作品タイトル不明
151 描かれる終局図
7月の夜の東京。完全に日が落ちた時間でも高い湿度と気温のせいで、とにかく蒸し暑い。
この高層ビルの屋上はやや強めの風が吹いているおかげで、いくらか暑さは和らいでいるものの、今の俺にとってはそれさえも気休め程度にしかなっておらず、実に不快な状態が続いている。
何故なら、先ほどまで死闘を 強(し) いられたせいで息が上がっているし、目の前の斧使いが殺意と威圧感 溢(あふ) れる赤い魔力を叩きつけてくるからだ。この上なく 鬱陶(うっとう) しく、居心地は最悪である。
それでも笑顔を装いながら 頬(ほお) につたう汗を 袖(そで) でぬぐい『準備のための時間が欲しい』と申し出てみると、 斧使い(カフカ) は真意を探るような視線を向けて豪快に笑う。
『時間をくれだぁ? この 期(ご) に及んで、面白ェこと言うじゃねーか』
先ほどこいつが使った《バーサーク》というスキルは、感情が極度に高まる“凶暴化”というデバフを受けると同時に、 STR(膂力) を大きく引き上げる強力なバフだ。このスキルを使ったということは【 狂戦士(バーサーカー) 】と見ていいだろう。日本では確認されておらず、神聖帝国が有する隠匿ジョブの可能性が高い。
『もしかして逃げようとか考えているの? それはダ~メ♪』
サディスティックな笑みを浮かべたスヴェトラーナが武器も構えず、無防備に歩きながら俺の後ろへと回り込む。そのギラついた目が「逃げたら即、殺す」と言っている。ジョブは【 死霊使い(ネクロマンサー) 】だろうが、カフカの【 狂戦士(バーサーカー) 】といい、よくこんな精神が病みそうなジョブに就けるものだと悪い意味で感心する。
そのすぐ後ろではサーヴァントが多量の魔力を噴き上げながら、どこぞから取り出したランスを構えている。血に濡れたフルプレートメイルの隙間から 瘴気(しょうき) のような魔力が漏れ出しており、俺の一際小さなチキンハートを先ほどから刺激している。
( 英雄(・・) ラーシャとかいったか……)
ダンエクでも英雄称号を持つ冒険者は何人かいたが、その全員が紛争や戦争で困難な状況を 覆(くつがえ) し大活躍した文字通りの英雄達だった。ミハイロ・マキシムもその一人だ。だがアイツほど強くはないと断言できる。何故なら使役できるサーヴァントは“使役者のレベル以下”という条件が付くからだ。
とはいえ、こいつら全員がレベル30を優に超えていることは間違いなく、相当な使い手であることも変わりない。レベル25に過ぎない俺が正面から戦ったところで敗北は必至。武器を数度打ち合わせるだけでも困難を極めるだろう。
では逃げればいいかといえば、それは不可能。一目散に出口に向かって走ったところで速度で大きく劣る俺では、この短い距離でも簡単に追いつかれてしまうからだ。
もっとも、この場において逃げる選択肢など最初からない。
向こうに光り輝く巨大魔法陣。何段かに積み重なって描かれた積層構造なので、近づかないと何の種類の魔法なのか判別はできないが、あの中にビル爆破の魔法陣が含まれている可能性が高い。
何としてもこいつらを倒し、あの魔法陣を破壊または停止させねばならない。絶体絶命といえる状況ではあるが、それを可能とする算段はある。“プレイヤースキル”を使えばいいのだ。
そのためにも準備時間は絶対に必要……どう言ってその時間を稼ごうか、目の前にいる斧使いの様子を探りつつ慎重に話を続けてみる。
『あのですね、俺もいきなり戦闘に巻き込まれたので、ろくな準備ができなかったわけなんですよ。だから――』
『その準備とやらをしたら、もっと楽しませてくれるのか?』
カフカが言うに、仲間達が暴れに行く間も寂しく居残ってオペレーター任務をやることに決まり、極度にストレスが溜まっていたとのこと。それでも魔法陣の存在に勘付いた強者がやってくる可能性はあり、そこに 一縷(いちる) の望みを抱いていたらしい。
(やはり派手に暴れたいタイプか)
ゲームでも神聖帝国の奴らは国に対する忠誠心など微塵もなく、とにかく強くなりたい、全力で暴れたいがために集い従っていた。要するに戦闘ジャンキーばかりなのだ。ならばそちらの方向で期待を 煽(あお) ろうかと考えていると、顎に手を当てたスヴェトラーナが 訝(いぶか) しみ声を上げる。
