軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

事情説明

「なるほどね……」

「それ、なんか複雑だね」

水明から事件の概要とリリアナの事情を聞いた黎二と瑞樹は、一様に気の毒そうな顔をして、彼らはただひたすらに遣る瀬無いと、息を吐いた。

レフィールに寄り添われ、気遣わしげに撫でられているリリアナを見ながら、水明が静かに頷く。ローグとの決別があったせいか、まだ気落ちした部分のあるリリアナ。あまり心の負担になるようなことはしたくないが、説明はしなければならない。

すると、黎二が、真剣みを帯びたしかめっ面を見せる。

「それで、リリアナちゃんのことはどうするの?」

「ん? ああ、ここで保護するさ」

と、黎二の問いに、水明はあっけらかんとした様子で答える。リリアナのことは、以前彼女に言った通り、面倒を見るつもりだ。いまのままでは放っては置けないし、魔法に至っても、魔術にかかわる人間として、呪術などの技法の正しい使い方を覚えさせなければならないと思っている。

そこまでは黎二たちには伝えないが、彼らはこちらの意思を確認できたらしく、なるほどと頷いた。

だが、その一方、それだけでは納得できない者がいたらしい。

後ろにいる騎士の一人、ルカが厳しい声音で訊いてくる。

「ヤカギ殿。貴公のご存念は、彼女を保護するだけなのですか?」

意外なところからの言葉に水明は一瞬驚いた表情を見せ、しかし目を丸くさせたそのままに答える。

「……そうですけど、それが何か?」

「彼女は悪事を働いたのですよ?」

「それは、貴族を襲ったことを指すので?」

「当然でしょう。闇夜に紛れ、人を昏睡させたとあれば、許されるものではありません」

厳しい弾劾の声の出どころは、彼女が大真面目なゆえか、それとも融通の利かない性格のせいなのか。その言葉に、黎二たちも思ってもみないという表情をしており、隣に座るロフリーは彼女の人となりを知っているのか、焦り混じりに宥めようとしていた。

「る、ルカ。いくらなんでもそれは」

「ロフリー、それはなんだというのです?」

「確かにそうかもしれないけど、彼は勇者殿の世界の人間だし……」

言葉を慎めとか、遠慮しろとでも言うように声を掛けるロフリーに、ルカは知ったことかと一刀両断。

「関係ありません」

「うぅ……」

同僚にばっさりと断じられ、取り付く島もないというような態度を取られたロフリーは、弱ったように呻いている。グレゴリーはあまり口を挟まないタイプなのか、黙ったままどっしりと構えている。

ふと視線を逸らしたことに気付かれないようにして、水明はリリアナを見ると、やはり本人は罪の重さを自覚しているらしく、気重な表情。弾劾の声に肩身が狭いと、身をすぼめて小さくなっていた。

罪を犯したのに罰がない、ということに得心がいかない者がいるのはわかる。だが、

「……確かに、あなたのおっしゃることも、もっともな言い分ですね」

「そう思うのでしたら、相応の責任というものを取らせるべきではないのでは?」

「何故?」

「何故って……」

拍子抜けするような水明の訊ねに、ルカは困惑気味に言い淀む。罪を犯せばどんな理由があるにせよ罰を与えるという考え方と、必ずしもそうでないという考え方の、価値観の差異が産んだ齟齬。

しかしてその訊ね返しに、水明は、

「この事件はもとはと言えば、貴族が 狡(こす) い手を使ってリリアナの家族を陥れようとしたから起こったことです。彼らがそんなことをしなかったら起こらなかったでしょうし、第一リリアナは事件の黒幕にそそのかされてたんです。まあだからって責任がまるでないわけじゃありませんが」

