軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

笑顔があれば

「やれやれ、こいつはどういうことなのやら……」

眉をひそめながら、拠点へと続く路地の入り口から顔を出す水明。その言葉の発端は、偵察に出た騎士たちが泡を食って戻って来たことに由来する。

昨日(さくじつ) 、無事黒幕たるローミオンを倒し、リリアナの疑いを晴らした水明たち。さて次は今後の対応をどうしようかと考えながら、一夜を明かすと、驚くような情報が彼らから舞い込んできた。

一時課の鐘が鳴るころには、南広場にローミオンのなれの果てが杭に縛り付けられ、晒されていた。

それはまだいい。帝国も犯人を捕まえたことを知らせ、事態の終息を宣言する必要があるからだ。対応が早かったとしても、考えられないことではない。

それともう一つ。今回の事件の顛末を住民に報せる札に、リリアナが犯人であった情報は誤りだと書かれていたこともある。真犯人であるローミオンを捕まえるため、罪を被りながらも奔走し、捕縛に一役買ったと書かれていた。

それも、あり得ない話ではないだろう。帝国側も、一度犯人とした人間を捕まえないとするならば、それ相応の理由を仕立てなければならないからだ。

だが、そのお触れが一日と経つ前に出され、いつの間にか帝都の住人のリリアナに対する感情まで緩和されていたとしたら、首をひねらざるを得ないのではないだろうか。

いまの帝都は水明たちが来たときよりも落ち着いている。誰に話を聞いても、リリアナに対する言葉は好感に溢れている。まるで、以前のリリアナに対する悪感情が全てなくなってしまったかのように。

水明の後ろでレフィールが被った帽子の鍔をくっと持ち上げ、胡乱そうに目を細める。

「おかしな話だ。もちろんこれは、スイメイくんが何かしてきた結果ではないのだろう?」

「俺にはできないな。ローミオンを晒してるのと立札くらいは簡単だが、帝都の住人の感情までどうにかするなんてのは、はっきり言って無茶苦茶だぞ?」

人の感情を、それこそ都市単位で夜更けから朝までに変えるなど、とんでもない話だ。唯一考えられる手法を上げるなら、立札に、それを見た人間の感情を上書きする魔術をかけ、言葉伝いに感染魔術の類を使って人から人へ伝染させていくというものがあるが――果たしてそんな手の込んだ立札を用意する理由が、帝国側にあるかどうかだ。

できないことではないが、やる理由もないし、まず第一にそんな技術があるのかというところ。無論立札にも魔術をかけられた痕跡はなかったため、どうなっているのか甚だ疑問なのである。こうも都合よくことが運ぶのは、はっきり言ってあり得ない話。

ゆえに、ほとぼりが冷めるまで帝都を出ようと画策していたのだが。

「スイメイくん。考えても仕方なさそうだ」

「納得いかないが、答えを出すのは諦めるしかないか……」

レフィールと連れだって拠点の前まで戻ると、黎二やフェルメニアたちが外に出ていた。

戻ってきた水明たちのことを見付けると、彼は確認するように訊ねてくる。

「水明、やっぱり?」

「ああ」

と、騎士たちが言ったことが間違いではない旨を短く告げると、当然黎二の表情は険しくなるばかり。眉間にしわを作って、唸るように訝しむ。

「……どういうことなんだろう?」

「さあ、考えてもわからねぇから、答えを出すのは諦めることにした」

「……って、それでいいの?」

「そりゃあよかねぇよ。よかねぇが、俺にはどうすることもできんて」

「……ねぇ、もしかしてあの人は?」

「ローグさんか……」

確かにこの件の裏でローグが動いていたということも考えられるが、彼一人でどうこうしたというのも考えにくい。それに、彼はもうおそらく帝国にはいないだろう。

「まあ、いいんじゃねぇか? これで街の人間に怯えて暮らさなくてもよくなったわけだし」

「水明、なんか適当……」

黎二が呆れて肩を落とすその裏で、水明も腹の中では拭いきれぬ違和感の答えを出そうと腐心している。今回、リリアナのことは解決できたが、今回の不可思議が残ったままだし、ローミオンが何故蛮名のことを知っていたのかも、彼の記憶の中には残っていなかった。

