軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

いつか盟主が語ったことは

しかして魔法陣の奈落から這い上がってきた神格は、 聖なる稲妻(アブラクアドハブラ) によって形を崩され、外殻世界へと戻された。

残ったのは、倒れた魔術師たちと、地を這う蒼ざめた稲妻だ。現象の余韻がすぐさま消えずに残るのも、大魔術行使後にはよくあること。

水明は水銀刀を地面から引き抜いて、かけていた魔術を解除し、右手の刀印に残留した稲妻も払う。

すると、フェルメニアが半ば呆然とした様子で、言葉を漏らす。

「なんというすさまじい威力……」

「ま、こっちに来りゃあこんなもんさ」

綰(たが) ねられた稲妻の奔流は、雲を引き裂き、天を貫いた。地上に向かって直接撃てば山一つ軽く吹き飛ぶだろう威力。以前、異世界で二度使ったが、ここまでの威力ではなかったはずだ。

フェルメニアは稲妻の余韻に当てられてしばしそんな調子でいたが、ふと思い出したように、

「で、ではマリー殿を助けに行きましょう!」

彼女がハイデマリーのもとへ急ごうと教会の方を向くと、突然リーダー格らしい魔術師が笑い出した。

一体どうしたのか、四人が怪訝に思っていると、

「それは、先に入って来たホムンクルスのことだな? そいつは今頃ボスが捕まえてるぜ?」

「ボス、ね」

魔術師の言葉に、水明は呟く。大方、そのボスとやらが、例のホムンクルスなのだろう。

魔術師の言葉に、水明は視線を教会のある方に向け、

「あれか」

「ははっ、そういうことだ」

「あれ? スイメイくん、あれ、とは?」

レフィールの訊ねに対し、水明は顎をしゃくる。その先には陽炎に揺らめく透明な隔たりのようなものが、教会の姿をおぼろげに変じさせていた。

「結界魔術だな。対象を精神世界に拘束するタイプのものだろう。種別は――閉塞型幻影結界」

依頼書に記載してあった通り、やはり結界魔術が得手のようだ。閉塞型幻影結界。閉塞型――つまりは取り込んだ対象を内部に閉じ込めるものであり、幻影――要はハイデマリーに幻を見せているのだろう。精神を幻覚の檻に閉じ込め、いまもって彷徨わせているということだ。

魔術師の男が、敵意のにじんだ眼差しを向けて来る。

「ボスがいりゃあ。いくらお前でも」

「敵わないってか? 舐められたモンだな」

「はっ――、相手は天才、ホムンクルスさまだぜ? 人間が知識で奴らに勝てるわけねぇだろ?」

確かにそうだ。ホムンクルスはその性質上、幅広い知識を持つ。知識は魔術師にとって大きな力であり、知識があるかないかによって、その質も大きく変わる。

だが、

「――そう言って、唆したのか?」

「へ、なんの話だ?」

「とぼけるなよ。お前らがそうやって神輿に担いだから、その気になったんだろ? ホムンクルスは頭がいいから、そうそう間違いを犯すことはないが、だからこそお前らはホムンクルスのゆがみに付け込んだ。そうだろう?」

「…………」

魔術師の男は黙りこくる。やはり、図星だったのだろう。

一方で、フェルメニアが怪訝そうに眉をひそめた。

「スイメイ殿。ホムンクルスのゆがみ、とは?」

「ホムンクルスって言うのはな、知識と知恵を持って生まれてくる存在だ。言うなれば、小さな子供がとんでもない知識を得たようなモンがホムンクルスだって言い換えられる。だが、知識があっても所詮は幼子だ。然したる経験を持たないのに知恵ばかりがあるせいで、精神が不安定になりやすい。だからこいつらは、好都合とばかりに付け込んだ。神格と同化すれば、心の隙間が埋まるっていう風に、耳元で囁いたんだろうよ」

そこで区切って、水明は今度こそ、魔術師たちの核心を衝く。

「お前らの書いた絵図はこうだ。あたかもホムンクルスが首謀者というていにして、実際はお前らが甘い言葉を囁いてその気にさせた。ホムンクルスの力を安全に利用するためにな。天才であるということの虚栄心と、自己顕示欲を利用したんだ」

