軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

激戦の最中で

城壁の上を、二剣が舞う。

黎二の目に映るのは、ティータニアの剣技だ。城壁にまとわりつこうとしている羽付きの魔族を、ティータニアが跳躍技を用いて斬り落としている。

相手の空の有利を思わせないほどの立ち回りだ。まるで空を舞っているかのよう。

だがそのせいか、兵士たちが援護に入れない。彼女の周りでは、拙いものはすべて邪魔になるのだ。

魔族の金切り声が届く。

二体の魔族が悲鳴にも似た叫びをあげて、ティータニアに挑みかからんとしていた。

「剣も使えないような拙劣な輩に、この私が後れを取るとでも……」

魔族に対し、ティータニアが冷え切った言葉をぶつける。

一方で魔族たちは彼女を中心に円を描くように、その周囲を旋回。翻弄しようとでもいうのだろうが、やはりティータニアが口にした通り、拙劣な輩だったのだろう。

鷹揚な動きのティータニアから、隙という名の幻を見出した魔族が飛来する。

その動きに対し、ティータニアが送るのはやはり冷めた視線だった。

彼女はすぐさま片方の攻撃をいなして、もう片方の攻撃の邪魔になるように動かす。すると魔族たちはお互いが衝突し、体勢を大きく崩してしまった。

そこへ、ティータニアの二剣が突き刺さる。二体の魔族はあえなく絶命。

まるで演奏会の指揮者が、奏者たちを操っているかのようだ。

やはり二対一の有利を思わせない余裕があった。

恐るべき腕前だ。

(僕にも、ティアみたいな剣技があれば……)

少しは、あの魔族の将軍に焦りを感じさせることができたのだろうか。

黎二は頭の片隅でそんなことを考えながら、イシャールクラスタの力を確かめる。

目を瞑って俯くと、闇の奥に蒼い輝きが見えてくる。

それに対し、井戸の底に落としたつるべ桶を引き上げるようなイメージを持つ。

直後、身体に満ちる全能感と、充溢する魔力の感覚。

問題なく力を引き出せることを確認したあと、後ろにいた瑞樹に声をかけた。

「瑞樹、行ってくるよ」

「う、うん……危なくなったらすぐに戻って来てね?」

「大丈夫。心配しないで」

瑞樹とそんな会話をしたあと、城壁の上から眼下を見下ろす。

見えるのは、魔族たちが城壁の周囲を隈なく取り付いている光景だ。

まるでフナ虫を見ているかのよう。海岸に置かれた消波ブロックに群がる様が目に浮かぶ。

「……勇者様?」

かたわらにいた兵士が、疑問の声を口にする。

それは「どうしたのか?」という問いかけだろう。

黎二は兵士たちの疑問へ答えることはなく、壁の下へと降り立った。

十メートル以上の垂直落下を見た兵士たちが、驚きの声を上げる。

引き延ばされる時間の中、やはり黎二の眼下には魔族の姿。

壁に張り付く魔族。

壁を登ろうとする魔族。

壁を壊そうとしていた魔族。

それらに対し、強烈な一撃を叩き込む。

刃筋など知らぬ存ぜぬという剣撃だ。もはや鈍器で殴り付けるというような意識のもと、イシャールクラスタが湛えたエネルギーを、そのまま一気に叩きつけた。

魔族が爆発に巻き込まれたように吹き飛ぶ。

一方で、黎二は何事もない。サクラメントによって強化されたゆえか、それとも自動的に所有者を守る力を備えているのか。それとも勇者としての力がさらに高まったのか。

城壁前の空間が半円状に切り取られる。

黎二はその空いた空間を起点にして、戦闘を開始。イシャールクラスタの結晶の力を用いて先日の焼き直しのように魔族たちを圧倒していく。

そんな中、城壁の上から悲鳴にも似た声が落ちてくる。

「勇者様! 城壁が突破されました!」

「くっ……もうなのか」

穴の開いた場所を探して周囲を見回すと、城壁の一部に向かって進軍する魔族たちの流れが見えた。

突破されてしまった。だが、それはもとから予測されていたことだ。都市を防衛する第一の城壁前では、魔族を撃退することはまず不可能だと。ならばこれは予定通りだと言える。こちらの予測を上回るような事態には、いまだ陥ってはいない。

