軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

水明参陣

水明たちがエリオットを見つける少し前。ハドリアス邸の庭先では。

「――やはり、勇者殿の剣は未熟だな」

「く……っ!」

かけられた、否、下されたその失望混じりの声に、黎二は口の中にひどい苦みを覚える。

ハドリアスの試すような口ぶりから端を発した戦いの最中、黎二はハドリアスの前で膝を突かされるという屈辱を味わわされていた。

舐めていたわけではない。侮っていたなど決してない。にもかかわらず、女神の加護を預かった勇者の立ち回りを、ハドリアスは児戯だと言わんばかりに腐して涼しげに立っている。

その通り、ただの一太刀さえも、ハドリアスには浴びせることができなかったのだ。

攻めに転じれば剣撃は回避され、受け止めさせることもできない。逆に守りに転じれば、身をかわすことすらできず、受け止めるので精いっぱい。しかも、剣撃を身に受けていないのにもかかわらず、こちらはすでに足に限界が来る始末。

しかしてその原因が、ハドリアスの多彩な剣技であった。

フェルメニアが叫んだ舞踏剣という言葉に始まり、強烈な剛力に、洗練された体術、そして魔法の技だ。それらによって、自身はいま劣勢の苦みを味わうことになったのだ。

いまは剣にまとわせた稲妻を霧散させ、剣に庭先の魔力灯の光をなぞらせて、まるで美術品でも矯めつ眇めつするかのように眺めているハドリアス。刃毀れか、剣身の曇りでも確認しているのか。やがてその見極めが終わると、こちらを向いて、

「これまでの貴殿の勝利は、才にのみ頼ってのものだったのだろう。だが、経験と技量のある者を前にすれば、塗り固めた 鍍金(メッキ) など容易く剥がれ落ちる。この通りにな」

女神の力をメッキというか。いや、確かにその通りだろう。いまこの身体を満たす身に余る力は、自分で身に付けたものではないのだから。

だがそれゆえ、

「僕を呼んだ国の人間が、それを言うのか」

「当然であろう。もし自分の力と勘違いしているのならば、それを窘めるのは勇者を呼んだ国の人間の責務。それを礼賛するだけで安穏としているのは、罪にも等しいことだ」

――無論、貴殿はおごりとは無縁の様子だがな。

ハドリアスはそう言って、この戦いで得たらしい評価を口にする。そして、

「勇者殿。どうだ。女神の力は? よく馴染んでいるか?」

「それがいま、何の関係がある」

「関係あるのだよ。馴染んでいるということは、それだけ女神の駒へとなり下がっているということなのだからな」

「駒、だって?」

「そうだ。以前私が貴殿に言ったことだが――魔族はその存在自体が、人間を含む種族の滅亡させようとする巨大な存在の思惑である、と。それは覚えているかね? 貴殿がラジャスとかいう魔族の将軍に、みな同じ生き物であり、殺し合いに意味があるのかと訊ねたときの、あの答えだ」

「……それは」

確かにそれは以前ハドリアスに招待されたときに言われたことだ。自身がラジャスに、なぜ魔族は人間を襲うのか、どうして生き物同士で殺し合いをしなければならないのかと訊ねたことに対し、ハドリアスが「その問いに意味はないのだ」と付け足した話である。

そのときは、何を言っているのかわからなかったが――

「そうだ。それゆえ、貴殿の問いには意味がなかったのだ。邪神が魔族を、殺し合いをさせるためだけに用意したというのならば、そもそも共存などできるものではないだろう? 人間を含むこの世界に根差す種族を脅かすこの争いは、世界という盤面に、女神と邪神が勇者と魔族とを駒にして、世界の占有権の取り合いをしているのにすぎんのだからな」

「盤面……駒……」

ハドリアスの言葉に、ふっと思い出されることがある。それは、先の帝国での魔族との戦争の最後、水明とリシャバームの会話の中で、魔族が邪神の駒であり、その駒の力を強くするため、弱い魔族を減らしていると。そうまるで、戦略ゲームのように。