『あなた、少々はできるようだけど……もしかして【侍】だったりするの? 冒険者後進国の日本に、それ以外の期待できるものがあるとは思えないわ』
『い、いえ【侍】ではないんですが、びっくりするような とっておき(・・・・・) はありますよ。でもちょ~っとだけ準備時間が必要なんです……えへへ』
手もみをしながら笑みを浮かべ『凄い隠し玉がある』と言ってみる。スヴェトラーナに 胡散臭(うさんくさ) そうな顔をされるものの、カフカには効果があったようで、魔力放出を弱めて話を聞こうと構えていた斧を下げる。
『なら見せてみろ、1分だけ時間をやる』
『どうせ逃がすわけないし、いいわ。でもつまらないものだったら死ぬほど後悔させてあげる。さっさとなさい』
そう言うと二人は数mほど離れ、早く見せろと人差し指でジェスチャーする。そうだろうな、お前らは俺を圧倒的格下だと舐めているし、負けることなど万が一にも考えていない。このやり取りも弱者を 嬲(なぶ) る余興に過ぎないのだ。ならばその余裕こそが命取りになると教えてやる。
(さてと……やるか)
体内の魔力量を体感でチェックし、密かに練り上げる。これからやってくるであろう体と精神への負担を考えると、どうしても恐怖が込み上げてきてしまう。だからといってジタバタできる状況ではなく、大きく息を吐いて無理にでも抑え込む。
練った魔力を両手の人差し指に 灯(とも) し、左右の指で別々の魔法陣を描き始める。左側には速度と回避力を大幅に上げる《シャドウステップ》、右側には腕を切り落とされても即時再生するような強烈なHPリジェネスキル《サタナキアの 幹細胞(かんさいぼう) 》だ。
一筆書きで最後まで一気に描ききると魔力が急速に吸い上げられ、魔法陣の効果が発動する。最初に黒い魔力が吹き上がり、次に体中の皮膚が焼けただれるかのような痛みが走る。やがて体の内側まで作り替えられていく感覚まで襲ってきてフラつきそうになるが、足に力を入れて何とか耐えきる。
《シャドウステップ》は狩りの時にいつも使っているので知れているが、《サタナキアの幹細胞》は最上級ジョブで覚えるスキルなだけあり、レベル25となった今でも体への負荷が凄まじい。しかもこの苦痛すら、 次(・) の布石に過ぎないというのが恐ろしい。
周囲に高濃度の魔力が立ち 昇(のぼ) り、足元のコンクリートにいくつもの小さな亀裂が入る。その様子を見たカフカが笑みを濃くし、スヴェトラーナも空中を指でなぞる仕草をしながら考察している。
『……そのスキル発動は……いや、そのスキルは何だ。答えろ』
『 触媒(しょくばい) 無しでも魔法陣を完成、発動させるだなんて初めて見る技術ね。しかも配列からして相当上位の魔法陣のようだけど』
興味を示してくれて何より。
スキルは本来、スキル枠に入っているものしか使用できず、カフカやスヴェトラーナもその例外ではない。だがプレイヤーだけはゲーム時に覚えていた“プレイヤースキル”を使うことが可能となっている。
ただし、念じるだけの“オート発動”では使用できず、魔法陣を描くか、スキルモーションを行う“マニュアル発動”が前提だ。当然、戦闘中にマニュアル発動など――ましてや格上相手に――できるものではないのだが、その時間をもらえるなら話は別である。
体をぐりぐりと抑えつけられるような痛みに 堪(た) えつつも平然を装って問いに答える。
『このように、スキルに対応する魔法陣を描く方法でも発動するんですよ、ご存じでした?』
『初めて見たわ、まだあるなら見せてほしいのだけど』
『もちろん。じゃあ俺の とっておき(・・・・・) を……御覧に入れましょう』
スヴェトラーナのリクエストに応えるように軽く一礼した後、取り出したMPポーションを飲み干し、再び魔力を練って魔法陣を描く準備をする。
すでに速度は大幅に上がっており、数分のみだが異常な自動回復まで手に入れた。この状態なら互角の戦いとはいわずともそこそこの勝率はあるだろう……が、まだ足りない。
奥に映るモニターの映像を見る限り、もう何十人も殺されてしまってはいるが、まだ大勢の人達が生き残って逃げ延びようとしている。あの中には真宮妹やキララちゃん、もしかしたらまだ華乃だっているかもしれない。仮にここで俺が負けてしまえば、ビルは 木端微塵(こっぱみじん) に爆破され、そうでなくても神聖帝国の暴走により全員が殺されてしまう。