「なら、その責任は取らせるべきでは、というのです」

「今後の生き方に影響があると言うなら、これから俺が指導してやれば済む話。無暗に罰を与えなければいけないような話じゃない」

「それでは解決にはならないでしょう? 罪を犯した者は――」

「正しくないことをしたヤツは、罰せなければならないと? 痛い目を見せて、わからせてやらなきゃならないと? そうおっしゃるので?」

「そうです。それが筋というものでしょう?」

苛立ち混じりに叩きつけたルカに、水明は一瞬の驚きを見せたあと、まるでおかしなことでも聞いたかのように笑い出す。

「筋……ははははははっ‼」

「な、何がおかしいのですか⁉」

ルカの大声にも構わず、水明はひとしきり笑いこけたあと、化けの皮を剥がしたように、いつもの遠慮ない口調を露呈させる。

「くくく……いやいや、そういうのは清く正しく生きてるヤツに言うモンだろ? 俺みたいな真っ当じゃない人間に言ったってどうしようもないって」

「では貴公は筋などどうでもいいと言うのか? それでいいと本気で思っているのか?」

「いままで、そうやって生きてきたが?」

と、一転真剣味を帯びた表情で突きつける水明。それは、これまで歩いて来た道に、恥じるものは一片もないという、彼のただ一本の折れぬ信念である。

「それではためにならない」

そんなルカの答えが不満だったか。水明は面白くもなさそうに鼻を鳴らして、

「ためにならないってのは、誰のためにならないってんだろうな? リリアナか? それともアンタの精神衛生か?」

「なっ⁉」

ルカの言葉尻を、水明の言葉が穿つ。彼女のこだわりが、真にリリアナのためのものなのか、それとも彼女のその場の正義感を満たすものなのかと。

にわかに色めき立ったルカの表情を見て、ついいつもの調子で煽ってしまったことにい付いた水明は、言葉が過ぎたことに謝りの言葉を入れる。

「ああいや、悪い悪い。いまのは挑発だったな。……そうだな。確かに、アンタの言う通り、今後を言えば、ためにならないかもしれねぇよ。だがそれは結局、俺たちがどう行動するかによって決まることだろう? 罰を与えたって、変わらないヤツはどうしたって変わらないんだし、罰がなくても自省するヤツはいるんだ」

「それは……確かにそうかもしれませんが……」

「ま、俺に保護するって言わせたんだ。運が悪かったと思えばいい。な?」

水明はそう言って、リリアナの方を向く。彼女は恐縮そうに顔を伏せ、頷いた。

自分ではわからせることはできないと悟ったか、ルカは訴える相手を変える。

「勇者殿もそれでいいと思いますか?」

「え? 僕?」

「そうです」

いつになく厳しい表情をしているルカに、黎二は困り顔で頬を掻き、目を逸らした。

「ええと、いや、どうなんだろうね。僕の世界じゃ、年齢の低い子は判断能力が成熟し切ってないからってことで、罪に問われなかったりするからさ……」

「ではミズキ殿は?」

「私は事情が事情だからいいかな。リリアナちゃん悪い子には見えないし。確かに倫理的なものを考えるとダメなのかもしれないけど、そんなこと言ってたら、この世界の人の大半はダメな人間になるんじゃないかな?」

「う……」

ルカも、あちらの世界の倫理観が、こちらの世界に比べどれほど進んだものか聞いているらしい。瑞樹や黎二にそう言われれば、言葉に詰まるを得ないか。

そこに、水明が武断を匂わせる言葉を放つ。

「まだどうしてもって言うんなら、相手になるぜ」

「魔王討伐を拒否した貴公がそれを言うのか?」

「ああ」

ルカは挑発的な言葉を聞いて、水明に鋭い視線を向けている。彼女もまた、王城での一件で、水明を臆病者と思っているのだろう。

「魔王やら魔族なんざ倒してこいってのより、よっぽど現実味のあること言ってると思うがな」

そう言って、水明は椅子にふんぞり返りながら、拳をぽきぽきと鳴らす。そんな彼を見て、武威を発するルカ。リビングが一瞬で、異様な雰囲気で満たされた。

「る、ルカさん⁉」

「け、ケンカはダメだよ!」

剣呑極まりきったルカの雰囲気に、黎二や瑞樹は驚くが、一方敵意を向けられている水明はどこ吹く風かのそんな様相。中身のない怒りなど鼻白むと、面白くもなさそうに鼻を鳴らして相対する。