見えないところで何かが動いているような感はある。だが、果たしてそれが良いことなのか悪いことなのかはまだ、はっきりと判断できるものではないが――

「あと、お前ら。急で悪いんだが、二、三日したらここから出てってもらうからな」

「ちょ、ちょっと水明くん、それ急すぎるよ! それに、リリアナちゃんの問題は解決したんだから、水明くんたちは帝国から出て行かなくてもいいんでしょ?」

「そうだ。だけど近いうちに俺たちはサーディアス連合に行くから、いまの内に帝都での逗留先を決めておけってことだ」

「連合? 自治州じゃない方? どうして?」

小首を傾げる瑞樹の疑問には、思い当たったらしい黎二が答えた。

「もしかして、もとの世界に戻る方法を?」

「そうだ。この前フェルメニアが持ってきた本に、それっぽいことが書かれてたんだ」

それを近くで聞いていたティータニアが、非難めいた視線を向けてくる。

「スイメイ。帰る方法と言いますが、まさかそれが見つかったときにはリリアナを置いてくなどといいませんよね?」

不満げな視線を呉れるティータニアの訊ねには、いままでにないほど棘があった。とそれも当然だろう。リリアナの面倒を見ると言っている一方、もとの世界に戻りたいともいうのは、傍から聞けば矛盾している。

だが、水明もそれについては考えている。

「それこそまさかだっての。帰れるようになったときは、リリアナもちゃんと連れてって面倒見るさ。一人立ちできるまでどうにかするのが、筋だからな」

「と、当然、です。すいめーに置いて行かれたら、困ります!」

「大丈夫だって」

「絶対、絶対ですよ?」

心配するなと言う水明に、慌てて叫ぶリリアナ。その隣で、再び攻めどころを見つけたと言うように、瑞樹がにやにや顔を向けてくる。

「ほんと懐かれてるよね~」

「お前はいちいち……」

日頃のお返しか、ここぞとばかりにいじってこようとする瑞樹に、水明がさすがに辟易とした声を出していると、フェルメニアが前に出てくる。

「こ、こほん! そ、その、スイメイ殿?」

咳払いをし、呼び掛けてくるフェルメニア。魔術を教えるという約束をしているため、つまりはそういうことなのだろう。

「あー、そう言えば俺たちの世界を見たいって言ってたもんな」

「え、ええ。多少なり興味がありますので」

水明の口にした適当な理由に、フェルメニアも同調する。これで二人目。

そして、水明は背後のレフィールを顧みて、

「レフィはどうする?」

確認に訊ねると、彼女はどこか拗ねたように頬をわずかに膨らませる。

「行くに決まっているだろう。冷たいな」

「心残りは?」

「私がやるべきことをやったあとは、心残りになるようなものはどこにもないさ」

「そうか」

口にしたあとにふと見せた顔には、寂しさが混じっていた。レフィールは天涯孤独の身。この世界に寄る辺がないのなら、向こうの世界に連れて行ってあげるのもまた、いいかもしれない。

そんな話をしたあと、水明は一人玄関の方まで行く。すると、どうしたのかフェルメニあとをついて来た。

水明が扉の前で見返ると、彼女が口を開く。

「スイメイ殿。少々お訊ねしたいことがあるのですが」

「なんだ?」

「昨日話していただいた、隠秘学的エントロピーについてです」

「ああ、あれか。難しい話だからな、質問があるならどんどん頼む」

水明は家の中に入ろうと、ドアノブに手をかける。その後ろでフェルメニアは、やはりどれだけ考えてもわからないというように首を傾げる。

「エントロピーが増大しても、空間が連続しているため『神秘的な法則を確立させようとする要素』と『科学的な法則を確立させようとする要素』の割り合いは元に戻るのですよね?」

「ああ。昨日話した通りだが、それがどうした?」

「――ですがスイメイ殿。そうだとしたら結局、魔術を使い続けていれば世界の全ての科学的な法則が乱れてしまうこともありえるのですよね?」

フェルメニアが疑問を口にするも、水明は背を向けたまま振り向かなかった。ドアノブに手をかけ、硬直した――否、時が止まってしまったかのように動かない。

「…………」

「スイメイ殿?」

一体どうしたのか。水明なら、すぐに答えてくれるものだと思っていたフェルメニアは、にわかな彼の異変を訝しむ。

もしや、彼でもわからないことなのかと、そうフェルメニアが思ったときだった。

「知ってどうする?」

「ど、どうするということはないですが……お聞きしてはいけないことでしたか?」

「いや、そんなことはない…………これは俺たちの世界の話だから、あまり関係ないと思っただけだ」

「……私たちの世界にも関係があることなのでは?」

「それは一概には言いきれん。まあ、人間がいる時点で、十中八九そうだとは思うが……」

「……?」

水明が何を言っているのか上手く察せないフェルメニア。彼女が眉をひそめていると、水明は先ほどの訊ねの答えを語り出す。

「……フェルメニアがさっき言った通り、『神秘的な法則を確立させようとする要素』と『科学的な法則を確立させようとする要素』が交ざり合っても、周りの空間に多くの『科学的な法則を確立させようとする要素』があるため、法則は物理法則寄りに安定する。だが結局これらが交ざることは不可逆な現象であるため、交ざってしまった要素がもとの状態に戻ったわけではない」

