軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

激闘

――話の中心に自分が据えられながら、その実、自分を差し置いて勝手に話が進んでいる。

そんな理不尽な状況に、朽葉初美は怒りと、そして多くの焦りを抱いて、刀の切っ先をいま目の前にいる新たな敵へと重ねていた。

その敵は、インルーと名乗るドラゴニュートの青年。自身に付いて来いといい、しかし訳も話さず、いまは戦いを迫ってきている。

一方、彼が放つ武威の矢面に立たされている八鍵はと言えば、インルーが現れたときと同様、額から冷えた汗を流している。それが伝う顔は、最も出会いたくなかったものにでも会ってしまったかのような険しいもの。表面上の怯えはないが、魔族の将軍ヴィシュッダと相対したときにはなかった恐れが、彼の心を支配しているように見えた。

いまも八鍵は、中指と人差し指を落ち着かない様子でこすり合わせ、一瞬たりともインルーに目を離さずいる。

そんな彼に、後ろから声をかけた。

「八鍵。私が前に出るわ」

戦いが忌避できないものというなら、戦術は先ほどと同じだ。後衛での援護を彼に任せ、前衛を申し出る。剣士と魔法使いなら当たり前の戦術。

しかし八鍵は振り向こうともしないまま、厳しい声を放つ。

「いいや。お前は下がってろ。今度ばかりはダメだ」

「何言ってるの? 二人で戦った方が良いじゃない? あんただってマズい相手だからそんな 表情(カオ) してるんでしょ?」

「…………」

「ねぇ!」

「……ああ、そうだよ。マズい相手だ。最悪のトラウマが蘇ってきてるぐらいにな」

そう苛立ったように出された、八鍵の震える声で気が付いた。いまも擦り合わされている指先は、その動きは、落ち着かなさから来るものではなく、恐怖で震えているのだということに。

「……そんなに怖いの?」

「怖いさ。あのときも、相手は 竜種(ドラゴン) だったんだからな」

「それって、八鍵のお父さんが?」

「そうだ。あのときは勝ったから、もう乗り越えられたんだと思ってたんだが、甘かったな。また、何か失くすんじゃないかって思うと震えてきやがる」

恐怖がにじんだその汗は、強者を前にしたからだけではない。敗北の先に待つ、敗者が贖うべきことに、再びそれを迎えるかもしれないことに、彼はひとかたならぬ恐れを抱いているのだ。

敗北を恐れるなら、なおのこと二人で当たるべきではないのか。そう、無言で訴えると、

「いや、いいんだ。ここは俺に任せろ。コイツはさっきの魔族なんかとは違う。別次元の生き物だ。記憶がある状態のお前ならまだしも、朽葉の技や陀羅尼、そしていままでの経験も脳みその奥底から引き出せないお前じゃ、コイツはさすがに厳しいにすぎる」

「だからって」

「俺はさっきの魔族共だけだが、お前は連戦だろ。砦の救援に行ってから、ずっと戦ってるはずだ。大丈夫だと思っても集中力は切れてる」

「そんなことは」

ない、と否定しようとしたその声を、しかし八鍵は遮った。

「それは俺の台詞だ。現にいま、お前はあいつから目を離してるじゃないか」

そう言われて、ハッと気付く。思えば確かに八鍵の言う通り、会話だけに気を傾けていた。もしいまインルーに動かれていれば、やおら反応に遅れ、初撃を受けていただろう。

正しく警戒できていなかったのは、集中力が欠けていた証拠。そんな自分の迂闊さに、ごくりと息を呑んだ。

一方八鍵はそれ以上何も言わず、前に踏み出す。敵わない相手から自身を庇うように、目の前に彼の背中が広がった。

「やかぎ……」

口にするが、それ以上言葉が続けられなかった。呼び声を放つ自身の口は、己が無意識によって噤まれたから。自身の言葉を奪ったのは、やはり彼の背中だった。戦いから遮るように出された彼の広い背中が、いつかの夢に重なる。夢で見た背中は、もっともっと小さかったのに、いま目の前にある彼の背は実際の背丈と肩幅以上に大きく見える。

もしかすれば、それだけ自身の瞳には、彼の背が頼もしいものとして写っているのだろうか。

「あ――」

そう、あのとき。あの夢。自身が眠りの中で思い出した過去と同じだ。変わっていない。目の前に迫る脅威から、自身を守ろうと背を差し出すあの姿。ただひたすらに憧憬のみを感じさせる少年の横顔。心配するなと微笑むあの優しげな表情。目の前の野良犬に立ち向かう、ちっぽけだが何よりも尊い勇気。

ゆえに、去来するあの思い。

――守られているばかりが嫌だから、自分は強くなったのではないのか?