いまにわかに降って湧いた危うさに緊張が走るが、そこでフェルメニアがその均衡を崩した。

「ではルカ殿。あなたがスイメイ殿と事を構えるというのなら、私も相手になろう」

「は、白炎殿まで」

水明に同調するフェルメニア。彼女の言葉を聞き、ルカが見せたのは困惑だった。そして彼女は周りを見る。黎二や瑞樹、ロフリーも場の雰囲気に戸惑っており、ルカ一人だけが熱くなっていた。

そこで、取り成すようにティータニアが発言する。

「ルカ。あなたの負けです」

「姫殿下も見過ごせと仰るのですか?」

「私はその……グラツィエラ皇女殿下に一泡吹かせ……いえ、なんでもないです」

などと言ってバツの悪そうに視線を逸らすティータニア。彼女の言葉を聞いて、ルカは呆けたようになる。

一方黎二は、そんな雰囲気にした元凶に向かってため息を吐く。

「水明……ちょっとやりすぎだよ」

「悪い、ついな」

「ついって、水明くんいっつもそうでしょ……。腹が立つと人に突っかかるの」

「ははは……」

黎二と瑞樹から、呆れ顔での苦言の挟み撃ちにあう水明。熱くなっていたのは彼も同じだった。

友人からのお叱りを受け、多少頭の冷えた水明は、先ほどよりも随分と柔らかい表情になる。そして、ルカに向かって、

「……アンタの言い分はわかるよ。確かに悪党に罰を呉れてやるのは俺も全面的に賛成するし、たとえ今回の話がそういうのとは事情の違うものだとしても、この解決法の善し悪しを言えば一番の下策だろうよ」

そう、罪を犯したものは須らく法の下に裁くべきが、絶対だ。悪事を行ったなら、罰が下るそれは水明も賛成する。

だが、その中にはやむにやまれずといった状況も確かにあるのだ。ならば、果たしてその場合、どんな解決が正しいのか。罰せられない余地は、どこかにあるのではないかという思いは、誰しも持つものだろう。

一方、こちらも落ち着いたか、ルカも先ほどより語調を弱めて話に臨む。

「……貴公はそれでいいと? リリアナ・ザンダイクの話に限らず、正しい正しくないを明確に決めて置かないと、貴公にだって良いことではない」

「そうかね? 俺はふわふわしてるくらいがちょうどいいと思ってるんだが」

「では、何事もそんなちゃらんぽらんな姿勢で臨むと?」

「その時によりけり、だ。無理に型にはめることもないだろうよ」

水明の言葉に、ルカは険しい顔をする。どうも、二人は性格的に相性が悪いのかも知れない。

「……俺が思うに、アンタは少し固執しすぎていると思うぞ? 要は何を目的とするかだ。俺はリリアナを真っ当な道に戻してやりたい。そのために罰がいるかと言えば、必ずしもそうではないと思ってる。アンタはどうだ? アンタは何のために、罰が必要だと思ってる?」

「…………」

ここで言う罰は、何のためにあるのかと暗に問う、水明の言葉。罰は罪人に報いを受けさせるためのものなのか、それとも罪人を正しき道に導くためのものなのか。悪党には当然前者だが、しかし報いと言うなら、リリアナはこの家に来る前に、その報いを受けているだろう。これ以上は、他者の正義感を満たすためのものでしかない。

