軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

バレたあと

ネルフェリア帝国と魔族との戦争は、草原での会戦を前に魔族が撤退するという、おおよそ考えつかない形で終結した。

多くの人的損失を被る魔族との決戦を回避できたことは、そこで戦うはずだった人間にとって望外の幸運だったろう。だがその代償として失われたのは、最前線におかれていた数千の兵士たちの命だった。

いや、代償というのは正しくないだろう。確かに兵士たちは、リシャバームを魔に堕ちし十人せしめる魔術『 空間自在法(クロスディメント) 』によって、首と胴を背後の山並みごと分かたれた。だがそもあの虐殺は、彼らにとって不必要なものであり、リシャバームの引き際の気まぐれが及ぼしたただの余興だ。撤退を敗北と思わせないための、ただの当てつけに他ならない。

ともあれ、リシャバームの 空間自在法(クロスディメント) 、 位相切断(ダイム・パニッシュメント) の対象にならなかった水明たちは、魔族がすべて退いたあと、その後始末に忙殺されることとなった。残された者たちは少ないにもかかわらず、魔族の遺体の始末と、亡くなった兵士たちの弔いはもとより、援軍の招集や周囲の警戒などやることは山積み。水明たちも、対応に追われ、いまはそれがやっと落ち着き始めたところだった。

まだ兵士たちが周囲で慌ただしく作業する中、一時的に解放された水明と黎二は、天幕の裏側で一休みをしている最中で――

「――ま、なんていうか。僕が言いたいのはね」

「えーあーうー、黎二が言いたいのは」

天幕を背に、肩を並べて話す片方はさながら説教をしているような口ぶりで、片方は嫌な汗を流しているといった状況。無論前者が黎二で、後者が水明なのは自明のこと。

ともあれこうなったのもすべて、水明が魔術師であることを彼に隠していたことと、先日の戦いでの彼とリシャバームとの対峙に起因するのだが。

魔術師であることを隠していたことについては、黎二も一定の理解はあるのか、感情的にならず冷静な態度を保っており、

「確かに僕も水明に相談もなしに魔族と戦うって決めたのは悪かったけどさ」

「うんうん。だよなあれはひどかった。これまでお前が持ってきた厄介事の中でもワースト3に入るぜ」

先ほどまでの悪びれた表情から一転、水明は鬼の首を取ったように畳みかける。一方黎二は黎二で、そのことを気にしていたらしく、

「うぐ……だから僕もそれは悪かったって思ってるって……」

「でもなー」

「で、でもさ! ここまで黙ってるのは、さすがにちょっとひどいと思うんだ!」

「えっ? い、いやいやっ、だからそれにはこっちも事情が……」

「それならそれで瑞樹がああなったときに話してくれるのがちょうどよかったと思うんだけど。そうは思わない?」

「そ……その頃にはもう話さなきゃいけないなぁと思ってたんだぞ! 嘘じゃない! みんなに訊けばわかる!」

水明は意志があったということを証明するため、他の者を巻き込み始める。だが、それは世間で言う、語るに落ちるという失態だった。

あっ……と気付いたときにはもう遅い。黎二から非難じみた半眼が向けられる。

「……へー、ということはー、僕と瑞樹以外みんな知ってたんだよねー? ティアも、グラツィエラさんまでー」

「…………その、すいませんでした。ほんとすいませんでした」

さすがにこれには水明も謝罪する他なかった。黎二の言う通り、イオ・クザミが現れ、サクラメントを見た時点で彼にきちんと話すのがベストだったのだ。

タイミングを見誤った落ち度は、確実に彼にある。

「……帰る方法を探すから別れたのはわかるよ。水明のことだから僕たちのためってことでもあったと思うし。でもさ、それならそれでちゃんと教えてくれるのが筋じゃないの?」

「返す言葉もございません……それに関しましては私の心が惰弱でございました」

正論を叩きつけられた水明は、謝罪を繰り返し口にしながら、小さく小さくしぼんでいく。一方黎二も、友人のそんな立つ瀬のない姿にある程度溜飲が下がったか、話に区切りをつけるようにため息を吐く。そして、

