軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

先行の代償

ホテルを飛び出したハイデマリーは、ドイツのとある人里離れた森林に到着していた。

道中、晴れていた空には雲が漂い始め、雲行きは怪しい。降り出すというほどではないが、今後空の機嫌次第では、雨模様になるかもしれないといったところである。

ハイデマリーはすでにウサギの乗り物を『自分の部屋』に仕舞い込み、身軽な状態。

申し訳程度に張られた人除けの結界を通り抜け、いまは目的の場所の程近くにいた。

情報のもとは、もちろん水明の部屋からくすねたメモだ。情報屋ウィゲルが手に入れた正確な情報の通り、件の場所には生活から取り残された廃村があり、にもかかわらず人間の気配があるという矛盾があった。

「こんなところで儀式って、ほんと人って悪趣味だよね……」

見えるのは、カビ臭さと 饐(す) えた臭いが鼻に付く、汚臭漂う廃墟群だ。石壁の建物は崩れ、つい立ての役割しか果たせず、そこら中にガラスの破片が散らばって、カルトロープ(まきびし)さながらになっている。

だが、召喚場所として選んだことには、理にかなっていると言えるだろう。人気のない場所で行えば騒ぎも起こらないし、広い土地も確保できる。もともと人がいて、いなくなったということは、わずかながらだが神秘性も増す。そのうえ変わった風習があるような土地であったなら、儀式には随分と都合がいい。

魔術師としては選んで当然の場所ゆえ、称賛するほどではないのだが。

ハイデマリーは木々を隠れ蓑にしながら、廃村の様子を観察する。

どうやら周辺には、目が虚ろな人間が徘徊しているらしい。十中八九、青い薬を飲んだ、もしくは飲まされた者たちだろう。

水明の話によると、依頼書にはその薬が関係していると書かれていたと言っていた。

目標の狙いは神格の召喚と同化。おそらくは魔力を持った者を操り、意識が曖昧になっているのを利用して、一時的に呼び出すための神を信仰させるのだろうと思われる。

ならば、

「いるよね。ちゃんとした連中がさ」

十中八九、トランス状態に陥った者たちを扇動する人間が必要になる。カルト教団にありがちな、信者をマインドコントロールする『師』というものだ。神と同化する当人の力だけでは扇動するにも限界があるため、ある程度の仲間もしくは部下を用意するのが妥当だろう。

やはり思った通り、足取りがしっかりした者が周辺を巡回。中毒者たちを監督していた。

すべて魔術師であり、この件に関わっているということは、大掛かりな儀式に関われるほどの使い手ということになる。

一人で全部相手にするには厳しいが――別に無理に相手をしなくてもいい。要するに神格の召喚という目論見の第一段階さえ潰れてしまえばいいのだ。彼らをかわして、キングを取りに行けば、それですべては終わるだろう。

「場所は……あそこだよね」

視線の先には、屋根に十字架をいただく建物があった。

神と言えば、そこだろう。神の存在をイメージしやすい場であるため、うってつけ。神秘性も抜群に高く、ことを起こそうとするなら誰でもここを選ぶ。

外回りの連中の視界をかわして、油断せずに中へと入る。内部には古びた絵画と朽ちた像が置かれ、十字架には象徴たる父のモデルが。カビて破けた赤じゅうたんと、装飾の華美な円柱。脇を見れば、木造の小さな懺悔室が置かれている。

典型的なカトリックの教会だ。

召喚の儀式をすると思われる奥の段上を窺うが――しかし、予想外に祭壇も魔法陣も見つからない。

「……ここじゃない? でも警備は厚かったはず……」

行われるなら、確実にここだ。ここしかないはず。魔術師ならば、間違いなくここを選ぶはずなのに、儀式をするための準備が整っていない。

どういうことなのか。先入観にとらわれたハイデマリーが、怪訝に思った、そんなときだった。

「――へぇ。そろそろ来る頃かなって思ったけど、まさかホムンクルス(ぼくとおなじの)が来るなんて思わなかったなぁ」

「――ッツ!」

突然降って来た声に、ハイデマリーはその場から弾かれたように飛びのく。そして、現れた気配の方、天井に視線を向けると、梁の上に一人の少年が腰掛けていたのが見えた。

それは、ボブカットに切りそろえた金色の髪を持つ、美しい少年だった。年のころは、十代半ば。教会内に飾られた絵画に描かれていた天使が、二次元のくびきから解き放たれて飛び出してきたような、そんな麗しい容貌である。

