軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

壌乱帝、グラツィエラ・フィラス・ライゼルド

帝都フィラス・フィリアの南側にある公園は、通称『貴族広場』と呼ばれるだけあって、その利用者のほとんどは身分の高い人間である。

上流区画の中ほどに位置し、造設当初に付近に住む貴族たちが出資したため、他と比べると華美な造りになっている。レンガ敷きと花壇はよく手入れされ、当時のまま。中央広場と違い周囲に店舗はなく、住宅街と隣接しており、ともあれば彼らの住む区域を一つの巨大な屋敷に見立て、その 中庭(コートヤード) として扱われていた。

規模も大きく、全体をパーム色のレンガで敷き詰め、扇状に広がった階段や植え込みなども造られ、純粋に身分の高い人間やその子供たちの憩いの場として使われているらしい。

だが現在は憲兵、および軍人たちに占拠されており、完全に非常時の様相を呈している。理由は判然とはしないが、それは貴族たちも同じようで、自分たちのライフスタイルを邪魔されたことに抗議に来ては、憲兵たちに丁寧に追い返されていた。

そんな物々しい雰囲気の中、水明たちが到着すると、憲兵は広場の一角で待機するよう告げて、端に設えられた天幕の中に入って行った。中にはグラツィエラがいるのだろうと推測し、フェルメニアと共に指定された場所に向かうと、そこには見知った顔があった。

身体のラインは男性らしくないしなやかさで模られ、金髪碧眼を持ち、生えそろった長いまつ毛がそれを引き立てている。一見少女のようないとけなさを思わせる、そんな美少年勇者エリオット・オースティン。

花壇の赤レンガに優美に腰かけ、お付きの魔法神官であるクリスタと話をしていた。

「お前は」

水明が思わずそう声に出すと、気付いたエリオットが立ち上がる。

「そうか君も呼ばれていたのか」

彼は驚きの顔も一瞬に留めおき、くしゃりとそのブロンドの髪をかき上げる。そして少しだけ口元を皮肉気に歪めて訊ねてきた。

「怪我の方はもういいのかい?」

「なんだ、心配してくれるのか?」

「冗談を言いなよ。そんなわけないじゃないか」

「だろーな」

エリオットと言葉を交わす……軽口を叩き合うと、それだけで、どこからともなくあまりよろしくない視線を感じた。出どころを探るように首をひねると、クリスタがむっつりとした表情をしている。どうやら軽口を言い合うことすら、彼女には受け入れ難いことらしい。緑のおさげを払い、神経質そうな顔を険しくしている。

一方フェルメニアを見つけたエリオットが、すかさず彼女に粉をかける。

「あなたも、お久しぶりですね」

「ええ。ご無沙汰しております、エル・メイデの勇者殿」

格式ばった丁寧な礼を返すフェルメニアに、エリオットは、

「そう畏まらなくても構わないですよ」

「いえ、救世の勇者殿に対し不遜な態度はとれませんゆえ」

「いやいや、気を楽にしてくれた方がぼくも話しやすいですから」

朗らかに笑うエリオットは、水明のときとは違い明らかに優しい口調である。畏まるフェルメニアの態度をほぐそうとしているのか、なんなのか。ふと、彼は何か思い出したような表情をして、優雅に礼をする。

「遅ればせながらですが、ぼくはエリオット・オースティン。あなたの名前をお訊ねしても?」

「フェルメニア・スティングレイと申します」

「フェルメニアさん、ですね。良い名前をお持ちだ」

社交辞令を、とてもそうだとは思わせないように快い口調で言うエリオット。自然な態度が好感を抱かせるといった風だが、その一方、フェルメニアの名を知っているクリスタが、眉をひそめる。

