軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ヤツが来た!

サーディアス連合からネルフェリア帝国へと舞い戻った水明たちは、拠点のある路地裏まで帰ってきていた。

住んでいた場所の状態はいつも通り。水明がアラバスターをこれでもかと塗りたくった周囲の建物の外壁は気持ちのいい真っ白で、路地裏特有の湿っぽさを感じさせず清潔感に溢れており、天から射す陽光も相俟って庭園を思わせる。

ふと見れば設えてある椅子やテーブルの上で、水明たちが前に仮の使い魔になってもらっていた猫が数匹、ごろごろしてくつろいでいた。椅子の背もたれに寄りかかり腹を掻いていたり、大の字になって寝ころんでいたりと、完全に縁側での日向ぼっこである。

「ねこさーん!」

それを見るや否や、リリアナは持っていた日傘を放り投げ、紫色のツインテールを弾ませて猫たちに向かって突撃していった。遠出をしていたため、ねこさん成分やいぬさん成分を補充できていなかったからだろう。そう言えばと、水明は帝国出立前にリリアナがやたらと名残惜しそうにしていたのを思い出す。

「だっこ、です」

「にゃーん」

リリアナは数匹の猫を捕まえ、いっぺんに頬ずりをする。猫たちも仮の使い魔にしていたときにリリアナが世話を焼いていてくれたためか、嫌がる素振りはない。

そんな姿にやれやれと吐息するのは、小さくなったレフィールだ。リリアナが放り出した日傘を立てかけ、猫のうち一匹を抱え上げて訊ね出す。

「それにしてもお前たち、もと居た場所に戻らないのか?」

「にゃー」

ほれ、ほれと猫の頬っぺたをつついても、当然鳴き声以外の答えは返って来ない。わかっているが、心情的に訊ねてみたくなったのだろう。

彼女の質問には、隣で猫を撫でていたリリアナが答えた。

「ここは綺麗で、過ごしやすいから、時々回ってくるそうですよ」

「猫は綺麗好きだからな。なるほど巡回ついでにくつろいでいるというわけか」

「にゃーん」

返事のように上がった猫の鳴き声に、リリアナは再び耳を傾ける。何か話をしているように見えるがそれは、水明が彼女に教えた動物との意思疎通の方法だ。

――以前の帝国での騒ぎが終わったあと、猫たちはその役目を終えたため、当初の契約であった『一定期間のエサと寝床の確保の代わりに協力する』に従い、かけていた部分的知能向上や仮契約の魔術が解かれ、放たれた。

みなもともといた場所へと戻って行ったが、ここが過ごしやすいと感じた猫だけ、ちょくちょく顔を出しているのだろう。

「この分だと夜は集会場になってそうだな」

「そうですね。猫は集まるとよく言いますし」

水明の言葉に、フェルメニアが朗らかな様子で返す。彼女も猫が好きであるため、猫が集まって安穏としている姿を見ると癒されるのだろう。

「こ、こほん。と、ときにスイメイ殿、その……」

そう言って、フェルメニアは猫のいる方と水明の顔をちらちらと交互に窺う。どこか恥ずかしそうにもじもじとするのは何故か――

「ん? ああ猫な」

「はい。私も触りにいってきます」

気が付いた水明は、彼女から荷物を預かる。すぐに彼女も、その長い銀髪を揺らしながら飛ぶようにリリアナたちのところに行って、猫を撫で始めた。

しばらくの間そんな穏やかな時間を過ごしていると、路地の入口の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「あ、いたいた!」

