軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

親ゆえに

ティータニアと戦い、瑞樹と話しをしたその数日後。水明は背の高い影についての情報を集めるため、街へ出ていた。

現在はほとぼりも冷めたのか、それとも元から接触するつもりがないのか、あれから憲兵が現れることもいため、水明もフェルメニアもいまは自由に街を出歩いている。

当面の目標は、無論黒幕たる背の高い影を捕まえることであり、一応、それらしい者についても心当たりはあるのだが、追い詰めるために出来るだけ材料は掴んでおきたかった。

フェルメニアと手分けをして情報を集め、いまは拠点に戻る途中で合流した黎二と一緒に、帰路についていた。

水明は気だるげに歩きながら、今日は制服に剣というアンバランスな格好をした黎二に、感心したように言う。

「もう、帝都の地理を覚えちまうとはな」

「そう? 普通に歩き回っていれば自然と覚えると思うけど」

黎二はそう、何のことはないと返す。彼は今日、帝都の街の作りを覚えるために、一人で街を散策していたのだった。

「そうですかい。この優等生め」

うりうりと拳で軽く突っつくと、黎二は朗らかな笑みを浮かべた。そして彼は、一転、真面目な表情になって、

「そういえば水明。確か僕たちの世界に帰る方法を捜してるって言ってたよね?」

「ああ、俺はどーしても帰りたいからな。あ、もちろん見つかったらお前らにも連絡するぜ」

「大丈夫なのかい? 見つかるの?」

「舐めんな? 俺を誰だと思ってやがる」

そう、頼もしそうに胸を叩くと、黎二は何が可笑しいのか急に笑い出す。

「水明あいかわらずそういうとこ変だよね」

「何がだよ?」

「危険は嫌だって言ってたのに、自分から危険に飛び込んでるじゃないか」

「そのお説教は前に聞きましたよ。……危険を冒さなきゃ、欲しいものは手に入らないの」

「そこまでして帰りたいの?」

「なんだ、おかしいのか?」

「いや、この世界は向こうみたいなしがらみがないから、楽に思うこともあるんじゃないかって思ってね」

黎二が空を見上げると、水明はおどけながら、

「向こうの方が楽できるぜ? 美味いモンもいっぱいある」

「楽したいためにいま苦労してるの?」

「人間そんなもんよ。だから現代文明の発展があるんだろ」

「そうだね。確かにそうだ」

「俺としてはもうちょい発展がゆっくりで、どこでも首突っ込んでこないでくれるとすげー助かるんだが……ま、それはともかくだ」

水明はそう自嘲するように言い放つ。そして今度は気がかりがあるというように、深刻そうなため息を吐く。

「それに、残してきたものが沢山あるしな」

「そうだね……」

水明の言葉に黎二は目を伏せる。やはり、彼も残してきた者のことを考えれば、頭は重いだろう。水明は天涯孤独の身の上であり、黎二よりは幾分気は楽だが、家族が向こうの世界にいる彼は、おそらく何度も思いを馳せたことだろう。会えなくなったことよりも、それによって心配をかけていることが、いま彼を悄然とさせた正体だ。

「ま、その手立てが見つかって行き来できるようになったら、まず先に連絡するから、期待していなさい」

「ふふふ、ありがとう」

寂しさが混じった空気の中、歩いていると家に行くための路地の入口に、見知った人物がいた。辺りを窺うようにうろうろしているのは、金髪と碧眼を持った華奢な身体。しかして、その見目麗しい男は――