「う、ぐぅ……」

不意に脳内を襲った痛みに、膝を折ってしまう。一瞬頭の中に鳴り響いた雷鳴に遅れて聞こえてくるのは、自分の膝が地に着いた音。急な記憶の回帰で頭に負荷がかかったのか。しかし、電撃のような痛みと問いかけは、すぐにどこかへ消えてしまう。

追って降ってくる八鍵の声。

「初美? どうした? 大丈夫か?」

「う、ううん。何でもない」

「なら下がっててくれ。……頼む」

静かに請う彼の声には、確かな重みがあった。それが説得力から来るものではなく、心からの懇願ゆえのものなのだと気付いたとき、これ以上食い下がる意志は消えていた。

わかったと静かに頷いて、八鍵から離れる。後退の合間に、彼がほっと小さく安堵する仕草が見えた。

自身がある程度距離を取ると、八鍵はインルーに向けて挑発気味な言葉を放つ。

「ご丁寧に待っててくれたのかよ」

「折角の戦いで不意を打っても面白くないだろう? 戦いを楽しむなら、始まりは堂々とあるべきだ」

「俺にはわからん世界だ。任務があるくせに、それをおろそかにしてやがる」

「戦士はどんな戦いにあっても、戦には己の流儀を持ち込まなければならないものだろう? たとえそれが何を賭けてのものであってもだ。貴殿は違うのか?」

インルーが矜持を口にすると、八鍵はやはり挑発気味に答える。

「 魔術師(おれたち) の戦いは、相手の虚を突いて攻めるものだ。試し合いならまだしも、殺し合いに正々堂々なんてねぇよ」

「相手の虚を突くが流儀か。確かに正面から戦えない魔法使いらしくはある。だがそれは、先に明かしていいものなのか?」

「そこはアンタが考えるところさ。せいぜい何もかも疑っててくれよ」

八鍵が危機感を帯びた表情から八重歯を剥いた途端、辺りが不自然に揺れ始める。

場の物理法則の安定度が極端に下がった証左か、彼の周囲にバチバチと迷走電流のように蒼い稲妻が明滅。電磁場の変化によって塵や煤が浮き上がり、稲妻の媒介になって消えて行く。なんの前触れなのか。地面に手を突いて身体が狭窄されるような激震に堪えていると、八鍵水明はそんな不可思議な現象の中心で、静かに口を開いた。

「――Archiatius overload」

(――魔力炉、負荷起動)

揺れの轟音にかき消されない、不思議な響きを持つ 呪文(ことば) 。直後、八鍵の身体から爆発的に発生した魔力とそれが生み出すエーテルウィンドによって、爆撃のすぐあとに起こるような強烈な衝撃波によって、あらゆるものが吹き飛んだ。

刀の切っ先を地面に突き立て、支えにして堪える中、薄ら開けた目蓋の間から八鍵が空へ飛びあがるのが見えた。空を飛ぶ魔法を使っているのか、中空でも自在に制御が取れるらしく、翻るような軌道を数回繰り返したあと、目に見える範囲で止まった。

一方のインルーはそれを見て、感心の声を上げている。表情に笑みが混じっているのは、面白い技を使っているとでも思っているのだろう。制空権を取られてもなお、彼にとっては余裕らしい。

通常ならかなりの不利だが、八鍵が言った通り別次元の相手ゆえ、こちらの常識は通用しないのだろう。

「良い魔力だ。これほど心が高鳴るのは、『 人喰(ひとぐ) らい』とやって以来だ」

インルーがそう薄笑いを浮かべ口にしたあと、二人示し合わせたかのように、放たれる言葉。

「参る」

「いざ――」

インルーと八鍵の声が重なると同時に、戦いの幕が下りた。

――しかして、始めに見たのは、八鍵の予想外過ぎる動きだった。

自身がこちらで見てきた魔法使いの戦い方は、常に敵から離れて安全な間合いを作り、遠距離から魔法を放つというものだ。その方が安全で、戦いやすい。

古くは投石に始まり、次に弓矢や槍の長さ、鉄砲、大砲、ミサイルと、より遠くから攻撃できるように変遷していった向こうの世界の戦い方と、理は同じ。それはどこであろうと変わらない。