「アステル王国の、白炎のフェルメニア殿……」

「……ふむ、もしかして有名人でしたか?」

「いえ、多少名が通っているだけです」

フェルメニアが素っ気なく言うと、クリスタが真面目な顔で、

「ご謙遜を。齢十五でコカドリーユを倒し、アステルの宮廷魔導師になった魔法使いであるあなたが、多少とは」

まさか、と。クリスタは、その物言いは謙遜がすぎると口にする。

一方、耳慣れぬ言葉を聞いたエリオットがフェルメニアに訊ねる。

「コカドリーユとは?」

「砂漠に出る巨大な魔物です。南方に赴いた際に偶然遭遇し、倒したのです」

「クリスタ、危険な魔物なのかい?」

「はい。位格は二級の魔物ですが、身体が大きく、口から猛毒をまき散らすため、南方では特に怖れられています」

「へぇ……それはすごい」

フェルメニアの持つ武勇を聞き、感嘆とした表情を見せるエリオット。すると彼は、一旦彼女から視線を外し、水明の方を向く。

「ということは、君は彼女のお弟子さんってところなのかな?」

「さぁ? どうなんだろうな」

エリオットの含みありげな視線には、舌を出して言葉を突き返す水明。挑発的な彼の行動に、呆れたように鼻を鳴らしたエリオットは、またフェルメニアへと意識を向けて、

「それにしてもフェルメニアさん。そのプラチナブロンドは綺麗ですね」

「え……、ええと、ありがとうございます」

髪を褒められ面映ゆかったか、フェルメニアの素っ気ない表情は赤みを帯びて崩れた。

そこへ、更に褒めそやしにかかる色男。

「クールなところも素敵だけど、照れた表情も可愛げがあるなぁ」

「ふぇっ⁉ それは、その……」

フェルメニアはあわあわ。褒められることに弱い性分だからなのだろう。しばらくエリオットが声を掛けていると、その横合いから聞こえよがしな咳払いが響いた。

「エリオットさま」

咎めるような呼びかけを発したクリスタに、エリオットは察しが悪いのかとぼけているのか、「なんだい?」と聞き返す。すると、彼女は澄ました表情で自重を促した。

「彼らと、あまり親しくしすぎているのでは?」

「ぼくは彼女と仲良くしようとしているだけだよ? 何かいけなかったかい?」

「それは……」

もっともらしいことを言われ戸惑いだすクリスタ。彼女を見て、エリオットの口元に意地の悪さが宿るのが見えた。

「ふふ、クリスタは嫉妬深いところがあるからね。他の女の子を褒めたり仲良くするとすぐこれだ」

「な、なな、何を仰るのですかエリオットさま⁉ 私は別に!」

「別に、どうしたんだい?」

といって、エリオットはクリスタをおちょくりつつ、次の言葉を待っている。傍から見れば、美男美女がいちゃいちゃしているようにしか見えない。

……体調が芳しくない状況での急な呼びつけの上で、そんなやり取りばかり見せ付けられれば、水明も少し腹が立つ。彼はエリオットを、三角にした目で睨み付けた。そして、

「お前爆発な」

「は?」

「うるさい。なんでもねーよ」

そう言いつつも、水明は「爆発しろ、爆発しろ……」と呪詛のように呟いている。その言葉の意味するところが分からない三人は、首を傾げるばかりだった。

苛立ちを隠せない水明をそのままに、フェルメニアが二人に訊ねる。

「お二方はどうしてここに?」

「……聞かされていないのですか?」

「ええ、憲兵に言われるがままについてきただけで、グラツィエラ皇女殿下が待っているとは伺いましたが、子細の方はまるで」

「そうなのですか。実はですね……」

フェルメニアは訊ねたが、一方で水明は広場に来た時点で察しが付いていた。ここに自分と、そしてエリオットがいるということは、十中八九昏睡事件に関連したことだ、と。いまのところエリオットとの接点はそれしかないのだ。呼ばれる理由など共通している。