聞こえたのは、水明には馴染み深い少年の声。どこか安堵したような風にも聞こえるその声に水明が振り向くと、そこにはサーディアス連合に行ったはずの黎二たちがいた。

黎二の隣に控えていたティータニアが、穏やかそうな顔を向けてくる。

「戻って来ていたのですね」

「ちょうど、いまし方な」

肩を竦めて返す水明の後ろから、フェルメニアが猫を抱えて駆けてくる。そして、ティータニアに対し膝を突いて臣下の礼を取った。

「姫殿下に置かれましては、ご機嫌麗しゅう」

「白炎殿もお元気そうでなによりです。……ときに、猫はお好きなんですか?」

「え? ええまあ……はい……」

フェルメニアは猫を抱えたまま臣下の礼を取ったため、ティータニアに笑われている。彼女は恥ずかしそうに返事をしたあと、ティータニアに訊ねた。

「姫殿下。確か予定では自治州へ慰撫に向かったはずでは?」

「ええ。行ってきて、今朝方帝国に戻ってきたのです」

一方、そこで黎二が、戻ってきた理由の一端らしきことを口にする。

「実際はまた例の貴族様から声がかかったんだけどね」

「また例の貴族か」

「うん……」

黎二が険しい表情で返すそんな中、水明はいつも真っ先に声をかけてくるはずの人物が出てこないことに気付いた。

「そういや瑞樹はどうした? さっきから全然反応がないんだが」

「え、ええと。瑞樹はね……」

「どうしたんだ?」

水明は首を傾げて訊ねるが、黎二は気まずそうに視線を逸らす。そんなときだった。

「ふははははははははははははは!」

突如黎二たちの背後の方から聞こえてきたのは、そんなやたらとテンションの高い哄笑。その女の高笑いを聞き、水明は一気に頭が重くなる。

「…………おい黎二、なんだこの嫌な予感しかしない笑い声は」

「うん、察してくれると、助かるな……」

疲れたような黎二の返答から、やがて現れたのは片目を金色に輝かせた瑞樹だった。

「久しぶりだな。我と同じ 宇宙(ソラ) の闇よりもなお暗い闇に生きる 深紅(スカーレット) を背負いし 闇真紅(ダーククリムゾン) の 暗躍者(ハイダー) にして我が永遠のライバルよ!」

「あっ……あー」

瑞樹の口走った台詞を聞き、水明は察しの声を上げる。見れば黎二とティータニアも疲れた様子で頭を抱え始めていた。悠然と歩いてくる瑞樹に、微妙そうな視線を向ける水明。

「……瑞樹、あのな、それ止めるんじゃなかったのか?」

「何の話だ。それに我は瑞樹ではない。この天上天下にただ一人の存在、九天聖王イオ・クザミよ」

「はいはいはいはい。そんなもの存在しませんからね……」

水明がおざなりな返事をする一方、フェルメニアが微妙そうな視線を向ける。

「……スイメイ殿。これは一体何が何なのでしょう? 私には理解しがたいのですが」

「それは俺が聞きたい……おい黎二、これは一体どういうことだよ?」

水明が問うと、黎二は自治州であったことを話し出す。勇者の残した武器を手に入れたこと。そこに魔族の将軍が現れたこと。そして、瑞樹がこうなったこと。

「……なるほど。その武器を手に入れに向かった先で、瑞樹がこんな風になったと」

「うん。だから、僕のせいなんだ。僕がちゃんと守ってあげられなかったんだ……」

黎二の表情は硬い。もともと彼女のことは、アステル出立前にちゃんと守ると明言していたゆえ、ことさら気に病んでいるのだろう。

「まあ、そこは気にすんなよ」

「でもさ」

「ついて行くって言った瑞樹にもその責任がある。それに、いま思いつめたって仕方ないだろう。なっちまったモンは仕方ないさ。それに、急に変になったんなら、また急にもとに戻ることもあるかもしれないだろ?」