答えを言えないでいるルカに、水明は大仰に肩を竦めて答える。

「――なーに、もしそれが許されないことなら、いつかそれが降りかかってくるものさ。俺だって真っ当な死に方できるとは思ってねぇよ」

そう水明がうそぶくと、何故か黎二が首を横に振る。

「それはないよ」

「うんうん、それはないよねー」

「ああ、絶対にないな」

朗らかに言う黎二と、「ねー」と嬉しそうに同意する瑞樹、腕を組んでうんうん頷くレフィール。そんな三人に、水明は戸惑い気味に訊ねる。

「……なんだお前ら、声なんか揃えて」

「当たり前だよ。水明くんみたいなお人よしが碌でもない死に方したら、いろんな人が碌でもない死に方することになるでしょ」

「お、お人よしって俺はな!」

「違うの? 話を聞く限りだと、この話は水明くんのお節介が行き過ぎた風に思えるけど?」

「う…………」

瑞樹の言葉に、言い返せない水明。お節介だと言われれば、確かにお節介である。以前に彼もリリアナにそう言ったのだから。

すると、瑞樹はまるで鬼の首を取ったように瞳を光らせ、野次を飛ばす。

「水明くんのひねくれ者―」

「うるせーよ!」

バツの悪そうに返す水明を見て、黎二と瑞樹は笑っている。ソファの辺りではレフィールも、くすくすと忍び笑いを漏らしていた。

ふと、ティータニアが後ろを見返る。

「グレゴリー。あなたから何かありますか?」

「では、僭越ながら少しだけ」

いまのやり取りを見守っていただけのグレゴリーであったが、思う部分はあるのか、重厚な声を放つ。

「私もヤカギ殿の行いは否定しません。ただ、罰はなくとも、罪はあったということをヤカギ殿、リリアナ殿両名、忘れずにいることが大事でしょう」

「肝に銘じておきましょう」

掣肘する言葉に軽く頭を下げる水明。忘れるなと。さすがの年長の騎士の言葉は重みがあった。

「ねぇ水明。リリアナちゃんのことはわかったけど、でもそれだけじゃあ事件の解決にはならないんじゃないのかい?」

「そうだな。だから当面の目的は真犯人の捜索と捕縛だな。捕まえたらあとは、憲兵とかに事情を説明して引き渡しゃあいい」

「それでも引き渡せって帝国の人が言ってくるんじゃない?」

「まあ、十中八九そうなるだろうな」

黎二の意見に同意する。たとえ唆されていたとしても、手を出したことには変わりないのだ。リリアナの引き渡しを迫られるのは想像するに難くない。だがこちらも身元を預かった以上、はいどうぞと差し出すわけにはいかないのだ。

「まーそうなったら、みんなで他の国にでも行くか?」

この世界。国外に出れば、追っ手などそうそう回してくるものでもないだろう。そうなったら、他の国で過ごせばいい。そう言って水明はレフィールやフェルメニアに笑いかける。フェルメニアは静かに頷いて、レフィールは一瞬の驚きのあと不敵に笑みをこぼした。

「本当に君はいきなりだな」

すると、リリアナが血相を変えて立ち上がった。

「で、ですが、それは……」

顔色の行き着いた先は、迷惑を掛けすぎると言いたそうな不安顔。しかし水明は、彼女の言葉を聞き終える前に、朗らかな笑いを見せる。

「俺はかまいやしねぇよ。まあみんなが嫌なら他の手でも考えるが」

「私はスイメイ殿の補佐をするためにここにいますので、スイメイ殿の意向に従いましょう」

「私もだ。帝国の暮らしもいいが、スイメイくんが行くところに私は付いて行くよ」

「だそーだ」

気にするなと笑いかけても、リリアナの顔に浮かぶ沈鬱さは取り払えなかった。だが、もう決めたことだ。甘んじてもらうしかない。そう決着がついたところで、水明は首を回す。

「そういうことだ」

「そっか。うん、わかったよ」

話に決着はついた。すると、水明は別の疑問があるというような表情で、黎二に問いかける。

「……しかし、お前らはどうして帝都に来たんだ? 確か自治州に向かうって言ってたはずだろ?」

「……それについては僕の方もわけありでね」

いま、黎二が垣間見せたのは沈鬱な表情。懊悩にのしかかられたように、重苦しくもある。

そこで、ティータニアが、

「スイメイ。ハドリアス公爵についてはご存じですか?」

「ああ、フェルメニアから聞いてるよ」

「何でも私たちをはめた人間だとか」

レフィールが鋭い声音と、青の瞳を向ける。やはり、 瞋恚(しんい) の炎はまだその小さな身体の奥底で燃え盛っているか。彼女の声に含まれる怒りは、いつだろうといささかの衰えもない。