すると、何かに気付いたクリスタが、エリオットにささめくように声を掛ける。

「エリオットさま」

「……む、そうか、やっとおでましか」

クリスタの耳打ちにエリオットが振り向く。彼に倣って水明たちもそちらを向くと、広場端の天幕から数人伴って、一人の女が歩いてきた。

歳は二十代に届くか否か。 嫋(たお) やかというよりも、女傑という言葉が似合いそうなほど堂々とした風貌で、しかし見目麗しくある。出で立ちは他の軍人の軍装よりも豪奢で、基調は赤の深いサマーワイン色。肩には内側に 刺繍(ししゅう) の入った帝国軍のコートを引っ掛けており、見た目からして、ここにいる軍人たちの誰よりも位が高そうであった。

ふと、その姿を見つけたフェルメニアが「グラツィエラ皇女殿下」と、警戒を伴った声音をこぼす。どうやらあれが呼びつけた当人らしい。皇女と呼ばれる立場にもかかわらず軍装をまとっているのは、帝国十二優傑だからだろう。ウェーブがかった長い金髪をぶっきらぼうに払う仕草も、皇女と呼ばれるにしては随分と荒っぽい。ただ水明にはそれ以外に、彼女の青い瞳に何やら良くないものが浮かんでいるようにも見て取れた。

彼女が近付くにつれ、場の空気が徐々に変化していく。

厳しい、重い、そんな単語が頭の中をよぎるのは、彼女の発する武威のせいなのか、持って生まれた格のせいなのか。ただ、上に立つ者の気質は十分にある人間だと思われた。

水明が素早く気配を研ぎ澄ませると、クリスタが礼を取るように膝を突いた。

エリオットがそのまま、佇んだままの目礼に止めたのは、勇者だからだろう。キャメリアのときの黎二と同じだ。

水明もフェルメニアと共に、その場に跪く。

「――揃ったか」

広場の緩やかな階段を背景にして目の前に立ったグラツィエラは、声にどこか気だるげな音を滲ませて、その切れ長の目で場に畏まる面々を睥睨する。

そして、まず初めにエリオットに目を付け、

「確か貴様とは事件の捜査をすると報告に来て以来だな、召喚の勇者殿」

「ご機嫌麗しゅうございます、グラツィエラ皇女殿下。このような忙しい中での急なお呼びつけ、恐悦至極に存じます」

不遜な物言いには、不遜な物言いといったところかエリオット。不躾な視線に返したのは、言外に「よくも呼びつけてくれたな」という気の利いた皮肉だった。

それは言われた当人もわかったようで、一瞬目を細めると気に染まぬといったように目を逸らす。

「貴様も相変わらずだな」

二人の挨拶が終わると、クリスタが声に聞こえよがしな険を含めて、申し上げる。

「グラツィエラ皇女殿下。召喚の勇者であるエリオットさまを約束の取り付けもなくお呼びつけになるとは、どういったご存念でありましょうか?」

彼女の言う通りであれば、確かに勇者の格を軽視した行為だ。貴様と呼んでいる時点で明らかだが――しかし、グラツィエラはその質問を一蹴する。

「控えろ。一介の魔法神官ごときが私に意見するつもりか?」

向けられたのは、有無を言わさぬという視線。それにクリスタも負けじと視線を返すが、エリオットが取り成すようにクリスタの肩に手を置く。分が悪い。とそう伝えるように出されたエリオットの手に従い、クリスタは「……失礼しました」と、しぶしぶ引き下がった。

