軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

踊れよ踊れ

水明たちが案内されたのは訓練場だった。

すぐに簡易の会場が設営され、城内の人間もギャラリーとして集まってくる。

「なかなかおもしろいことになったな」

グラツィエラはそう言いながら笑っている。

まるでこれから面白い見世物にでも立ち合うかのよう。

「あんたこの状況でよくそんなこと言えるな。正直、いまはこんなことしてる場合じゃないと思うぞ。軍議の最中なのにみんなそれをほっぽり出してくるなんておかしいぜ?」

「まあそれには概ね同意する。だが、ある意味この時機でよかったとも言えるな」

グラツィエラはそう言うと、ティータニアに目配せする。

「こちらとしては正直に言って助かります」

「また前みたいなガス抜き的なあれか? 前のは攻められる前だったからいいものの、今度のはいくら何でもおかしくねえか?」

「そうでもありません。いまは魔族の侵攻の手が緩まり、上の人間の気も緩んできたところ。これで引き締めになります」

「ガス抜きって言うよりは、綱紀のためってことか」

「王都の兵は長らく戦にかかわっておりませんし、これが初めてという者も多いですから。その辺の力の抜きどころや配分、塩梅などに疎いのです。特に防衛線となれば、いつ戦いが始まるかは向こうの匙加減ですから」

「余力あんのな。俺も仕事で紛争地帯はいくつか見てきたことあるが、偉い奴も誰も彼もみんな疲れてそれどころじゃないってのに」

「そうです。それがおかしいのです」

「おかしい?」

「防衛戦となれば、普通はもっと疲弊するものでしょう。ですが、我が軍にはそれがありません。攻め落とすのが目的ならば、間断なく攻めればいい。緊張が弛緩したこの状況なら絶好の機会です。ですが、魔族の攻撃は開戦からずっと緩慢です」

「向こうさん、手ぇ抜いてるって?」

「はい。そう考えなければおかしい点だらけなのです」

「向こうが何を考えているのかは知らんがな」

グラツィエラの言葉のあと、水明が訊ねる。

「住人の避難はどうなってんだ?」

「かなり進んでいます。避難民も他の町や村々に振り分けられたと」

「それもうまくいってるんなら、都合良すぎるな。まあそれで考えられるのは、大都市の住人を色んな所に振り分けることで、避難先の住人の生活が圧迫されて、疲弊を各地に伝播させるとかな。そのせいで全体の生活レベルが下がって都市単位で弱体化する」

