軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

56話

私とタカちゃんは、生まれた時から一緒だった。

同じ日に、同じ病院で生まれ、同じ病室の、同じベッドで眠ってたくらい、生まれ時から一緒だった。

それくらい一緒に居たからか、私は物心つく前から彼の事がなんとなく好きだったし、物心がついた後は、より一層、大好きになるくらい好きだった。

もうね、何処に惚れたとか、何処が好きとか、そんな次元の話じゃないの。私は彼を、遺伝子レベルで愛しているの。

ぶっちゃけると、タカちゃんの吐く二酸化炭素を定期的に摂取しないと、禁断症状が出るってくらい、彼の事を愛しているの。自分でも、ちょっと気持ち悪いなって自覚してるの。

それくらいタカちゃんの事が大好きだったから、タカちゃんが徴兵された時は、心が壊れるかと思った。

あの日の事を思い出すのは、今でも怖い。

心の拠り所を失う喪失感。

当たり前の幸せを奪われる絶望感。

受け止めきれないほどの、 抗(あらが) えない悲しみに襲われるあの感覚は、いま思い返しても恐ろしいものだった。

タカちゃんを失って、廃人になりかけた私を救ってくれたのは、やっぱりタカちゃんだった。

彼と一緒に過ごしてきた、沢山の楽しい思い出が、私の心を繋ぎ止めてくれた。

そして、壊れかけた心が回復していくと同時に思った事は、タカちゃんが今の私を見たら、失望するんじゃないかという事だった。

彼はまだ死んだワケじゃない。死ぬと決まったワケじゃない。

あの人の事だ。

いつかひょっこり帰ってきて、『ふっふっふ。生きて戻ってきたぜ』とか呑気な事を言うと思うんだ。

そんなタカちゃんが、いつまでもベッドで泣いている私を見たら、どう思うんだろう?

力無く 項垂(うなだ) れる私を見たら

悲しむんじゃ───────

そう思い始めると、凄まじい罪悪感に襲われた。

中学生になったばかりのタカちゃんが、スペースインベーダーと戦うために戦地へ送られた。

正直、誰が一番辛いかと言ったら、タカちゃんなのだ。

世界平和の為、 延(ひ) いては私達を守る為に、彼は戦地に向かった。

それなのに私が、いつまでもメソメソ泣いていたら、タカちゃんに失礼だと思うんだ。

なら私がするべき事は、タカちゃんが生きて帰ってきた時の為に、変わらぬ姿で迎える事なんじゃないのだろうか。

戦地へ行く前と、なんら変わらない、元気な私の姿で。

それが私に出来る、唯一の応援なんじゃないのだろうか。

そう考えると…………力が湧いてきた。

私が、

この 春椿(はるつばき) 文香が、

変わらない 私達(・・) を取り戻す。

そう心に誓った。

私が心の病を引きずっていたのは、タカちゃんが徴兵されてからの約半年間。

その半年間で、私だけじゃなく、凛子ちゃんや錬児君も変わってしまっていた。

お母さんに聞いた話だと、凛子ちゃんは塞ぎ込んで引き篭もりになり、錬児君は荒れに荒れてしまっているそうだ。

タカちゃんの存在は、二人にとっても大きすぎたみたい。みんな、タカちゃんの事が大好きすぎて困る。

人の事を言えた義理じゃないけど。

ちょっとだけ苦笑しながら、私は行動を始めた。

取り敢えず凛子ちゃんには、正妻アピールを繰り返すメールを送りまくった。

あのチョロいツンデレの事だ。

私がタカちゃんの正妻を主張すれば、絶対に張り合ってくるに違いないと考えた。

普段はツンツンしてる癖に、めっちゃタカちゃんを意識してるんだもん。絶対これで元気になる、そう思った。

初日は、反応が無かった。

次の日も、反応が無かった。

三日目と四日目は、凛子ちゃんの家に行ってインターフォンを鳴らしてやった。凛子ちゃんは出て来なかった。

一週間経っても、二週間経っても、全く反応が返ってこなかった。

それでも私は、毎日会いに行ったり、メールを送り続けた。

凛子ちゃんが、元気に復活してくれるのを信じて。

久しぶりに再会した錬児君は、かなりヤサグレてしまっていた。

目つきは悪くなってて、髪は明るくなってて、おまけに停学になってた。

停学になった理由は酷いもので、「四分咲が徴兵されて良かったね! あのカスに付き 纏(まと) われてウザかったでしょ?」と擦り寄ってきた同級生を、ボコボコにぶん殴った事が原因らしい。

