作品タイトル不明
178 朧なる光 ①
―― 真宮(しんぐう) 千鶴(ちづる) 視点 ――
細身ではあるものの、内にある張り詰めた筋肉を軋ませて多量の魔力を放つ槍使いの男。炎のエンチャントがかかった赤い槍を近くの地面に突き立て、拳だけで戦ってやると宣言する。ハンデを与えるということだ。
対して 今(・) はずんぐりとした成海先輩が、数mほどまで近づき剣を持って睨み合う。高レベル冒険者同士でこの距離は拳であろうと射程範囲内。コンマゼロ秒で無数の攻撃が飛び交うことになるので密着しているといってもよく、非常に危険性が高い。
そんな二人を後ろで見ている冒険者集団に緊張感はなく、よほど暇を持て余していたのか呑気にも賭けの参加者を募っていた。しかし上手くはいっていないようだ。
「あんな 弛(たる) んだ体型のデブがまともに戦えるのか」
「もう少しハンデくれてやれよ、賭けにならねーぞ」
「でもアイツ、隊長の魔力にビビッてねぇな」
飛ばされている野次から察するに、どうやらあの槍使いの男は隊長格らしく、集団内でも上位の実力者の模様。それに対して先輩は弱い魔力しか発さないし、お腹の出た体型も相まって賭ける人が全くおらず、勝敗オッズも成り立っていない。
でもそれは無理もないこと。魔力を機微に感じ取ることのできるわたくしでさえ、先輩の強さは予見も予測もできなかったのだから。
これまでもお兄様につれられ、国内最高峰の一流冒険者を多く見てきたけれど、その誰もが ただ(・・) ならぬ魔力を 纏(まと) い、強者特有の風格を醸し出していた。それもそのはず、そういった冒険者は数多の修羅場を潜り抜けてきた経験があるため、確固たる自信と信念が築き上げられているからだ。
けれど先輩は違う。マジックフィールドであっても 仄(ほの) かな魔力しか纏わないし、自身なさげで困ったような顔つきは強者の風格からほど遠く、冒険者にあるまじき太った体が“一流”を否定する。
(だから騙されるのです)
対峙している槍使いの男は「殴れるものなら殴ってみろ」と言わんばかりに頬を差し出すという挑発的なパフォーマンスを見せる。このままでは外野の賭けが成立しないのでさらなるハンデを与えているのだろう――最も恐ろしい相手を前にして。
しばらく睨み合っていた先輩は、首をコキリと鳴らすと拳を強く握り、ほんの少しだけ重心をずらした。
直後に、草原の大地を爆発させるかのように蹴り上げて瞬間的に距離が縮まる。槍使いの男はわずかに反応して顔をガードしようとするものの、先輩はそれよりも先に顔を殴る――のではなく掴み、そのまま地面へ勢いよく叩き付けてしまった。
遅れて紫雷となった高濃度の魔力と瓦礫が波となって放射状に広がり、わたくしの元へ到達する。飛んできた 石塊(いしくれ) を手で 叩(はた) き落としながらも思う。
あの程度の相手なら先輩が力を出せば、30秒もかからず倒せると考えていた。しかし結果は“瞬殺”。驚くべきはあの刹那の時間に途方もない技術がいくつも垣間見えたことだ。
先輩は魔力を巡らせていないゼロの状態から、瞬時に最大出力の機動力と肉体能力を引き出していた。相手は警戒していなかったのでどうしても反応が遅れてしまう。そしてそのわずかな反応すらも先輩の初動フェイントによって誘導されていた。
一連の動きを、さも当たり前のようにやっていたけれど、魔力を扱うズバ抜けて高い技量と、圧倒的な対人経験がなければできない芸当だ。それはつまり“極地”に至っていることを示している。
先輩の足元に粉塵と瓦礫を飛び散らせながら逆さまになって頭からめり込んでいく男。その予想だにしていなかった光景に、賭け事に興じていた冒険者達も目口を間抜けに開けて驚愕するしかない。
けれどあれですらまだ序の口。本気を出したときの成海颯太は想像を易々と超えてくる。昨日のお兄様とのやり取りを思い出し、高揚する。
(あぁ……あれこそが我ら“ 朧(おぼろ) ”の希望。その輝きをもっと、もっと見せてくださいまし)
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――東京・真宮家別邸。
神聖帝国と真田幸景が引き起こした乱から急ぎで別邸へ戻ると、お兄様は部下と共に情報分析のため書斎へ直行された。あまりに重大な情報や出来事が多く、分析作業は夜通しで続けられることとなった。