「僕も悪かったからさ。これで差し引きゼロってことにしようよ」

そう言って、話に決着をつけようとする黎二に、しかし水明は一転して反論の姿勢を取り。

「いや、お前なにどさくさ紛れになかったことにしようとしてるんだよ? まだお前の行動の方がマイナス分大きいぞ?」

「ええ!? ここって水に流して終わろうってなる流れじゃないか! 水明が蒸し返すんなら僕だって言いたいこと言うよ!」

「お、俺だっていままで言いたいこと我慢してたんだぞ!」

そう言って、二人は異世界に来る前の、過去のお互いの落ち度を口にしあっていく。黎二は女の子に囲まれて修羅場で大変だったときに見捨てられただの、水明は水明で黎二のことが好きな女の子に迷惑かけられて大変だっただの、あげつらう話はしょうもないものばかりだったが……ともあれ。

力の限り言い合った二人は、肩を荒く上下させながら、

「はぁはぁ……ねぇ、この話さ、もうやめない?」

「う……まあ、そうだよな。確かにバカらしいわ」

肩で息をするほど白熱した口論は、生産性のなさを悟ったと同時に収められた。二人とも不毛な争いに終止符を打ち、後悔半分のため息を吐く。落ち度ばかりあげつらって幾分げっそりとした表情のまま、ふと黎二はその場に腰を下ろして天を仰ぐ。

「これまでいろいろあったけどさ、結局腹を割って話すのって、これが初めてってことになるのかな?」

「……ああ。そうだな。これで俺もお前も隠し事がなくなったわけだからな」

水明も黎二に倣い、どかりと腰を下ろして答える。彼の言う通り、偽っていたことへの負い目がなくなって、心が晴れやかになったようにも思えた。そしてその中に、なんとはなしに感慨深さというものが、生まれた気もする。二人そんな寂しさと晴れやかさが混同する心境の中、黎二が陣地にできた不自然な広場に目を向けていた。

そう、そこはつい先日凄惨な光景が広がった場所で――

「あそこで沢山、人が死んだんだよね」

「そうだな…………やっぱ辛いのか?」

「そうじゃなくて、なんていうかさ……」

黎二は言いにくいというように、口ごもる。その胸中にわだかまったものは果たしてなんなのか。彼が抱いた消化しきれないその思いに、しかし水明には心当たりがあった。

「――実感、沸かないんだよな?」

「……うん。不謹慎だとは思うけど、あんなに人が死んだのも、全部悪い夢だったんじゃないかって思ってさ。僕もみんなを弔うのを手伝ったけど、どうしてそんな風に思っちゃうんだろうね?」

沢山の人の死を悲しく思えないのが、黎二の悩みなのか。単に困惑しているだけなのか。それとも正しくあろうとして、正しく人間の抱くであろう感情を抱けず、不安に思っているのか。唐突に多くの人間が死んだため、感情が追い付かないのか。

やはりそんな思いを抱いてしまうのは、これまで多くの人の死を目の当たりにすることがなかったからだろう。そして、考え得るならばもう一つ。

「それは、ここが俺たちの住んでいる世界とは違う世界だから……なのかもしれないな」

「違う世界だから?」

「そうだ。この世界っていうのは極端な話、俺たちの知っている現実じゃない。見るものも聞くものも、俺たちの世界の常識さえも、まるで通用しない場所だ。だから、ここで起こったことは自分たちの世界の出来事とは関係ないって考える。心のどこかでな。それで、夢みたいに思っちまうんじゃないか?」

そう、黎二の胸の内に巣食ったわだかまりの正体を正しく言い当てた水明。だが、それを正しく言い当てられたからこそ、黎二もふいに気が付いた。

「もしかして、水明もそうなの?」

「ああ。少しだけ、そんな気分だ」

「そっか。オカルトに染まり切った水明もそうなんだ」

「それだけ異世界っていう存在は衝撃的なものなんだよ。俺やお前だけじゃない。向こうの魔術界隈でも、異世界とかパラレルワールド、可能世界の存在は一蹴されるような話なんだ」

別の世界の存在というのは、現実離れしたことだ。他の星に別の生命体がいるとかいないとかの話とはわけが違う。空想から始まって空想に帰結するだけの、夢のお話でしかないのだ。

「夢、か」

「今回のでそうなら、きっとこれからもずっとそうだと思う。ただ――」

「ただ?」

その訊き返しに、水明は答えなかった。その夢から目覚めるときは、大事な誰かを失ったときに他ならないからだ。それは水明自身がそうだったように。彼の夢であった 父親(あこがれ) が、永遠に喪われたあのときのように。