「はい。そうなると、やはり魔術を使い続けていれば、いつか法則が乱れ切った世界になるのではないでしょうか?」

「そうだな。いくらもとの状態のようになるとはいえど、人間のいる場所というのは閉じた世界だ。法則の乱れが科学的な法則を、自然法則を、それらが起こす現象を、人間の持つ常識を脅かすときは必ずやって来る。それまでに人類が、逃げる手立てを思いつくか、宇宙の 神秘(しんり) を解き明かすことができれば、また違うのかもしれないが……」

「宇宙の神秘……ですか?」

しかし、水明はその訊ねには答えず、フェルメニアの理解を余所に言葉を並べていく。

ものさし

「科学的な法則を『永久で普遍の原理』としている世界で、その法則が乱れてしまえば、どれだけそれらを元にした理論から生まれた実験を試行しても、正確な結果は得られなくなる。それはつまり、その後の人類の科学的な発展を阻むことにほかならない。そして、科学の発展が止まれば、そのほかの学問に寄与するはずの利益がなくなり、それらの発展も止まる。結果、世にある知識を元として作られる魔術も、その発展を止めてしまうことになる」

まくし立てるように、一人説き明かしを続けていく水明。彼の口にする言葉が、何か触れてはいけないことだったのではないかという悪寒がして、フェルメニアの表情が、緊張と恐れを帯びた。

だが、やはり水明は、言葉を続けていく。

「知識の発展がなくなるということは、人類が新しい知識を獲得できず、新しいものが生まれないことになる。そんな世界は死んでいることも同じだ。世界に時間という概念が存在し続ける限り、人間は常に世界の劣化から逃れ続けなければならない立場にある。刻一刻と迫る環境のバランス崩壊に対抗するべく、新しいモノを作り出すことができなくなれば、当然緩やかに死んでいくしかないのだから、発展の見込めない世界なんて腐った世界にほかならない。つまりその究極地点こそが、隠秘学的エントロピーの氾濫なんだ」

ふっと、フェルメニアの背中に冷たい気配が舞い降りる。水明はこの世界とは関係のない話と言及したのに、何故か背中が冷えたように引きつっていた。

「……では、魔術はあってはいけないのではないですか?」

「いいや、そんなことはないさ。魔術があろうとなかろうと、神秘も科学も同じバランスを保てればいいんだからな」

「では、それは可能なのですか」

「不可能だな」

水明がその希望をばっさりと切り捨てると、彼女は不安そうな瞳で彼を見詰めた。

「終わりは、すでに約束されている。魔術が発展すれば人類はその発展を止めてしまうし、科学が発展すればいつかそれを支える資源が枯渇し熱的終焉を迎える。もちろん人間が増えすぎれば、その物量によって世界という器を 圧殺(パンク) させることも考えられ得るし、以前言ったように溜まった恨みつらみが世界の劣化を加速させることもある。資源の使用や知識の探求、人口を抑制した 世界(ディストピア) も、結局は発展のない世界と同じだ。いずれにせよ、この世に生まれたものはいつか滅びる運命にあるのさ」

望みはない。そんな答えを知ったフェルメニアは、言葉を出せなかった。水明が言うことが正しければ、それが遠い未来のことだとしても、彼らの世界にあるものは全て、いつか徒労に終わるときがくるのだから。

「人間が知的生命体としてある以上、おそらくこの世界も、俺たちと同じ『永久で普遍の原理』を物差しとした世界なんだと思う。そう考えれば」

「では私たちの世界も、いつか滅びてしまうのではないか、ということですか?」

どうしていいかわからないような顔をしているフェルメニアに、水明は振り向いて、まるで困った生徒を見る教師がするような、優しい微笑みを浮かべる。、

「まあ、そう悲観することもないじゃないか。まあ確かに、終わることが約束されてるなんて、碌でもない世界だ。だけどな――」

そう言って、水明は黎二たちに囲まれていたリリアナを手招きする。

それに気付いたリリアナが、輪から抜け出して水明のもとに来た。

「すいめー、どうしたんですか」

「いいや、もとの世界に帰る手立てもそうだが、ローグさんのことも探さないとなってな」

「あ……はい!」

水明がリリアナの頭を撫でると、彼女は恥ずかしそうにはにかんだ。離れた場所でそれを見る黎二たちは、そんな姿が微笑ましいと、温かい笑顔が向けている。

「あ――」

水明の言いたいことを察したか、気付きの声を上げるフェルメニア。そんな彼女に水明は、どこか心安らかに微笑んだ。

「たとえ、この世界がどんなに碌でもないところでも、みんなが笑顔でいられる 世界(ばしょ) が少しでもあるなら、それは、いいことなんじゃないのか?」