水明がそんな考えを披露すると、グラツィエラが若干引いたような表情を見せる。

「……お前はえげつないことを思いつく」

「お褒めの言葉ありがとさん。だが、だ。そんな賢しらな作戦をしなきゃいけないほど、魔族たちが戦闘面で劣っているかって言えば……」

「そうではないな。だからこそ腑に落ちん」

そんな話をしていると、勝負の準備を見ていた初美が歩み寄ってくる。

「ねえ水明。マリーちゃんは大丈夫なの?」

「ん? ああ、問題ない。 弱点(フラスコ) の管理もしっかりしてるしな。むしろアイツの弱点にまで届く奴はいないだろ」

「でも一人でやるなんて……私もマリーちゃんが負けるとは思わないけど」

魔法使いだけでなく、剣士も問題ないだろう。

ティータニアやグラツィエラ、いまのフェルメニアが相手ならまた話は変わってくるのだろうが。

初美と同様、歩み寄ってきたエリオットが訊ねてくる。

「彼女、妙な感じだね? なんていうか人と違うというか、 じ(・) ゃ(・) な(・) い(・) っていうか」

「アイツはホムンクルス、いわゆる人造生命体って奴なんだ」

「人造って……それ、人が生命を作ったってことかい? 随分とまあ大それたことをする世界なんだね」

「まあそうかもしれないな。あと、本人には大それたとか言わないでくれよ? そうやって作られて出来上がった奴からすれば差別されてる扱いだからな」

「なるほど。まあ確かに命に卑賎はないね」

「そういうことだ」

そんな話をしている間に準備が終わったのだろう。

訓練場の中心に、ハイデマリーと選別された兵士たちが立つ。

兵士たちはやる気を出している者。少女と戦うということで困惑している者。それぞれ。

一方でハイデマリーはと言えば、ステッキを頭の後ろの方に両手で掲げ、身体を横に曲げる運動よろしく、右に左に身体を曲げ伸ばししている。

形式は多対一。これくらい倒さなければ、向こうも納得できないということだろう。

「では、これより模擬戦を始める」

審判役らしき人間が間に立ち、準備の如何を確認する。

ともあれ水明がかけるのは、間延びしたやる気のない応援の言葉。

「マリー、容赦すんなよー」

「うん。完膚なきまでに叩きのめせばいいんだよね? ぼこぼこのぼこ?」

「そうそうそうそう。そういうことだ」

意思疎通は完璧だ。仲間たちが胡散臭い視線を送ってくるのは心外だが、まあうまくやってくれるだろうと一人勝手に結論しておく。

審判役の「始め!」という声に、兵士たちは一斉に構えを取り、魔法使いたちは詠唱のため魔力を高ぶらせる。その一方でハイデマリーと言えば鷹揚な様子。魔力を高めることも、詠唱も行わずに、手に持ったステッキを畳んだ傘を弄ぶかのように、ただくるりくるりと回転させている。

兵士たちは、その態度が気に障ったのか、剣を構えて突撃してくる。

訓練場に広がる兵士の雄叫び。すぐさま剣を持った兵士が肉薄するが、しかしハイデマリーには当たらない。ひらりひらりと優美に身をかわしており、毛筋の先も触れる気配はない。

やがて魔法使いたちの詠唱が終わり、ハイデマリーに水の魔法をぶつけようとする。

だが、こちらは当たる前に、ハイデマリーが『神秘性を持つ行動』を以て相殺する。

ひと回し、くるりと回転させたステッキの先を水弾に当てると、水弾はその場で弾けて消し飛んだ。

「あれ? この程度なの? こんなのじゃすぐ終わっちゃうよ?」

「なんだとっ!」

「生意気な! 調子に乗るなよ!」

「うわ怖い。女の子に怒鳴るなんて大人げないよ?」

兵士たちが、舐めた態度を取るハイデマリーにさらに怒声を上げる。

その光景を見て、不思議に思うのは水明だ。

「スゲー気が立ってるのな。そんなやすっちい挑発でも怒るなんて」

「雰囲気のせいだろう。この状況下では無理もない」

「そもそもスイメイが最初にあんな挑発をしたからいけないのです。反省なさい」

水明たちがそんな話をしている中、ハイデマリーに挑みかかろうとしていた兵士の一人が転倒する。

「う、うわっ!」

どうしたのか。何かに躓いた様子でもない。

原因を探ると、兵士の左足に可愛らしいぬいぐるみの人形が一体、抱き着いていたのが見えた。

「な、なんだこれは!? 人形だと!?」

「その子? その子はボクが作ったぬいぐるみだよ? 可愛いでしょ?」

「外れない!? なぜだ!?」

兵士はぬいぐるみに動きを制限されているのか、思うように動けない。

そんな中も、影の中から人形たちがひょこひょこと顔を出す。普通の人形からぬいぐるみまで様々なタイプの人形がどこからともなく現れて、兵士たちの足に取り付いた。

それはまるで、仕事に出かけようとする親を引き止める小さな子供のよう。

払いのけようとしても、ぴったりとくっ付いて外れない。どうしようもないとそのままにしてハイデマリーにかかろうとするが、やはり動きを制限されるのか、鈍くなることはおろか先ほどの兵士のように転倒してしまう始末。

彼女の扱う人形遊びの魔術だ。人形たちを使い魔にして、様々なことを代行させる。

兵士たちが人形に苦慮する中、魔法使いが動き出した。

ハイデマリーを取り囲むように散らばり、魔法の呪文を詠唱。

魔法での全方向からの攻撃を試みようというのだろう。

無論ハイデマリーも、それがすぐにわかったようで。

「――Schrank Versteck Untergeschoss Höhle,Gestapelter karton.Verstecken.Bleib zuhause.Spaß Spaß kinder paradies.Kein eintritt für erwachsene」

(――押し入れ隠れ家地下室洞窟、積み重なった梱包資材。隠れよう。引きこもろう。楽しい楽しい子供の楽園。大人は入っちゃいけないよ)

――Meine einzige geheime Basis.