寂しげに変わった水明の表情から、黎二も何かを察したか、話題を変えなければとポケットからとある小物を取り出す。

「水明って、オカルト……神秘だっけ? 詳しいんだよね?」

「まあ、そこそこな」

「……これって、やっぱりすごいの?」

「サクラメントか」

水明はポケットから取り出されたものを見て、吐息をこぼす。サクラメント。それは水明に隠し事の告白を決意させた代物だった。

黎二はすごいかと訊ねた。起こせることへの甚だしさを問うたのならば、答えることは決まっている。

「そいつは基本、手が付けられないくらいヤバいものだと思うぜ? それは俺よりお前の方がよく知ってると思うが……」

「そうなのかな? 確かにすごいとはいまもそう思っているけど、なんていうか、僕の考えていることだけじゃないような気がするんだ」

それは、黎二が抱いた所感の通りだろう。まだ自分の知らない何かがあるような気がする、と。いまの黎二ではおそらく、使用すれば感覚や身体能力が飛躍するということしか認識していないはずだ。だが、このサクラメントという兵器の骨頂は他にある。

「俺はそれのことなんてほとんどわからないが、秘めている力はお墨付きだ」

「たとえば?」

「……この世で初めてサクラメントが軍事で使われたのがだいたい四年前。そのときにサクラメント一基の使用で軍隊が軽く師団規模でふっ飛んだらしい。五とか、十とかの単位で」

「十師団って、ええっと……」

「あーっと、なんだったかな。俺も前にあの人に同じ質問したなそういや。編成が進んで一師団が一万から二万とか言ってたからな。最低でも十万はあるだろ」

水明の答えに、黎二はぎょっとした顔を見せる。

「じゅ、十万って……いくらなんでも一回の戦闘でそんな……」

起こったことを耳にした黎二は、絶句を免れられなかったらしい。ごくりと唾を飲み込む。万単位の命が失われた戦闘が都合十回。あまりに圧倒的すぎる力が、自分の手にもあることを知ったゆえのものだろう。

「話がとっちらかったが、お前の手の中にあるものはそれくらいヤベェもんだとは認識しといた方がいい。たぶん、同じようなことができるモンである可能性は高いはずだ」

「これが、そんなに……」

「おそらくはな」

と、念を押した前置きを最後にして不明瞭さを際立たせるが、しかし結局そのおそらくも今後否定されるだろう。水明の知る超常の兵器と同等ならば、それこそ神にさえ届くはずなのだ。そしてそれを手に入れた黎二こそ、この戦いに決着をつけるべき人間であるだろう。

一方の黎二はサクラメントを見詰めたまま、視線を離さない。

そしてわずかに震えるような笑い声で、どこか場違いな感想を口にする。

「そんなにすごいものなら、世間に明らかになってるようにも思えるけど、そうじゃないんだね」

「俺たちの世界では、神秘がかかわるものは無条件で秘匿されるものだからな。人々に知れ渡るだけで、永久で普遍の原理が崩れて事象が安定しなくなって、困ったことになる。それに、サクラメントは絶対数が少ないし、現状作り出せないものとされているしな」

「そうなんだ」

「研究してるところはあるってのは聞くけど、再現は全然だそうだ。似たようなものさえ作れないらしい。ま、完全に再現できたら世の中のエネルギー事情がひっくり返るって話だしな」

「どうして?」

「それに付いてる、蒼い宝石―― 砕けた紺碧(ラピス・ユーダイクス) だ。そいつがサクラメントの力の源だってのはもうわかっていると思うが……そいつは根源――これまで消費されたエネルギーが行き着く場所とつながっているとされている」

「消費されたエネルギーが行き着く場所? なにそれ? エネルギーって消費されたら消えてなくなるんじゃ……」

「そう思われていたが、どうもそうじゃないらしい」

水明の言葉を聞いて、黎二は首を右に左に傾げている。何を言っているのか理解できないのだろう。科学的に説明できない事由であるため、それは仕方ないと言える。

答えを導きだそうと思考に合わせて唸り始めるまでに至った黎二を見かねて、水明は要約にかかる。

「使ったエネルギーがなくなるか、なくならないかの話は置いといてだ。要するにそれは、世界が生まれてから使われたすべての熱エネルギーを取り出すことができるって――」

「ちょちょちょ、ちょっと待って! それってものすごくとんでもないんじゃない! 使われたエネルギーを使えるって! これまで世界で使われたエネルギーなんて膨大とかそんな次元の話じゃないよ!」