ホムンクルスはその知識と経験の差異のせいで、精神が不安定になりがちだという。

それに彼らはもともと人間のために造り出されているため、人の言うことを聞きたがるという性質もある。それゆえ、隙を付け込まれて、唆されてしまったのだろう。

魔術師の男が、暗い表情で睨みつけて来る。

「……それがなんだって言うんだよ? 人間がホムンクルスを利用するのは、当たり前のことじゃねぇか。あいつだって、自分の居場所が欲しいから俺たちを利用しているんだぜ?」

「それは否定しないさ。だけどな、テメェも魔術師なら、他のモンに頼らないでテメェでどうにかしやがれってんだ。ま、魔術師の矜持を捨て去ったテメェには、随分とお似合いの台詞だろうがな」

「くっ……」

水明は、苦しそうに呻いた魔術師の男の前に立ち、代執行としての言葉を言い渡す。

「――もと『 狂える星宿の使徒たち(アルファルドナイン) 』、サイクス・ルーガー。千夜会の依頼により、生死は問わないとあるが――拘束させてもらう」

「そこまで割れてるのか……」

「潰れた組織を復興したいのなら、もっと真っ当な手段を取るべきだったな。千夜会に目を付けられるようなやり方をした時点で、土台無理な話だったんだろうが」

水明はそう吐き棄てて、フェルメニアたちの方を見る。

「 ハイデマリー(あいつ) は俺が連れて来る。三人はそいつらの拘束を頼むよ。ま、火傷でろくに動けないだろうがな」

水明はフェルメニアたちにそう言って、教会に向かって歩き出す。

「その結界は閉塞型だぞ! 外側から入れるわけがっ!」

サイクスは「不可能」だといいたのだろう。そんなことができないと言って、できたことがさっきあったのを、もう忘れてしまったらしい。

結界の外側に触れた折、ふと水明は、彼女に関するある話を思い出した。

そうそれは、いつか盟主に聞かされた話――

それは、いつもの薄暗がりの部屋でのこと。

「Mr水明」

「なんでしょう? 盟主殿」

「あのね。君の使い魔のホムンクルスについてだけどね」

「ハイデマリーのことは、使い魔ではなく弟子だと……」

「いや、Mr水明? 彼女は分類上それにあたる。どう取り繕うとも、あの子が人間ではないことには変わりない。違うかい?」

「それは、確かに事実を踏まえればそうですが……」

それでも、使い魔扱いはしたくない。

水明は渋い顔でそう言うが、盟主は否定するように首を横に振った。

「あまりあの子を人間扱いするのはダメだよ? それは君のためにも本人のためにもならないからね」

「だからと言ってモノ扱いするのは私には出来ません」

きっぱりと口にした水明に盟主は勘違いを笑い飛ばすように、明るい声音を発する。

「ああ、違う違う。別に彼女をモノ扱いしろってわけじゃないんだよ? 使い魔だからと言って、魔術師の召使いなわけじゃない。ただ、彼女と君が違うものであるということを尊重して、ちゃんと分けて考えておかないと、かみ合わなくなるってことなんだ」

「……そうでしたか」

水明は、盟主の言葉の深意を聞いて、安堵する。そういった意味での言葉か。ならもっと勘違いさせないように気を遣って欲しいなと視線を向けると、盟主はそれに気付いたように悪戯っぽく笑い出し。

「ふふ……ちょっと意地悪過ぎたかな。それで今日、ぼくが君に言いたいことっていうのはそういうことじゃなくてね。あの子のことさ」

「マリーの、ですか?」

「そうそう。ホムンクルスがアカシックレコードと強い関係を持っているのは、君も知っているよね?」

「はい。ホムンクルスは、その創造に際し、力を与えた 哲学者の石(ラピス・フィロソフォルム) の特質によって、アカシックレコードから知識を与えられているものだと聞いています」

「その通り。ホムンクルスの知識の源泉は、アカシックレコードにある。ホムンクルスを形作る要素足り得るものであり、ホムンクルスが総じて天才と呼ばれるゆえんだ。でも、足りないものもあってね」