だが、いまの八鍵の戦い方はそうではない。空へ飛びあがったなら、手の届かない 上空(とおいばしょ) で魔法を放ち続ければいいにもかかわらず、魔法を放ちつつインルーの周囲を飛び回っている。自ら利を捨てているのだ。戦いの経験が自分よりも多いのに、あえてそうする意味がわからない。

そんな男は、ひゅん、ひゅんと空を飛び回ったかと思うと、時折着地ししゃがみ込み、また飛び上がるを繰り返している。方向転換の際は柔らかく翻り、隙も小さい。そしてどことなく、相手を惑わすかのように動いている。

一方それを迎え撃つインルーも、上手く立ち回っていると言えよう。彼にとって攻撃が来る場所は、半球の全天だ。思い付く限り全ての方向から攻撃が来る可能性がある。

しかし、八鍵に死角に回られてもすぐに対応し、回避。しかも、牽制に出された威力の低い魔術は効果がないのか、まともに受けてもまるで涼しい顔をしている。

そして、彼の攻撃だ。射程の短い魔術を撃ちに近付いた八鍵に合わせ、着地ざまを狙いに跳びかかる。それはまるで猛禽類が獲物に襲い掛かるが如き速さと鋭さ。さながら色のついた迅雷だ。緑色の迅雷が、上に落ちて、下に落ちる。八鍵の前に到達するとすぐさま人の形を取り戻し、攻撃。その様あたかも、雷神である。

何度目かの交錯ののち、迅雷が八鍵の姿を捉えた。

「ちぃっ――」

舌打ちと共に、八鍵がパチンと指を鳴らす。追って迅雷の前方にある空気が破裂するが、迅雷はあたかも抵抗や障害などないかのように通り過ぎて、彼を捉えた。

速すぎるインルーの猛攻に、言葉を紡ぐ暇もないのか。魔術による防御が間に合わぬ八鍵に、龍人の掌底が襲い掛かる。

しかして、その威力は絶大だった。あの八鍵が、まるでプランジャーに弾かれたピンボールのように、 竜哮(ドラゴンロアー) が及んでいない木々の方へと打ち飛ばされる。

……その光景に、知らず息を呑んだ。嚥下の音が大きく聞こえる。上手く着地できなければ致命的だ。

だが、インルーの攻撃はそれだけではなかったらしい。八鍵が木々か地面かにぶつかると同時に、何故かその場にあった 黒鋼木(ブラック・ウッド) 木の幹や根、土に至るまでがぐちゃぐちゃに挽き潰れた。

「うそ……」

目の前で起きた光景が、まるで信じられなかった。あの頼もしい男がこうも簡単に倒されてしまうのかと。絶望を頑なに拒んで打ち飛ばされた方を強く見詰めるが、土煙が晴れても、そこには圧壊の痕跡しかなく――

「八鍵!!」

「……そんな声出すな。生きてる」

「え――?」

巻き込まれたかと思い悲鳴にも似た叫びをあげると、別の場所からそんな声が聞こえてくる。声の方を向くと、わき腹を押さえ軽く前傾になって立つ八鍵がいた。

魔術で治療しているのか、脂汗を流しながらもわき腹を押さえる手元に淡い翠色の光が浮かぶ。

「――いまのは捉えたと思ったのだがな」

「やっぱり 視殺(ドラコマイ) が使えんのかよ……」

「やはりはこちらの台詞だ。それを知っていて、なおかつ俺の視線から逃げるために動き回っていたとはな。だが、傷を癒すのに止まったのは迂闊だぞ?」

そう八鍵の不首尾をあげつらい、不敵に忠告するインルー。だが、八鍵は隙を突かれたとは思っておらずで、

「それはどうかな?」

「――ぬ?」

八鍵が口の端を吊り上げ冷笑じみた顔をすると、何故かインルーが怪訝そうに呻いた。

直後、インルーはわずかにふらつき、そして何かを振り払うように頭を振る。

何が起こったのか。いまのはあたかも、立ちくらみや眩暈でも起こしたかのよう。

そんな中、ふと気付くものがあった。

「目玉の絵?」

八鍵のすぐ横の地面に、先ほどヴィシュッダを倒したときとはまた別の、目を模した簡単な絵が描かれていた。よくよく見れば、辺りの地面などにも同じような絵がいくつも描かれている。

「邪視除け(ナザール・ボンジュウ)の絵さ。邪視と思想の起源が近しくある 視殺(アンタのわざ) は、これによって逸らされる。俺だってただ無暗に戦ってたわけじゃないぜ?」