「…………」

符合する事柄に気付き、半ば呆然としていると、ハドリアスはその胸の内を見抜いたか、

「その様子では、うすうすにでも心当たりがあると見える」

「それは――」

「――余計なことをべらべらとしゃべらぬことだ、人間」

「イオ・クザミさん!」

イオ・クザミがハドリアスの私兵たちの隙をついて、こちらの戦いに割り込んでくる。彼女が聞き捨てならぬと激昂したのはどうしてなのかはわからなかったが――

「勇者殿の友人……いや、そうか貴様は……」

「受けろ!」

「邪魔はさせん!」

魔力を右手に溜めて迫るイオ・クザミに、ハドリアスはそう言い放って、懐から宝石のようなものを取り出し、彼女に向かって投げつける。

「く、これは……」

イオ・クザミは身をよじってかわそうと試みたが、宝石は彼女の肩をかすめて後方へと通り過ぎていった。その一撃は彼女に衝撃を与えたようには見えなかったがしかし、イオ・クザミは何か困惑したまま、その場に膝を突いた。

そしてハドリアスは、再度自分の方を向き、

「どうだ勇者殿。自分がなんなのかわかった気分は」

「――!? あなたは僕が操られているだけの駒だとでもいうのか!?」

「然り」

「!?」

「でなくば、貴殿の抱いた『この世界の人々を助けたいという気持ち』はどこから生まれたのだ。それはどこに端を発したもので、その所在はどこにある?」

「それ、は……」

それは、助けて欲しいと乞われたからだ。この世界に召喚され、王城キャメリアで魔族の討伐を乞われたあのとき、力を手に入れたからにはそれで何かできることをしなければと。勇者と呼ばれたことで舞い上がったというのは少なからずあったのだとしても、それは間違いなく自分の心の奥底から湧き上がったものであり、正しく自分のものなのだ。

「僕はこの世界の人たちの助けになりたいと思った! それは僕の本心だ!」

「それは、貴殿がそう思いたいだけではないのかね?」

「違う! 僕は自分の意志で剣を持って戦っているんだ! 操られているわけじゃない!」

叫び返す。しかしハドリアスは呆れたように首を左右に振り、

「……エル・メイデの勇者殿の方がまだ道理を弁えているな」

「それは、どういう……」

「問答は終わりだ勇者殿。そろそろ、舞踏の続きと行こう」

ハドリアスは構えを取る。だが先ほどのように、魔法で剣に稲妻をまとわせない。手加減のつもりなのか。だが身からにじみ出る武威はそのままであり、隙もない。そして、剣を地面へと突き刺した。

「……行くぞ」

ハドリアスの身体がゆらりと傾いたかと思うと、剣がするりと地面から引き抜かれ、斬り上げが襲ってくる。斬撃がどこから来るのかがわかるため、かわせばいいだけなのだが、下手にかわそうと動くと目算に反し剣が伸び、斬り裂かれる。

一撃目はそれを知らなかったため下手に回避に走り、頬に血の筋を一つ作られた。

「っ……!!」

ハドリアスは舞踏のように回転し、剣を振り終わるごとにそのままの勢いで地面へと突き立て、また斬りかかるときに引き抜く。再度の切り上げの速度はすさまじく、斬線を捉えるのがやっと。

(どうして……地面に突き立てているのにこうも早く対応できるんだ?)

地面に剣を刺す動作は、間違いなく隙である。しかし隙であるはずなのに、何故かこちらの攻めは許されない。剣を地面に刺した隙を突いて斬りかかっても、まるでわかっていたかのように優美に身を翻し、こちらの剣をかわして今度は剣を空振ったこちらの隙を突いてくるのだ。

そしてこの剣は待ちの剣でもない。大きく距離を取るとあたかもパーティー会場を歩くかの如く落ち着いた所作で踏み出して、目の前で剣を地面に突き立て、 舞踏(ダンス) の手振りさながらの激しさで攻め立ててくるのだ。

出始めは目の前でダンスを所望するかのように礼に則り、礼を尽くし、こちらがそれに応じるように剣を出すと、我が意を得たりというかの如く剣を持って踊り出す。

「どうして……」

抱いた疑念を図らずも口から漏らすと、ハドリアスが、

「なに、不思議なことはなにもない。風流をその身に持たぬ者は、剣士として未熟である。ゆえに貴殿はこの剣の道理がわからずに、右往左往しているのだ。ただ、それだけのこと」