しかも、身にまとっているのは神の栄光や喜びを表すカトリックの白い祭服とストラ。

まったく皮肉が利いていると言えよう。

「キミは――」

「始めまして。ホムンクルスの女の子。ぼくの教会にようこそ」

ハイデマリーが訊ねるよりも早く、金髪の少年は客人に接するように恭しく礼を取る。

『ぼくの』などと、憚らずうそぶいた少年を、ハイデマリーは油断なく注視し、

「まるで待ってたような口ぶりだね」

「当然だよ。代執行が来るって聞いてたから、急いでもてなしの準備をして、いまかいまかと待っていたんだ」

「罠――」

「ご明察……と言うにしては、遅きに失しているかな。でもさすがは千夜会の代執行だ。妖しい場所に先んじて子飼いのホムンクルスを送り込むなんて、場当たり的な策じゃ通じないってことかぁ」

どこか残念そうに口にする少年――ホムンクルスに、ハイデマリーは内心歯噛みする。

どうやらこの金髪の少年は、不用意に罠に踏み入ってしまった自分のことを、捨て駒と勘違いしているらしい。

魔術の仕掛けがないかどうか、周囲を探りながら、金髪の少年に応える。

「別にボクは捨て駒にされたわけじゃない。ここには自分の意思で来たんだ」

「あれ? そうなのかい? ホムンクルスなのに? 誰かに命令されたわけじゃなくて?」

「そうだ」

「ふうん? 随分とまあ殊勝なんだねきみはさ。どういった心情でここに来たのかな?」

「それを知る必要はないね」

「命令されてここに来たってのが考え方としては正しいとおもうけどな」

「キミがホムンクルスのことをどう思っているか知らないけど、ボクらはそんな風に扱われるものじゃない。それに、キミとかホムンクルスなんて味気ない呼称でボクのことを呼ばないで欲しいね。ボクにはちゃんと、ハイデマリー・アルツバインって名前があるんだ」

ふと、ハイデマリーの言葉を聞いた少年の眉が、ぴくりと動いた。

「へぇ、きみ、ホムンクルスのクセに名前なんて付けられてるんだ。なに? 造った人の気まぐれか何か?」

「生まれたものに名前を付けるのは当然のことだよ。人はなんにでも、名前をつけるだろう?」

「…………」

だが、金髪の少年は黙ったまま、答えない。その代わりに、返って来たのは陰鬱な視線だ。憎悪が混じったような、濁りの感じられる視線である。

それはともかくと、ハイデマリーは金髪の少年に問いかける。

「それで、キミのご主人さまはどこにいるんだい?」

「さあ? いまはどこにいるのかな? わからないよ」

「とぼけないで欲しいね。どうせこのろくでもない計画も、キミのご主人さまが起こしたことなんだろ? 教会の外で召喚の準備でもしているのかい?」

探るような問いかけに、しかし金髪の少年は首を横に振った。

「いいや違うよ。これはぼくが起こしたものさ」

「……キミが? そんな馬鹿な。あり得ない」

「そう言われても、それが事実だからね」

とは言うが、同じハイデマリーには理解できなかった。ホムンクルスが自らこんな事件を起こすなど、甚だ考えにくい。ホムンクルスとは知識の宝庫だ。こんな事件を起こせばどうなるかなど、考えるまでもなく理解できるし、何よりホムンクルスが神格と同化してどうするつもりなのか、力を手に入れるそのメリットが思い浮かばない。

「……ホムンクルスであるキミが、どうしてこんなことをする?」

「どうしてって。それはぼくがホムンクルスだからこそ、さ」

「……?」

金髪の少年の言葉に、理解が及ばないハイデマリー。ホムンクルスだからこそとは、一体どういうことなのか。

もしや、謎かけの類を口にして玩弄しているのか――

「やれやれわかっていないようだね。ぼくが神格の召喚という、誰も成し遂げたことのないことをすれば、それだけで、ぼくはホムンクルスのジレンマから解放されるんだよ」

「……ホムンクルスのジレンマ?」

ホムンクルスの知識にもない言葉に、ハイデマリーは眉をひそめる。

「あれ? 知らないかい? すべてのホムンクルスが持つ『空虚』のことだよ。ぼくらホムンクルスは何も持たない。あるのは知識だけ。全部未経験の知ったかぶりだ。経験や成果がないから、知識があっても、どこか胸に穴が開いたような気持ちになる。そうじゃないか?」