「なんと、これを防ぐ手段があるとは驚きだ。これはマズい敵に当たったかな?」

そんな言葉とは裏腹に、愉快そうにくつくつと笑い出すインルー。一方それが戯れ事なのはお見通しか、八鍵は忌々しそうに睨み付ける。

「うるさい。ここまで前置きしなけりゃ真っ当に戦えないとかズルいんだよマジで」

「そうだな。大抵がその差を埋められない者ばかりなのだが、いや 人間(ひと) が知らないはずの技をよく知っているものだ」

「こっちの世界の人間は、だろ?」

「そうか! 貴殿は別の世界の住人なのか。どおりで使う魔法がこちらの魔法と違うわけだ。勇者と親しいのも、それが理由か」

「そういうことだ。だから、初美は連れていかせられないんだよ」

「そうであれば、それが自然だろうな。だが、俺も連れて行かねばならぬ 理由(わけ) がある」

そしてインルーは言葉を区切ったのち、ゆっくりと構えを取る。

「許せとは言わんさ。恨まれるのはもとより承知のうえ」

「それくらいはわかってる。始まってるのに今更ごちゃごちゃ文句を付けるつもりはねぇよ。軽口や嫌みくらいは言わせてもらうけどな」

力ずくと決めたからには、口幅ったいことはなしということか。舌をべろりと出して不敵さを醸しつつも、逃れ切れない恐れにいまも汗を流している。

そんな八鍵の物言いに、インルーは笑みを作る。

「いいな。こういうとき大抵は、お前のやっていることは間違っていると泣き言を言う輩が多いのだが」

「お生憎様、相手の情に訴えかけるとかいうのは苦手なモンでね」

「減らず口が得意そうな口ぶりでよく言ったものだ」

「うるせぇよ」

そう言って、八鍵水明はパチンと指を鳴らす。空気の爆裂は、激しさを増す戦いの第二幕の開演を告げる、暴力的な号砲だった。

――こちらの一手が封じられたあとは、やはりと言うべきか目の前の魔法使いの攻撃は、より一層激しいものとなった。

先ほどスイメイ・ヤカギが言った通り、前置きという余事から解放されたためだろう。未だ空を駆け、夜空と大地を行き来していることに変わりはないが、撃ち出す魔法は強くなり、その行使速度も行使頻度も倍増している。このくらいならば考えられる範囲の内にあるが、提起される問題はそこではない。

このスイメイ・ヤカギという男が驚異に値するのは、 龍人(われら) との戦い方を、我ら以上に弁えているということが理由だろう。近付くことはあれど決して拳の間合いには迫らず、それどころか目測で計れる間合いよりも大幅に距離を取り、戦っている。

普通ならば、拳を振るえば先ほどの魔族たちのように力の余波の発生など想像だにすることなく消し飛ぶのだが、この男はその力の余波さえ見切っているかのように動いているのだ。

それとあとは出会ってすぐに使った咆哮波だ。スイメイ・ヤカギは 竜哮(ドラゴンロアー) と別の名称を叫んだが、事実スイメイ・ヤカギは明確に咆哮波の本質を理解していた。龍人の技を知らぬただの人間であれば、呆けたまま蒸発してしまうのが常であるというのに、予備動作の段階でいち早く察知し、防御の手を講じた。

既知していたといえば竜眼の技もそうだろう。見た者を場ごと圧し潰すあの技を 最初(ハナ) から持っていると判断し、周囲を飛び回って長く視線の中に留まらなかった。そして、それを破る技も見事用意した。

どれもが一撃にて必殺、無論耳で聞いただけではわかりにくいものであり、頭ではわかっていてもほとんどが死ぬ技ばかりだ。それを、この男はかいくぐり、いまこうして自身と戦い続けている。

「ふ、ふふふ……」

知らず口端から漏れてくる笑い。見えるのは、絶え間なく魔法を行使する男の姿。

スイメイ・ヤカギが指を振るような動作や地面をタップする挙動を見せると、背後や地面に異なる意匠を持った魔法陣がいくつも現れる。間断なく生まれるそれら魔法陣は詠唱が置換されたものなのか。円図形の内から魔法を生み出し、異なる属性、知らぬ種類の攻撃が視界を埋め尽くさんばかりに襲って来る。

そんな風に、戦端当初からこちらの予測は裏切られてばかりだ。行使の速さも頻度もいい。だが解せないのはスイメイ・ヤカギの魔法の連続行使だ。魔法の行使速度については速く行えるものだと知っているゆえ然したる驚きはないのだが、息が全く上がらないのにはまったく了見がいかなかった。

