軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

水族館! ケーキ!

――地元の駅前からまず向かったのは、リリアナの希望である水族館だった。

到着して真っ先に向かったのは、海獣がいるスペース。

リリアナもサメの泳ぐ巨大な水槽に一度興味を引かれたがようだが、可愛いのには敵わないらしい。水生生物たちを流し見して、足早にお目当ての動物を探しに行く。

やがて目に入った動物を見て、リリアナが弾けるような声を上げた。

「て、てれびで見た、あざらし、さんです!」

それは、猫と遊んでいるときに匹敵するほどの興奮の声。だがあれは――

「いやあれはオットセイな」

「……? 違うの、ですか? ……あ、こっちの方がおりこうさん、なのですね」

リリアナはオットセイが飼育員の言うことを良く聞いているのを見て、なるほどと別の生き物だと納得している。

飼育員とオットセイが、ゴムボールでキャッチボールをし始めると、リリアナの顔があっちを向いたりこっちを向いたり。ゴムボールの動きに合わせて動いている。

その様を微笑ましく見ていると、ふいにリリアナが羨ましそうな声を出した。

「おっとせいさん、触りたい、です」

「それはダメよ。動物は慣れない人が触るとストレス溜めちゃうから」

「そうなの、ですか……」

初美の言葉を聞いたリリアナは、いつになくしょんぼりである。

だが、彼女が触れるようになるには、どうすればいいだろうか。案と言えば、あるにはあるが、

「まあ、どうしても触りたいって言うなら――」

「魔術、ですね? わかりました」

勝手に結論付けた途端、目をらんらんと光らせて魔力を高めるリリアナ。周囲にじわりと、ピリピリと肌を焼くような空気が滲んでくる。当然それ感じ取った水明は、泡を食って止めにかかった。

「違う違う違ぁああう! どうしてそうなるんだよ!」

「違うの、ですか?」

「違うのですかって! 当たり前だ!」

リリアナは水明の制止を聞き入れて、魔力の発露を止める。そして愛らしく首を傾げた。

ふと、一緒にいた初美が、非難の色を十全に含んだ半眼を向けて来る。

「……ちょっと水明、これってあなたのせいじゃない?」

「な、俺の影響だって言いたいのか?」

「ほら、いつもなんでも暗示をかけて言うこと聞かせようとするじゃない。それでリリアナちゃんも真似して……」

「あれは必要に迫られたからで!」

「すいめー、いまの私も、必要に迫られて、います」

「え? っ、いやいやいや!」

「ほらー、やっぱりー」

リリアナと初美、二人から痛いところを突かれたせいで、水明はしどろもどろになるしかない。彼がいつになくあたふたしていると、リリアナが微笑みを見せた。

「冗談、です。ちゃんと、わかっています」

「うぐ……」

おちょくられたか。最近はどうも扱い方を覚えたらしく、リリアナが小憎たらしい素振りを見せるようになった。かといってベッドにもぐり込んで来たときのように甘えるようなところもあるので、水明もついつい強く言えないのだが。

「でも、触りたいのは本当です。どうすれば、いいですか?」

「まあこれは、飼育員になるしかないかなぁ」

「しいくいん……」

「そのまま、動物を世話する仕事だな。ほらいま見てるあの人のことだ」

水明はそう言って、オットセイとキャッチボールをして、会場を沸かせていた飼育員を示す。息の合ったコンビネーションを見せつつ、観客に笑顔を振りまいている。

魚をあげたり、頭を撫でたりと、慣れたもの。

「あのお兄さん、ですね。うらやましい、です」

飼育員をじっと見つめる姿は、本当に羨ましそうである。

リリアナとそんな話をしていると、別行動していたハイデマリーたちが現れる。

「リリアナちゃんにプレゼント買って来たよ」

「プレゼントです、か?」

見るが、それらしきものはどこにもない。一緒にいたフェルメニアとレフィールは、にこにことした笑みをして、なにも言わず。一方で水明は彼女が何をするのか大方見当が付いているため、ははんと二人のような笑みを浮かべた。

ハイデマリーが被っていたシルクハットを取ってひっくり返し、鍔を数回ステッキで叩くと、ぽんっと底が破裂する。にわかに上がった霞のような煙が消えると、シルクハットの上にサッカーボール大のペンギンが置かれていた。

