軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

彼方からの呼び声

国王アルマディヤウスとの謁見を終えたあと。

黎二たちは王城キャメリアのとある一室に案内された。といっても、以前に黎二たちがキャメリアに逗留していたときに使っていた部屋だ。広々としたゲストルームであり、寝具なども揃えられている。ベッドは二つ。クローゼットに、執務机のような大型のデスクが一つ。ソファが二つにローテーブルも揃えられている。ホテルの一室と客間を合体させたような内装だ。

入る前に活けられたのか、遅咲きのガーデニアの甘やかな香気が、部屋の中に穏やかに広がっている。

一行は部屋に入るなり、それぞれ思い思いの位置へ。

ティータニアはソファに腰を預けて紅茶の入ったカップを傾け、グラツィエラはその対面のソファに座って両腕を広げるように頭の上、背もたれの上に載せ、足組み。瑞樹は椅子に逆向きに腰掛け、背もたれに腕を乗せて ぐ(・) で(・) り(・) としている。

窓から外を眺めると、兵士たちが訓練をしているのが見えた。

木剣を打ち合わせる音と気合の入った声が、気障りにならない程度に聞こえてくる。

その様子をひとしきり眺めたあと、ベッドの上に腰を下ろした。

「国王陛下、お変わりなさそうだったね」

「そうだね。ああいう優しそうな雰囲気ってやっぱり安心するよね」

しかして、アルマディヤウス評。

厳格さがまったくないわけではないが、懐の深そうな態度がこちらを安心させてくれる。

黎二と瑞樹がそんな話をする中、グラツィエラは組んだ足を組み替えて、ティータニアを見る。

「いや、あれで強者とは、まったく見えないな。その辺りは父親譲りということか?」

「別に私もお父様も普通にしているだけですが」

グラツィエラが含みのある視線を向ける一方で、ティータニアはお澄まし。静かな様子で紅茶を口に含む。

「え? ティア、陛下も強いの?」

「ええ。剣の腕前は相当のもの。お立場上、七剣の儀には出られませんが」

「それで代わりに出たのがハドリアス公爵だな」

確かに、グラツィエラの言葉通り、そんな風にはまったく見えない。

一方で瑞樹も、同じことを思ったのか。

「黎二君。強そうに見える?」

「僕じゃあ全然わからないよ。水明なら……いや、水明もそんな感じに見てなかったし、どういうことなんだろうね」

「剣士としては引退してからすでにかなり経っていますので、現役のときに比べればかなり落ちるのでしょう……私はそうは思いませんが」

ティータニアがそんなことを言っていると、ふと、瑞樹が。

「……なんか水明君、狸親父とか言ってそうだね」

「み、瑞樹、さすがにそれは失礼じゃ……確かに水明なら言いそうだけどさ」

「でしょー? 水明君なら絶対裏で言ってるよ。間違いない」

だが、それだけの腕前があるのなら、アルマディヤウスの威厳のことも納得だ。

相手を威圧して保っているではなく、確固とした武力を背景にしている。

だからこそ、上下関係がきちんと保たれているのだろう。

「それよりも話はスイメイのことです! あろうことか白炎殿にポンコツなど……日々の家事を白炎殿に頼っているというのにそんな物言いをしているとは!」

ふとしたティータニアの激昂に、呆れた声を上げたのはグラツィエラだ。

「それは過去の話だろう。それにいまは奴の術を教えられている。剣士であるティータニア殿下とて、家事をこなす程度で秘術や秘技を教えてもらえるとなれば喜んでやるだろう?」

「それでは王家の権威が下がります」

「その程度で下がるような権威であればない方がマシだな」

「あら? ではグラツィエラ殿下も、スイメイに魔術を教えてもらえるなら代わりに家事をするとでも?」

「奴の弟子になるという部分にいささかの抵抗もないと言えば嘘になるが……」

「……意外ですね」

「当然だ。わがままは言えん。特にそれが国益に直結するとなればな。あの男の持つ力にはそれだけの価値がある」

黎二は意外に高いグラツィエラの水明評に内心驚く。

いつもはティータニアに負けないくらい憎まれ口を叩いているのに、これほど褒めるとは思わなかった。

「グラツィエラさんは水明のこと評価しているんですね」

「お前とて、奴の実力程度がわからんわけではないだろう。おそらく、向こうの世界の者たちと比較したとしてもかなりの腕のはずだ。付いて行った連中が周囲の評価の高さに驚いている姿が目に浮かぶ」

「グラツィエラ殿下、それは評価が行き過ぎているのではないのですか? あのスイメイが大人物とは到底思えません。まあ、少し……ほんの少しですが、英雄像が垣間見える程度にはそれらしさはありますが」

「それが嘘か真実かは、帰ってきたあとに確かめるべきだろう。みなその点に関しては怒り心頭のはずだ。リリアナならすぐに教えてくれるだろう。あれにもティータニア殿下と同じように負けず嫌いの気がある」