タカちゃんって初対面での距離感がバグってるから、同級生達にあんまり良い印象を持たれてなかったのは知ってたけど……まさかそこまで酷いことになってるとは思ってもみなかった。

ってかね、殴った錬児君も悪いかもしれないけど、同級生の方が酷い事をやってると思うよ?

その場に居たら、私だって殴ってただろうし! むしろ刺してたかもしれん!

自称温厚を自負する私がキレるくらいだから、当の錬児君は、かなり歪んでしまっていた。

私に対して、『もう俺に関わるんじゃねぇよ……』と吐き捨てるほど荒んでしまっていた。

そんな荒ぶる錬児君と、私は毎日向かい合った。

彼が落ち着くよう、私は毎日、錬児君に会いに行った。

全ては元通りになる為。

タカちゃんが戻ってきた時の為に、私は毎日、彼と向かい合った。

タカちゃんが、徴兵されて一年。

変化が生じ始めた。

不登校になった凛子ちゃんと、道を踏み外しかけてた錬児君が、前を向き始めたのだ!

タカちゃんは死なない! 必ず生きて帰ってくる! と訴え続けた事が 功(こう) を 奏(そう) したのか、二人に以前のような明るさが戻ってきたのだ!

心底ホッとした。

正直、ダメかと思った。

二人の心の傷が深すぎて、何度もダメかと思ったけど、諦めなくて本当に良かった。

そう喜ぶ一方で、元通りにならなかった部分も出てきた。

凛子ちゃんも、錬児君も、学校へは通うようになったものの、同級生と関わりを持たなくなってしまった。

タカちゃんを侮辱されたのが許せなかったのだろう。露骨に無視をするようになった。

まぁ、そこについては私も苛立っていたから、特に注意はしなかったけど。

それでも……取り敢えずは私達の関係を元に戻す事が出来た。

これならタカちゃんが、いつ帰ってきても大丈夫。

変わらぬ私達で、彼を迎える事が出来る。

調子を取り戻した幼馴染を眺めながら、そう喜んだ。

翌年、花梨お姉ちゃんが、大神に目を付けられるまでは…………。

私立 水蓮寺(すいれんじ) 高校に進学した花梨お姉ちゃんは、大神という外道に付き 纏(まと) われてしまった。

花梨お姉ちゃんは、かなり嗜虐心を 唆(そそ) る見た目をしてるから、加虐的な大神は、彼女に興味を持ってしまったらしい。

中学を卒業した花梨お姉ちゃんと、顔を合わせる機会が減ってしまった事もあって、私がその事実を知ったのは、彼女が不登校になった後だった。

最悪だ……。

今度は、タカちゃんの身内に問題が起こってしまった……。

どうにかして花梨お姉ちゃんを助けようと、裏で色々通報とかしてみたけど、地元の名士っていうだけあって、大神家に全て揉み消された。

根本的な対策が必要だった。

離れた場所だと細かい動きが取れない。最前線じゃないと、この問題は解決出来ない。

私は彼女を守る為、水蓮寺高校へ進学することを決めた。

水蓮寺高校に入学して二ヶ月。

教師や警察と連携して、大神が好き勝手出来ないような体制を作っていたら、

急に大神が引っ越した。

本当に急だった。

引っ越しするような素振りがなかったのに、夜逃げするように彼らは消えてしまった。

しかも資産を投げ打って、被害者に配ったとかいうウワサも流れたし……どういうこと……?

疑問に思う所は色々あったけど、 一先(ひとま) ず私は、この状況を喜んだ。

これで花梨お姉ちゃんは、元気になる。

あのクズが居なくなったのだ。もう不登校にならずに済む。

花梨お姉ちゃんは、学校へ行けるんだ!