「珍しいね、今日は男と一緒なのか」

水明たちに気付き、皮肉気に話しかけてきたのは、聖庁の勇者、エリオット・オースティンだった。

彼と初めて会う黎二は、どうやら知り合いだということを察し、水明に紹介を求める。

「水明、彼は?」

「知らないな。まったく全然これっぽっちも知らないヤツだ」

「そんな。見え透いた嘘はつかないでほしいんだけど」

そう言って、引きつった笑顔を見せるエリオット。そんな彼に、黎二は小首を傾げ乍ら訊ねる。

「やっぱり知り合いなの?」

「……大変不本意ではあるが」

「それはぼくの台詞だ。失礼な男だねほんとに」

エリオットが怒りを抑えているような調子で、非難めいた視線を向けてくる。

文句と視線に晒されつつも、水明はエリオットのことを黎二に紹介する。

「この色男は聖庁エル・メイデで呼ばれた勇者様だそうだ」

「じゃあ彼が……」

と、遭遇への驚きも手短にして、エリオットの前に出る黎二。

「僕はレイジ・シャナ。初めまして」

「――レイジ? もしかして君はアステルで呼ばれた勇者の……」

名前に聞き覚えがあったか、エリオットが訊ねるように口にすると、黎二がおもむろに首肯する。

すると、エリオットは礼儀正しく頭を下げ、初めの挨拶と洒落込む。

「ぼくはエリオット・オースティン。君の噂は聞いているよ、なんでも魔族の将軍を倒したそうじゃないか?」

「いいや、あれは実際僕がやったわけじゃなくてね……」

「……?」

困惑するエリオットに、黎二は困ったようなため息を吐きながら、そのときのことを説明する。

……やがて、黎二はひとしきりことのあらましを話し終えると、エリオットはさも鬱陶しそうな表情をして、ため息を吐いた。

「……なるほどね。政治に巻き込まれたと。君も災難だね」

「だから、いま噂されている話は、本当のことじゃないんだ」

全て語り切った黎二の表情には、消沈の色が見て取れる。やはり不本意な噂で祭り上げられたことは、彼に相当の心労を与えている様子。根が真面目なだけに、無理もない。明るい茶色の輝きを持つ瞳が、いまはどこか暗い色になって揺らいでいる。

