軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おやつはいくらまでが妥当?

水明たちは、ホムンクルスの少年をハイデマリーのお父様、エドガー・アルツバインのもとに送り出したあと、ドイツでの些末な用事を終わらせて、日本へと無事帰国。

そして諸々の準備――黎二たちへの 各種物資(おみやげ) の調達を済ませ、異世界に行く日が訪れたのだが――

「チョコチョコチョコチョコ!」

「チョコチョコチョコチョコ!」

八鍵邸の庭先で、チョコチョコと連呼しながら、水明の前に迫って来る美少女二人。

それはチョコレートの入った段ボールを抱えているフェルメニアと、ペンギンのぬいぐるみを大事そうに抱えるリリアナだ。

彼女たちは、チョコレートを、それはもう大量に異世界へと持って行きたいらしい。現代世界にいる間に、チョコレートへの欲望を克服することができなかったようで、こうして行く直前になって持って行く量の直談判となったわけだ。

ここで水明が真面目腐って「おやつは三百円まで」などと言ったものなら、おそらくひどい目に遭うこと間違いなし。

水明もそれがわかっているからこそ、ある程度のお菓子の持ち込みに了解を出したのだが。

「それにしたってこれは量が多すぎだろ……」

持って行くお菓子の量は段ボール単位。しかも脇にはケーキのホールが入った紙箱まで置いてある徹底ぶりだ。

彼女たちは一体どれだけ持って行きたいのか。しかも生モノまである。転移の陣のスペース以上は物を持って行けないのだから、その辺り考慮してもらいたいと水明はしみじみ思う。

まず、フェルメニアの言い分を聞くと、

「ダメです! お土産は必要なのです! 私には殿下にチョコレートやケーキをお届けするという臣下としての使命が!」

自分のためのものではなく、ティータニアの分だと言う。

相変わらず忠誠心の高い女である。

一方で、リリアナの言い分はと言えば、

「チョコを、我慢するのは、無理、です。せめて何日かに一個は、食べたい、です」

こちらは自分で食べたいかららしい。正直でいいとは思うし、ちゃんと節度を守ろうとしているため、偉いとは思うが。

「それでも限度ってものがな、あるだろ?」

「これでも切り詰めた方です!」

「本当は、もっと、沢山用意したかったの、です」

そう言って譲ろうとはしない二人。話は平行線というか、むしろ水明の方が旗色悪くなってきた折のこと、

ちゃっかりルメイアへのお土産として酒瓶を持ったレフィールが、口を開く。

「二人とも、これ以上スイメイくんに無理を言うものではないよ」

「ですがっ!」

「レフィール、私たちにとって、これは、死活問題、なのです」

他人事ではないだろうと言うような視線に、レフィールは優しげな笑みを返す。だがそれは、決してチョコを持って行く量を減らせと言うような、水明側に立ったものではなかった。

「わかっているとも。だが我らにはマリー嬢という心強い仲間がいるじゃないか」

彼女はそう言って、新たな同士を募らんと、二人を唆しにかかる。窘めるかと思えば、これだ。いや、お菓子に執着がある時点で、もともと彼女も敵だったのだ。

新たな仲間を見つけた二人が、ハイデマリーへ駆け寄った。

「マリー殿!」

「ハイデマリーも、言ってください」

もちろん、ハイデマリーもあちら側だ。

これで、三、いや、四対一。

「水明くん。ケチケチはダメだよ」

「……わかってるよ。まったく」

そう言って、渋々了解の言葉を出すと、無邪気な歓声が上がった。そんなに諦めきれなかったかお菓子のことを。フェルメニアは当然のように、普段は表情の薄いリリアナさえも、笑顔を作って喜んでいる。

水明が魔法陣を書き足す作業をしていると、ハイデマリーが、

「水明君もお土産も買ってるんだからいいじゃない」

「そりゃあ買っていかないとうるさい奴がいるからな」

そんな風に憎まれ口を叩いていると、準備を整えて待っていた初美が、非難じみた視線を向けて来る。

「水明ったら、ひどい物言いね。反省の色なしで報告してもいいの?」

「なんで? というか誰にだよ?」

「私も安濃さん側の人間だもの。言ってもいいの? 水明が渋々だったって」

「うぐ」

そうだ。初美も瑞樹と同様、魔術師であることを黙っていられた人間だ。こういった場面でどっちに着くかと言えば、無論瑞樹側に立つだろう。

もちろん、水明にだって詫びの気持ちはある。

「その分ちゃんと準備してるだろ?」

「ほんとそうよね。なんだかんだ言ってだいぶ用意してるし」

持って行くものは、異世界では縁遠い和食の食材だ。お米に味噌、醤油、各種出汁、それだけに限らず、カップラーメンなど、郷愁の念に駆られると思われる物品は一通り用意している。