黎二はすぐさま、自分の足元から結晶の柱を伸ばす。それに乗るような形で一気に城壁の上まで伸長。そんな中、背後から魔族の気配。すぐに振り向いて迎撃しようとした折。

「――風よ荒れよ。大きく荒れよ。我が意に従い、その形無きを自在と成せ。蟠っては打ち砕け。暴走を良しとせよ。敵は我が眼前にあるあらゆるものだ―― 暴風衝(ランペイジエア) !」

聞こえてきたのは瑞樹の声だ。

追ってすぐ、風の魔法が背後に迫っていた魔族たちに襲い掛かる。

さながらそれは凝縮させた暴風を直接ぶつけるような魔法だった。以前にフェルメニアがグラツィエラとの戦いで使った風の魔術を想起させるほどの威力である。

周囲の空気が結集し、突風が質量となって黎二の右脇を駆け抜けていく。

背後に迫っていた魔族は巨大なハンマーで殴り付けられ、さらにそのうえ切り刻まれるという攻撃に晒され、墜落する。

黎二はその隙に、城壁に飛び乗った。

「瑞樹ありがとう。助かったよ」

「ううん。私にはこれくらいしできないから」

「すごい魔法だったじゃないか。謙遜することないよ。でも、いつの間にそんな強力な魔法が使えるようになったの?」

「え? うん、なんていうかいつの間にか使えるようになってたっていうか、いまどんな魔法を使えばいいか考えたらすぐに浮かんできたって言うか……」

瑞樹はこちらの問いかけに戸惑っている様子。

だが、黎二はさして不思議には思わなかった。

これがイオ・クザミだったならば、問題なく使えるはずなのだから。

ともあれ、瑞樹の護衛に付いてくれていたグレゴリーが状況を説明してくれる。

「レイジ様。魔族はすでに城壁内部に侵攻しております」

「わかりました。僕もこれから内側で戦います。ティアとグラツィエラさんは?」

「姫殿下とグラツィエラ殿下は城壁の上で魔族の撃退に尽力されています」

「黎二くん、私はどうしよう?」

瑞樹の相談に、黎二は一度周囲を見回して戦況を確認したあと、

「瑞樹はグレゴリーさんたちと第二の城壁まで下がって欲しい」

「え……でもそれじゃあ」

「僕が言えることじゃないけど、瑞樹はこういった戦いに慣れていない。下手に粘って取り残されたら終わりだ。そうなる前に下がっておいて欲しいんだ」

「う、うん。わかった……」

瑞樹は悩みながらも頷く。

そして、

「黎二くんはどうするの?」

「城壁とその内側はすぐに押し寄せてきた魔族でいっぱいになる。僕は兵士たちの避難路を作る」

黎二はそう言うと、城壁の内側に飛び降りた。

今後はすぐにでも城壁の上が奪取されるだろう。その前に、なるべく多くの兵士を第二の城壁まで退避させなければならない。

上から落ちてくる瑞樹の 声援(エール) を聞きながら、黎二は地面に降り立つ。

見えたすぐ内側の景色、つい先日メテールに入ったときは美しかったそれは、開戦からの騒ぎと侵入してきた魔族のせいで、見るも無残なものになり果てていた。

「これは……」

言いかけて、次の言葉が思い浮かばない。

まさか言葉を失うという表現が、ここまで似つかわしい状況に遭遇するとは夢にも思わなかった。

こんなことがあっていいのか。

そんな思いを胸に抱き、黎二は手近な魔族に向かって斬りかかる。サクラメントの働きによるものか。視界に移る魔族の動きは遅々としており、まるでこちらがチートでも使っているのかという気分にさせられる。