「だから言ってるだろ? ヤバいんだって」

黎二は自分の持っているものがいかに危険で、『周囲を巻き込んでしまうもの』だというのが理解できたらしく、どこか疲れたような表情で息をこぼす。

「……頭痛くなってきた」

「使い方さえ間違わなけりゃ大丈夫だろ?」

「だろうけどさ……」

不安は払拭できないか。だがほかならぬ黎二ならば、使い方を間違えることはないだろうと水明も思う。黎二は魔族討伐を了承したように、誰かのために行動できる真っ直ぐな人間なのだ。それに――

「目下使わなきゃならん目的は一つだろうしな」

「魔族のことだね」

「ああ。戦いはこれから、いま以上に厳しくなるはずだ。なんたってヤツがいるからな。だから、それくらいでちょうどいいのかもしれない」

魔族という大規模な群れを相手にするには、サクラメントの力は有用だろう。その力で、一領域を支配下に置くと言われる、実質戦略的な兵器と言って過言ではない代物だ。大群を相手にするにはもってこいだと思われる。

だが、黎二が反応したのは、水明が無意識に口にした別の部分で、

「奴って、水明と話をしてた魔族のこと?」

「ん? ああ、そうだ。クドラック……いや、ここではリシャバームとか言ってたんだか」

「うん、そう名乗ってた。確か水明に倒されたようなことを言っていたよね。ホント?」

黎二の訊ねに、水明は過ぎ去ったいつかを思い起こそうとするように瞑目し、やがて神妙そうな表情で口を開く。

「――そうだ。あいつは俺が滅ぼした。命のストックもヒットポイントも減らして、 世界の終わり(しゅうまつしょうめいしょ) を突き付けて永遠の存在も否定した。世界とのつながりも消し去った。なのに、生きてる。あんな姿になってもな」

「あんな姿……ってことは、もともと人間だったんだね」

「大本はな。人間から魔術師になって、それからリッチになって、どういうわけかあんな悪趣味なのになった」

「強い……よね? なんていうか強大な力とか、気とかは感じなかったけど、あんなこと平然とやってのけるんだから」

あんなこととは、リシャバームが 位相切断(ダイム・パニッシュメント) によって、兵士たちの背後の山ごと首を飛ばしたことだろう。あれだけの所業を、息を吐くかのように行えるその精神が、いま黎二に途方もない危惧を抱かせているのかもしれない。

「あいつは、向こうの世界でも手が付けられないって言われてたくらいのヤツだったからな。向こうの仲間と協力してやっと倒せたんだ」

「魔王に、魔族の大群、強力な人喰いの魔族に、死なない魔術師か……」

「うーあー、改めて聞くとなんもかんも投げ出して帰りたい気分になるな」

「え……」

水明がうんざりとした顔でそう言うと、黎二は突然表情を不安なものに変化させる。不安がったか。にわかに顔色を変えた彼に、水明は肩を叩いて笑顔を見せた。

「そんな顔するなって冗談だよ。冗談。ちゃんと俺も戦うさ。ヤツのことは他の誰かに尻拭いさせるわけにはいかねえからな」

「ほ、ほんと? ほんとだよね?」

「ああ」

水明がしっかりと頷いたのを見て、黎二の表情が目に見えて明るくなる。

「なんだ?」

「あ、うん、いや、水明が助けてくれるなら百人力だって思ってね」

「ぶっ! なに言ってるんだよ……それは楽観視しすぎだぞ?」

黎二から向けられたのは、人好きのする笑顔。あまりにも屈託のない眩しいそれに、水明もつい動揺してしまうが、すぐに表情を戻して注意を入れる。

だが当の本人は天然なのか、不思議そうな表情を見せ、

「そうかな?」

「そうだっての! そうでなくても 普遍の使徒(ウニベルシタス) とかいう連中もいるんだぜ?」

「その人たちって、あのとき助けてくれた人たちのことだよね」

「そうなんだが……あいつらも一体何を考えてるのやら」

前回は敵対し、今回は味方に回りと、立ち回りに一貫性がない。インルーは魔族の将軍を倒すときに協力を申し出、ジルベルトは魔族に奇襲をかけられた黎二たちの救援。シスタークラリッサはレフィールを助け、そしてあのあと陣地へと連れてきてくれた。

そして、終わったら終わったで、何か言葉を交わすこともなく、みな煙のように消えてしまったのだ。

「結局、エリオットのことも聞きそびれちまったしな」

「まだハドリアス公爵が 普遍の使徒(ウニベルシタス) と繋がってるとは限らないけどね」

「そうだな。ま、それももうじきわかるだろ?」

これから、彼を助けにクラント市に向かうのだ。やがてそれは否が応にでも判明することになる。とまれ、次にやるべきことは決まっている。それに向かって動くだけ。指針はすでに決まっていると改めて確認したそんな折、黎二が急に深刻そうな表情を見せた。

