軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

侵入! ハドリアス邸!

黎二たちがクラント市に到着した日の夜は、月の見えない新月だった。

決行日に関して水明や初美からの要望があったため、その日取りとなったわけだが、当初の予定通り、黎二がハドリアス邸を正面から訪ね、陽動をかけつつ、彼がハドリアスの気を引いている間に水明たちが忍び込む手筈となった。

人員も、クラント市に入ったときとは少し変え、水明、初美、ティータニアのメンバーにリリアナを追加して四人チームとなり、公爵邸の裏手へと足を運んでいた。

救出作戦の会議の最中、往々にして警備の層が厚い裏手からの侵入には、初美や黎二から異論が挙がったが、水明の「居場所がわかりやすい方が魔術をかけやすい」との一声で、侵入経路は決定。屋敷の裏手は迷路のように生垣が造設されており、そこに私兵が警備に当たっているという状況だったが、しかしそんなもので魔術師を惑わそうなどできるはずもなく、それこそとんとん拍子で侵入に成功した。

もちろん、道中には魔法を使っての侵入防止の仕掛けもあったが――

「ぬるいぬるい」

とは、難なく仕掛けを解除して回った水明の言である。ケケケと品のない笑い声を上げながら必要以上に仕掛けを解除しまくっていたのは、公爵に対する嫌がらせの一環か。まず水明が窓を破って入り、後続を徐々に引き入れると、二番目に入った初美が、

「なんか泥棒みたいね」

「そこはエージェントって言うとこだろ? なんでこの前の侵入のときからわざわざイメージの悪いものばっかりにたとえるんだよお前らは?」

「だってねぇ……」

「ハツミ様のおっしゃりたいことはわかります。確かに、これではコソ泥と言われても仕方ありません」

続いて入って来たティータニアが、非難がましい視線を向けてくる。それほど侵入のイメージが悪いならば、潜入部隊に志願しなければいいだろうに。まあ勇者と王女が潜入など、体面が悪いというのはわからないでもないが。いかんせんわがまますぎると言わざるを得ない。

「おい、リリアナもコイツらに何か言ってくれよ。お前の専門技術が馬鹿にされてるぞ?」

「リリアナちゃんは可愛いからいいのよ」

「可愛いは正義とかイケメンに限るとか、死んでしまえよ」

「…………」

初美にブーブーと不満を垂れ流すが、しかし話の渦中のリリアナは、周囲を頻りに見回すばかり。何か気になることでもあるのか。

「どうしたリリアナ?」

「いえ……行きましょう」

訊ねるも彼女は首を横に振って、屋敷の廊下を歩き出す。何か確信が持てれば報告が来るだろうと、ひとまず置いておき、潜入はまず一階を。

辺りをよくよく観察しつつ、人の気配に気を配りながら動く。

「つーか、思ったよりも質素なんだな」

水明は屋敷の中を見ながら、何とはなしに思ったことを口にする。そも貴族の屋敷と言えば、大抵は豪奢なものだ。貴族というものはその性質上、残らず見栄っ張りでいなければならず、権威を内外に示すために何事にも着飾るのが常なのである。相手に自分を強く見せられれば、一目置かれるし、取り込むこともできる。私はこれだけ財力を持っているのですよ。領地運営能力も政治力もあって成功しているのですよ。ということを知らしめることが、戦略の一つなのである。

しかし、だ。王族との血縁のある公爵という大貴族であるにもかかわらず、ハドリアス邸はごてごてとしたきらびやかさに欠けており、比較して質素。もっとも、屋敷は三階建て、扉を開ければ広い部屋と、九尺二間はまったくもって無縁なのだが。

とまれ、屋敷内は小綺麗で、手入れが行き届いた美しい廊下が続き、白壁には燭台や絵画がかけられ、足元には廊下敷きの赤い絨毯が敷かれている。設えられている木製の扉はよくあるチョコレート菓子のような見た目で、ところどころ魔力灯も下げられており、やはりただの金持ちとは一線を画す内装。ふいに扉を開けると、真っ白なクロスの垂れたテーブルが目に付き、柔らかそうなクッションの付いた椅子やソファが置かれている。品があり、趣味は悪くないと言えるだろう。