(――ボクだけの秘密基地)

突然その場に戸板や段ボール、遊具の一部が、やたらめったに生み出される。青色のネコ型ロボットが不思議なポケットから目的のアイテムを取り出そうと四苦八苦している光景が目に浮かぶが――それはともかく。

ハイデマリーを取り囲むように、小さな基地が構築される。

「あれは俺のパクリだ」

「そうですね。すぐにわかります」

水明の言葉に、フェルメニアが頷く。

一方でハイデマリーの方はといえば、何の問題もない様子で、風の魔法が飛んできても、土の魔法をぶつけられても、秘密基地の外壁はびくともしなかった。

「じゃ、そろそろボクの番だね」

ハイデマリーはそう言うと周囲に風と波動を巻き起こす。

彼女の魔力の発露だ。強烈な魔力風が吹きつけたあと、辺りに散っていた人形たちが手をつなぎ、大きな円を作って踊り出す。

それはさながら、フォークダンスのマイム・マイムを見ているかのよう。

円が大きくなったり、小さくなったりしているのを見ていると、イスラエルの民謡が聞こえてくる気がしてならないが――

「――Tanzen, tanzen, Einen Kreis bilden.Kinderfeste.Spielwarenfest.Der einzige Protagonist ist hier」

(――踊れ、踊れ、輪になって。子供のお祭り。おもちゃの祭典。主役はここに、ただ一人)

それを見たフェルメニアが水明に訊ねる。

「スイメイ殿。あれはどんな魔術なのでしょう?」

「見た感じ何をするのかはわかりにくいが、呪文を分析すればなんとなくわかるぞ」

「ふむ……おもちゃのことを言っていますね。子どものお祭り、おもちゃの祭典。ということは、おもちゃがこの場に沢山なければならない……」

「そういうことだ。じゃあ、それをどこで調達する?」

「自分のものを取り出すわけでないのであれば、現地調達でしょうか?」

「その通りだ」

やがて、その場にあったあらゆる武器が、玩具に変わる。

ぽん。ぽん。ぽん。ファンシーな擬音の文字と、クラッカーを破裂させたような明るい音を想起させる音がそこかしこから聞こえてくる。

剣も杖も、兵士や魔法使いたちが持っていた何もかもが、子供が遊ぶような玩具になってしまった。

そして、世のおもちゃはすべてハイデマリーの支配下におかれる。

……そこからの試合は一方的だった。いや、試合とも呼べないだろう。

兵士が使うのはおもちゃの剣だ。どれだけ強く振ったところで、相手を傷つけることは難しい。

魔法使いが使うのはおもちゃの杖だ。光や音を発しても、子供が喜ぶだけ。魔法なんて出てこない。

ごつくて硬そうだった鎧やガントレット、グリーブも、綿の入ったフェルトの生地に変化している。これでは期待した攻撃力は望めない。

「これは……こんなことされたら戦いどころじゃないですね」

「そうだな。あいつの戦い方は基本的に相手の無力化を念頭に置いている。クマのぬいぐるみしかり、ヴォーパルソードしかり。小さなおもちゃ箱に詰まった子供の夢が、アイツの 魔術(ふしぎ) だ」

「なるほど、すべてを遊び場に変えてしまうということですね?」

水明はフェルメニアの言葉を肯定するように頷く。

そんな中、初美が視線を交互に入れ替えて言う。

「……ねえこれもう決まったんじゃない?」

「決まったな。でも、きちっと決めろってあらかじめ言ってあるから、最後までやらせるけどな」

「容赦ないわね」

「中途半端にするのは何事もよくない。経験談だな」

「説得力あるわ」

兵士たちや魔法使いたちが魔術に翻弄される中、ハイデマリーがさらなる詠唱を開始する。

「――Tanzen, tanzen, Tanze mit allen.Es ist der Beginn eines lustigen Tanzes」

(――踊れ、踊れ、みんなで踊れ。楽しいダンスの始まりだ)

「げぇ――」

水明はハイデマリーの口から飛び出た文言を聞いて、そんな汚い悲鳴を上げる。

そんな中も、ハイデマリーは繰り返し「踊れ、踊れ」口ずさみ続けている。

「スイメイ殿?」

「……いやー、俺も容赦すんなって言った手前だけどよ、だからってそれを使うかね……確かにわかりやすいが」

輪を作っていた人形たちが散り散りとなり、動き回る。人形たちはひとしきり彼らを弄んだあと、再びそれぞれ兵士たちのもとへと戻った。

そして、振り払おうとする兵士たちの手を掴み、ダンスを強要する。

あるいは背中から腰や肩を掴んで列を作る、ジェンカを。

お互いが向かい合わせになって両手を繋いで踊るコロブチカを。

兵士たちが人形に手を繋がれると、まるでマリオネットさながらに、ぎこちない踊りを披露する。強制の魔術だ。人形の呪いによって縛られ、思い通りに動かせられる。しかも、背丈に大幅な差があるため、無理な体勢を取らされて、負担も大きい。

「Tanzen,tanzen,Tanze bis du stirbst.Karen rote schuhe.Bis du dein bein mit einer axt abschneidest.Bis ich die stimme eines engels höre.Hört nie auf」