そんな中も、黎二の耳に聞こえてくるのは戦いに呼応する声だ。

魔族を斬り倒すごとに、アステルの兵士たちが雄叫びを上げながら魔族と戦っている。

うまく撤退できるだろう。そんなことを考えていた折、背中に予感が舞い降りる。

不吉な予感だ。

背中を虫が蠢くような気味の悪い感覚が、うなじから腰までを駆け下ったあと。

黎二は背後を振り向いた。

しかしてそこにいたのは、あの異形の魔族だった。

魔族たちの引き連れるような形で、城壁の内部に立っていた。

どこから現れたのか。見れば城壁には先ほど開けられたものとは比べ物にならない巨大な穴が開いていた。

「侵入を許した……」

途端に口に中が苦くなる。つい先日苦戦した相手と、これほど早く戦うことになるとは。

だが、今回は隣にあの女魔族、ムーラはいない。

一緒に出てこないのであれば、まだまだやりようはあった。

「こっちだ!」

黎二は異形の魔族を引き連れるかのように、大声を張り上げる。乏しい知性のせいでその言葉を聞き届けるかどうかはわからないが、それでもやらないよりはマシだ。

その思惑は図に当たったらしく、異形の魔族は黎二の方へと誘引される。

猛追。不気味な気配が突風となって襲ってくる。黎二は決して追い風ではないそれに急き立てられながら、後退しつつの戦闘に移る。

立体的な戦闘だ。家の屋根に乗り相手を見上げさせ、飛び回って視線を切る。敵の視界に長く止まっていては、あの強烈な突進が襲い掛かってくる。少しでも止まれば、家ごと破壊され、足場を崩される形で大きな不利を被ることになるだろう。

屋根から屋根に飛び移り、あるいは滑り、後方から追いかけてくる異形の魔族を、兵士たちから引き離す。

異形の魔族とある程度距離を作ったことを確認した黎二は、地面へと飛び降りる。

そして、イシャールクラスタを強く握った。

そう、 砕けた紺碧(ラピス・ユーダイクス) から力を引き出す量が、時間に影響されるのならば、かければかけるほどに強くなるということに他ならない。

力が十全に身体に溢れたことを確認した黎二は、一気に異形の魔族の背後に回り込み、無防備な背中に向かって、上から下への斬撃を叩きつけた。

「やぁああああああああああああああ!!」

「――――!」

全力を賭けた一声に、声にならない叫びが同期する。

イシャールクラスタを使った全力の一撃だ。

それでも背中にできたのは、引っ搔いたような切り傷一つのみだった。

「これでもダメなのかっ!!」

黎二は呻くような叫びを上げる。

そんな彼に対し、魔族が振り向いた。

(なっ――?)

そう、異形の魔族は振り向いただけ。振り向いただけで、黎二は予想外の衝撃に横殴りに遭う。どうしてそうなったか。そんなこともわからないまま、黎二はさながら後ろから大型の木槌を振り回されたかのように、大きく撥ね飛ばされてしまった。

「うっ、ぐっ、がはっ!」

勢いが強すぎたせいか、黎二は地面を数度バウンドする。

まるでゴムまりにでもなったような気分だった。

呼吸の乱れも直せぬまま、黎二はぜいぜいという呼吸音を響かせて立ち上がる。

立ち上がらなければすぐにでもあの魔族の餌食になってしまうからだ。

……黎二は悔しさでイシャールクラスタの柄を強く握り締める。

自分は、この相手に対してこんなにも無力なのか。

いや、まだ力が足りないのだ。まだなのだ。

(なら……)

ならば、それをさらに引き出すには、どうすればいいか。

答えはそう、簡単だ。そのやり方はもうすでに、出ているのだから。

願え。

求めろ。

手を伸ばせ。

己の内にある扉を、開け放て。

黎二が耳を傾けると、頭の中にそんな声が響いてくる。

もう躊躇ってはいられなかった。

「……僕に、僕に力を寄越せぇええええええええええ!」

直後、目の前に蒼い輝きが広がり、先ほど力を引き出したよりもさらに多い力が、黎二の身体に流れ込んでくる。黎二はその規模に驚くのもつかの間、すぐに目の前に迫る異形の魔族に対し、イシャールクラスタを振りかぶった。