慎重に屋敷内を捜索する中、ふいに初美が立ち止まった。

「初美、どうした?」

「この部屋……」

呟くように答える初美は、ある扉に視線と意識を奪われている様子。奥の部屋に彼女の気を引くものがあったのか、ふとティータニアが近づくと、彼女も。

「ハツミ様、この部屋が何か――む?」

何かに気付いたか。身を一瞬だけ硬直させる。そんな彼女に対し、初美は微笑みかけ、

「悪いけど、先に気付いたのは私だから、もらうわね」

扉の前に踏み出した。そんな彼女に、追いすがるように声をかけるも、

「おい、初美!」

「ハツミ様!」

「先に行って! こっちはこっちで何とかするから……」

彼女は扉を開けて、部屋の中へ入って行ってしまった。

「やれやれ、あいつ、何に気付いたんだ?」

「おそらく、わずかな武威に。剣のように鋭いものでしたから」

「先んじて気付いたヤツを叩きに行ったわけか……」

ティータニアも感じたらしい剣士の闘気。確かに潜入に気付いた者をどうにかするのは、基本中の基本だ。さほど悪手ではないだろうが、半分以上は彼女の剣士としての矜持が刺激されたからだろう。

水明たちが屋敷の中に潜入する少し前のこと。

黎二、フェルメニア、レフィール、イオ・クザミの四人は、すでに公爵邸の軒先に到着し、この屋敷の主、ルーカス・ド・ハドリアスと相対していた。

貴族とその屋敷の玄関先で夜、立ち話を所望するのも常識外だが、一方のハドリアスもそれに応じて軒先に現れ、しかも護衛を一切つけていない状況という度を逸した常識外。出で立ちは貴族の装束であり、腰にはしっかりと剣を佩いている。

黒い髪、整えられたひげを蓄え、額から頬にかけて顔を斜めに割るように大きな傷がある偉丈夫。およそ二メートル近い体躯で、自然体にありながらも強壮な気をまとっている。

ハドリアスは相対するフェルメニアに、非難と失望が入り混じった言葉を口にする。

「――このような時間に先ぶれもなく訪うとは、非常識と言わざるを得ないな。白炎殿」

「は。お休みの最中にもかかわらずまかり越しましたこと、平にご容赦を」

フェルメニアが胸に手を当て、深々と頭を下げるが、ハドリアスはそれでは溜飲など下がらぬと言わんばかりに、眉を吊り上げる。

「それに、だ。私に出てこいなどと分を弁えぬ言葉、スティングレイ家の令嬢にらしからぬものだと思うが?」

「それにつきましては、重ね重ねご容赦いただきたく。それに、公爵閣下もお気づきなられたから、こうして軒先に足を運ばれたのでは?」

「……やはり、そこにおられるのは勇者レイジ殿か」

そう口にすると、ハドリアスは先ほどまでの不機嫌さなどどこへ行ったかというように、身に滲ませていた剣呑さを和らげる。婉曲な挨拶と言葉の応酬だったが、それがまるで予定調和のようなやり取りだったとでもいうように、何事もなかったのよう。いわゆる貴族のたしなみだったのか。お互いの底を測り合うような会話が終わったのを機に、黎二はハドリアスの前へと歩み出す。