「それ、は……」

ハイデマリーは図らずも口ごもってしまう。

口にできない。口にしてしまえば、いままで見ないようにしてきた心当たりが、見つかってしまうような気がしたから。だから、背中から得体の知れないものがぞわぞわと身体全体に広がるような、不快な気持ちになってくる。

それが、そう。まるで核心をついたもののように思えるから――

「そうだろう? 大方、きみもそれが嫌だから、こうしてここに来たんじゃないのかい?」

そして、金髪の少年は問いの答えも待たないままに、

「きみは、ぼくの行動を止めに、勝手にここに来た。それは、誰かに認められる成果が欲しかったからなんじゃないのかな?」

「――ッツ!」

金髪の少年が投げかけて来た言葉で、自覚する。してしまう。自分がここに来た理由が、まさしくその通りだということを。

自分がどうしてここに来たか。

それは、あの黒髪の少年に、自分がどれだけ有能で欠かせない者なのかを知らしめるためではなかったか――

思い当たる節にたどり着き、絶句していると、金髪の少年がしてやったりと笑い出す。

「あははっ! ほおら、やっぱりそうだ! きみだって同じじゃないか! なにかを自分一人で成し遂げようと勝手に動いて――そして勝手に罠に嵌まってしまったんだ」

それはさながら、こちらの失敗を嘲笑するような、不快な笑み。

気付けば、らしくなく、叫んでいた。

「知った風な口を利くな! ボクはお前みたいなのとは違う! ボクはお父様に造られた最高のホムンクルスだ!」

「最高のホムンクルス、ね。それが正しいのかはこの際どうでもいいさ。でも、事実そうだろう? なら、きみもぼくと同じだ。そんなきみが、どうしてぼくを止めようと言うんだい?」

金髪の少年の魔力がにわかに高まる。それと同時に、術式が展開される気配。話に乗せられて、室内に対する警戒を解いていた――

「これは……結界魔術!?」

足元に広がる紫色の魔法陣。それに気付いた直後、場が――視界がマーブリングさながらに歪んでいく。空間制御系の術式か。周囲の色が徐々に紫の魔力光に浸食され、身体が重くなっていった。

「さて、質問するよ? きみを作った錬金術師は、一体いまどこにいるんだい?」

「――っ、お父様はここには居ない!」

「いない? いないのかぁ。なら、きみもぼくと同じだね。きみも、造った人間に捨てられたんだ」

「違う! ボクは捨てられてなんかいない!」

「じゃあどうしてきみを造った錬金術師は、きみの近くにいないのかな? 普通、レン院術師は、ホムンクルスを自分の手元に置くはずだね?」

確かにそうだ。だが、決して自分は捨てられたわけではない。父、エドガーは今後のことを考えて、結社の魔術師のもとへと送り出したのだ。

そう、

「ボクは、ボクのこれからのために、修行に出されて、それで……」

「それは方便だよ。ホムンクルスは、造って終わりだ。その時点で、役目なんてなくなってる。そのお父様とやらは、きみがいらなくなったから、それらしい話をして手放したのさ」

「違う! お父様はボクのために!」

「本当にそうかな? そんなことをする価値なんて、ホムンクルス(ぼくたち)なんかにあるのかな?」

「それは――」

あるのだろうか。金髪の少年の言葉が、頭の中で勝手に繰り返される。自分にそんな価値は本当にあるのか。年月の重みもない、生まれて高々数年の自分。なにも成したことのない自分。彼の言うように何も持たない自分に、一体どれほどの価値があるのかと。

視界が、歪んでいく。まるで、溶鉱炉の放り込まれたかのように、どろどろに溶けていく。それと同時に、希薄になる意識。

ただ、意識が薄れていく中、嘲笑うような声が、いつまでも頭の中に響いていた。