「それなんだけど、僕たちの方はすぐには行けそうにないんだ」

「は? なんで?」

「戦勝で帝都に凱旋しないといけないんだってさ。レナート殿下にどうしてもって頼まれて……それにこの状況じゃ、必要だろうしね」

「あーあ、結局無理やりにでも勝ったていにするのかよ。確かに負けた報告なんざしたくないのはわかるがよ……」

「戦いが始まる前に水明が言った通りだよ。有名人はプロパガンダのために使われるって」

それはわかっていたことだろうが、今回の件は黎二も心境は複雑か。利用されることについては抵抗などないだろうが、戦いに勝ったとも言い難いこの状況で偽らなければならないという事態に、危惧を抱いているのだろう。

「……水明は先に戻れると思うけど、エリオットを助けに行くのは少し待って欲しいんだ。ティアからも、待って欲しいって。自分の国の貴族のことだから、自分でちゃんと始末をつけないと気が済まないんじゃないかな」

「アイツ真面目だもんなー」

水明は間延びした口調で、そんな所感を口にする。確かに彼女の性格ならば、自ら赴かなければ気が済まないだろう。水明にとってはその真面目さのせいで、一時ひどい目に遭わされたのだが。

「一応 フェルメニア(せんせい) がいるけど、やっぱり自分のいないところで解決されるのは困るみたいだね」

「身分がかなり高い相手だからな。立場的にはメニアも弱いだろうし、上位の人間が行かないといけないのはもっともだもんな」

「……本人はなんか力ずくでどうにかするつもりみたいだけど」

「うわ怖ぇ。あのお姫様、公爵に会った途端に剣でも抜く勢いなんじゃねぇか? いくらなんでも武断的すぎるだろ?」

「ははは……でも、それもティアのいいところだと思うよ?」

「あれがいいところってな……」

無意識のうちにフォローを入れる黎二に、水明は閉口する。相変わらず、人の好さをこじらせている親友だった。

その後も、二人でエリオットを助けに行く話を詰めていると、陣地の入り口の方がにわかに騒がしくなったのに気付いた。

真っ先に疑問の声を上げたのは、水明である。

「なんだ?」

「人が集まってきているみたいだね。追加の援軍かな?」

「このタイミングで? もうあらかた終わってるのにか?」

「でもそんな感じだよ? 人がいっぱい増えてる感覚がする」

「感覚って……」

言葉的には不確かで、しかし黎二が言うとどこか信憑性を持つ台詞。そんな言い回しに水明が胡乱な気持ちを顔に出す。

いよいよ黎二が尋常じゃない領域に入り始めた片鱗を見せてきたが――それはともかく。

水明と黎二は事の次第を確かめるべく、陣地の入り口の方まで移動し始める。

忙しなく作業をしている兵士たちの脇を抜けて、物資がピラミッドのように集積された場所を過ぎると、やがてフェルメニアの姿を見つけた。

「おーい、フェルメニアー。なんの騒ぎだー?」

「あ、スイメイ殿。援軍ですよ。しかもいっぱいですよ。いっぱい」

振り返って返答したフェルメニアの笑顔は明るい。一応戦地であるため、援軍が来るというのは喜ばしく思えるのだろう。

そんな中ふと、援軍の方を眺めていた黎二があることに気付く。

「あの人たち、帝国の兵じゃないね」

「ん? そういやそうだな。っていうかあの格好見覚えあるぞ……」

水明は援軍に来た兵士たちに既視感を覚える。帝国の兵士は魔法使いが多く、基本的にまとまらず散兵戦術をとるため、部隊のほとんどは軽装な者で占められているのだが、援軍に来たらしい軍隊はがっちりと鎧を着込んだ者や、剣を佩いた者が多く、魔法使いの割合が極めて少なかった。

そしていつか見た軍旗。それは、帝国に戻って来る前によく見る羽目になったものであり。

「はい。帝国の僻地にはるばる来た彼らは――」

フェルメニアがその豊かな胸を大いに張って何気に失礼な物言いをする最中、とある人物が兵士たちの人垣を割って現れる。

見えたのは、長く美しい金の髪と、女子の制服。長刀と赤い手甲。

しかして水明の前に立ったのは、彼がよく知っている人物だった。

それは、水明の幼馴染みにして、同じく英傑召喚の儀でこの世界に呼ばれた少女であり同門の剣士、朽葉初美。

「水明、元気にしてた?」

周囲の兵士たちが陶然とした息を吐く中、さながら荒事とは無縁そうな柔和さで、明るく声をかけてくる初美。そんな彼女に、まさかここに来るとは思っていなかった水明はにわかに驚きにとらわれる。