グラツィエラが今度は水明の方を向く。

「……貴様が何やら勇者と争っているという男か」

「は」

水明が頭を下げる。だが特に先に続く言葉はなく、それよりも横に興味が逸れたのか、

「まさかその隣に、白炎殿がいるとは思わなかったがな」

フェルメニアは「ご機嫌麗しゅうございます」と二人に倣い当たり障りのない礼を返す。

「アステルの魔法使いである貴公が、何故帝国にいる?」

「逗留の申請は受理されておりますが」

「私は貴公が何故帝国にいるのか訊いているのだが?」

苛立ちの含まれた訊ねに、フェルメニアは言いわけの用意があるらしい。まるで「仕方ない」というようなもっともらしいため息を吐いてから、答える。

「……女神アルシュナの導きにより、スイメイ殿の補佐をしているのです」

「ほう? 貴公は以前にアルマディヤウス陛下の勅命を受けていると申していなかったか? あれは偽りだったと申すのか?」

「陛下にご報告した折、陛下からもよきにはからえと言付かっております」

「ふむ……言い様よな。で、その補佐の相手とは、そやつのことか」

「仰せの通りにございます」

「なるほど。まあ、道理は通っているな……女神もよくわけのわからぬ託宣を出す。この件にも女神がかかわっているなら、確かにないことではないな」

と、グラツィエラは一応納得したか。フェルメニアにまだ胡乱げな視線を送っていたが、しかしそれよりも重大なことがあるらしく、かかずらうことを止める。

「早速だが本題に入ろうか。今日貴様らを呼んだのは他でもない。貴様らが犯人の検挙を争っている昏睡事件の捜査が、私の預かりになった」

「む……」

「これは……」

昏睡事件にかかわることだろうと予想はしていたが、それはやはり当たりだったらしい。表情に険しさが混じる、水明とフェルメニア。一方エリオットたちは聞かされていたらしく、動じていないようであった。

エリオットはグラツィエラを軽く仰ぎつつ、しかつめらしい顔つきで訊ねる。

「グラツィエラ殿下。それだけを言うのなら、別にぼくたちをここに呼びつける必要はないと存じますが? ぼくたちに知らせずとも捜査はそちらで勝手にすればいい」

「いいや、そうもいかんのさ。ついては貴様らに、事件の迅速な解決のため、私の指揮下に入ってもらうことになるからな」

「な――⁉」

「おいおい……」

さすがにエリオットも徴用のことは予想だにしていなかったか、瞠目して言葉を失う。

水明も、下げていた面を上げて困惑を声に出した。

そんな二人の驚きなど知ったことかと、グラツィエラは強硬に同意を求めてくる。

「異論はないな?」

「あるに決まっている」

「ほう? 何故だ? こちらとしては貴様らの争いを考慮してのことなのだが?」

エリオットの言下の否定に、挑むような表情で口元を吊り上げるグラツィエラ。何やら反発されることに興が乗る性質なのか。こちらの争いを考慮してのこととはおそらく、捜索を続けさせていれば、教会方も文句は言わないと踏んでのものだろう。

異論ありと声を上げたのはエリオットだが、クリスタが代わりに答える。

「グラツィエラ殿下。エリオットさまとこの男はアルシュナさまのお言葉に従って、事件の捜査をしているのです。エリオットさまとこの男を指揮下に入れるということはすなわち、その勝負の邪魔をするということになります」

「そこになんの問題がある? 貴様らの勝負など私にはあずかり知らぬ話だ」

「それはアルシュナさまのご意向に背く発言です。一国の王族がアルシュナさまのお言葉を蔑ろにするのは、正しいことだとは思えませんが?」

「正しいも何もあるか。これは貴様たちの問題以前に、帝国の問題なのだ。アルシュナの言葉も軽視するのはいかんのだろうが、結局帝都の人間には戯れごとでしかない。次にいつ被害者が出るとも限らんこの状況では、早急に事態を終息させるのが最善だと思うが?」

「…………」

さすがのクリスタも、被害者と言葉を出されては言葉に詰まらざるを得ないか。むっと口を真一文字に結んでいる。

それにしても、

「……王族にここまで反発してるのに、誰も何も言わないのか」

「……勇者様は女神に遣わされた、いわば聖人ですから。いまは正当性の怪しいグラツィエラ殿下の発言の方が不遜に当たるでしょう。従者であるクリスタ殿もその庇護下にありますし……それに、見てください。その証拠に憲兵や軍人の方が肝を冷やしているはずです」