魔法を絶え間なく連続で行使すれば、それだけ体内から魔力を外側に発散させなければならないため、魔力の体内伝導で体熱が上がり、空気が不足していると身体が勘違いをして息切れを起こしてしまう。普通はそこに詠唱速度が付きまとうため、その状態に置かれた魔法使いなど滅多に見ることはないのだが、そうなると魔法使いは魔法を使うことを一時中断せざるを得なくなる。

だが目の前の男はそうではない。所詮魂の容れ物は人間の身体であるにもかかわらず、口もとから吸気と呼気の小刻みな繰り返しの音が聞こえてこないのだ。

代わりに、時折口から大きく真っ白な魔力の蒸気を吐き出している。となればおそらくは身体の中に、おかしな器官が備わっているのだろうと推測された。

連続行使は脅威だが、しかしある意味この絶え間ない攻撃は、スイメイ・ヤカギの防御の手だとも言える。

炎、雷、光の魔法を雨あられと撃ち込み、一見攻めているようにも思えるが、こちらに攻撃をさせないために常に牽制の攻撃をしているとも受け取ることができる。その証拠に、いまだスイメイ・ヤカギは必殺を期した魔法を放ってはいないのだ。

「攻めあぐねているのならこちらから行くぞ」

言葉と共にどう、と地面を踏み込むと、まるで地表の下が爆発したかの如く土塊が吹き飛ぶ。その一歩で魔法をかいくぐり、真正面へ到達したみぎり、スイメイ・ヤカギの喉が嚥下に震えた。

「このっ、動きが速すぎるんだよ!」

咄嗟に上がったのは泣き言の悲鳴だ。やはり、焦っているらしい。何か嫌な思い出でもあるのか、この男は自身に、いや龍人というものに対し恐怖を抱いているのだ。

だが、そんなことは知ったことではない。顎下を目標にして、蹴りを放つ。直下からの一撃に対し、回避のため身体を投げ出すスイメイ・ヤカギ。着地は捨てたのかと思ったが、空を自在に飛べるゆえ体勢も何もないだろう。見えない何かに引っ張られたように不自然な様子で移動するスイメイ・ヤカギに、裏拳での追撃の一撃。

余波での痛手を見込んだそれは、しかしてスイメイ・ヤカギに追いついた。指向性を持った力の波が、足に 中(あた) る。同時に聞こえてくる、骨が折れた音。顔に苦悶の表情が表れた直後、折れた部分に文字数字が描かれた緑色の円環が形成された。

回復の魔法だ。痛手を与える都度、スイメイ・ヤカギはそうやって受けた損傷を魔法によって修復する。

――攻めきれないのは、こちらも同じか。

そんな自嘲が頭の中に浮かび上がると同時に、炎の魔法が放たれる。

「苦し紛れかっ!」

「どうとでも取れよ!」

やっつけの攻撃と断じ叫んだが、しかし予想とは違っていた。視界を大きく奪う炎の魔法は隠れ蓑だったのか、目の前一寸先間近に小さな魔法陣が浮かび上がった。

「ちっ――」

場所は直近。当たればただでは済むまいと脳が勝手に判断したか、反射的に身体が回避の行動を取る。だが小魔法陣から離れると小魔法陣と自身の間にまた小魔法陣が形成され、自身のことを追いかけてくる。動きを速めても、蛇行しても、跳び上がっても、小魔法陣は付かず離れず列を成す。まるで蛇腹のおもちゃだなと場違いな感想を抱くと、遂にそれは自身に対し牙を剥いた。

――連鎖爆発(Chain explode)。その鍵言と共に、連続する爆裂。瞬く間に顔面を捉えられた。

「ぐ、あっ……」

身をかわすが、直近ゆえ衝撃波はかわし切れなかった。威力は、ジルベルトの怪力並みの一撃だ。さすがに堪らず仰け反ってしまう。だが、戦闘に支障はない。頭を軽く振ると、夜空には群青色の星の影。

――先に攻勢に入られたか。

そんな所感に危機感を抱く間もなく、スイメイ・ヤカギが口走る。

「――Ad centum transcription.Augoeides randomizer trigger」

(――光輝術式略式稼働。一番から百番までを無作為展開、戦略爆撃)