「おま、初美!? どうしてここに」

「どうしてって、援軍に来たにきまってるでしょ? ……なんかその必要もないみたいだけど」

そう言って、辺りを見回す初美。はるばる連合から援軍に来たのに、すでに当の帝国側が撤収作業に入っているとは思ってもいなかったのだろう。拍子抜けしたように肩をすくめている。

「っていうかお前、 連合(あっち) の方はいいのかよ? 連合の北部の方にも魔族が居座ってるんだろ?」

「それがあいつら急に引き返しちゃったのよ。ほんと何考えてるんだか。でもそれでここに来ることができたんだけどね」

「じゃあお前のお仲間もか?」

「ヴァイツァーとガイアスはお留守番。来たのは私とセルフィだけよ」

初美がそう言うと、彼女の背後に控えていたハーフエルフのお姉さんがフードから顔を出して微笑んだ。

女性の笑顔に耐性の低い水明は、美人の笑顔に一瞬どぎまぎしてしまう。そこをフェルメニアも初美も見逃さなかったか。水明はそれぞれに小突かれる目に遭ってしまった。

とまれ、その場にいた初美と黎二は初対面であり――

「あなたが遮那さんですか? こうして会うのは初めてですね。水明の幼馴染の朽葉初美です」

「初めまして、君のことは水明からよく聞いているよ」

黎二が朗らかに返すと、初美は少しだけ悪戯っぽい表情を見せ、

「私もいろいろと聞きましたよ? 他の国が援軍出してくれないからってすごいこと言ったって」

――支援や援軍を寄こさなかったら、助けに行かない。いつか声明を出したことが、ここで思い出される。

それにはさすがの黎二も焦ったらしく、上擦った声で真犯人の名を挙げる。

「あ、あれは水明がね……」

黎二はぎこちない動きで視線を水明へと送る。すると、初美は得心がいったというような表情を見せ、さらに呆れのため息を吐いた。

「やっぱり……だと思った。あんな性格悪いこと考えるの水明くらいしかいないもの」

「おい、お前は俺をなんだと思ってるんだよ」

「人畜無害そうに見えて中身は超の付く小悪党でしょ?」

「あ、うん。確かに」

黎二は思わず口をついたのか。初美の言葉に光の速さで同意する。すると、初美の後ろに控えていたセルフィや隣にいたフェルメニアが、堪え切れずに吹き出してしまった。

笑いが落ち着くと、初美の補佐に来たらしいセルフィが、黎二にかしこまった挨拶をする。

そして、

「本当はもっと早く到着する予定だったのですが、道中少々邪魔が入りまして」

「邪魔が」

「ええ。当初は魔族の手の者かと目星をつけていたのですが……」

険しい顔をするセルフィ。すでに魔族が撤退しているため、得心が行かないのだろう。そもそも連合北の魔族が撤退したから彼女たちがここに来られたのであって、魔族たちが初美たちの足止めをしたいのなら、撤退などさせないはずだ。

何かあるのか。そんなことを思う中、初美がセルフィに向かって口を開く。

「無駄足だったけど、どうしよっか?」

「そうですね。特に要請もなければ、帝国に恩を売りに売るか、落ち度を認めさせてから引き返すのが上策でしょうね。ふふふ」

気味の悪い笑みを漏らしながら政治戦略的な助言を吹き込む腹黒ハーフエルフ。そんな中、水明が初美の肩を叩く。

「やることないなら、俺からちょっと頼みがあるんだが」

「何? 悪だくみなら嫌よ?」

「ちげーよ。ちゃんとした人助けです」

「え……?」

水明の言葉に対しあからさまに困惑の表情を見せる初美。そんな彼女に、水明は眉をひそめる。

「今度は一体なんだよ?」

「だって水明が人助けって自分の口から言うのってちょっと新鮮だから」

初美がそう言うと、そこに黎二も加わって来る。

「確かにそうだよね。いつも嫌がるようなこと言ってなんだかんだ首を突っ込むタイプだし、ツンデレだし」

「……お前らなぁほんと」

うんうんと頷く黎二を見ながら、水明は疲れたように肩を落とす。

この日はいろいろと散々な水明だった。