「風流……」

その言葉の意味が、自分にはわからない。風流とは、ただの美意識ではないのか。それを持つことで一体何がわかって、どうしてこの剣に対応することができるのか。

ハドリアスの舞踏が激しさを増し、連続する剣撃に剣一本で耐えていると、ふいに柄頭に衝撃。気付けば、ハドリアスの蹴撃が、柄頭を打っていた。

「しまっ……!?」

真下からの一撃で、オリハルコンの剣を手放してしまう。そして、その隙を見逃す相手ではない。

「この一撃は、未熟な貴殿への戒めと思っていただこう」

ハドリアスが剣を振りかぶる。斬撃の予備動作で、それがかわせるものではないと悟った。回避を許さぬ鋭さと速さ、そして威が、その斬撃に乗っていた。

「――ッツ!!」

「レイジ殿!」

「レイジくん!」

「ちぃっ! 黎二っ!」

フェルメニアとレフィールが叫び、イオ・クザミが再度割り込もうとしたそのときだった。

「――風流ねぇ。まあそれも、父さんが言ってた『浪漫』に通じるものなのかね。とまれ黎二の剣が届かない道理は『ダンスの上手さに追いつけていないから』ってところか?」

ハドリアスの背後から、そんな涼しげな声が響く。自分の見つけていない何かを、見つけたというようなそんな言葉。そしてそれと同時に、先の鋭くとがった飛礫が、ハドリアスへと飛来した。

「く、誰だ!」

ハドリアスが誰何の言葉と共に振り向く。しかして、そこにいたのは――

「誰って、俺のことか? 俺はそこの勇者のお友達一号だよ。いちおう、アンタも見覚えくらいはあんだろ?」

そう、そこにいたのは、この世界の服に身を包んだ水明だった。一体どこから出てきたのか。グリーンのジャケットに身を包んだ出で立ちはそのままで、ドアも窓も開けられた様子はなく、到来の機微すら気取られぬよう無音のまま現れた彼。投げた飛礫も突然出現したかのようであり、さながらずっとそこにいたかのような佇まいだった。

「お前は……?」

「スイメイ殿!!」

ハドリアスは水明の顔を覚えていなかったのか、言われても心当たりがなかったようだが――フェルメニアが叫びを聞いて戸惑ったような表情を作る。

「スイメイ……? スイメイ・ヤカギ……だと? なぜお前がここにいる?」

「何故も何も、勇者を助けに来たのさ」

その言葉に、ハドリアスは眉間のしわを深めたまま。彼も水明が侵入したことはまるで把握していなかったのか。やはりそれは、彼の魔術の賜物だろう。

「なるほど。勇者殿が陽動をして、お前の方を館の中に忍び込ませていたのか。しかしよくあの警備を潜り抜けたものだ」

「ま、あれくらいはな」

そう言って、へらへらと笑い出す水明。そんな巫山戯た態度の彼に、ハドリアスは邪魔をされたことを不快に思ったか。気分を害されたかのように表情をゆがめ、にらみつける。

「だが、私と勇者殿の立ち合いの邪魔をしてもらっては困る。早々に下がるがいい」

「そう冷たいこと言わずに、俺も交ぜてくれよ。アンタってお偉いお貴族サマなんだろ? 領地持ちの余裕と度量を見せてくれよ」

「お前など凡俗に見せるものなど一つとして持ち合わせてはいない。第二隊! 前に出よ!」

ハドリアスは、フェルメニアやレフィールに対して動かしていた私兵に向かって指示を飛ばす。すると彼女たちを抑えていた兵の一部が離れ、水明の方へと向かっていく。

それに対し水明は、いつものように呆れた素振りを見せるが、大きく肩をすくめ――そして手をぽきぽきと鳴らし始める。

「やれやれ、凡俗とはまた随分な言い草だな……あー、いや、いつものことか。へーへー、平凡な顔で悪うございましたねー」

「水明! そんなことを言ってる場合じゃない! 気を――」

「いいや、この程度『付けるまでもないな」

迫る兵士を前にしても、こちらの注意を耳にしても、彼はなんてことはないと笑みを見せる。それは愉快そうな笑顔ではなく、何かに挑むかもしくは短慮を嘲笑うかのような不敵な笑み。いままで見たことのない、彼の冷ややかすぎる笑みだった。