「向こうへ行ったときの料理は任せるからな」

「ええ、もちろん。腕が鳴るわ」

その腕は剣で鳴らして欲しいと思うが……彼女にとっては台所も戦場なのだろう。同じくメンバーの中では料理担当をしてくれるフェルメニアと一緒になって、活躍してくれること間違いなしだ。

「――お、そろそろか」

ふと、外れの方から、そんな男の声が聞こえて来る。聞き覚えのある声に振り向くと、そこには鏡四郎とその妻の雪緒、そして初美の弟である馳斗が歩いてきていた。

日本滞在中は一家に何かと世話を焼いてもらったゆえ、わざわざ見送りに来てくれたのだろう。

ふと、魔法陣を見た鏡四郎が、感嘆とした声を上げる。

「……ほう? これは、円の数が多いな」

「わかりますか」

魔法陣の円陣が多いということは、それだけ内包する情報が多いということだ。帰還――今度はこちらから向かうため、ストレートに転移の魔法陣だが、いろいろ含めて七陣まである。大魔術プラスαと言ったところだ。その分魔力の消費も半端なものではないが、その辺り魔術師ばかりであるため、問題にするならない。

ふと、雪緒が頬に手をあて、しとやかな仕草を見せつつ言う。

「残念ですね。せっかく賑やかでしたのに」

「そうだな。弟子たちを集めて食事ってのはあったが、こういうのは初めてで新鮮だったな」

そんな暢気なことを言い合っている夫婦を尻目に、水明はもう一人のいとこに目を向け、

「……結局馳斗にも話ちまうとは」

「初美にはバレたしな。なら、もう頃合いだろう」

鏡四郎がそんなことを言うと、馳斗が、何とも切り出しにくいというような、微妙そうな表情を向けて来る。

「なんつーか、不思議な人とは常々思ってましたけど、まさかそんなファンタジーな存在だったとは」

「お前はあんまり驚いてねぇのな」

「そりゃあまあ…………それで実際のところ、どれくらい強いんですか?」

そう言って、興味深そうに訊いてくる馳斗に、水明はいつもの調子で、

「ああ、中のげ――」

と言いかけたところ、いろいろなところから視線が突き刺さった。

「スイメイ君、君はそういうところがだな……」

「ちょっと、もう人に嘘吹き込むの止めたら?」

「そうだね。そろそろキミはいい加減にした方がいいと思うよ?」

レフィール、初美、ハイデマリーの苦言が同時に水明に突き刺さる。水明が「うっ……」と言葉に詰まっていると、ふと鏡四郎が初美の方を向いた。

いつもの飄々とした雰囲気はどこへやらというような張りつめた雰囲気をまとう鏡四郎。親ではなく、師としての態度か。初美はそんな彼に相対し、わずかな緊張を持って臨む。

「初美」

「はい」

「しっかり終わらせてこい」

「わかりました」

贈る言葉は短く少ないが、それだけでいいのだろう。二人のさっぱりとしたやり取りが終わると、今度は雪緒が優しげな微笑みを浮かべつつ、

「初美さん。病気や怪我には気を付けるのですよ?」

「それは、まあ、うん」

雪緒のちょっとズレた言葉に、初美はわずかな困り顔を見せる。鏡四郎に連れ添ってきた彼女にとっては、敵の強さの脅威よりも、病気の脅威の方が怖いものなのかもしれない。

「みなさんも、身体にはよく気を付けてくださいね」

そう言って、他の面々にも労いの言葉を贈る。それが終わると、今度は鏡四郎が、レフィールを呼んだ。

「レフィール」

「はい。グランドマスター」

「一度でいい。お前の尊敬する剣士のところにも顔を出しておけ」

「承知しました。短い間でしたが、稽古をつけていただき感謝の言葉もございません」

「おう。いまの言葉を忘れるなよ。他人への感謝を忘れれば、剣に驕りが兆すからな」

鏡四郎の言葉には、なんだかんだ含蓄がある。

一通り別れの話を済ませると、三人は家へと戻って行った。

「さて、じゃあそろそろ行くか」

ふと、転移のために、魔法陣の上に移動すると、ハイデマリーも踏み入ってきた。

「……マリー、いいのか?」

「いいのかって、なに、キミ、もしかしてボクだけのけ者にする気だったの?」

それは、責めるような口調だ。だが、水明としても最終的な確認をしたい気持ちはある。

「いや、置いて行かないって言った手前はあるけどよ……ほんとにいいのか?」

「さすが水明くん。その唐変木さは恐れ入るよ。君は水臭いって言葉を知らないのかい?」

「向こうの生活は思っている以上に不便なんだぞ? お前の好きなお菓子も満足に買いに行けない」

「ボクも転移の儀式を覚えればいいだけだし」