そう思い、私は早速、花梨お姉ちゃんに会いに行った。

めちゃんこ元気になってた。

顔色も良くなってて、満面の笑みで私を出迎えてくれた。

しかも、タカちゃんのお母さんも元気になってて、四分咲家の恥部を、私の前で存分に見せ付けてくれた。

ひと月前に会った時は、花梨お姉ちゃんも、タカちゃんのお母さんも、この世の終わりみたいな顔をしていたのに……なんで、こんなに元気になってるのだろう?

大神が引っ越したから? それにしては明るすぎるように感じる。

例えるなら、タカちゃんが徴兵される前に戻ったような感じ。

その時は、なぜ二人がここまで元気になったのか、理由が分からなかった。

その時は。

翌日、四分咲家に明るさが戻った理由が分かった。

帰還したタカちゃんが、私の家を 訪(たず) ねてくれたのだ!

そりゃあ四分咲家に明るさが戻るよ。めちゃんこ腑に落ちた。

三年ぶりに再会したタカちゃんは、身長が高くなってて、声変わりしてたけど、私の大好きな素朴な顔立ちは変わっていなかった。

変わったのに、変わらない彼が立っている。

夢を見ているのかと思った。

夢だと、思いたくなかった。

何度も夢見て、何度も帰ってきてほしいと願った人が、私の目の前に立っている。

視界が滲んだ。

たぶん……人生でこれ以上嬉しいことは無いってくらい……嬉しかった。

喜びを噛み締めるようにタカちゃんを抱き締めると、彼は徴兵される前と、なんら変わらない口調で言ってくれた。

「相変わらずな感じだな。変わってなくて懐かしいよ」

報(むく) われた気がした。

────────────

タカちゃんに、大丈夫とメッセージを送ってから、もう何時間経ったのか分からない。

徴兵されることに怯えながら、私は、タカちゃんのメッセージを眺め続けていた。

お母さんと柳川さんが、どこまでやってくれるのか分からない。

現時点で連絡が無いってことは、そろそろ覚悟を決めなければならないのかもしれない。

たぶん……生きて戻れない……。

この状況になって初めて、私はタカちゃんのヤバさに気が付いた。

タカちゃんは、泣き叫ぶことなく、淡々と徴兵されていったと聞いている。

残った家族に、『俺は大丈夫だから……行ってきます』と言って、戦地に向かったと聞いている。

同じ状況になったからこそ分かる。

そんなこと、言える気がしない。

助けてほしい。

救ってほしい。

徴兵が免除されるなら、なんだってする。

それほど戦地に向かうことが怖い。死ぬことが、恐ろしい。

タカちゃんに……会いたい……。

「助けて……」

たぶん、精神的に参ってたんだと思う。

眠れなかったし、徴兵される不安で、押し潰されそうになってたし。

だから知らぬ間に、誤って操作してしまったのだろう。

メッセージアプリの設定が、いつの間にか 音声(・・) 入力(・・) モード(・・・) に切り替わってる事に気付かなかった。

シュポッという音と共に、メッセージが送信される。

「…………え?」

スマホに視線を落とすと、今の『助けて』というセリフが、タカちゃんに送られてしまっていた。

メッセージの隣に、既読という文字がつく。

心臓が止まるかと思った。

目の前が真っ暗になりかけた。

ここまで耐えたのに。

絶対にバレないように、耐え続けたのに。

これじゃあ、タカちゃんに不信感を持たれちゃう! それじゃあ困る!

慌てて私はメッセージを消そうとした。

指が震えて、中々削除出来ない。

それでも数分かけて、なんとかメッセージを削除すると、

私の部屋の窓が、バンッと開かれ、

「文香ぁ!! どうした!? なにがあった!?」

慌てた様子のタカちゃんが、目の前に現れた。

私の部屋は二階なのに……タカちゃんは隣町のショッピングモールに行ってる筈なのに……。

だから……こんなに早く来れる筈が無いのに……二階から現れる筈が無いのに……。

まるで救世主のように現れた、彼の姿を見て、

私はもう、耐えられなくなってしまった。

「タ、タカちゃ……ひっく……わたし……ち、徴兵されるんだって……」