「わ、私は負けず嫌いではありません!」

そんな風にわいきゃい話をしている中、ふと室内にノックの音が響く。

次いで「ご報告のため参りました」とドアの外から声が掛けられた。

「何か?」

「は! 陛下からのお言葉を頂戴して参りました。夜にささやかながら宴を開くとのことです。皆様にはぜひ出席していただきたく存じます」

城の侍従の言葉に、瑞樹が顔を輝かせる。

「わぁ、パーティーかぁ……」

「たまにはこういうのもいいかもね」

「そうだよね! 最近バタバタしてたし。大変なことの連続だったもんね……」

「そうだね。瑞樹もやっと自覚してくれたんだね……」

しみじみと息を吐く瑞樹に、黎二がまるで涙がちょちょぎれるような素振りを見せながらそう言う。

本当に大変だった……。そんな感慨を言葉に強くにじませると、瑞樹は顔に般若の面を張り付ける。

「れーいーじーくーんー?」

「あ、いやごめん! いまのはちょっと口が滑って」

「滑り過ぎだよ! 雨でもないのにハイドロプレーニング現象起こして事故ってるよ!」

瑞樹は寄り掛かった椅子を前後に大きく揺らしながら、ぷんぷんと怒った顔を見せる。

「ははは……でも、こんな状況で本当にこんなことしてていいのかな?」

降って湧いた喜びも、長くは続かない。

黎二にとり憑いたのは、現状に対する憂慮だ。魔族を倒すべく動かなければならない自分たちが、こんなことをしていていいのか。もっとやるべきことがあるのではないか。そんな責任感が、楽をしようとする心を圧迫する。

「レイジ。英気を養うのも勇者の務めだ。どうせ向こうに行った連中も、息抜きくらいはしてるだろうしな」

「レイジ様。レイジ様はご自身で考えている以上に精力的に動かれています。ラジャスという魔族の将や自治州に表れた鬼の魔族、ネルフェリアに侵攻した魔族の大軍、エリオット様の救出など、ほぼ戦い詰めではありませんか」

「そうだよ! やっぱり楽しむのも必要だよ!」

「そっか……うん。そうだね」

にわかに自身を襲った不安は三人の言葉で随分と和らいだ。

憂慮を取り払ってくれようと言葉をかけてくれる三人に感謝をしつつ、この話を受けようと口にしようとしたそんな折。

ふと、目の前が真っ暗になった。

「――え?」

世界が闇に包まれる。それはまるで夜に蛍光灯の電源を落としたかのような突然の暗闇だった。いや、闇の中に残像すら残らない。モニターの電源を強制的にシャットダウンしても、こうはならないだろう。自分の身体すら見えない。闇と自分が同化してしまったのか。そんな錯覚を覚えてしまう。

ふと、耳から垂れる白い紐の都市伝説を思い出してしまうほどだ。

「みんな!? ティア、瑞樹、グラツィエラさん!」

焦りに急かされながら、先ほどまで一緒にいた者たちを大声で呼びかける。しかし声は帰らない。何度呼びかけを繰り返しても、自分の声は暗闇の中に虚しく消えていくばかり。

外界から完全にシャットアウトされてしまった。

「っ、これはどういうことなんだ……?」

自分の身体の異変か。それとも何者かの襲撃なのか。様々な可能性が頭の中を巡る。

暗闇で藻掻くそんな中、ふいに軽度の頭痛に襲われた。

「っ――!?」

ジンジンと外側から染みてくるような痛みだ。それが、片方の耳にまで広がってきた折。

どこからともなく、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

――自分に歓待されるような価値があるのか。

「え?」

――自分はこの世界に来て、一つでも何かを成したことがあるのか。

「それは……」

――目に見えた成果を挙げているわけではないのに、どうしてあんな申し出が受けられる。

「…………」

虚空から聞こえてくる、己を糾弾する声。己の不甲斐なさを指摘するような辛辣な言葉の数々に、しかし自分は何も言い返せなかった。そう、言い返せるはずもなかった。だってそうだ。それが、違えようもない真実なのだから。