「お菓子を取りに行くためだけに大量の魔力を消費するとか豪気だよなお前もさ」

「ボクへの指導もあるんだから。ちゃんとするって言ったんだから、ちゃんとしてよね」

水明は「へいへい」と言いつつ、少しだけ不機嫌さを露わにした彼女に、

「機嫌直せって。撫でてやるからさ」

「ボクがそんなことでころりと丸め込まれると思っているのかい? まったく……見くびらないで欲しいね」

「……そう言って帽子を取って頭を差し出すのはなんかの様式美なのか?」

シルクハットを片手に持って、頭を水明の方に傾けるハイデマリー。そんな彼女に水明が胡乱げな視線を向けると、彼女はしれっとした様子で、

「撫でてくれるのくれないの? 一度口にした言葉を覆すのは、人としてよくないんじゃないの?」

「ほんと口が減らない七歳児だ」

水明はやれやれと呆れつつも、ハイデマリーの頭を撫でる。気分がいいのかどうなのかわかりにくい無表情だが、そのまま撫でられ続けているということは、これでいいのだろう。

一方、水明が何気なく口にした言葉に、異世界組プラス初美の目が点になる。

そして、ハイデマリーの相手をしている水明に対し、何を言っているんだと問い質すような視線を一斉に向けた。

「ん? どうした?」

小首を傾げる水明に、フェルメニアが戸惑いのまま訊ねる。

「あの、スイメイ殿? いましがた口にされた七歳児というのは……」

どういうことなのか。そんな風に訊ねるフェルメニアや他のメンバーの疑問の視線で、水明はふと思い出す。

「ああ、そういえば言ってなかったか」

「……ねぇちょっと水明。あなた、何かものすごい重大なこと黙ってたんじゃない?」

「あ、うん、まあ……マリーはホムンクルスとして生まれて、まだ七年しか経ってないんだ」

言っていなかったことを悪びれつつ、そんな事実を口にすると、レフィールがそんな馬鹿なと言うように目を丸くさせる。

「いや、それにしては、身体の大きさも頭の良さも合わないだろう」

「なんかもう今更だが……その辺りホムンクルスだからな。普通の人間とは成長の仕方なんかが違うんだよ」

「そ、そうなのか……?」

レフィールが困惑している一方で、リリアナが片目を見開いてハイデマリーに訊ねる。

「ハイデマリー、ほんとう、なのです、か?」

「うん。ボクは七歳だよ」

リリアナの訊ねに、頷くハイデマリー。リリアナはお姉さんだと思っていた七歳児を見上げたまま、固まっている。まだ理解が及んでいないよう。それも当然だろう。年齢はリリアナの半分程度なのだ。混乱しているのか「え? え?」と言いながら、手で数を数えている。

「これは、なんとも」

「だ、大問題なのでは?」

レフィールもフェルメニアも、まさかの事実にわたわたしている始末。初美に至っては半ば呆然といったような様子で、ハイデマリーのことを見つめている。

「同い年くらいだと思ってたのに……」

だが、

「認識はそのままでいいと思うぞ? 七歳って言ってもホムンクルスの七歳だからな。人間の年齢を当て込むのはそぐわないんだ。ほら、犬とか猫とかだってそうだろ?」

「ちょっと水明君。そのたとえはどうなのさ。ねぇ?」

「いや、思い付いたたとえがそれしかなくてな」

だが、やはり犬猫とたとえたのはよろしくなかったか、ハイデマリーが睨んでくる。

一方で水明は、

「じゃまあ、行こうか」

「ちょっと、水明君! 聞き捨てならないよ! ねぇ!」

「わかったわかった。いいから転移するぞ。陣の中に入ってくれ」

「もう、あとできっちり決着付けるからね」

ハイデマリーはぷんぷん、という擬音が似合うような調子でそう言いつつ、魔法陣の中へと踏み込んだ。

やがて、水明が手のひら同士を叩きつけ、パンっという軽快な音を響かせると、魔法陣が魔力光を溢れさせる。

「――Dimensional connect」

(――時空連結)

水明がその鍵言を口にすると同時に、水明たちは再び、異世界に地に舞い戻っていったのだった。

……そう、そのさまを、影から覗き見ていた魔人がいたことも知らずに。

「へっへぇー! ちょっと見かけなくなったと思ったら、随分と面白いことに首を突っ込んでるじゃないですかぁあああああああ! さすがはこのぼ、く、が! フッ、アァァンんあだけはあるよ水明くん!! ここは僕もファン第一号として、追いかけるのが筋ってものだよねぇ!? そうだよねぇ!?」

そんな調子の外れた声が、誰もいない八鍵邸の庭先に響く。