――そうはさせねぇ。
今から描こうとしているものが完成すれば、体と精神に桁違いの負荷がやってくるが構わない。左右の人差し指に魔力を念入りに込めて、覚悟と共に丁寧に描いていく。
複雑な幾何学模様と造形が組み合わさった魔力の線。それらが幾重にも重なり、意味を成して 紡(つむ) がれる。俺がゲーム時代に就いていた最上級ジョブ【ウェポンマスター】のエクストラスキルだ。
攻撃力、命中力、武器熟練度、反応速度、動体視力など、近接戦闘に関するあらゆるパラメータを大幅に向上させるダンエク最強のバフ魔法。効果は折り紙付きだが、この未熟な体でそれを使った際の支払う代償も……計り知れない。
魔法陣が完成に近づくにつれて虹色の輝きが増していき、空気の振動を 伴(ともな) って高濃度の魔力が放出される。
『これが、俺の、とっておきだ……その目にとくと刻みつけろっ!! 《オーバードライブ》!!』
効果が表れた途端、全身の筋肉が極度に張り詰めて即時に断裂し、臓器を締め上げるように骨が 軋(きし) み、毛細血管のいくつかが破裂し出血する。痛みに叫び声を上げる間もなく《サタナキアの幹細胞》が瞬時に修復、再生し、強引に正常な状態へ戻そうとする。
レベル25に全く見合わない、赤黒く膨大な魔力が俺の周囲に吹き荒れ、目を見開いて数歩下がるスヴェトラーナ。カフカも余裕が消えたのか険しい顔で大きく息を吐く。
『……こりゃ……確かに面白ェ。ハッタリじゃぁなかったわけか……そんなら俺も――武人として死力を尽くすのみだ』
『あぁ……こっちも時間がねぇ……さっさとやろうぜ』
肉体性能を限界の遥か先まで引き上げるこの《オーバードライブ》は、効果時間的にも肉体的にも、そして精神的にも長くは続かない。鼻血を出しながら新たに純ミスリルの剣をマジックバッグ化したポケットから取り出し、2つの剣を軽く振って状態を確かめる。
それだけで小さなつむじ風が巻き起こり、砕けたコンクリート片が放射状に散らばっていく。効果は十二分にでているようだ。
一方カフカは目の前の男に自分達を殺しうる力が十分にあると素直に認め、魔力を噴き上げて巨大な斧を構える。スヴェトラーナもサーヴァントを盾にしながら後退し、数種のバフを唱えて重心を低くする。
恐ろしく体感時間の長い、しかし僅かな時間であろう 睨(にら) み合いが始まり、高層ビルの屋上に時が止まったかのような静寂が訪れる。
月が雲に隠れて闇が強まったその瞬間、カフカとサーヴァントが足場を同時に砕きながら強く踏み込んだ。
対角から俺を挟み込むように間合いが急激に詰まり、空気を切り裂きながら別々の角度と高さで刃先が迫る。対して俺は斜めに体を傾けながらもその場で動かず双剣で受け止める。
火花を散らせて膨大な運動エネルギーが激しくぶつかると、凄まじい衝撃音が鳴り響き、コンクリートタイルが 捲(めく) れ、遅れて旋風が巻き起こる。つばぜり合いとなるものの、前からはカフカが斧を高速旋回させ、後ろからはラーシャがランスを 薙(な) いで新たな一撃を繰り出してくる――が、それすらも双剣で次々と受け止めていく。
『テメェ! 何だその力はっ!』
《バーサーク》で大きく底上げした STR(膂力) を活かして力任せにゴリ押そうとするカフカだが、一歩も引かない俺を見て、驚愕に目を見開かせる。
両手で振りかぶった渾身の一撃が、自分よりレベル10近くも低い相手に片手であしらわれれば驚きもするだろう。だが今の俺は STR(膂力) が高いだけではない。
残像を残しながらラーシャが間合いを広げてウェポンスキルを放つ動作をしたため、即座に密着し蹴り上げてキャンセルさせる。背後に迫るカフカの斬撃を横移動で 躱(かわ) し、スキル硬直中のラーシャ目掛けて双剣を振り下ろそうとする――が、スヴェトラーナの魔法弾に邪魔されたため、仕方なく距離をあけて仕切り直す。
ここまでで約10秒の攻防。すでにコンクリートタイルはいたるところに亀裂が入り 罅(ひび) 割れ、深い斬撃の跡がいくつも刻まれている。しかし足場はかなり強固。舞う砂塵もすぐ強風に飛ばされていくため、さほど視界は悪くならない。思ったよりも戦いやすい場所のようだが問題は――