瞬間、水明の背後が、稲妻がひらめいたかのように発光する。目眩く群青の輝きに瞬きを強いられた直後、彼の後ろには数多の小魔法陣が整然と並んで展開していた。

「な――!?」

「これは!?」

同期した驚愕の声は、自分とハドリアスのもの。彼の背後に並んだ小魔法陣のその数五十。そのすべてに尋常ならざる式が組み込まれており、そのすべてがあたかも砲台の如く魔力を中心に湛えていた。

魔法陣は砲台と砲身、砲手までも担っているのか。あとは右手を挙げた 術者(すいめい) が、その手を振り下ろすのを待つばかりであり――

「――Ad centum transcription Augoeides randomizer trigger」

(「――光輝術式略式稼働。爆装は一番から五十番までを無作為展開、戦略爆撃)

その呪文が口にされ、空気を伝播し、手が振り下ろされた直後だった。魔法陣が再度の発光を見せたかと思うと、都合五十の光条が、水明を狙わんと彼の前に立ちはだかった兵士たちのもとへと殺到する。透けて向こうが見えるようなライトの光とはまったく別物の、密度を増して柱のようにも見える閃きの槍だ。あれに当たればどうなるか、想像もできない。

やがて着弾と共に、連続する光の爆裂。兵士たちのいる場所はすでに眩い光と大量の火花が弾け飛び、惨状すら定かではなくなった。

後続は……目の前の光景に身体を縛られ、身動き一つ取れずにいる。当たり前だ。下手に踏み出せば、弾けて雨あられと降り注ぐ火花に晒されてしまうだろう。動かずにいるのは、まず賢明な判断だと言える。

阿鼻叫喚の巷から、やがてストロボの点滅が如き光とその残像が晴れると、水明を御そうと動いていた前衛の兵士たちが残らずその場に倒れていたのが見えた。

目立った傷は見えないが、鎧が焦げていたり、壊れたりしているため、かなりの力を受けたのは、想像するに難くない。

水明はピクリとも動かなくなった兵士たちを一顧だにせず、二の足を踏んで動かない後続に挑発の笑みを見せた。

次いですぐに、手のひらを倒して指をくいくいと曲げ、「来いよ」とでも言うような所作を取る。

――お前らなんて取るに足らない。どれだけ俺の前に立とうと変わらない。

水明の見せた態度から、そんな内意を正しく悟った兵士たちは、怒りもあらわに殺到。すぐに彼のもとへと迫り、剣や槍を繰り出す。だが、水明は飛び出してくるいくつもの先端をこともなげにかわし、そして指を鳴らした。

パチン。優雅にして軽快な音を奏でるフィンガースナップ。その音と同期して前方の空気が破裂し、発生した衝撃波によって兵士が数人単位で弾き飛んだ。前線が砕けたのを機に水明は無防備にも飛び込んで行き、兵士たちのただ中へと着地。そして庭に敷かれたタイルに右手を突いて、膨大な魔力を一気に解き放った。

――魔力は魔法にしなければ、攻撃としての効果は薄い。だが、あまりに暴力的な量を弾けさせれば、周囲の神秘さえ荒れ狂い、圧力限界に達したエーテルが爆裂さえ引き起こす。

黎二には知りえなかったその 法則(ルール) を用いて攻撃となした水明。天を脅かすほどの爆裂は、兵士たちはおろか水明ごと抱え込み――やがて舞い上がった炎や黒煙は不自然な風圧に吹き飛ばされて消えていく。

そこから姿を現したのは、いつのまにか黒のスーツに身を包んだ魔術師。

爆発で生まれた余炎をさながら羽虫を追い払うかのように振り払い、つまらなそうに息を吐いた。

(これは…………)

目の前で起こった惨状、そしてその惨状を作り出した親友の力量に言葉が上手く出てこない。果たしてそれは――そのすべてが想像以上だった。フェルメニアのときも度肝を抜かれた思いだったが、これはそれを軽く飛び越えているだろう。

魔術師と聞いたとき、フェルメニアたちから話を聞いたときに、うっすらながらにだが、彼の実力は把握したつもりだった。水明はこの世界のものとは違う技術を持っていて、それがフェルメニアを強くしたのだと。だが、蓋を開けてみればどうか。いまのいままで彼の力量を測り違えていたのだということに気づかされた。