ラジャスを倒したのは、事前に水明が弱らせていたためだし。

人食いの鬼神イルザールにはまるで敵わず。

魔族の侵攻のときも、フェルメニアが来なければ窮地に陥っていた。

ハドリアス公爵との戦いでも、水明が来なければあのまま負けていただろう。

……いや、あとの三つについては厳密に言えば違う。

イルザールとの戦いでも、グララジラスとの戦いでも、ハドリアスとの戦いでも、状況を打開する手を打った。

己の力とは違う、偶然という名の力を使って。

どこからともなく聞こえてくる、呼び声を 縁(よすが) にして。

……ふと、右手に硬質なものを感じる。

そういえば、帝都を起つ前の朝にも同じことがあった。

握られていた右手を開くと、暗闇の中に突き刺すような蒼い輝きが解放される。

宝石自体が発光しているかのような、そんな強い輝きがそこにはあった。

まるで、これを見ろというように。

これはここにあると、そう主張するかのように。

なにかあれば使えというように。

――そうだ。欲すれば願え。呼びかけろ。さらなる力を求めて。どん欲に。どん欲に。揺るぎなき未来を勝ち取るために。新たな可能性を切り開くために。

求めろと言うのか。自分に。頭の中で思い描くような英雄に見合うようになるためには、さらなる力を 砕けた紺碧(ラピス・ユーダイクス) に希えと、そう。

「僕は、僕は……」

口がひとりでに動き出す。まるで操り人形の繰り糸が、口角に直接つながっているかのように、自分以外の誰かに無理やり動かされているような感覚に陥る。

言ってはダメだ。

踏み越えてはいけない。

そこを超えたら、もう元には戻れなくなる。

そう思っても、口は言うことを聞いてくれない。

「僕は、力が……」

黎二が求めの声を口にしかけた、そのときだ。

「黎二くん? 黎二くん? ぼーっとして一体どうしたの?」

ふいに、瑞樹の声が聞こえてくる。

直後、自分を包んでいた闇がなくなり、もと居た場所の情景が目の前に広がった。

一体どうしたのか。いまのは幻だったのか。

心配そうにこちらを見る三人に、慌てて声を掛けた。

「え? いや、ごめん。なんでもない。大丈夫だよ」

「そうなの? ベットに座り込むなりぼーっとしちゃって、やっぱりまだ寝不足なの?」

「いや、全然! いまのはちょっと考え事をしてただけなんだ。それに、今日も昨日もきちんと寝られてるし」

「……やはりレイジ様にはしばらくお休みいただいた方がよろしいかもしれませんね」

「本当に大丈夫だから!」

「いえ、苦労を掛けているのは私たちです。無理をしていただくわけには参りません」

どうやらいまのでひどい心配をかけることになってしまったらしい。瑞樹やティータニアだけでなく、あのグラツィエラでさえも、深刻そうな顔をしている。

「えっと……そうだ。確か夜にやるっていうパーティーの話をしてたんだよね?」

黎二が話を戻そうとすると、瑞樹は不思議そうに小首を傾げる。

「ほえ? パーティー? なにそれ? 黎二君、パーティーって一体なんの話?」

「え? なんの話って、ついさっきお城の人が来てささやかだけど宴を開くからって言ってたじゃないか」

「レイジ様、それはなんのことでしょう? 私もそのような話は聞いておりませんが……」

「え? いやだって、僕たちがこの部屋に来て、陛下の話や水明の話をしたあと、ノックがして……」

「レイジ。私たちはいましがたこの部屋に来たばかりだぞ? 確かに私もアルマディヤウス陛下の話をしようとはしたが……」

「これは……どういうことでしょうか?」

三人の心配がさらに強まる。

すると、瑞樹が一転して何かを思いついたように手を叩き、目をキラキラと輝かせながら近寄ってくる。

「もしかしてもしかして黎二くん! 予知能力を手に入れたんじゃないかな!?」

「え? いや……いくらなんでもさすがにそれはないでしょ」

そう言って、改めて考える。うん。それはないだろう、と。

再度、部屋に到着したあと何があったかを思い出して、三人に述べていく。

「うん。部屋に来たあと、陛下は強いけど、立場上七剣の儀には出られないとか、水明が陛下のことを狸親父って言ってるだとか、先生の話とかをしたんだ」

「……確かにお父様はお立場上七剣の儀には出られません」

「それで、代わりに出たのがハドリアス公爵で――」

「はい。レイジ様のおっしゃる通りです……」

ティータニアは驚くというよりは、どこか心配しているというような表情を見せる。

「ふむ……妄想にしては、随分と内容に詳しく踏み込んでいるな」

「確かに水明君なら狸親父って裏で言ってそうだよ!」

「それで、そんな話をしてたら、部屋のドアがノックされて……」

黎二がそう言った直後だった。

室内にノックの音が響く。

当然のように、全員に緊張が走った。

「ご報告のため参りました」

ドアの外から掛けられた声を聞いて、一同が顔を見合わせる。

そして、ティータニアがおもむろに立ち上がって応えた。

「宴の件ですね?」

「……! はい、すでにご存じでありましたか! 申し訳ありません!」

「いえ、構いません。詳しいことについては決まっていますか?」

「はい。いいえ。それにつきましてはあとで侍従が改めて説明に上がるということですので」

「承知しました。連絡ご苦労でした。下がりなさい」

ティータニアがそう言うと、報告に訪れた侍従は扉の外で「失礼します」と言って去っていった。

室内に、驚きの沈黙が広がる。

再び、瑞樹の目がキラキラと輝いた。

「黎二くんすごいよ! すごい武器だけじゃなくてエスパーまで手に入れるなんて!」

「いや……」

「レイジ様、どういう力が働いたのかは存じませんが、先のことを知れるというのはとてつもないことだと思います」

「そうだな。それをうまく利用できれば、これからうまく立ち回れるかもしれないな」

「それは……」

周りの者は、期待を寄せているようだが、自分としては不吉なものに思えて仕方がない。

右手を開く。やはりそこには、 砕けた紺碧(ラピス・ユーダイクス) を埋め込んだ、サクラメントがあった。

ただの幻か。それとも本当に未来でも見てしまったのか。

その事実に、黎二は言い知れぬ焦燥を感じられずにはいられなかった。