「ご無沙汰しております。ハドリアス公爵」

「勇者殿。貴殿の来訪に関して私が文句を言える筋ではないが、先ほども言った通り、このような時間に訪ねて来られるのは私としても迷惑と言わざるを得ない」

勇者に表立って文句は言えないが、チクリと刺すように嫌みを言うハドリアス。無論黎二は苛立たせてなんぼであるため、内心気分が良かったが――それはともかく。

「公爵、今日はどうしてもあなたとお話ししたいことがあって、こうして来た次第です」

「話か。申し訳ないがこれでも忙しい身。手短に済ませていただくか、長くなるのであればまた日を改めてにしていただきたいのだが」

「いえ、是非いまここで」

「……ときにティータニア殿下はいまどこに?」

ハドリアスの訊ねには、フェルメニアが、

「姫殿下とは現在、別行動をしています。信頼できる方々と一緒ですので、なにとぞご心配召されぬよう」

「そうか」

ハドリアスはそう言って、探るような視線をフェルメニアに向ける。これまでの彼女であれば、表情に出してしまうほどの凄みがあったが、強くなったいまの彼女には、受け流す余裕があった。

とまれ黎二が、

「公爵、お伺いしても?」

「なんだろうか?」

「エリオット・オースティン。公爵は彼の行方に、心当たりがおありでしょうか?」

黎二の訊ねに、ハドリアスの顔が一瞬険しくなるが、それはすぐに元に戻り、

「……エル・メイデの勇者殿は我が館にご逗留されておいでだ。現在、全力を以て歓待させてもらっている」

素直に認めた。もちろん、クリスタの話の通りであるため、驚くことはなかったが。

「彼のお付きの魔法神官が、僕のところに助けを求めにきました。ハドリアス公爵が彼を監禁していると。おそらくは何かの誤解なのでしょうが、差し支えなければ、彼と会わせてもらってもよろしいでしょうか?」

口にしたのは多少なり婉曲な言い回し。潜入チームがいるゆえに、すべて茶番でしかないのだが、黎二がハドリアスに視線を向けると、

「それは、拒否させてもらおう」

「何故です? 歓待しているだけなら、構わないのではないですか? すでに休んでいるのであれば、何も無理にいますぐにとは申しません。また日を改めてでも……」

「私の答えは変わらない。理由も話せぬ次第」

頑なな公爵に対し、横にいたフェルメニアが強い語調で口にする。

「公爵閣下。失礼ながらその物言いでは、公爵閣下が不当にエリオット殿を公爵しているというクリスタ殿の言い分を自らお認めになられているということになりかねないと思いますが」

「そうであれば、どうするというのだ?」

ハドリアスの権力を笠に着たような理不尽な返答に、フェルメニアもうっと言葉に詰まる。さすがに彼女もこの出方をされれば困るだろう。彼女の代わりに、黎二はにらみつけるように視線を向け、

「いまから、力ずくで踏み入ります」

「力ずくでか」

ハドリアスはそう復唱するように言うと、ふふふと、どこか愉快そうに笑いだす。力ずくと言ったならば嘲笑と共に野蛮などと貶められるのは免れられないかと思っていたが、予想外な反応に今度はこちらが困惑してしまう。

そして、極め付けが、

「よいだろう勇者殿。ご所望通り、相手をしようではないか」

「…………ッツ!!」

ハドリアスがふいに発した強烈な武威に、思わずその場から飛びのいてしまう。前には守りに入るようにフェルメニアが割り込み、後ろに控えてもらっていたレフィールもイオ・クザミも、駆け寄って来た。

「公爵閣下。レイジ殿に剣を向けるおつもりですか?」

「なに、白煙殿、心配には及ばん。私がいまここで剣を振るうのは、ひとえに勇者殿の力を、見定めようというだけのこと」

「救世の勇者殿の力を試すとは、いくら公爵閣下でも無礼のそしりは免れられないと思いますが」

「白炎殿は、私の力でも不当だと?」

「それは…………っですがさせるとお思いですか?」

フェルメニアは一度言葉に詰まりかけるも、黎二の前を譲らない。そんな彼女に対し、ハドリアスは涼しい顔を見せ、

「白炎殿。貴公の相手は彼らだよ」

公爵が指を鳴らすと、どこからともなく武装した集団が現れる。以前ハドリアスとクラント市の付近の森で会ったとき、見た覚えがある者たちだった。

「閣下の私兵たちですか。ですが」

「――確かに、いまの白炎殿を見る限り、彼らでは荷が勝ちすぎるだろう。だが、貴公も、まさか私と本気で戦うとは言うまい」

「くっ……」

やはり、大貴族相手では厳しいか。フェルメニアは歯噛みをする。いや、これまで相対してこられたことを褒めるべきだろう。立場の上で、彼女にハドリアスという相手は最初から荷が勝ちすぎているのだ。