頭を下げようとするティータニアを水明は手で制し、頭を振る。誰も思うことだろうが、それについては彼女のせいではないからだ。

「その公爵閣下に、帝都に行ってグラツィエラ皇女殿下の動きを牽制しろって言われてね」

黎二の口から出てきた名前に、水明の眉が跳ね上がる。

「おい、グラツィエラって……あいつか」

「水明くん、知ってるの?」

瑞樹の訊ねに、水明は苦りきった表情を見せる。

「まーちょっとな。……ま、それはともかくとして、だ。その命令を素直に聞いて来たのはどうしてだ? 勇者のお前なら拒否できるんじゃねぇのか?」

キャメリアでもアルマディヤウスは黎二に対して敬意をもって接していたし、エリオットが帝国皇女であるグラツィエラに不遜な態度を取っていても、逆にグラツィエラの側近が顔を青くさせていたこともある。勇者の待遇、権限は一貴族のものよりもはるかに大きなはずだが。

「家族を人質に取ってるって、匂わされてね」

「家族?」

家族とは誰のことか。まさか異世界で黎二の家族に手を出せるはずもない。水明が怪訝そうに顔をしかめていると、黎二たちの後ろに座っていた騎士の一人、グレゴリーが席から立ち上がって、申し訳なさそうに頭を下げた。

それで察した水明が、椅子に座ったままのけ反り、呆れ返ったように言う。

「んだよそいつはほんととんでもない野郎じゃねぇか……。ったく、早めにぶん殴りに行かないとならんな」

あまり悠長にしていては、何をされるかわかったものではない。一度、機会を見つけて接触しにいかねばならないか。

水明の発言に、黎二の整った顔が厳しさを帯びる。

「水明、ハドリアス公爵は強い。僕の拳を受け止めたんだ」

「といっても、それじゃあいまいちすごさがわからんて」

「じゃあ水明、いまの僕のパンチ、止められる?」

茶化すような水明の発言に、冗談ごとぶっ飛ばすぞと笑顔で握り拳を作った黎二。

それに水明はすかさず両手を上げて対応する。

「ぼくは平和主義者です暴力反対です」

「……さっきはあんなことになったのに、よく言うよ」

白々しい水明を突き刺すのは、黎二の白けた目つき。何を言ってるんだと肩を竦め、最後に呆れたため息を放った。

それはそれとしてと、水明は一転真面目になり、目を細める。

「それにしてもグラツィエラねぇ……。その貴族様はお前らにそんなことさせて、一体どんな意味を見出そうと言うのやら」

「それについては僕らもよくわからないんだ」

黎二は首を横に振って、これまでの道のりの中の懊悩だったと言い示す。そんな彼に水明は、話を聞いた限りで持った、ふとした所感を口に出した。

「なんか、まるでお前を帝都に向かわせたかったような感じだな」

「帝国に向かわせたかったって……でも帝国には魔族なんていないはずだよ?」

「だからだよ。そんな勇者の仕事と関係ないとこ、しかも同盟国に民衆の意気を高めに行くわけでもないのに、わざわざ勇者を向かわせる必要なんてないだろ? それだけ偉いんなら、武官だろうが密偵だろうがいくらでも送れるはずだし、気になるっていうのならもう送ってる。話を聞くに最初からそのハドリアスってのは、お前を是が非でもこの国に向かわせたかったように見える」

「どうして?」

端的な瑞樹の疑問に、水明は目を瞑って、

「ふむ……人質がいることを匂わせてまで行かせるんだからな。よっぽどのことがあるんだろうな」

「でもハドリアス公爵はグラツィエラ皇女の動向の牽制としか言わなかった。他に何かしろとも言ってないし……」

議論すれば議論するほど深みにはまっていくといった風に、黎二の顔も険しさを増していく。彼の言葉通りハドリアスが本当に黎二に、グラツィエラを探らせたいのなら、水明のハドリアスに対する評価はどうしようもない無能に落ちるだろう。偵察、牽制ならば黎二の恨みを買ってまで彼を帝国に向かわせる必要はないのだから。

「確かにハドリアス公爵の言った通り、最近グラツィエラ殿下は活発に動かれています。軍での権力を使い、周辺国に対し強硬な政策を取ることもしばしばです。アステルとしてはあまりいい状況ではありません」