フェルメニアの言葉に従い、水明は視線を散らす。彼女の言う通り、憲兵や軍人だけでなく、グラツィエラの従者までも、顔を青くさせていた。

グラツィエラの意識が水明の方を向く。

「貴様はどうだ?」

降るか、否か。その訊ねに、水明も当然拒否の意を示す。

「俺もお断りさせていただきます。事件の早期解決はもっともなことでしょうが、あなた方に協力しなければならないいわれは俺にもありません」

「これは公的な徴用だ。貴様はいま帝都に居をおいているのだろう? この帝国に住む以上、我らに協力するのは当然のことだ」

「では、仰ることを聞かねば牢に入れるとでも?」

「ふむ……それは脅しの一つにはなるな。だが、それはそれで横暴がすぎる」

と、一呼吸置いて、グラツィエラは妙案を思いついたというように顎に手をあてがう。

「そうだな。貴様らがそこまで言うのなら、徴用について条件を課そうではないか」

「条件とは?」

「貴様らを指揮下に加えると言ったが、まずは私としても貴様らの実力を確認せねばならないと思っていたところでもある。どうだ? 私と勝負をして勝てば、いままで通り貴様ら二人を自由に行動させてやってもいいぞ?」

「む……」

「なんと傲慢な……」

依然高姿勢を崩さず、なお理不尽極まる条件を提示したグラツィエラに、エリオットとクリスタが呻く。グラツィエラは帝国最強の使い手。腕前には相当な自信があるため、そんな条件を突き付けてきたのだろう。

だが、エリオットはそのことを知らないのか、顔に不思議そうな感情が浮かんでいる。

「皇女殿下自ら戦うのですか?」

「私が戦うのはおかしいか?」

「おかしいというわけではありませんが……」

彼の言い淀みが呈した疑問の通り、実力を測るのは、普通ならば部下にやらせそうなものだ。だが、おそらくはそれが彼女の目に浮かんだ良くないものの正体だろう。水明がそう踏んでいると、クリスタがエリオットに耳打ちしているのが見えた。

グラツィエラの情報でも教えているのだろう。やがて、油断ならぬと知りえたエリオットの表情が凛、と引き締まる。

それを見て、グラツィエラが不敵な笑みを作った。

「そうだな。まずは勇者殿の力を……ふ、拝見させていただこうか?」

「相当な自信がおありのようですね」

「自信か。自分の力の程度を正しく把握しているのなら、自信も何もなかろう?」

この自信は過信にあらざるものと断じて、グラツィエラはエリオットの言葉をつまらぬものと斬り捨てる。すると、エリオットは半身前に出して、身体に闘気をほとばしらせた。

「エリオットさま? ま、まさかお受けになるというのですか⁉」

「ああ、皇女様のわがままに付き合ってあげるのも一興だろう? それに、これはお受けしないとすんなり帰してくれなさそうだ」

「エリオットさま……」

「さ、クリスタ。君は下がっていてくれ」

エリオットは不安そうな表情でいるクリスタに、圏外への退避を促す。

一方で水明たちも、巻き込まれなさそうな場所を見繕って、足早に下がった。

「勇者殿、つまらん戦いをしてくれるなよ?」

グラツィエラはそう言い放つと、そばに控えていた従者からガントレットを受け取り、手にはめていく。羽織るコートの白と良く合う白銀のフォルムを持ち、ナックルの部分には黒い光沢を帯びた素材が使われている。魔術で錬成された物質に詳しい水明にも、記憶の中に符合するものがない。どうやら、金属ではないようだが――

「フェルメニア、あのガントレットに使われてる黒いのはなんだ?」

「 黒鋼木(ブラック・ウッド) です。北方原産の樹木で、鋼鉄のような硬さを持っています。金属と比べ軽く、同じくらい強靭でなおかつ魔力にも強い材質なため、よく魔術師の防具や時には武器にも使われたりします」

「ほう……」

未知の素材に、水明の興味が傾くが、しかしいまはグラツィエラとエリオットの戦いだ。従者や護衛たちが退くと、扇状に広がった階段の上に飛び退くグラツィエラ。ガントレットのはまり具合を確かめるように両拳を打ち合わせると、低く鈍い音が広場中に響き渡った。