直後、雨あられと振ってくる星の瞬き。空から降る光の魔法は帝国での星の光を連想させたが、どうやらこれは違う類の術らしい。

回避の機会を逸したゆえに、魔力を全身に充溢させ、防御の態勢を取る。ほどなく、魔法は終息したが、

「これで終わりではないよな」

その予想の通り、次の魔法が控えていた。

いつの間にか後方へ飛び退っていたスイメイ・ヤカギは着地した体勢のまま言葉を紡ぐ。

「――Fiamma est lego.Vis Wizard.Hex agon aestua sursum.Impedimentum mors」

(――炎よ集え。魔術師の叫ぶ怨嗟の如く。その断末魔は形となりて斯く燃え上がり、そして我が前を阻む者のに恐るべき死の運命を)

周囲の空間に赤い魔法陣が大量に描かれ、スイメイ・ヤカギの足もとに大魔法陣が展開する。大魔法陣の文字図形を囲う二重の外周円がそれぞれ反対に高速回転すると、周囲の地面が炎に包まれた。

燎原の赤がスイメイ・ヤカギの瞳に写る。赤熱の輝きは熱い意思。その光景に目を奪われた刹那、

「――Fiamma o asshurbanipal!」

(――ならば輝け。アッシュールバニパルの眩き石よ!)

右手に握壊される焔の光。宝石の如く砕け散ると同時に、大魔法陣から噴き上がった炎と共に野火の炎が弾け、大地が赤熱しどろどろに煮え立った。

龍人に炎は効かぬという常識が頭に浮かぶが、同時に良くない予感が背を襲う。戦場では役に立たない常識よりもその感覚に頼みを置いて、煮えた大地が足を取る前に、蛇さながらに伸びる炎が絡みつく前に、逃げに全力を注いで飛び退った。

かわすことは叶ったが、空気を伝播した熱が身を炙る。肌に感じるのは、これまで生きてきた中で感じたことのないじりじりとする痛み。

やはり、ただの炎ではなかったらしい。おそらくは炎を発生させる以外に別の 呪(しゅ) がかかっているのだろう。これをまともに受けるのはよろしくないと、頭の奥から鼓動が警鐘となって響いてくる。

炎を抜けきった先に、突っ込んでくるスイメイ・ヤカギ。魔法使いが自ら近付くことにいささかの戸惑いを覚えたが、間合いに入るか否かの瞬間、目の前で煙となって立ち消えた。

その様にまた、笑みが漏れる。

四方に別れた煙の行き付く先を見届ける前に、背後に気配。急いで振り返ると、目の前には構えた手のひらに小魔法陣を据えたスイメイ・ヤカギの姿。

「おぉおおおおおおおおお!」

「はぁあああああああああ!」

同期する裂ぱくの気合い。衝突する吼え声。手のひらと共に突き出された小魔法陣に、龍人の拳を重ね当てる。直後衝突したそれぞれの力が、爆裂と衝撃波に変換され、身体を跳ね飛ばされた。

体勢を整えて向こうを見れば、同じく衝突の余波を被ったのか、同じように跳ね飛ばされているスイメイ・ヤカギがいた。

――ああ、なんと心躍る戦いだろうか。このような良き戦いが、この方あったろうか。これまで求めてやまなかった戦いが、いま巡ってこようとは。

そう心の中で喝采を上げていると、スイメイ・ヤカギの顔が険しくなる。そして放たれる、非難めいた口ぶりの訊ね。

「何が可笑しい?」

「ん? 笑っていたか? あいや、これほどの戦いよ。嬉しく思わなくてどうする?」

「そういやそういうヤツだったな……」

スイメイ・ヤカギは迷惑そうに口にしたあと小さく、「 戦闘狂(バトルジャンキー) ……」などと呟いた。それはおそらく自身のような手合いを指す言葉なのだろう。だが、敵の口から苦々しく吐き出された言葉は紛もない称賛だ。強者に難敵と思われてこそ、これまでの積み重ねには意味があったのだと、自分を認めてやることができる。

ゆえに、この戦いには意義があった。己が求めてやまない境地がここに、ここに確かにあるのだから。

ただ惜しむらくは、この男のとの巡り合わせが何故いまなのかということだ。思い掛けない場所でこんな戦いに巡り合うのは、またとない幸運だ。だが、任務の半ばゆえ、思いのゆくまで戦えないということを考えると、途端に不幸に思えて仕方がなくなってしまう。

「――ああ、ままならぬものよ」

そう知らず知らずこぼした声は、届いていたのか。恍惚に彩られた声音と言葉の意味するものが正反対ゆえに、スイメイ・ヤカギの額のしわが目に見えて増える。

だが、何故か魔法を撃ってこない。先ほどはこれでもかと撃っていたにもかかわらず、息切れを起こした様子もないのに、小休止か。

技を控えているということも考えられるが、ここは踏み込みどころと断じ、打って出る。

こちらが打つのは、連撃だ。だが、目の前の魔法使いは接近戦、それも殴り合いの距離の戦いに慣れがあるのか。美麗巧みにさばいていく。魔法使いにとって致命的な距離でも対応が利くのにはこちらも舌を巻くものだ。