ティータニアはあながち間違いではないというが、それでも水明の引っ掛かりは解消されぬまま。何かいままでの会話から、奥歯に物が挟まった感覚が拭えない。

「グラツィエラ皇女殿下に侵入されたときは、ハドリアス公爵も特に何も言わなかったんだけどね」

「――そうか、それだ」

舞い降りたと言うように、水明は指を鳴らす。黎二の口にした感想が、見つからなかった最後の断片だった。

「水明、何がそれなんだ?」

「あの女に侵入されたときって言っただろ? 帝国の皇女が、なんでそこに来れたんだ?」

水明の指摘に、瑞樹が首を傾げつつ答える。

「来れた? 来た理由じゃなくって?」

「そうだ。どうやってそこに来たかだ」

「それは……手勢と一緒に無理やり突破してきたからだって言ってたよ?」

「あの国境砦をやすやすと突破してこれたのか?」

その問いにはフェルメニアが答える。

「おそらくはそうでしょう。私が見たグラツィエラ殿下や麾下の部隊は、損害を受けた様には見えませんでしたから」

自分の言葉を反芻して肯んずるフェルメニア。言ったあとにもう一度、当時の状況を思い浮かべているらしい。すると、レフィールが訝しげな表情を作る。

「――確かにそれは変だな。私もスイメイくんと一緒に通ったが、アステル側の国境砦はそう簡単に突破できるほど脆い造りでもなかったぞ?」

「確かに、改めて言われてみればそうですね……」

それにはティータニアも同意見か、気付いていなかったことに顔に焦りを浮かべている。

国境砦は造り、警備ともにかなり厳重だ。峡谷の間に鋼鉄の門が置かれ、それが開閉される時間も予め決まっているため、そうと簡単には通れない。確かにグラツィエラの力量を鑑みれば十分強行突破は可能ゆえ、無理もないように思えるが、それでも魔法を用いた策を講じれば相当な騒ぎになることは避けられない。

だが、いまのところそんな大事になったというような話は出てきていない。

「それに来たタイミングが良すぎる。ちょうど、クラント市の軍が魔族を攻めようとしていたときってのがな」

「確かにそう言われてみればそうだけど……でもあり得ない話じゃないよ?」

自信が揺らいだというような黎二の言葉を否定するように、水明は頭を振る。

「魔族があそこに来た時点で、そのことを知っていたのは、アステルの上の人間とその情報をもってお前らを安全なところに誘導しようとしたグレゴリーさん。そのとき話を聞いたお前ら。そして魔族と遭遇した商隊の連中と俺たちだけだ。魔族の存在はアステルの住民には知らされていないし、アステル国内の人間にとって魔族のいた場所は空白地帯になっていたはずだ。それなのに、他の国の人間が簡単に情報を手に入れられるのか?」

「帝国領内にいた魔族を捕まえて吐かせたとか?」

「ありえんな。魔族はそんな生き物ではないよ」

レフィールが間髪容れずに断じる。ここで魔族の性質を一番よく分かっている彼女が言うのだから、間違いはない。水明も以前相対した記憶から、たとえ拷問しても情報を漏らすような生き物ではないことはわかっていた。あの生き物ならば、捕まってすぐ自爆ということも考えられる。

ならば、予想し得るに、

「なあ、もしかしてそのハドリアスってヤツは」

もしや、とおぼろげだった輪郭が、徐々に形を帯び始める。そんな答えが見え始めてきた彼の言葉を最後まで聞く前に、いち早くそれを察したのはティータニアだった。

「……グラツィエラ殿下が国内に侵入するよう情報を流し、国境砦の警備にも細工をしたと? スイメイはそう言うのですか?」

水明が首肯すると、室内に緊張が走りその場にいた誰しもを沈黙で縛った。

拍子遅れで、瑞樹が何かに焦らされたように、慌てた問いを投げてくる。

「で、でもそんなことして何の得があるの? ハドリアス公爵はアステルの貴族だよ? グラツィエラ皇女殿下と裏で繋がってるからとか?」

「さあな。繋がってるのか、単に情報をリークしただけなのかまではわからんが、……まあそうなったらなったで戦争はしやすくなるだろうさ。あの危ない女が許可なく国境を越えてきた。ここで一つ、アステル側の人間が帝国に対し悪感情を抱きやすくなる。そして、すぐに黎二たちを送り込めば」