「あっ! ぺんぎんさん、です!」

「一番かわいくて上等な子だよ。はい、どうぞ」

「ありがとう、です」

リリアナはハイデマリーにお礼を言って、ペンギンのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。

決して離さないぞというような抱擁ぶり。材質が柔らかく、触り心地がいいのかぬいぐるいの頬に頬ずりをして、うっとりとしている。

「ふふふ」

一方でハイデマリーはお姉さん気分なのだろう。実際は彼女の方が年下なのだが。幼気さではリリアナの方が勝っているため、そう言った態度を取っているのだと思われる。

「次はペンギンショーが始まりまーす」

「ぺ、ぺんぎんさん!」

タイミングのいいことに、リリアナの目的が叶えられるらしい。

オットセイが飼育員のあとを追って退場すると、新しい飼育員と共にペンギンたちが列をなして会場に入って来る。

それを見たリリアナが、またキラキラとした視線を会場に向けた。

水族館を堪能したあとは、腹を満たしにケーキバイキングに立ち寄った。

ここに来たのは、レフィールの希望があったからだ。いや、レフィールだけでなく、女性陣全員の希望でもあるのだろう。

店に入ると、バイキング形式にずらりと並ぶケーキが見えた。

ショートケーキに始まり、チョコレートケーキにフルーツタルト、チーズケーキにミルクレープ、数え始めればきりがない。色とりどりの各種ケーキに、フェルメニアたちの目が一瞬にして華やいだ。

「こここここれが全部食べ放題だというのか!!」

「ああ……ここが天の国なのですね……」

レフィールはいつになく興奮しており、口から涎を垂らさんばかり。フェルメニアは陶然とした声を出し、異世界の女神に感謝を捧げている。

ふとリリアナが何かに気付いたように、辺りを見回す。眉間にシワを寄せ、どこか困ったような様子。

「水族館、でも思いましたが、目立っています、ね」

「そりゃあなー」

「これは、私たちが、田舎者と見られているから、でしょうか?」

「いやいや、そうじゃないって」

確かに、三人にお上りさんの雰囲気がないとは言えない。だが、天秤はそっちよりも外国人という方に大きく傾いているため、嘲笑や冷笑の類はない。それでも窺うような視線を向けられる原因は、やはり彼女たちの容姿だろう。全員が全員、美少女なのだ。嫌でも目を引いてしまうし、ついつい見てしまうのだろう。

その証拠に、彼女たちをエスコートしている水明は、男とすれ違うたびに射殺すかのような視線が向けられている。

一度ボックス席に着き、荷物を置くと、初美が席から立ち上がった。

「みんな慣れてないだろうから、私がレクチャーしてあげる」

「ハツミ殿、是非よろしくお願いします!」

「勇者ハツミは、最高の勇者、です!」

異世界組は喜んで初美を称え始めた。その一方で水明は、席でお留守番である。

やがてトレーを持ってバイキングを一回りしてくると、異世界組はトレーにケーキを所狭しと並べていた。

どうも、全部食べる気らしい。水明も甘いものは好きな方だが、甘味のあまりの量を見て、うっと胃液がせり上がる。

ふと、席に着いたフェルメニアが感極まった声を出す。

「こんな贅沢……くっ、私はこの世界に知識を求めてきたというのになんたることか」

「って言いつつ大量に持ってきてるじゃねぇかアンタは……」

「いえ、これも知識の探求です! 主にお菓子作りの!」

「アンタは一体どんな知識を求めてるんだよ」

「それに全部ではありませんし」

「どうせ全制覇するんだろ?」

「もちろんです!」

そう言って、握りこぶしをがっちりと作るフェルメニア。鼻から息をふんすと出し、その意気込みが窺える。

水明がそんな彼女のことを微笑ましく思っていると、ふいに横合いから忍び笑いが漏れてきていることに気付いた。

「……ん? レフィール?」

「ふわふわ、ふわふわ……」

レフィールが、生クリームを前に独り言を呟き始める。その様は大好きなわたあめを前にしたときのよう。テレビに映った動物を前にして陶酔しきっていたリリアナを思わせるほど、自分の世界に浸っていた。