だがそれでも、殴り合いを得手とする手合いとは相性が悪いらしい。無論龍人の力に人間の腕力や強度が耐えられるはずもない。受け流す腕はすぐに擦り切れて赤い肉を見せ、腕は瞬く間に襤褸のようになっていく。

「ぐ、ぁ……」

呻き声を上げながらも、すぐに間合いを取るスイメイ・ヤカギ。そんな男を一息には攻めずいると、怪訝そうな視線が向けられた。

なぜ、攻め切らなかったのかと。

それは攻めて倒し切れる予感がしなかったのと、もう一つ。

「戦い難いとはいいものだ」

「は?」

「そうだろう? 相手が御しにくい相手であればそれだけ長く戦える、そして培った技を試すことができるのだからな」

「……技の魅せ合いや応酬は確かに楽しいものがある。こんな状況じゃなければの話だが」

「同感だ。いや、存外気が合うではないか」

「いや、俺の嘆きとアンタの嘆きはぜって別モンだ。間違いない」

「そんなのは些末なことよ」

「……アンタあれだろ? 興味ないこと全部それで済ます性格だろ? いい性格してるよホント」

「ふ」

戦いの合間にある会話に興じつつも、いまもって脂汗を額から滝のように流すスイメイ・ヤカギ。だが、どことなく怯えが薄まっているのも事実だ。おそらくはこの男も、強くなることを目的の一つとしているからだろう。口では違うと言っているが、これまでの会話で波長が合ったゆえに、多少和らいだのかもしれない。

向かう場所は違えど、求めているものは同じだ。誰も到達できていない高みと、それを突き動かすための夢。この男にはそれがある。確かにそれを夢見ている。

「得難いな。本当に。貴殿にはあのお方とも違う輝きがある」

「……?」

闇の中にある光が何よりも眩しいように、目の前の男もまた、闇の中にあって眩しくある。ドワーフの女が口にした例えは確かに、的を射ていたと言えよう。

「それにしても、アンタよく喋るな」

「まったくそれは自分でも意外だ。戦いの場で口数を増やすなど愚の骨頂でしかないのにな。――ああそうだな、これはあれだ。昂揚のし過ぎでぐだぐだ喋りたくなってしまうあれだろう」

無駄な手心も、会話も、いままで戦いにおいて挟んだことはない。しかしそれでもそんな余分が止まらないのは、得難いゆえのものだからなのだろう。得難いものは、大事なものだ。触れ過ぎて壊したくないから、自身は知らず知らずのうちに手心を加えているのかもしれない。壊すために戦うのに、これでは矛盾も甚だしい。

果たしてスイメイ・ヤカギは小休止が済んだのか。背後は遠間にある木々を魔法で刈り取ったかと思うと、それらをさらい、飛ばしてくる。空気を押しのけ、轟音を立てて襲い来る巨木の数々。 黒鋼木(ブラック・ウッド) は幹が太く、頑丈だ。人間なら当たればただでは済まないだろう。――人間ならば。

「俺にはこんなもの目晦ましにもならんぞ」

その言葉通り、合間に見えたのは、巨木の裏に隠れ並走するスイメイ・ヤカギの影。黒鋼木の幹を拳で叩き潰すと、その隙を突いて眼前まで迫ってくる。

銀の刀の切っ先を先陣にして、突きかかる魔術師。だが――

「通らねぇだとっ……」

切っ先が胸を突くが、刃は着物にしか通らない。龍人の皮膚に人の造った刃程度、通るはずもないのだ。

ならばその隙は、誰が請け負うべきものなのか。

「その腕、貰ったぞ」

手刀が、スイメイ・ヤカギの右腕を切断する。利き腕の欠損は、自ら不利な接近戦に持ち込んだ 代償(ツケ) だろう。右腕の先が舞い飛び、切り口からは血が噴き出した。

遠間から聞こえる勇者の叫び。そして苦悶に歪む男の顔。だが、スイメイ・ヤカギは下がらない。どころか、右手を切ったあとに隙が出来たと言わんばかりに踏み込んでくる。

だがまだ予想の範囲内だ。先に打たせ、自らの肉や骨を犠牲にしてこちらの隙を捉える術はありふれたとは言わずとも、あり得る手ではあるのだ。しかし、突き出されたのは予想に反し、何故か輪切りにされた方の腕だった。