「はぁああああああああああ!」

巨大な爪で受けようとする異形の魔族に、黎二の剣撃がぶち当たる。

しかして今度は、黎二の方が異形の魔族を力で圧倒。片腕を大きく弾き飛ばす。

黎二はそのまま、攻めに出る。彼の剣撃に魔族も応じるも、

苦し紛れの一撃を貰うも、受け止めることができた。

以前は大きく撥ね飛ばされるだけだったのに。

「できる……できる! やれる! ははははは!」

都度都度、力を引き出さずともこの魔族を戦える。その爽快感。その全能感に、黎二の心はいつになく高揚していった。

強い敵を後手にまわせることが、こんなにも心躍るのか。こんなにも楽しいことだったのか。

「倒れろ! 僕の力に!」

援軍に来たのだろう。市街に侵入した魔族たちの一部が進路を変えて向かってくるのが見えた。

「うっとうしい……!」

黎二は押し寄せてくる魔族に対し、いつにない苛立ちが現れる。

もう少しで勝てるというのに。

もう少し圧倒していたかったのに。

その邪魔をされたことで、黎二を溢れるほどの怒りが焦がそうとする。

許さない。

どうしてくれようか。

そう、黎二は怒りに、気を取られてしまった。

黎二の視界に、異形の魔族の影が映る。

(しまっ――)

それは致命的な隙だ。

降って湧いた怒りに気を取られ、異形の魔族から目を離してしまった。

痛手は覚悟しなければならないような一撃が、黎二に迫る。

さながら走馬灯を見るときのように周りの動きが遅れ始めた。

しかし、それは視覚だけだ。周囲の動きは遅いのに、黎二は小指の先一つ動かせない。

後悔が黎二の頭を占有する。どうしてあんな怒りに、囚われてしまったのか。

そんな中、黎二の視界に光が映る。

「――え?」

光。それは、天に突き立つ光の柱だ。

強力な力を湛えた光それは、稲妻だ。

それが天に向かって突き刺さると、やがて大きく弾けて、魔族の背後から文字通り『走ってくる』。黎二に向かって押し寄せる魔族の波を真っ二つに割って通り過ぎ、彼を害せんと腕を振るった異形の魔族に突き刺さった。

その勢いのまま、稲妻は異形の魔族を吹き飛ばす。

「これは……?」

黎二は疑問を抱いたまま、体勢を立て直す。

そして、弾かれたように稲妻が走ってきた方向を向いた。

視界には、黒焦げになった魔族。衝撃に吹き飛ばされた魔族。

そして、魔族の死体で舗装された一本道の先には二つの影。

しかして、そこに立っていたのは――

「レイジ、大丈夫そうかい?」

鎧姿の金髪の少年。そして黒髪の神官少女の姿だった。

「エリオット!?」

「悪いね。遅くなった」

「どうして君がここに!?」

「どうしてって、追ってアステルに行くってあらかじめ言っておいたじゃないか? ね? クリスタ」

「はい」

肩をすくめるエリオットと、彼の言い分を肯定するクリスタ。二人はすぐに黎二のもとに駆け寄ってくる。

「ありがとう。助かったよ」

「いいや、無事でなにより……とは言い難いかな?」

「ボロボロに見えるけど、そこまでダメージは受けていないよ」

「ふうん? そうかい? ならまだ戦えるね?」

「ああ」

黎二はエリオットに大きく頷いてみせ、同時に異形の魔族の方を向く。

異形の魔族は先ほどの稲妻を腕で受けたらしい。表面が黒く焦げてはいるが、問題なく動かしているためダメージになったのかは判然としない。

「出力が足りなかったかな? 手加減した覚えはないんだけどね……それで、あれは何だい?」

「わからない。戦いが始まってすぐに出てきたんだ。だけどいままでの魔族とは比べ物にならない強さを持ってる」

「……なるほど。じゃああれが例の新しく生み出された魔族ということか」

「……うん。たぶん」

エリオットがクリスタに言う。

「クリスタ、君は他の兵士たちがこちらに来ないよう動いてくれ。こいつの相手は僕とレイジでやる」

「しかし援護は」

「いい。行くんだ。これは僕の命令だ」

いつになく強い言葉に、クリスタの表情が引き締まる。彼女はすぐに「承知いたしました」と言うと、いまも群れた魔族と戦っている兵士たちの援護へと向かっていった。

「連携して叩くよ? 準備はいいかい?」

「――! もちろん!」

エリオットはバケツ型のヘルメットを被り、迫りくる異形の魔族と斬り結ぶ。

異形の魔族が繰り出す恐るべき速度の爪撃を、しかしエリオットは回避。自分よりも大きい者、自分よりも強い者との戦いを繰り返してきた者にしかできないような恐れのないその動きに、黎二はただただ感嘆の息を漏らすばかりだ。