そんな彼の心境をエリオットも察したか。慮るような厳しくない声音を用いて、彼にアドバイスを入れる。

「老婆心ながら忠告しておくけど、そういう連中には好きにさせない方が良い。権力者っていうのは、誰も力の強い者を利用したがるものだ」

「そういうのは詳しいの?」

「まあ、そこそこね」

エリオットは辟易としたようなため息を、わずかに吐く。その様子だと、彼は元いた世界で、そういった苦労を経験したのかもしれない。

「すごいね。僕は元いた世界じゃ何の力もない学生だったから、その手のことには対処が遅れてばかりだよ」

黎二がそう言うと、エリオットは驚いた顔をして、

「……そうなのかい? それにしては、均整の取れた身のこなしをしているように見受けられるけど」

「そう? それなら良かったかな」

そう言って、黎二がいつものように自然な笑みを作ると、それを目の当たりにしたエリオットはが急にたじろいだ。

「―!?」

「どうしたの?」

黎二の問いかけに構わず、エリオットは水明の方に顔を向ける。そして、ささめくように手で口元に仕切りを作り、

「これは、なんというか破壊力抜群だね」

「お前赤くなるなよ……」

エリオットの表情を見て、ため息を吐く水明。彼の態度に呆れたが、実際本気で黎二の笑顔は男にも効果があるから笑えない。それを自覚なく使う黎二も、黎二なのだが。

「オースティンさん。何はともあれ、ありがとう」

「ふふ、いまのぼくも人のことは言えない状況になってるんだけどね。あと、ぼくのことはエリオットで構わないよ」

エリオットは友好的な態度を見せるように、おどけて肩を竦める。そんな彼らを見て、水明は、どこか感心したように「ほー」と息を吐いた。

「……なんかお前らあれだな、気が合いそうだなー」

「君よりはずっとね」

嫌みな視線を向けてくるエリオットに、水明は「うっせ」と返す。すると、エリオットは何かに気付いたか、水明と黎二の顔を交互に見やる。

「そういえば、君たちは知り合いなのかい? どうも繋がりが読めないけど」

「ま、こいつとはちょっと縁があってな」

「縁ね……それはともかく、勇者をこいつ呼ばわりするのは良くないんじゃないかい?」

「……それあれか? 遠まわしに自分のこと敬って呼べってヤツか?」

「やめてくれないか? ぼくは君にそんな言葉遣いをされたら、一生鳥肌が立ったまま過ごさないといけなくなる」

「ほー。では僭越ながら。――これはこれはエリオットさま、一生怖気を感じたままお過ごしくださいませ」

「うわぁ……」

水明の嫌みたっぷりの敬語に対し、これ見よがしに肩を抱くエリオット。意外とノリが良い男である。

「……俺も聞きたいことがあるんだが、お前何でここにる?」

「いや、君がこの辺りにいるって聞いたからね。どんなところに住んでいるのか、拝見しにきたんだよ」

「物好きなヤツだな」

呆れ調子で言った水明は、そう言えばと思い出す。

「そういや、この前は活躍だったそうだな」

「嫌みかいそれ?」

「いんや、特に他意はねぇよ」

二人の間だけでわかる話をしたせいで、置いてけぼりを喰らう黎二。彼はすぐに、エリオットに訊ねる。

「何かあったの?」

「いま帝都を騒がせている昏睡事件の犯人と対峙してね。でも、残念ながらまた逃げられてしまったんだ」

「ん? やりあったんじゃないのか?」

「いや、交戦はしなかった。奴は前みたいにこちらを弄ぶように逃げ回るばかりだったよ」

エリオットはため息に悔しさを滲ませる。水明は今日の情報収集で、エリオットが背の高い影を追い詰めたと聞いていた。帝都の住人たちは称えていたが、実際は違ったらしい。

「今回は皇女殿下もいらっしゃったんだけどね。そう簡単にはいかなかったよ」

「なるほど。ということは、やっぱり相当の使い手かね……」

「…………」

ふと、水明はエリオットが目を向けてきていることに気付く。それは、どこか矯めつ眇めつしているようでもあり、

「どうした?」

「……何でもない。君なら倒せそうかい?」

「どういった意味のセリフかはわからねぇが……ヤツの実力がわからねぇからなんとも言えんな」

水明はその憶測は立てられないと、わざとらしくお手上げの素振りを取る。背の高い影。エリオットやグラツィエラがいて捕まえられないのなら、油断はできないだろう。

そんな話をする中、不意に何者かの気配に気付く。水明が目を細くして、あらぬ方向を睨むと、遅ればせて気配を察した二人が、同じ方向を向く。薄い気配を伴って、誰かが近づいてくる。そう三人が確信したとき、その人物は静かに物陰から出てきた。

「ほう? 勇者殿が二人も揃っているとはな」

「ローグ大佐?」

エリオットの声が示す通り、近付いてきた人物は、灰色混じりの黒髪をオールバックにした男――帝国軍人であるローグ・ザンダイクだった。

いつも見るように、黒を基調とした軍服に身を包み、腰に剣をこれ見よがしに差している。その物騒な出で立ちから剣呑な印象を受けるはずなのだが、何故か目が行くのは彼が後ろに引き連れる伸び上った影ばかり。そんな風に本人の印象がどことなく薄く感じられるのは、西日が作り出す夕方の影法師が大きいからなのか。

地面に足を付けているのかいないのか。不思議な足取りで歩み寄るローグ。鳶色の瞳は細く鋭く引き絞られており、厳格そうな細面がさらに厳しく見えた。

不意に黎二が近寄り、内緒話を持ちかけてくる。

(水明、ローグって確か……)

(ああ……)