貴族同士で争うことを匂わされれば、尻込みをするのも無理からぬ話。もちろん、貴族同士の戦争というのは、歴史の倣いである。同じ王を奉ろうとも同国の貴族同士が争うというのは、権力闘争を始め常々あるゆえ、おかしくはないことだ。

だが、その争いに正当性がない以上、争いに臨むのは些か以上によろしくない。勇者エリオットを引き留めているというのはすでにはっきりしているが、それが監禁か否かはまだはっきりとはわからず、そうだったところで、それが国に対する裏切りの理由になるのかという話。このような状況で大貴族と揉めるなど、実家への迷惑はもとより、これまで国の一体化を推し進めてきたアルマディヤウスへの反旗ともみなされかねない。国王や王女がどう思うかにかかわらず、だ。

フェルメニアが私兵を前に迷う中、彼女の肩に手を置いたのは、

「フェルメニア殿、下がってくれ。ここは私が出る。私ならば、遠慮する相手もいないからな」

「レフィール……すいません」

「その姿は、アルシュナの精霊の神子殿か」

「公爵。私ならば、気にしなければならないしがらみもないのでな。それに、貴公には個人的な恨みもある」

そう言って、フェルメニアを後ろに下げ、ハドリアスに向かって啖呵を切るレフィール。そんな彼女に、ハドリアスは不思議そうに、

「私は貴女に恨みを買った覚えはないのだが」

「貴公が商隊に魔族が向かうように仕向けたとき、ちょうど居合わせた私もひどい目にあってな」

レフィールの言葉に、思い当たることがあったハドリアスは得心がいったと言うような表情を見せる。

「なるほど。確かにそれはならば恨みの一つ二つはあろうな。だが、神子殿には彼女がお相手をしてくださるそうだ」

「彼女?」

私兵たちの間から、一つの影が姿を現す。しかしてその影に、フェルメニアとレフィールは見覚えがあった。

「これは……」

「トリアの勇者……」

ローブをまとい、双剣を構える立ち姿。こちらから語り掛けても反応を示さないあり方は、以前彼女たちが連合で相手にした最後の勇者に他ならなかった。

「やはり公爵は、 普遍の使徒(ウニベルシタス) と繋がりが……」

「ふむ? どこで知りえたのかは知らないが、その名を知っているということは、すでに彼女とは接触していたか。ああ、その通りだ。私も普遍の使徒に与する者が一人。仲間内では、赤傷と呼ばれている」

自分からそうだと正面切って告白するハドリアスに、黎二たちも動揺を隠せない。そんな中、ハドリアスは、

「これで、私の相手をしていただけるな、勇者殿」

ハドリアスが挑むように言い放つと、ふいにイオ・クザミが黎二の隣に立ち。

「手を貸そうか? 我が 婚約者(フィアンセ) よ」

「いや、あの人とは僕一人でやる」

「よいのか?」

「うん」

オリハルコンの剣を抜いて構えを取る黎二に、ハドリアスは愉快そうに不敵な笑みを作り、

「そう来なくてはな。勇者殿が挑まれたなら臨むことのできる気概のある者で安心した」

彼は佩いていた剣を、大地へと突き刺した。

「なに……?」

これから立ち合いだと言うのに、剣を地面に突き刺すなど舐めているのか。黎二がハドリアスに対しそんな風に思った矢先、私兵たちを相手に苦慮していたフェルメニアが――

「レイジ殿、お気を付けを! それはハドリアス公爵の舞踏剣ですっ!」

叫び声が響いた瞬間、ハドリアスが優美な足捌きを以て、こちらの間合いに踏み入っていた。