「ふふふ……このような贅沢、グラツィエラ殿下もしたことはあるまい」

やがて自分の世界から戻って来たレフィールさん。持ってきた大量のケーキを前に目をギラつかせる。その気迫は、お菓子を目の前にしたフェルメニアよりも凄みがあった。まるで獲物を狙う猛禽類かネコ科の肉食獣か。どれから食べるか、選んでいるのだろう。

「……見せびらかすのに写真でも撮っていくか?」

「そうだな。あと、帰りに何か土産でも買っていこうじゃないか」

以外にも、そんな優しいことを言うレフィール。どういう風の吹き回しなのか。そう思いつつも、二人の会話をよくよく思い出す。

レフィールとグラツィエラ。憎まれ口を叩き合っている様子しか思い浮かばないが――

「……お前ら実はなんだかんだ仲いいんじゃねぇのか?」

「仲は良くない! お土産を買うのは、贅沢したという証であって、おすそ分けしようとかいう気持ちは一切ないんだ!」

「でも食わせると」

「それは……まあ」

やり込められたように口を真一文字に結ぶレフィールを見て、水明は大仰に肩をすくめる。

「はいはい仲悪い仲悪い」

「むぅぅ! これでやり込めたと思わないことだぞ……はむっ」

レフィールは文句を言いつつも、ケーキを口へ運ぶ。

「……うまい」

「良かったな」

周りを見れば、リリアナはパクパクとケーキを無心で食べていて、初美は抹茶ケーキをしっとりと口に運び、ハイデマリーは珍しそうなものをひとくちひとくち口に運んでは、一人ぶつぶつと論評している。

ふと、フェルメニアが水明のトレーに視線を向けた。

「……? スイメイ殿はあまり持ってきてはいませんね?」

「ああ、俺はいいんだよ」

「水明はいつの間にかビターな舌になっちゃったもんね。はい、ビターショコラ」

「お、悪いな初美」

初美が自分のトレーのショコラケーキを、水明のトレーに渡す。

二人がそんなやり取りをしていると、ハイデマリーがどこか非難じみた声を出した。

「なんかさ、自然だよね」

「確かに、そうだな」

「べ、別に自然じゃないです!」

ハイデマリーとレフィールが通じ合ったように頷き、初美がそれを否定する中、リリアナが、

「……すいめー、そのけーきは、おいしいの、ですか?」

「ん? ああリリアナはこれ持ってきてないのか。ちょっと食べてみるか?」

「はい。ではすこし、だけ」

ビターショコラの一部分をフォークに刺して、リリアナの口まで運ぶ。

すると、ハイデマリーが気になる場面を見たように叫んだ。

「あ、あーんしてるー」

一方レフィールはそれを見て何を思ったのか、恥ずかしそうにしながら、

「す、スイメイ君? その、私もちょっと食べてみたいなと思うんだが……」

「ん? ああ、そうか」

水明がそう言って、レフィールにケーキを渡そうとすると、

「そ、そうではなく! その……だな」

「……?」

「私にもあ、あーんを」

「いやいや、なんでそうなるんだよ?」

「なんでも何もない。ハツミ嬢。ハツミ嬢も、あーんしてもらわなければ不平等に思うだろう?」

「ど、どうしてそこで私に振るんですか!?」

「この際だ。不毛な話をするつもりはない。ハツミ嬢は、あーんしてもらわなくていいと言うんだな?」

「ちょ、そんなこと言ってません! 水明、私にもあーんしてよね!」

「…………なんかよくわからんけど、それでいいならしますから、ケンカしないで」

二人の勢いに気圧され、弱腰を見せる水明。何故か、彼女たちにケーキをあーんすることに決まってしまった。

そんな中、ふと、ハイデマリーが、

「……水明君って、そんなことしてるんだ」

「いつもしてるみたいに言うなって。今回が……あれ?」

初めて……だったような気もするし、そうでなかったような気もする。

「ふーん。仲いいんだね」

「まあ、な」

「…………」

水明が答えると、何故かハイデマリーは黙り込んでしまった。そして、窓の外を見ながら、黙々とケーキを食べ進める。

そんな姿に、いつもの様子と違うことを察した水明は、小首を傾げて訊ねる。

「マリー、なんかお前、不機嫌そうにしてないか?」

「別に」

「……?」

一体どうしたのか。

水明では、ハイデマリーのふとした機微を、察することができなかった。