動きに経験を窺わせるものの、しかしそれ以上に異形の魔族の膂力が強く、動きも早いのか。やがて、エリオットの方に受けが増えてくる。

「っ――! これは効くね……」

弾き飛ばされたエリオットは、着地しつつも勢いを殺せず、踵で地面をざざざと引っ掻く。

黎二はそんな彼の動きをよく見ながら、タイミングを見計らってカバーに入る。

「エリオット!」

「っ、すまない!」

自分が標的になるよう、すぐに前に躍り出る。

黎二の方は先ほど力を引き出したときから変わらない。攻撃をはじき返せるままだ。足を踏み出せば後退させ、防御に回ればその場にとどまったまま受けていられる。

このまま、自分が主攻に回れば――。

黎二がそんな風に思った折、突然魔力の喪失感に襲われる。

「う……」

次いで襲ってきたのは、激しい息切れだ。

まるで状態を突然切り替えられたかのように、肩が勝手に上下する。

「レイジ、大丈夫かい?」

「ご、ごめん。急に力を使った影響が出て……」

「いや、仕方ないさ」

「そっちは?」

「腕のしびれがやっと取れてきたところだ」

エリオットはそう言うが、額からは冷や汗が垂れている。

ということは、かなり焦りを抱いているのだろう。消耗している、してないにかかわらず、それだけ異形の魔族の持つ力に危惧を抱いているということだ。

それを証明するように、エリオットが言う。

「あれと長く戦うのは遠慮したいね。次の連携で終わらせよう」

「僕も次の一撃に全力を込めるよ」

いましばらく相談が終わったあと、エリオットが剣を持った左手を後ろにして、ガントレットを嵌めた右手を前に出すように構えを取った。

ガントレットの一部がまるで天使の翼のように大きく広がり、先ほどのように天へ向かって光の柱が突き立った。

直後、異形の魔族へ向かって稲妻の先鋭が、その矛先を向ける。

「――さ、次の奴はもっと強いよ」

ガントレットが激甚な咆哮を上げると、再び天へ稲妻が立ち上る。

ガントレット自体がエネルギーを放出しているのか。それともエリオットの力なのかはわからないが、それらが甚大な余波を周囲に振りまいた直後、異形の魔族に稲妻が突き刺さった。

異形の魔族の周囲に結界のように広がる雷の檻。

しかしてその衝撃はかなりのものだ。異形の魔族が前に出ようとするたびに、稲妻の威力に弾かれ撥ね飛ばされる。

「黎二、頼めるかい?」

「っ、ああ!!」

呼応する。エリオットが作ってくれた絶好の機会だ。最初で最後かもしれないそれに傾けるのは、無論全力。残ったすべての魔力を呼び水にして、 砕けた紺碧(ラピス・ユーダイクス) から、いま引き出すことができるすべての力を引き出し、イシャールクラスタの刀身に注ぎ込んだ。

エリオットが発生させたものとは別種の、蒼い稲妻が周囲を蹂躙。

余波なのか、その稲妻に触発された辺りのものがたちどころに結晶へと変じていく。

「あぁああああああああああああああ!!」

力を、寄越せ。

向こう側から、繋がれた鎖を全力で引っ張り出すようなイメージを持ちながら、さながら弓を引き絞るように、柄を握った右手を後ろに引く。イシャールクラスタの柄がじりじりと後ろに下がるごとに、内包する魔力も、周囲へ与える影響も、強く大きくなっていった。