能天気なことを口にしたおかげか、黎二の顔が明るさを取り戻す。

「そうだね」

「こうなっちまうのはさすがに予想だがよ……」

「……そうだね」

途端、瑞樹を見て複雑そうな顔になる黎二。よりにもよってこんな風にならなくてもいいのにと言いたいのだろう。みんな同じ意見である。ともあれ。

「――まあいいや。まずは中に入ってくれよ。俺たちも帰ってきたばかりでもてなしは出来ないけどさ」

「構わずともよろしいですわ。こちらも情報の交換に来たようなものですから」

ティータニアの言葉に続き、瑞樹もといイオ・クザミが尊大な態度で言う。

「ふむ。では貴様の城へ行くとしようか」

「瑞樹。お前はちょっとまて」

「我はイオ・クザミだ」

「はいはいわかりましたイオ・クザミさん。フェルメニア、悪いけど先にレフィたちと黎二たちを中に」

フェルメニアに先に入っていてもらうよう頼み、彼らが拠点の中に入ったのを見計らって、水明はイオ・クザミの方を向く。

「さてと……で? それは本気でフリとかじゃねぇんだよな?」

「貴様まだ信じていないのか?」

「確認だ。確認。ちょっとこっちに来い」

「断る」

「だが断る。つーか俺から近づいた方が早いな、頭貸しな」

ケンカを売るような態度を見せながら、水明が近付くと、イオ・クザミは玩弄するような笑みを向けてきた。

「我は断ると言ったぞ?」

「聞こえねぇよ」

イオ・クザミの言葉を言下に退け、彼女の頭に手を伸ばす。初美のときは記憶喪失ゆえ手が出せなかったが、人格がばらけているのであれば刺激を与えることによってもとに戻る可能性がある。ゆえに、罪悪感を持ちつつも魔術をかける準備をした――そのときだった。

「貴様はまた、そうやってこの娘の頭を弄るのか?」

「――!?」

イオ・クザミが向けるわけ知ったような笑みに、弾かれたように飛び退る水明。驚きの表情を向ける彼に、イオ・クザミは影のあるような表情を見せる。

「どうした? そう驚くようなことではあるまい?」

「……お前、なんだ? なんでそれ知ってやがる?」

繰り出したのは、険しい表情での訊ね。それは、自身しか知らない秘密だった。どうしてそれを、ぽっと出の一人格が知っているのか。頭の中を疑念や疑問が錯綜する。

一方のイオ・クザミはと言うと、余裕ぶった表情で笑みを見せ、

「随分と怖い顔をする。だが、そうだろう? それは、お前たちがここに来るもっと前の話だ。そう、この娘はお前のことが好きだったのだ。だが、お前はこの娘の好意を踏みにじった。この娘の好意をお前の力で、他の奴に向かうようすり替えたのよ」

「…………ああそうだ」

そう。このイオ・クザミのと名乗るなにがしかの口にした、その通りだった。

当初彼女は本気で黎二のことが気になっていたのだが、彼女の黎二に対するアプローチを手伝ううちに、どうやら自分に好意を持ってしまったらしく、告白されたことがある。

それを、イオ・クザミの言う通り、魔術ですり替えたわけなのだが。

何故知っていると視線を向けると、イオ・クザミは、

「なぁに。この娘に憑いた際、少々だが記憶を覗かせてもらっただけよ。無論お前に封じられた記憶も見ることになったというだけの話」

その言で、なんとなくこのイオ・クザミが何なのかを理解する。

「答えろ。お前はなんだ? 何の精霊だ?」

「そう怒るな。我も悪さをするつもりはないのだ。我がこの娘の身体を借りているのは、この娘と我の利害が一致したからゆえよ。――それに、お前では我をどこうできまい?」

「現代魔術師を舐めんなよ。俺たちはな、古今東西あらゆる魔術でお前みたいなのを祓えるんだぞ?」

「よせよせ。確かに出来るかも知れんが、この娘にかかる負担は相当だ。もしかすれば壊れてしまうというのもあり得るぞ?」

「…………」

それについては、否定できなかった。瑞樹にとり憑いているものが大きな存在であれば、確かに無理に祓おうとすれば彼女に大きな負担が掛かる。一概にも嘘とは判断できなかった。

水明がイオ・クザミを睨み付ける。

「怖い顔をするなと言った。なに、心配することはない。我はこの娘に悪いことをさせるつもりはないし、つらい目に遭わせる気もない」

「本当だろうな?」

「嘘は言わん」

確かにそれも言う通りだろう。精霊は基本的に、嘘は付けない。本当のことを言わないようにして相手を騙すということはあるが、悪さをしない類のものならば、瑞樹の安全は保障するというのには偽りはないだろう。

無理に追い出そうとすることを諦めた水明に、イオ・クザミは不思議そうな顔を向ける。

「この娘を大事に思っているのだな。なら何故遠ざけたのだ?」

「黙れ。俺は魔術師で、瑞樹はただの人間だ。瑞樹をこっち側にこさせるわけにはいかないんだよ」

その答えにイオ・クザミは「そうか」と一言口にして、再度その顔に嘲笑うような笑みを作る。

「あと、このことは他の奴には言ってくれるな? これは我とお前だけの秘密だ」

そう言って、瑞樹にとり憑いた『何か』は、彼女の身体を使って嗤うのだった。