(体の負担が……はぁ……予想以上に厳しすぎる……)
たった10秒でも息は上がり、全身が悲鳴を上げる直前だ。常に歯を食いしばってでもなければ筋肉が裂ける痛みで気絶してしまいそうである。スキルの効果時間が許す限り、じっくりと癖を見つけながら隙を突こうなんて作戦は早々に投げ捨てるべきだと思い知らされる。一刻も早く 勝負(ケリ) を付けないとこっちが先にぶっ倒れてしまうぞ。
『カフカ! 明らかに異常よっ! 今すぐ応援を呼ぶべきだわ!』
『んな情けねぇことしていられるか! 手段なんて選ばねぇ、全部破壊してやる! 《 死地の狂気(デッドリー・フューリー) 》!!』
カフカが雄叫びを上げると全身の筋肉が一層盛り上がり、より重苦しく凶悪な魔力を叩きつけてくる。《バーサーク》をより狂化させ、正常な思考能力と引き換えに限界を超えたSTRを得るという、まさしく捨て身のバフスキルだ。
スヴェトラーナも覚悟を決めたのか、多量の魔力をラーシャに注入し始めた。魔術士にとって他者に魔力を預けることは大きなリスクとなるが、サーヴァントの戦闘力を上げて一気に勝負をつけようということなのだろう。
だが短期決戦を望んでいるのは俺も同じ。より鋭さと破壊力を増したラーシャのランスを 捌(さば) きつつ剣舞のように双剣を振り回し、新たなスキルモーションを紡いでいく。
『……ァ゛……《ヴァニッシング・スラスト》』
俺の防御を突き崩そうと、ラーシャがショットガンのような破裂音と衝撃波を出しながら多段突きを繰り出す。ランスの穂先は音速を軽く超えている上に追尾性能まであるという凶悪ウェポンスキルだが、今の俺はその全てが 視(み) えている。
コンクリート片を巻き上げつつ追尾する穂先を振り切るように上半身を 逸(そ) らし、回転しながら順序良く剣で受け流す。
致死を狙う一撃の応酬が狭い範囲で数十回と繰り返され、空気に溶け込み切れない魔力が紫電となって 迸(ほとばし) り、周囲を一層と 瓦礫(がれき) 化させていく。
隙を突くように真横から大きな火炎魔法弾が視界を赤く染め上げて飛んできたが、勢いのまま剣でぶった切る。だがこれは目くらましに過ぎない。本命は背後から放たれるスキルのほうか。
膨大な魔力が解き放たれ、致死の衝撃がこちらに迫ろうとしている。その瞬間も俺はスキルモーションを止めはしない。激しい戦闘によりガタガタとなった足場に力を入れて次に備える。
『死ねオラあああァあああァ!! 《ヘル・クレッシェント》!!』
巨大な斧でコンクリートを深く 抉(えぐ) り、 捲(めく) り上げながら放たれる【 狂戦士(バーサーカー) 】最強の範囲攻撃スキル。高密度の魔力と 瓦礫(がれき) の 奔流(ほんりゅう) が、俺のいる一帯を飲み込もうと口を開ける。
これを回避するには上空に高く飛ぶしかないのだが、飛んだが最後、足場の無い空中では自由落下するしかなく無防備となる。そこを狙おうとしているのだ。スヴェトラーナがありったけの魔力を練って 終局図(しゅうきょくず) を描く。
(お望み通り、飛んでやるよっ)
不安定な足場から3階ほどの高さまで垂直に飛び上がり、《ヘル・クレッシェント》の破壊的な津波を回避すると、お返しとばかりに空中で両腕を 捻(ひね) って最後のスキルモーションを完成させる。
『……これでっ、終いだぁああっ! 荒れ狂う暴風となれ《エアリアル》!!』
体が淡い緑色の魔力に包まれ、同時に光でできた無数の足場が周囲に現れる。こうなればお前らはもう、俺についてくることなどできやしない。ピンボールのように空中をジグザクと駆けまわり、飛んでくる魔法を 悠々(ゆうゆう) と避けながら双剣を振り下ろす。
突然の立体戦闘に戸惑うスヴェトラーナを背後から切り裂き、見当違いの方向にウェポンスキルを放つラーシャの首をカウンターで 刎(は) ねる。あとは我を忘れて斧を振るうカフカを始末するのみ。
残る魔力を燃やし、再び空に無数の足場を作りながら、限界を迎えつつある体に 活(かつ) を入れる。すでにこの戦闘における終局図は見えた。ここから俺が負けることは限りなくゼロに等しい。何の問題もない――
――と思っていたのだが、あまりに戦闘に集中しすぎたせいで、傍観者 達(・) の視線に気づくことができなかったのは大失態であった。