軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

関係継続

「床がへこんでしまってますね」

「石頭ですねぇ、ハルカさん」

ハルカの頭部の形でへこんでいる床を見下ろしながらハルカは腕を組んだ。弁償しないと怒られるような気がしたが、そもそもここの管理者はどこの誰になるのだろうかと考える。

「躓かないように気を付けないといけませんねぇ」

ノクトがしゃべりながらそのへこみを乗り越えて、椅子に腰を下ろした。呑気に茶菓子をかじっているところを見ると、どうにかしようという気はまるでなさそうだ。

「これ、直さないとまずくないですか?」

「うーん、いいんじゃないでしょうか。一応後で報告はしておきます。一応僕は招待されて協力している身なので、これくらいのことで怒られたりしないと思いますよ」

「修繕費とか必要ですか?」

「国営の物ですから、いらないんじゃないでしょうか?」

価値観の相違だ。公営のものだからこそ弁償しなければいけないと思うのだが、この世界では違うのかもしれない。

人生の先輩がそういうのだから、そういうものなのだろうとハルカはひとまず納得した。

どうせ話を続けるなら座ろうと、ハルカが椅子の背に手をかけたとき、ドアが控えめにノックされる。

「どうぞ」

「ハルカ、いるですか?」

ノクトの返事を聞いて、ひょこりとモンタナがドアから顔をのぞかせた。

目線が床に向いて、そこで止まる。

先ほどはなかったへこみがそこにあったので、どうやってそれが作られたのか考えていた。

「凄い音したですけど、なんかあったです?」

「ああ、いえ、何かあったと言えばあったんですが……。心配をかけるようなことではないですよ」

「そうです? 上に来ないから迎えに来たですけど、お話し中です?」

そういえば観戦の途中だったのに、ノクトと話をするのに夢中になっていて、忘れてしまっていた。治癒魔法も試させてもらうつもりだったが、どうしようかと考えていると、ノクトから声を掛けられる。

「また時間を取って話をすればいいでしょう。仲間との時間を大切にしたほうがいいですよ。僕もあなたも寿命は長いですから、のんびりやりましょうねぇ。師弟になったのですから、また夜でも、明日でも、いつでも時間はとりますよ」

「そうですか……、ではそうします。明日もここに?」

「ええ、いますよ。一応泊まっている宿も教えておきますねぇ」

ぺらっとメモ帳のようなものをめくって走り書きをしたノクトは、それをハルカに渡した。番地と宿の名前が書いてあるようだが、見ただけではそれがどこなのかハルカにはわからない。

道行く人に聞けばわかるかなと思いながら、礼を言ってそれをポケットにしまう。

「ではまた明日にでも」

「武闘祭を終えてもしばらくこの街にいますから、急がなくても大丈夫ですよぉ」

部屋から出ていく二人に、ノクトはひらひらと小さく手を振った。

ドアが閉まり、足音が遠ざかるのを聞きながら、ノクトは一人つぶやく。

「長く生きてると、面白い出会いってあるものですねぇ」

廊下を並んで歩くと、自分たちの足音がいつもより大きく聞こえる。

時折ワッと会場から大きな歓声があがり、空気が揺れる。戦いが盛り上がっているのだろうか。

外よりもこの廊下の方が寒く感じるのは、人々の熱気を近くで感じられないからかもしれない。

「そういえば、二人は試合を見ているんですか?」

「です。コリンが迎えに行くっていったですけど、迷子になるですから」

確かに一人で来たらあの部屋まではたどり着かないだろう。

道が複雑になっているわけではなかったが、分岐が一つ二つあるだけでも迷子になりかねないのがコリンだ。

今度道の覚え方をちゃんと教えてあげようと思う。

コリンが方向音痴であることをあまり指摘されたくなさそうだったので、今まで言わなかったが、冒険者としては結構致命的な欠点だ。なぜ道を覚えられないのか聞いて、問題を解消してやればいい。

人を不快にさせる心配ばかりしてないで、相手のためになることを考えたほうが生産的だ。せっかく師匠から学んだことなのだのだから、すぐに実践に移してみようと、ハルカは意欲的に考えていた。

モンタナとハルカは二人でいるとあまり会話が多くない。

黙っていても不快ではないからなのだが、それにしてもモンタナが静かだ。

気になって首を横に向けると、二人の目があう。

「どうしましたか?」

声をかけてもすぐに返事が戻ってこない。

答えに窮することが少ないモンタナにしては珍しい。尻尾を横から前にまわして毛先をいじりながら歩いている。

石造りのトンネルのようになっている廊下の先が見えたところでモンタナが足を止めたのをみて、ハルカも立ち止まる。

「ハルカは、あの人と師弟になったです?」

「ええ、はい。そういう関係に憧れがあったというのもありますが、生き方とかに感銘を受けたので」

「……それは、パーティを抜けてあの人についてくってことです?」

言い淀んでいたのはこれが聞きたかったからだとわかり、ハルカは返答に少し迷う。パーティを抜ける気はさらさらなかったが、この世界の師弟関係がそういうものだとしたら、ノクトに失礼なことをしたかもしれない。

口元に手を当てて考えてみる。

ノクトが別れ際に言っていた言葉を思い出す。

もし通常の師弟関係がぴったりくっついて一緒に行動するものだったとしても、彼はそれを想定していないように思えた。

わざわざ「仲間との時間を大切に」と言ったのは、師弟関係になってもそちらを優先させるから心配しないように、とモンタナに心配をかけないように先回りで声をかけてくれたのかもしれない。

「いいえ、私はあなた達と一緒に冒険したいですから。いい加減パーティではなくて、固定のチームとして活動したほうがいいかもしれないですね」

「そうですか、ならいいんです」

尻尾の先を放したモンタナが前を向いて歩き出す。ハルカも二、三歩大股で歩いてすぐに横に並んだ。

ハルカの手の先をふぁさふぁさとモンタナの尻尾が行ったり来たりする。

モンタナの照れ隠しなのか、それとも構ってほしいのか。指先でつつくと、ふいっと逃げていく尻尾の先を目で追いかけた。