届かない。長さが足りない。目測を誤ったか。いや、右腕を出したゆえに単なる苦し紛れだったのだろう。

人間の限界かとたかを括り、考えるよりも攻撃を優先させようとしたそのとき、スイメイ・ヤカギの口が動く。

「いいのかよ? それで」

――宙を舞う右腕が突然軌道を変え、自身に向かって飛び付いてきた。その動きについ、にやりとしてしまう。

「――ははっ。そう来るか」

言葉が喜悦に彩られていたのは、技が久々に予想を上回るものだったからか。だが予想外はそれだけに留まらず、飛び付いてきた右腕の切り口に、スイメイ・ヤカギが突き出した切り口が押しつけられるように合わさった。

「せぁあああああああ!」

直後、合わせられた傷口に円環の魔法陣が発生し、翠色に輝いて輪転。同期して足もとでは激甚な踏み込み。引き絞られる空気と、散逸するエーテルウィンド。砕ける大地。そのまま無事なときと遜色ない拳の一撃が叩き込まれる。

「ッツ!!」

拳が捉えたのは、顔面だった。

人間にこれほどの威力の拳を貰うなど、考えてもみなかった。

足もとの地面だけでは威力を逃がしきれず、地に付いた足で土をざざざざざと削りながら、後方へ大きく押し戻される。

全ての力を逃がし切り、止まった折、顎に手を当て、調子を確かめるようにゴキリ、ゴキリと首を鳴らす。

間髪容れず空に飛びあがっていたスイメイ・ヤカギが苦々しげな声を出した。

「ほとんど効いてねぇじゃねぇか……」

「生憎とこちらは打たれ強い生き物なものでな」

「人型してるくせに脳みそにもダメージいってねぇのかよ。だから詐欺だって言うんだ」

そんな泣き言も、受けた痛みも心地いい。腕で首を押し、そして回し、再び感触を確かめる。存外の痛みを与えてくれた男はもうすでに次の一手を指すために動いてはいるが、この幾久しい心地よさに、いまは身を委ねていたかった。

魔法を撃とうとするスイメイ・ヤカギに対し、地面を蹴り付け、土煙を盛大に巻き上げた。

「てめっ! 人の真似かよ!」

「いやいや目晦ましも捨てたものではないな」

前方は瞬く間に土煙で覆われた。見えないが、これであちらも見えなくなった。

要らぬ感覚を放棄し、気配を読むことだけに専念する。相手は膨大な力を持つ魔法使い。魔力を辿ればどこにいるかなど目で見るよりも正確に把握できる。

――そう、それは本人が増えなければ話。

「分身? いや、増えただと?」

「ファーストレプリカント、使わせんなよ――」

魔力の気配が増えただけではなかった。利かぬ視界の中、全く同じ気配が増加した。そう、まるでスイメイ・ヤカギがこの場に何人も現れたかのよう。

声が聞こえた直後、不意に地面が崩れた。

「なに――」

足を取られる。何かされたのか。魔法の起因を探して記憶をたどるが、思い当たる挙動はない。先ほどの炎の魔法で煮とかされた地面はスイメイ・ヤカギの足もとだし、踏み込みで崩れるほどここの地盤は緩くはない。

咄嗟に真下に視線を巡らせると、魔力光の輝きが見えた。いつのまに魔法陣を仕掛けたのか。

顔を上げるとスイメイ・ヤカギの表情は危機感の内にあってしてやったりとした笑みが浮かんでいる。

(そうか、先ほどの光術か――)

思い当たるのは、光を雨と降らせた魔法だ。ただ、撃ち込むだけではなく、大地に付いた傷跡が魔法陣になるようにしたのか。

――戦い始める前、スイメイ・ヤカギは『魔術師は相手の虚を突くものだ』と言った。なるほど確かにこの連撃は予想の外で、見事な戦術と言えよう。地面が崩れようがこちらには一筋の傷もつかないだろうが、この状態では踏ん張りが効かず十全には動けない。そのため次の一撃を、スイメイ・ヤカギに許してしまう。

周囲の土砂が舞い上がる。渦を巻き、うねるように空へ伸び上ると、こちらに向かって飛んでくる。自身に質量頼みの(そういう)攻撃は効かないのは向こうもわかっているはずだが――いや、であればこれには他の何かがあるのだろう。

「――Ground seal」

(――地面封じの術)

見上げると、真上には降り注ぐ土の雪崩。ほどなく、それらは全て自身に覆い被さった。