「向こうも挑発的だと思う?」

緊張の抜け切らない表情で黎二が合いの手を入れると、やはり水明が、

「牽制とか自分で言ってるくらいだしな」

確かに、グラツィエラがアステルに侵入した行為には、非常時なため正当性があるのかもしれない。だがそれは当然、アステル側の首脳に危機感を抱かせる。そしてそのあとすぐに、黎二の予定外の帝都来訪があれば、首脳レベルでだが、二国間の緊張が高まるだろう。

「ですがスイメイ殿。いま帝国がアステルに戦争を仕掛ける意味はありません」

「そうだよな。俺もいまいちそこがわからん」

そこが、悩みの呻きが上がる場所だった。現在、魔族が人間の領土に進攻してきている中でそんな仲間割れを引き起こさせる行為などしても、何の得もない。

フェルメニアも、ティータニアに同意する。

「私もそう思います。いくらハドリアス公爵でも、魔族の脅威については分かっているはず。それに情報を流したからといって、帝国側が行動を起こすとは限りません」

「確かにな、細工を仕掛けるには不確定要素が多すぎるか……」

そんな中、黎二が、

「でも……」

「なんか気になることでもあるのか? 黎二」

「いや、水明の考えた通りなら、あのときのハドリアス公爵の態度も頷けるかなって」

「さっきの何も言わなかったって話だな?」

「うん。グラツィエラ皇女殿下の登場がハドリアス公爵の目論見通りなら、侵入について何も言わなかったことがしっくりくるんだ。あの性格なら、あからさまじゃない苦言の一つくらいは入れる場面だしね。……でも、これ以上このことを話しても埒があかないと思う」

「確かにそうだな」

判断するには材料が足りない。できれば早いうちに企みを予測できればこれ以上のことはないのだが、それもいまは無理だろう。

しかし、ハドリアスに対して警戒が必要ということは、共有できた。

「――で、話は変わるが、お前らこれからどうするんだ?」

「そうそうそれそれ! 聞いてよ水明くん! 宿が取れないんだよ!」

「そりゃパレードがあるからな」

当たり前だろ、という視線を向けると、どうしよう、という視線が返ってくる。ここに来る前にすでに、策は尽きていたか。水明は考え込むように椅子の背もたれに身を預ける。

「……ここに泊まるか? この数だとさすがに窮屈になるだろうが」

「水明、いいのかい?」

「人数分ベッドがないから、男連中俺を含めてリビング(ここ)で雑魚寝になるがな」

水明がそう言うと、黎二は異論がないらしい。みんながいいのならと訊ねるように面々を見回すと、ロフリーが、

「それなら我らはもう一度宿を探してきましょう。部屋を少しでも確保できれば、ヤカギ殿の家と宿とで分散させることもできますし」

それに黎二が「よろしくお願いします」と応えると、お付きの騎士たちは玄関の方に歩いて行く。労を掛けることに、もう一度礼をするのか。送り出しに付いて行く黎二と瑞樹。

ティータニアも立ち上がるが、しかし彼女は黎二たちのところには行かず、水明の方に近づいてきた。

「どうした?」

訊ねても、歩みを止めぬティータニア。ふっと、柔らかな香りが鼻腔をくすぐる。やがて手頃な距離に達したか、急に手招きをする。水明はそれに応じ近づくと、彼女は内緒話をしたいのか耳に口を近づけてきて、

「スイメイ。明日、少し私に付き合っていただけませんか?」

「付き合うって?」

「あなたにお話があるのです。とても大事な」

耳を離し、ティータニアの顔を見る。深い蒼の瞳は真っ直ぐにこちらを向き、表情に表れた生真面目さが、彼女の真剣さの度合いを映している。何かのっぴきならない事情があるのだろうか。

「……わかった」

水明は一言、了承の意を告げた。