一方エリオットは、その場でグラツィエラを見上げたまま、輝けるオレイカルコスの剣を引き抜く。魔力の昂りに呼応した剣身に陽の輝きが流れると同時に、彼は切っ先をレンガ敷きに打ち付けた。

「 武装展開(コール・アーミング) 」

銀鈴を鳴らしたような声が紡いだのは鍵言。濃密な魔力と術式がエリオットの身体にまとわりつくと、やがて彼の身体は鈍い銀色の鎧に包まれた。

目を引くバケツ型のメットに、全身を覆う金属の板。華奢なエリオットの見た目に反し、武骨で重厚な装備だ。機動力を生贄にしそうなものだが、あの鎧は術式と魔力で編まれたもの。重さに関しては見た目通りとはいくまい。

これが、エリオットの世界の神秘か。物質を具現化させる型だが、式の特徴は水明の知識に沿うものではない。似たような魔術はあるにしろ、向こうの世界にはない体系の魔術だ。

鎧に紋様と色が焼き上がると、エリオットは最後に盾を具現化する。幾何学的な 紋章(しるし) の入ったカイト・シールドだ。

エリオットの魔術行使を見て、グラツィエラが感心した表情を向ける。

「ほう? それが勇者殿の世界の魔法か? 面白い技だな」

「光栄です。ですが、面白いだけではありませんよ?」

兜をかぶっているせいか、くぐもった声が響く。確かな自信を滲ませ、体を落として構えるエリオット。彼の態勢が整ったのを見て、グラツィエラは先手を打ち出す。

「まずは小手調べといこう――土よ。その身を頑なな礫と成して我が敵を砕け。ストーンレイド」

以前にフェルメニアが使ったことのある、礫を撃ち出す土属性の魔法だ。だが、最強の土魔法の使い手との呼び名は伊達ではないか、一回で作り出した礫の量も大きさも比較にならない。グラツィエラの周囲を、尖端の鋭利な礫が浮かんでいる。

撃ち出された多数の礫に、エリオットはカイト・シールドを向け、防御姿勢を取った。

礫が殺到するが、それらは全て盾に弾かれ、エリオットは無傷だった。飛来の終わりを見計らって、エリオットが魔術を行使する。呟くような詠唱のあと、剣が稲妻をまとい、切っ先から電撃が飛び出した。

魔力の動きを察知したか、グラツィエラが、飛んできた電撃を危なげなくかわして、

「なるほど。なかなかやる」

「まだまだ――我が讃える高き知霊に言祝ぎてより願い奉る。応えて来たれ、フォースグラント!」

エリオットが鍵言を発する。見た目に表れなかったが、魔力の昂りと同時に身体能力を強化する術式が、彼の身体に付加された。

「魔術行使……」

フェルメニアはエリオットの魔術を見たせいか、驚きに目を瞠っている。その理由はおそらく多数の魔術を並行して使用しているのを見たからだろう。

いまの彼は、一度に行使しても一つ、せいぜい二つというこの世界の魔法行使のセオリーから逸した状態にあるからだ。

継続効果のある魔術を多用して、戦闘能力の底上げを図る。戦い方としてはポピュラーで、よくありそうなものだが、こちらの世界では物珍しいのだろう。

グラツィエラがエリオットに肉薄する。この世界の魔法使いには珍しいが、彼女は接近戦が得意なのだろう。重武装のエリオットに怖れることなく近づき、ガントレットをはめた拳で殴りかかる。無論、身体強化はしているらしく、身体強化の魔術を施したエリオットに遜色ない。攻め立てながら、土魔法の行使も行っている。

