軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

耽溺の魔女

モンタナと二人でぼーっと周囲の様子を眺めながら、火が消えないようにたまに薪を投げ入れる。

今日はユーリがよく眠っている。日中によく眠っていると、たまに夜中に起き出すことがあるのだ。とはいえユーリは目を覚ましたところで、勝手にどこかに行ったりはしないし、大きな泣き声を上げるわけでもない。

しかも関所を越えた後は、用事があれば、ちゃんと声を出して呼んでくれるものだから、苦労らしい苦労もなかった。

そうこうしていると、アルベルトが目を覚ましたのか、もぞもぞと動いて、火の傍までやってきた。寒かったのか、近くまできて座り込む。

「……ユーリは寝てるな」

「ええ、よく眠ってますよ。アルの方が寝つきが悪いみたいですね」

「うるせー……、寒かったんだよ。明日深追いはするなって言ってたけど、少しも追わないのか?」

「ええ、一組以上捕まえて、あとは追い払えばいいかなと。獲物を複数追って全てに逃げられても仕方ありませんから。まぁ、逃がすつもりはないんですけれどね」

「ふーん、もしこっちに向かってきたら俺が前に出るから、ハルカはちゃんと後ろにいろよ」

「はい、そうします」

そういえば一発目がよけられた場合、戦闘になる可能性もあるのだった。アルベルトの言葉にそれを自覚しながらも、ハルカはユーリを見て少し考える。

「戦闘は、ユーリから見えないところでやりたいですね」

「……なんでだ?」

ゴロンと寝転がったアルベルトがハルカのことを見上げる。ハルカの感覚では、小さな子供に戦いを見せたりすると、変な影響を与えてしまう気がして嫌だったのだ。

「子供には刺激的すぎませんか?」

「そんなことねーだろ。むしろ英才教育してやろうぜ」

「もしかしたらそんな場面見たくないかもしれないじゃないですか」

ハルカがそう反論すると、アルベルトが眉をしかめて体を起こして胡坐をかいた。

「ハルカ、お前は確かに戦いとか得意じゃなかったけど、世の中には戦わないといけない奴らだっているんだぜ。こいつのこの先の人生、嫌だからって言って、戦いから目をそらして生きていけると思うか?」

思っていた以上にしっかりと理由を述べられて、ハルカはうっと押し黙る。

ユーリの生まれを考えてみれば、確かにそういった世界と無縁なまま一生過ごしていけるとも思えない。本当に本人のことを思うのであれば、小さなころから見せることが悪影響だなんて言っていられないのかもしれないと思う。

ハルカが黙っていると、アルベルトは続けて話す。

「前々から思ってたけどよ、ハルカって絶対どこかのいいとこのお嬢様だったと思うんだよな。今時村に生きる農民だって、もうちょっと暴力慣れしてるぜ? こいつには俺たちのかっこいいところ見せてやりゃいいんだよ。そんで冒険者に憧れさせちまえば、大きくなったとき一緒に冒険者活動できるぜ?……帝国に帰って復讐とか考えられるより、そのほうがよっぽどいいだろ。俺もうちょっと寝るから、時間になったら起こしてくれ」

隣でうんうんとモンタナが頷いている。

ハルカはこう言われて尚、自分がまるで間違っているとは思っていない。平和に生きていけるなら、暴力と無縁でいられるなら、そのほうが絶対にいい。

とはいえ、確かにこの世界にいて、ユーリのような環境の子にとってはアルベルトの考えの方が合っているように思えた。

ただ平和に生きていくには、既にユーリの置かれた状況が過酷すぎるのだ。

寝転がったアルベルトに、ハルカは声をかける。

「アルは結構ユーリのことを考えてくれているんですね」

「……俺の名前一番に呼んでくれたしな」

モンタナとハルカは顔を見合わせて、声を出さないように笑った。アルベルトが一番ユーリのことを構っていないようにみえたが、この様子だとしっかりユーリのお兄ちゃんをする気でいるらしい。

火に照らされてわからないが、実はアルベルトの耳が赤く染まっているのには誰も気づかない。

コリンに起こされる前に、ハルカはパチリと目を開けた。

最近では日が昇ってくると勝手に目が覚める。本来人間はこういう風に生活するように作られているのだろう。掛け声をかけないと体を起こせないおじさんの身体をしていたのが、はるか昔のことのように思える。

起き上がって、隣を見ると、ぼーっと目を開けたままモンタナが座っている。頭を撫でると、モンタナはゆるゆると頭を振って、立ち上がった。モンタナは目が覚めるまで結構時間がかかる日がある。低血圧なのかもしれない。

ハルカが歩きだすと、その後ろをのんびりと付いてくる。

「お、起きた起きた。じゃあ顔洗うから水出してー」

竈の近くに行くと、ハルカを見つけたコリンが近くに寄ってくる。アルベルトも訓練をしていたのか、剣を抜いたまま近くへ歩いてきた。

ノクトは特製ベッドの横に座って、ユーリの様子を見ている。チラリとそちらを見ると手を上げて挨拶をしてくれる。

ハルカは先にモンタナの前にウォーターボールをだしてやると、モンタナがそれに頭を突っ込んで、ぶくぶくと息を吐き出していた。眠たそうだから先に目を覚ましてもらおうと思ったのだが、いつもながら豪快な顔の洗い方だ。

そのままウォーターボールのなかを通り過ぎるように歩いて、顔が抜けるとぶるぶると勢い良く頭を振って、水をはじき飛ばした。あんなにふったら脳震盪を起こしそうで心配だが、いつものことなので多分問題はないのだろう。

モンタナは振り返ってハルカに普通の声量で指示を出す。

「一番、木の上、四番、木の根元二人、八番九番、間の茂み二人、」

「はい」

昨日のうちに沢山立っている木を目印に、大体の位置を示す番号を決めておいた。ハルカは振り返って指示された位置を透明な障壁で大きく囲い込む。

ハルカが振り返った直後に、がさりと音がして、一番の木の上から何かが跳ねるように遠ざかっていく。鮮やかな引き際だった。

残りの四人の位置からは、未だ動く様子すら見て取れない。

「んで、こっからどうすんだよ」

アルベルトがハルカに話しかけると、ハルカはニコリと笑って、障壁の檻へ歩み寄りながらアルベルトに答えた。

「こうします」

檻の中に一気に水があふれ出し、パニックになった追跡者たちがその場から逃げようと動き出して、障壁にぶつかり目を白黒させた。考える隙もなく水で埋め尽くされた檻の中で、男たちはしばしもがいたが、やがてぐったりと水に浮かぶ。

ハルカが少し時間を空けてから、檻を解除すると中から水と共に男が流れ出してきた。アルベルトとモンタナが、剣を抜いたまま駆け寄り、男たちの意識を確認して縛り上げる。

「どうです、上手いものでしょう?」

得意げにハルカがそういうと、コリンが思い出したようにつぶやいた。

「そういえばハルカ、オランズで【耽溺の魔女】って言われてたわね」

「え?」

ハルカは勢いよくコリンの方を振り向く。そんな呼ばれ方は初耳だった。