(踊れ、踊れ、死ぬまで踊れ。カーレンの赤い靴。斧で足を斬り落とすまで。天使の声をもらうまで。やめることは許されない)

……怖い魔術だ。彼女の魔術をファンシーなお遊戯と舐め腐った者たちを、絶望の淵に叩き込む秘術の一つ。デンマークの童話作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの赤い靴を謳ったこの魔術は、一度かかればどんな魔術師であろうとも、何もできず死ぬまで踊り続けることになる。

「だ、ダメだ! 身体が勝手にっ!?」

「も、もういい! わかった! わかったから!」

「た、助けてくれ!」

兵士や魔法使いは泣き言や叫び声を上げるが、ダンスは止まらない。

「Tanzen, tanzen,tanze wahnsinnig und falle herunter.Egal, ob sie hungrig oder schläfrig sind die füße ticken im rhythmus」

(踊れ、踊れ、踊り狂って倒れ伏せ。お腹が空いても眠くなっても足はリズムを刻み続ける)

人形たちと踊り続ける兵士たち。傍から見れば微笑ましい光景か、視点を変えればホラーな場面だが、踊っている人間たちはもうそれどころではない様子。

そんな光景を見かねたのか、術者であるハイデマリーが水明の方を向く。

「水明君。もうそろそろやめる?」

「まだだ。悲鳴が出せなくなるまでやってやれ。半端に元気なままにしておくと、そいつらを選んだ奴らもあとでうるさいだろうからな」

「りょうかーい」

初美が小脇をつつく。

「ちょっと水明。そんなことしたら戦えなくなるんじゃないの?」

「その分は俺たちでカバーすればいいだろ。相手にもならない連中なんぞ何人いても変わらんて。少しの間お休みいただけ」

酷な言いようだが。有無も言わせぬ実力を披露すれば、こちらのやることにも口出しされることはない。こちらの動きに主導権を握られるような話になれば、戦術は大幅に制限される。今回の一番の目的は、自分たちが、単独で動けるように話を持っていくことにあるのだから。

ともあれ兵士たちは、人形たちと手をつないだまま、ぐったりとしている。

「あれ? もうおしまい? なんか全然口ほどにもないんだね」

自称天才さんはナチュラルに煽りの言葉を周りに掛ける。天才を自称するくせに、持ち合わせるちぐはぐな純粋さが、相手の心をえぐりにかかるのだ。

「これ、こういうときはこう言うんだよね? ざぁこざぁこ」

「お前どっから仕入れたそのセリフ! そんなこと言っちゃいけません! まったく……」

水明はとんでもないことを言い出す七歳児にお叱りの言葉をかけたあと、同じように見ていた武官たちに再度確認する。

「これでいいな?」

「あ、ああ……」

格の違いを見せつけられた方はあまりの結果に呆然としている様子。これほど差があるとは思わなかったのだろう。いや、むしろ未知の神秘を目の当たりにしたせいで、頭が混乱しているのかもしれない。

一方で、アルマディヤウスがハイデマリーに声をかける。

「見事だった」

「それほどでもないよ。でも魔術の可愛さとかを褒めてくれるんなら嬉しいかな」

ハイデマリーは手に持ったステッキをくるりと一回転させながら、そんなことをうそぶく。一国の王に対して随分と軽い物言いだが、七歳児の彼女であれば仕方がないとも言える。

ともあれ、改めてハイデマリーの魔術を見た水明はというと。

「しっかし、お前の魔術はそのままなんだな」

「ボクの魔術は水明君と違うからね。そもそもボクの魔法の基盤がボク自体なんだから変わらないのは当たり前だよ」

ハイデマリーはそう言って、むん、と誇らしげに胸を張る。

これでドヤ顔の一つも作れれば可愛げがあるのだが、相変わらず表情に乏しいため、そういったことはない。

「俺も、うまく戦う手段を早く見つけないとな」

「手掛かりはあるの?」

「ヒントは教えてもらってきたよ。でもなぁ」

――ここが、向こうであればいいんだよ。

盟主が言ったその言葉は、一体どういうことなのか。

語義の通りならば、確かにそうであればそれに越したことはないのだろうが。どうもパズルのピースがはまらない。

離れた場所で模擬戦を見ていた黎二が歩み寄ってくる。

「マリーちゃん、強いんだね」

「そうだよ? だってボクは天才だから。えっへん」

「ははは、そっか。それはすごいね……」

「そうでしょ? もっと褒めてもいいよ?」

どこか翳りのある笑みを作る黎二に、ハイデマリーがさらなる称賛をねだる。

この少女は、どこでも平常運転らしい。