異形の魔族を、結晶が取り囲み、包み込まんと凝縮する。

使うは、イシャールクラスタの 奥義(エストライク) 。

「 結晶封殺剣(クリスタリオス) 、 破獄(ゼウド・ラス・シアラ) ――!!」

黎二が引き絞った弓を解き放ち、しかして異形の魔族が結晶の柱に包み込まれるか否かのそのみぎり。

異形の魔族が身体にまとっていた濃色のおどみが膨れ上がり、その身体を封じようとしていた結晶を破砕。粉々に砕いて弾き飛ばす。

だが、それでも無傷ではいられない。直後に黎二が繰り出した巨大な結晶の突きに打たれ、身体にえぐれたような大きな傷が生まれる。

「GAぎぎギ――!!」

口腔から、酷く耳障りな悲鳴を発する。長く聞いていれば精神が汚染されてしまいそうな狂気を孕んだ絶叫は、さながらマンドラゴラの上げる死の悲鳴か。

だが、かなりのダメージを与えることができた。

これならば、大きく力を消費した甲斐があった。

エリオットの方も、いまの一撃にかなりの力を投じたのか、消耗した様子。こちらもいきぎれがいまだ収まらない。

エリオットが大きく息を吐き出す。

「ふう。なんとか行けそうだね」

「ああ、このまま押せば――」

「――このまま押せば、行けるとでも思ったのか?」

明るい会話になりそうだったその折だ。どこからともなくそんな声が降ってくる。

「――ッ!?」

「まったく浅はかなことだな……」

黎二とエリオットが呆れの声が降ってきた方を向くと、そこには剣を携えた女魔族、ムーラの姿があった。

黎二はそれを見て、驚きで硬直する。

驚きの理由は、『いつの間にそこにいたのか』という、突然の出現に対してではない。

そう、 彼(・) 女(・) の(・) 脇(・) に(・) 二(・) 体(・) 。いま戦っている異形の魔族と全く同じ姿形をした存在がいたからだ。

「そんな……」

「……こりゃ参ったね。こんなのがまだ二体もいるのか……」

この戦が始まってから、都合何度目の絶句だろうか。

異形の魔族とうまく立ち回っていたはずのエリオットも、この状況に表情を硬くさせている。たった一体と戦うのにもこれだけ苦労したというのに、さらに二体。ここでそれらをけしかけられれば、どうなるかは容易に想像できるだろう。

迂闊だった。どうして自分はあの異形の魔族が一体だけしかいないと思い込んでいたのか。黎二は奥歯を強く噛み締める。

「別の勇者の援軍か」

「君……いや、お前は何者だ? ああ、魔族っていう揚げ足取りみたいなつまらない返答はいらないよ?」

「魔族の将の一人、この軍団を率いる軍団長、ムーラだ」

「そうか。まあそれくらいの力をもった相手だとは予想はできるけど……ちなみにここにはなにしに?」

「決まっている」

ということは、ここで共々撃滅せんと企むか。

(……レイジ、そっちはまだ戦えるかい?)

(……僕の方はイシャールクラスタがあるからなんとか。そっちは?)

(……余力は残してあるけど、結構消耗しちゃったね。ちょっと厳しい戦いになりそうかな?)

やはり、先ほどの技を使うには、かなり力を消費するのだろう。

ムーラはまるで号令でもかけるかのように腕を振り上げ、そして――

「……いや、つまらんな」

それを下げるのではなく、引っ込めてしまった。

結晶で腹部をえぐられた異形の魔族が、ムーラのもとへと戻る。

どういうことなのか、いまここで号令一下。異形の魔族をけしかければ、二人まとめて倒すことも可能だろうに、何故それを取りやめたのか。

「なんのつもりだ?」

「そのまま、お前たちが見ているままだ」

「なに?」

黎二が再度訊ねると、ムーラはしばし思案するような顔を見せ、やがて口を開いた。

「いや、私からも趣向を凝らそうと思ってな。貴様らも、誰かの手のひらの上で踊る羽目になるのは業腹だろう?」

「それは一体どういう……」

「これからは私の戦いだ。楽しみにしているがいい」

ムーラはそう言うと、マントを翻してその場から去っていった。

彼女の背後に続き、異形の魔族たちも付き従って去っていく。

一体どういうことなのか。趣向とは、誰かの手のひらの上とはどういう意味なのか。

黎二とエリオットが困惑する中、市街の方でも異変があった。

エリオットお付きのクリスタが、息せき切って駆けてくる。

「エリオット様!」

「クリスタ、どうした? 兵士たちの避難の援護は?」

「いえ、それが……魔族たちが撤退を開始しています」

「撤退だって!?」

黎二は市街の方に視線を向ける。

確かにクリスタの言う通り、羽付きの魔族たちが市街から退いているのが見えた。

「……どういうことだ?」

「さあ、なんだろう。折角城壁を突破したのに、その成果をドブに捨てるような真似をするなんて不可解だ」

よくわからない引き際には、黎二もエリオット共々困惑するしかなかった。