それに対し、エリオットは盾と雷を付与した剣とを使い、堅実で堂々とした戦い方を披露していた。

「勇者殿の戦いぶり、見事ですね」

「まさに勇者って感じだな」

「スイメイ殿もやはり良いと思われますか?」

「そうだな。基本に即した、良い戦い方だと思う」

水明も首肯して、フェルメニアの意見に同意する。この戦いを見ていると、エリオットの自信も、大言が過ぎたものとは言えなかった。

剣技はもちろんのこと、魔術で作り出した鎧はかなりの耐久力があり、身体強化魔術と付与魔術は継続時間こそ短いが、効果が大きい。

だが、その反面スタンダード過ぎるという単調さもあるが――

「盾や鎧には別々の防御術式。それに加え身体強化の魔術、魔法攻撃。完璧な戦い方ですね」

「さすが言うだけはある。接近戦も魔術戦もカバーして、なおかつ堅実だ。だが――」

魔力の多さ、魔法の詠唱速度ならびに効果は、グラツィエラの方に分がある。エリオットは雷の魔術だけだが、グラツィエラは格闘術による攻勢を止めることなく、土魔法を幾度も行使している。

「この世界だと魔法使いはあまり格闘術を使わないイメージだが」

「グラツィエラ皇女殿下が特殊なのです。魔法使いという立場を下地に置いてあれほど格闘術に秀でている人間は稀です」

水明とフェルメニアがそんな話をしていると、戦いの方は膠着状態に入ったのか、グラツィエラとエリオットが距離を取って、身構えていた。

すると、グラツィエラが、

「なるほど、見えてきたぞ」

「……何がでしょう?」

「貴様のその鎧と盾についてだ。両方とも実体はあるが、盾は魔法から身を守るもので、鎧はそれ以外の攻撃から身を守るものだな?」

「…………」

したり顔をして目星がついたと口にするグラツィエラに、しかしエリオットは黙したまま。兜ののぞき穴からはどんな視線を彼女に対し向けているか。

「スイメイ殿、そうなのですか?」

「ああ。あの女の言う通りだ。間違いない」

水明とフェルメニアが話す中、クリスタが悲鳴のような声を上げる。

「エリオットさま!」

エリオットの盾が、グラツィエラの強力な拳撃によって弾き飛ばされていた。

次いでグラツィエラが拾いに行くのを妨害するように彼の前に出たため、エリオットは盾とは逆の方向に退くこととなった。

「……スイメイ殿。勇者殿の盾が消えません」

「術式を 解放(リリース) する魔術を使わない限り消えないようになってるんだろう。魔力を常に通してないと維持できない術だと、丸裸になる可能性があるからな」

「なるほど。確かに」

フェルメニアはそう納得して、再び疑問を口にする。

「スイメイ殿はグラツィエラ皇女殿下と勇者殿、どちらが勝つと思いますか?」

「確実なものは言えん。だが、分はあの皇女さまにあるだろうな。接近戦が互角な以上、魔術の力量がものを言う。それを覆す何かがなければ、物量で押し切られるだろう」

「覆す何か……」

「あの勇者は魔力をまだ溜め込んでる。使えないのか、ここでは使いたくないのか……」

水明としては、まだ何か残しているとの見立てを持っていた。勇者の戦い方には、まだ余力がある。しかしそれに相対し、圧倒しているグラツィエラの戦闘能力も相当なものだ。

これを見ていると、勇者と同格の力を持つ者がいるにもかかわらず勇者を召喚することに疑問を抱かずにはいられないが――

応酬の最中、エリオットの剣から雷のまといが消える。効果が失われる時間が来たか。エリオットがすぐにまた雷を剣に付与しようとした、そのときだった。

「――土よ! 其は我が暴虐の結晶! 波乱なる威を持ちて砕けよ! そして散華讃える碑となれ! クリスタルレイド!」

グラツィエラが決めにかかる。大技だ。レンガ敷きを突き破った結晶がグラツィエラを取り巻くと同時に、彼女は腕を振り払った。

殺到する結晶の柱。盾はエリオットから遠く離れ、魔法での防御も間に合わない。クリスタの悲鳴が聞こえる。

「スイメイ殿!」

「決まったか……」

もうもうと舞い上がる砂塵。視界は劣悪だったが、どちらに軍配が上がったのかは火を見るよりも明らかだった。