と声をだした。空気を換えるように、にこやかな表情でハルカ達に向けて話しかける。

「皆さんは確か、この後東に向かって旅をするのでしたね。大竜峰に立ち寄る予定はありますか?」

エレクトラムから東へ進むと、大山脈地帯がある。そこにはたくさんの竜が生息しており、大竜峰と呼ばれているのだ。

「危険そうなので立ち寄る予定はないですが……、何故です?」

「そうですか。竜の卵はお金稼ぎになるので、近くまできた実力のある冒険者は、小遣い稼ぎに立ち寄ったりするらしいので」

冒険者の中にはここから竜の卵をとってくる専門の者もいる。人の生活に寄り添って暮らす飛竜や地竜は、そうした卵をふ化させて躾けたものなのだ。卵一つの値段は安くても金貨数枚はくだらない。

コリンの耳がピクリと動くのが見えた。

ノクトはそれを見て笑う。

「別にねぇ、立ち寄ってもいいですよぉ。何事も経験ですからねぇ」

「だって、ハルカ!」

「……皆さんはどうですか?」

実はハルカも竜と聞いて、ちょっと覗いてみたい気持ちはあった。ハルカは竜が好きなのだ。カッコよくて、いかにもファンタジーで、存在自体に憧れがあった。

「竜の肉って美味いのか?」

「多分かたいです。捕まえて飼えるですか?」

「……たぶん卵からじゃないと無理じゃないかな」

少年たちのワクワクした顔を見て、イーストンが冷静な突っ込みを入れている。ユーリもベッドの上で立ち上がってキラキラした目でハルカの方を見ていた。

「あー、えーっと、……立ち寄れるように準備だけはしておきましょうか!」

ハルカもまた、高鳴る気持ちを抑えきれずに、少し表情が緩くなって、勢い込んで仲間たちに告げる。やったやった、楽しみだと騒ぐ様子を、ノクトがふへへと笑いながら眺める。

「若い冒険者というのは、見ていて気持ちがいいね。ノクト殿が少し羨ましい」

ジルはそう言って眩しそうに目を細めた。