あのとき水明は、現実と夢想の違いに悩んでいた自分に「それは違う世界だから」と言って諭してくれた。自分が抱いた「この世界の人たちの死」に対しての実感のなさを、そう。それは確かに得心のいくものであり、それは彼も同じだと言ったのだ。

だが、その思いの共有は、いまここで打ち砕かれた。

これほど戦える者が、この世界を向こうの世界と『違う』ものだと思うものか。人に夢想と思わせる要因が現実からのかい離の度合いであるとするならば、こちらも向こうも同じだろう。このような切った張ったができる時点で、彼が『自身の知る現実』にいなかったことを如実に想像することができる。

ならば――

(僕たちのいた世界って、どれだけ――)

危険があって、血なまぐさい場所だったのだろうか。そう考えずにはいられない。あんな平和な世界のどこに、そんなものが隠れていたのか。信じられない。信じられないことだが、あの友人はそこで確かに戦ってきたからこそ、この大立ち回りができるのだ。

それをいま思い知らされて、どうして自然と笑いが込み上げてきた。

「あのさ水明、ずるいんだけど」

「あ? この世界に来てアホみたいに強くなったヤツがよく言うぜ。俺の地道な十二年間がバカみたいだっての」

水明は目を三角にして悪態をつく。その態度はいつもの水明だが、どこか含んだ皮肉の量が多く、少しだけ違うような気もする。これが彼の魔術師としての側面なのか。すると、

「フェルメニア、レフィ、そっちは大丈夫か?」

「こちら大丈夫です! スイメイ殿はお気になさらずレイジ殿の援護を!」

「こっちも大丈夫だ! 押しとどめるだけなら問題ない!」

「わかった! じゃあすまんが二人は残りのヤツらを向こうの方まで押し込んでくれ! こっちでちょろちょろされると邪魔だ!」

水明はフェルメニアとレフィールにそんな頼みごとをすると、二人はそれくらいなら造作もないか。赤い風と白い炎を用い、トリアの勇者やハドリアスの私兵を遠ざけるように追いやり、自分たちも押しとどめるために移動していく。

一方で水明は、ハドリアスに冷たい視線を投げかけた。

「で? 前座の出し物はこれで終わりかよ? 人を雑魚扱いした割りには、随分とお粗末だったじゃないか? なあ、公爵サマよ?」

見れば、先ほどまで涼しげだったハドリアスの顔が、驚きへと変化していた。いまの自分と同じように、まさか水明の実力がこれほどとはと――否、まさか戦う力を持っていたなどとは露ほども思っていなかったのかもしれない。その証拠に――

「……バカな。エレメントに訴えない魔法はともかくとしても、戦うことができるだと……お前は力を持たない臆病者ではなかったのか……?」

その驚きぶりに、何故か水明はふっと間の抜けたような顔を見せ、

「あー、そっかー、そうだよなー。そりゃあアンタもアステルの人間だから、俺のことはそういう認識なんだよな……」

アステルの人々は、水明を戦うこともできない臆病者と陰口を叩いていた。もちろんそれは水明が隠していたからであり、それゆえハドリアスも彼の実力を知る機会を持ち合わせてはいなかったのだ。

「……そうか、アステルの人間は残らず謀られていたというわけだな」

「おいおい謀るなんて人聞きの悪いこと言わないでくれよ? というかアンタがそれを言うんじゃねぇっての。人様に魔族の大軍なんか差し向けやがって、あれ全部ぶっ倒すの結構大変だったんだぜ?」

「では、あれはお前の……そうか、あのときあの魔族の将軍が叫んだ黒衣の男というのは」

ハドリアスの訊ねに合わせるように、水明はスーツの上とコートが一体になった上着。その裾を、ばさりと払って翻す。折しも巻き起こった強風は生垣を揺らしざわめかせ、神秘的な存在の出現で周囲の力場は均衡を保てなくなり、魔力灯の不自然な点滅を誘う。

そして、

「そう、ラジャスが恨みがましく叫んだとかいうのは俺のことさ。結社が魔術師、八鍵水明のな――」

そう口にして、彼はハドリアスに向けて底冷えするような冷気を解き放ったのだった。