元々、お兄様とわたくしがクランパーティーへ参加したのは、金蘭会の情報収集、いわゆる敵情視察が目的だった。
10年前に金蘭会はお兄様により半壊させられたものの、近頃ダンジョンで大発見をしたことにより莫大な富を生み出し、次々に有名な冒険者を引き入れて急速に、過去に匹敵するほどの力を取り戻そうとしていた。
その蓄えた力で何をするのかと思えば、我らが“ 朧(おぼろ) ”に復讐しようという。
しかしどんなに力を付けたところで我らには敵うはずがない。10年前にどうして半壊させられたのかすら分かっていないのだから、金蘭会という組織は本当に救いようがない。そんな愚かな者達はさっさと滅ぼしてしまえばいいのに、と思うのだけどそれをできない事情がある。
我らの目的は、人権、自由、平等に基づいた先進的法治国家の確立。その前段階として貴族社会を打破することにある。庶民を虐げ、法を無視し、既得権益に寄生して肥えるだけの貴族。こんなものが国家の中枢に 蔓延(はびこ) っていては未来がない。
そう考えたからこそ先々代の真宮家当主は秘密結社“ 朧(おぼろ) ”を立ち上げ、新たな時代を目指し暗躍してきた歴史がある。
そしてお兄様は、カラーズのリーダーである“ 田里(たさと) 虎太郎(こたろう) ”を貴族社会に風穴を開ける旗頭として、必要悪とお考えになっている。
それは田里が人々を惹きつける強いカリスマ性と、冒険者として日本屈指の実力を兼ね備えているからだ。加えて田里は庶民出身なので貴族打破を 謳(うた) うリーダーとしても説得力があり最適な人物といえる。
難点は大規模攻略クランを運営するにあたって若すぎることだ。
母体となるカラーズが健全に運営され、反貴族の象徴として着々と成長をしていくには、金蘭会クランリーダーである 九鬼(くき) 一元(かずもと) の運営手腕が必要とお兄様は考えられた。そのために金蘭会は生かしてあるのだけど……愚かにも再び我らに 盾突(たてつ) こうとしている。
ならば今度こそ、背後にいるカラーズもろとも壊滅させてやろう。奴らは亡き父と母の仇でもある。もう慈悲などかける必要はない。遠慮もしない――
――と恨みを募らせてクランパーティーに参加したというのに、大きく当てが外れてしまった。おかしな方向にいってしまったというべきか。金蘭会と組んでいた神聖帝国とカラーズ副リーダー・真田幸景が反旗を翻したからだ。
パーティー会場から脱出するための唯一のエレベーターは封鎖。通信も遮断され、慌てて逃げ出した貴族から真っ先に殺されていく。続けて白いローブを着た戦闘員達が死者を動かす映像を流して恐怖を 煽(あお) り、終いには世界的冒険者であるミハイロ・マキシムまでもが参戦するなど、絵に描いたような絶望的な状況がビル内に作り出されていく。
それでも不安などあろうはずがない。何故なら世界最強たるお兄様がそばにいたからだ。我が国で好き放題してくれた代償は必ず支払わせよう、そう誓いながら 虎視眈々(こしたんたん) と反撃の機を見計らっていたのだけど……わたくしとお兄様以外にも反撃の機会を窺っていた者がいた。
成海兄妹だ。
妹――成海華乃のほうは圧倒的な戦闘能力と殺戮を見せつける白ローブにも一歩も引かず、決して諦めない強固な意思で道を切り開こうと足掻いていた。聞けばわたくしと同齢だという。その度量と才能の輝きには大きな衝撃を受けるしかなかった。
国内最高峰の冒険者育成学校に入ったはいいものの、プライドばかり高く実力は伴わない生徒ばかり。ライバルなんて望むべくもなく色 褪(あ) せた学校生活を続けていた。諦めもあった。だけどこんなところに同い年の煌めく才能がいただなんて、世界は広いのか狭いのか。
一方、兄――成海颯太の方も高い戦闘能力の持ち主、ではあるけれど妹と比べれば普通の範囲。白ローブ共を足止めする際に見せた一瞬の戦闘力と気迫は目を見張るものがあったし、特異なスキルも持っていたけれど、異常というほどでもない。何より成海華乃にあった才能や風格がまったく感じられない。
冒険者としては一流に届くことはあっても超一流には届かない、それがわたくしの成海颯太に対する精一杯の結論だった。
(なのにお兄様は、成海颯太をライバルだと仰った)
それだけでない。我ら 朧(おぼろ) の希望たり得る存在だと。そのときの嬉しそうなお兄様の瞳が忘れられない。その理由をどうしてもお聞きせねばならない。