盟主はそこで区切り、話の続きを口にする。

「アカシックレコードは、ホムンクルスに人間性まではくれないんだ」

「そうなのでしょうか? アカシックレコードは現在、過去、未来、あらゆる結果を記録したものです。その中には、人間の感情の機微についても記録されているのでは?」

「知識としてね。だけど、人間性を獲得するにはどうしたって経験が必要だ。人間もそうだろう? 人間の性格だって物心ついた頃からの経験によって形成される」

「ホムンクルスも、それと同じだと?」

「Mr水明。どんなものであろうと、性格を形成するには経験が必要だ。人は事象を経験して、対策を培い、それが自己形成の肥やしになる。だけど、アカシックレコードから与えられた知識は、すべて他所で起こったことだ。結局のところ彼女のものではないんだよ」

そうだろう。要は、他人の経験を本で読んだようなものなのだ。その登場人物に感情の揺れはあったとしても、それを知識として得る以上は、いまいち経験には結びつかない。

「彼女は天才だ。その言葉が指すのは真に、『 天(よそ) から与えられた』ということだ。自ら勝ち取ったものは何一つだってない。にもかかわらず、あれほど自信たっぷりに振舞える。それは、ひどくいびつなことだと思わないかい?」

「――――」

それは、確かにそうかもしれない。人は成功の経験を以て、自信を得るものだ。ならば、それがない彼女が、自信満々に振舞えるのはおかしなことだろう。知恵がある分、驕りが愚かなことであるのはよくよく知っているはずなのに、それでもそんな態度を取り続けるのは、得心がいかない。

「エドガーは昔から、ちょっとそういった機微が抜けているんだ。彼自身才能もあるし、ぼくと同じで俗世とは距離を置きたい偏屈だからね。だから、彼はあの子を、君に預けたんだよ」

盟主はそう言って、明るかった声音を神妙なものへと変える。

「Mr水明。このままだと、この先あの子はいつか必ず、自分の足元が見えなくなってしまうだろう。だから――君が導いてあげなさい」

「私に、それができるのでしょうか?」

その信頼は過度なものではないのかと。なぜ、自分をそこまで買ってくれているのかと。若造だ。子供も、恋人だって作ったことがない。そんな人間に、道を指し示せなどと、どうして言えるのか。

半ば問い詰めるような視線を向けると、やはり盟主は優しい微笑みを浮かべ。

「……Mr水明。君の生きざまには夢がある。出発地点はぼくたちと同じだけど、君のそれは君だけのものだ。何よりも強く輝く、闇の中にある光。どこにでもあるような他愛のない、だけど、何よりも尊い、人の在り方を指し示す、 願い(ゆめ) の果てだ」

盟主はうたうように口にして、そして、

「人はね、足元を見失っても、指し示す光さえ前にあれば、進むことはできる。足元が見えなくなって歩けないなのなら、這ってでも行けばいいんだからね。だからさ――」

――彼女がその足元を見失ったら、君がその 夢(ひかり) を指し示してあげなさい。

盟主の言葉になんとなく面映ゆくなり、言葉がひねくれてしまう。

「這って歩く、ですか。あいつがそんな泥臭いことしますかね?」

「それは心配ないさ。彼女が持っていないすべてを持っている君がいれば、きっと彼女は君の後ろを追いかけてくるよ」

「俺の、後ろを……」

…………水明はふと、そんなことを言われた、『いつか』を思い起こす。

それは異世界に召喚されるよりも前、ハイデマリーを結社に連れて来たころのこと。

盟主の話が正しいと証明するかのように、ハイデマリーは事あるごとに、自分は天才だと言っていた。それがアイデンティティだとでも言うように、それが、彼女自身の支えなのだというように。

つまりそれは、彼女の無意識下の抵抗だったのだろう。

他の者とは違うことが、寂しくて寂しくて仕方がなくて。

本当は何も持っていないことが、不安で不安で仕方なくて。

天才だ、天才だと、そんなことをことあるごとに口にしていたのは、寂しさや不安を紛らわせるための、慟哭の裏返しだったのだ――