水明も、その辺りの事情は黎二たちに話してある。黎二がおもむろに気を引き締めていると、ローグはエリオットに向かって軽く会釈をした。

「エリオット殿。グラツィエラ皇女殿下がお呼びです。急ぎ広場へ来いとのこと」

それを報せにここまで赴いたのか。グラツィエラの名前を聞いて、エリオットが盛大なため息を吐く。

「まったく、人使いが荒い皇女様だ」

「そこは俺も同情するわ」

「同情してくれるなら代わって欲しいね」

「シッシ! あっちいけよ」

そう水明が追っ払うように手を振っても、エリオットは気にした様子もない。夕陽に照らされながら髪をかき上げる仕草が、どこか艶っぽくも見えた。

戻ろうとする彼に、黎二が声を掛ける。

「じゃあエリオット、また縁があったら」

「そうだね。そのときはよろしく頼むよ、アステルの勇者殿」

エリオットはそう爽やかな別れの挨拶を返すと、その場から去っていった。

ローグは彼を見送ったまま、薄く開いた視線だけを水明に向ける。

「スイメイ・ヤカギだったな」

「ご無沙汰しています」

「リリアナの手配がかかる前、あの子と会ったそうだな?」

「……ええ」

ローグと同じようにエリオットを見送ったままの状態で、視線を合わせない水明。そんな彼に対し、ローグは改めて向き直る。

「ときに詮無いことを訊ねるが、リリアナがいまどこにいるか君は知っているか?」

「俺に心当たりはありませんね」

「それは本当か?」

「ええ」

水明は頷いて、同じように向き直る。そして、

「俺からも、お訊ねしてもよろしいでしょうか?」

「なんだろうか?」

「あなたは彼女を探しているようですが、もし彼女を見つけたら、どうなさるおつもりで?」

訊ねに用いたのは、厳格な意志をもった瞳。しばし視線の交錯が続くが、ローグが硬い表情のままで答える。

「それを君に言う必要はないと思うが?」

「俺も昏睡事件の犯人を追っている身。お聞かせ願いたいのです」

「……決まっている。自らが行ったことの責任をとらせる。それだけだ」

「その理由が、あなたを守るためのものだったとしても?」

「無論だ」

ローグはむっつりと背を向ける。発せられた言葉は、彼の気性そのもののように、硬質だった。それは、彼女を追い詰めたときと変わらないのか。ならば、もうその意思は覆らないのかもしれない。

しかしそれでも、水明は、言わなければ気が済まなかった。

「……余計なお世話かもしれませんが」

「水明?」

黎二とローグが振り向く。それに、水明は、

「あなたは、彼女の父親でしょう? なら、たとえ血のつながりがなくとも、あの子の父親であると決めたなら、あなたは父であるべきだ。少なくとも、最後までは」

「…………」

「そうでしょう? あなたが彼女の家族なら、その在りようを信じるべきものなのではないのですか?」

そう、水明は抱いた心を言い尽くす。だがやはりローグは、その硬い表情を崩すことはなかった。

口にしたことで熱が冷めたか。先ほどよりも声の調子を落とす水明。

「……親の責任を、親にもなっていない人間が語るのはおこがましいことだとは思います。ですが、責任というのなら……」

「――いいや。身内の行ったことのけじめをつける。それがあの子の上司である私の責任だ」

ローグはそう言い残すと、振り返ることなく去っていった。そこにはまるで、固い決心があるのだと言うように。

それでも、たとえ彼の決心が固くても、水明は彼女の思いの丈を伝えたかった。結局、その姿を見送ることしかできなかったが。

黎二がいつになく真剣さを表情に乗せ、ローグの背に向いたままの顔を近づけてくる。

「……水明。僕は話を聞いた限りでは、あの人が怪しいと思ってたんだけど」

「犯人のことか? いいや。黒幕は、あの人じゃない」

「そうなの?」

「ああ。それは間違いないと思う。一応、犯人には当たりも付いてるしな」

水明と黎二がそんなやり取りを交わす中、後ろから、走りざまの足音が聞こえた。その気付きに遅れることしばし、呼び声が聞こえてくる。

「スイメイ殿! レイジ殿! 大変です!」

振り向くと、フェルメニアが息せき切って走ってきていた。