軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

143 涼しい笑みの奥で

壇上にいる 霧ケ谷(きりがや) は、手を挙げているマスコミ関係者を指名して質問に答えていく。

『先ほどダンジョン1階と7階以外にも転移装置が見つかったと仰いましたが、それは具体的に何階にあるのかお聞かせください』

『今のところ浅い階層と深階層に1つずつ発見し、登録も済ませてあります。調整があるため詳細は後日に発表する予定です』

『現在見つかっている場所以外にも、新たに転移装置があるとお考えでしょうか』

『もちろん。その前提で国内外複数の有志と連携し、捜索を続けています』

『転移装置に“優先使用権”を行使なさるとのことですが、金蘭会が使用を拒絶する組織などがありましたら教えてください』

『“優先使用権”に関するビジネスは日本政府や有志の協力もあり、世界各地のダンジョン協会とスムーズに交渉させていただいています。そして、我々が転移装置の利用を拒否するのは犯罪組織以外はございません。今後も恐らく変わりはないでしょう』

淡々と答えてはいるが、今の質疑応答には俺達に大きな影響を与える情報がいくつも含まれていた。

霧ケ谷の「浅い階層で見つけた」というゲート部屋は恐らく5階。深い階層というのは25階か30階だろう。これらの階層のゲートはもう見つかったと考えるべきだ。

一方で10階ゲート部屋へ行くには仕掛け通路を見破ってオババの店前を通る必要があり、15階ゲート部屋はDLCエリアの最奥にあるし、20階のゲート部屋は現在アーサーの寝床になっているものの、見つかったという報告はまだ来ていない。

しかし何故、ゲート部屋が次々に見つかり始めたのか。

今までは“ゲート部屋に近づけない”という認識操作が働いていたので、プレイヤー以外はゲートどころかゲート周辺にすら近づくことができなかった。その認識操作が無くなったと考えるべきだろう。となれば、残りのゲート部屋が見つかるのも時間の問題かもしれない。

いずれにせよレベルアップ競争が激化するのは確実。最前線にいる冒険者のレベルは今の30前後から、下手をすればレベル50前後まで上がる可能性もある。そうなれば今の世界秩序や体制にも大きな変化が起こることになる。

これまで俺は、レベル30くらいになれば大抵の組織や災害を退けられると考えて家族の強化計画を立てていた。そこまでなら安全にレベルを上げていく自信もあった。しかしレベル50まで上げるとなると、プレイヤー知識をもってしても死亡率が跳ね上がる。そこへ華乃や両親を連れて行くのは……

テーブルの向かいでは、真宮兄妹も頭を悩ませている。

「犯罪組織以外はお金を払えば誰でも転移装置を使わせてくれる――と言うけれど、それもどこまで信用できるのやら。これからは金蘭会のご機嫌取りに動かないといけなくなるね」

「……はい。階層×1万円の入場料だけで済むとは思えません。相手によっては高額使用料を請求してくるはずです……」

ゲートを使用したくとも金蘭会に首を横に振られてしまえば、問答無用で使用不可となる。そうなればライバルとの競争について行けず、組織は相対的弱体化を余儀なくされる。

つまり金蘭会の首を横に振らせないようにするには設定された入場料だけでなく、巨額の裏金を納めるなどして機嫌を 窺(うかが) う必要があると真宮兄妹は言っているのだ。

(まぁ……安易に媚びを売るというのも危険だと思うけどな)

金蘭会トップは狡猾で頭の切れる 九鬼(くき) だし、ナンバー2はあの狂犬・霧ケ谷。入場料以上の金を狙ってくるのは当然として、隙を見せれば全てを搾り取られそうではある。

貴族や攻略クランは今後、金蘭会のご機嫌取りに奔走されるのは目に見えていて気の毒ではあるが、ゲートを差し押さえられれば俺達も無関係ではいられない。

「はいっ、質問です!」

背もたれに深く寄りかかって腕を組み、どうしたものかと頭を悩ませていると、先ほどまで大人しくしていた華乃が前のめりになって勢いよく手を挙げる。またろくでもないことを言い出しそうだぜ。

「説明を聞いて考えてたんですけど、ゲー……転移装置ってまだ全部は見つけていないんですよね。なら、仮にですよ? もし残りを私が発見したら大金持ちになれるんでしょうかっ」

この期に及んで一攫千金を企んでいた我が妹。良いことを思いついたかのように得意げな顔をして胸を張っているが、やはりというべきか浅はかである。

「……確かに優先使用権は主張できるけど、お金を取るなら世界中に人を置いてマネジメントする力がないと難しいんじゃないかな」

そう、真宮兄の言うように世界中から金を取るには大組織に頼る必要があるし、それ以前にそんなに目立ってしまえば俺達は世界中の組織に目を付けられ、利権争いに巻き込まれてしまう。それでも諦めの悪い華乃は手揉みをしながら食い下がろうとする。

「え~と……それって 雲母(きらら) お姉様や真宮家のお力でも無理なんですかねっ?」

「日本国内だけなら無理ではないかもしれませんが、海外までは人手も資金も足りませんわね……それに、一番重要な1階の転移装置を抑えられているので資金回収は難しいと思いますわ」

楠(くすのき) 家と真宮家は共に子爵家であり、資産も周囲に与える影響力も一般人のそれと桁が違う。もしかしたら資金回収もいけるのではないかと華乃も期待を込めて問うが、キララちゃんはゆったりと首を振って「難しい」と結論付ける。

何故ならゲートでの資金回収には1階のゲート部屋がカギとなるからだ。

例えば20階ゲートの発見者としてお金を回収するにしても、20階まで冒険者を送るには大きなコストがかかる。なら1階の転移装置を利用して人を送ればいいかといえば、そうではない。金蘭会から割に合わない高額な入場料を吹っ掛けられるからだ。

結局、転移装置でお金を稼ぐには1階ゲート部屋を先に見つけたものが勝つ仕組みになっている。だからこそ金蘭会は今の段階でも公表したのだとキララちゃんが補足する。

(でも俺達にだって“校舎地下一階のゲート部屋”という切り札があるけどな)

あの場所が使えるなら、少なくとも日本においては金蘭会の野望を潰すことができる。さらに無償公開までやってしまえば金を持っていない庶民やEクラスでも利用可能となり、赤城君やカヲル達のレベル上げも加速する。

……いや、もうそこまでしないと完全に取り残されるだけだし、決断すべきだろう。御神やキララちゃんを巻き込み、無償公開の方向で管理してもらうか。

華乃も地下一階のゲート部屋を思い当たったようで、懲りずに考えを巡らせているようだが、今は駄目だと首を振っておく。そも俺達は使いきれないほどの大金なんていらない。家族や大事な人を守るだけの必要な金だけあればいいのだ。

一通り考えを巡らした後に前を見れば、すでにメディア関係者達からの質疑応答は終わっており、奥の扉からサービススタッフが一斉に出てくるところだった。手に持ったトレイの上には何本ものボトルとグラスが載っているけど、俺達は全員未成年なので炭酸ジュースを入れてもらうことにする。

『特別な酒と料理を用意した。今宵は大いに飲んで食べて楽しい時間を過ごしてもらいたい。我ら金蘭会の飛躍と、皆様のさらなる発展を祈念し――乾杯!』

九鬼の音頭に合わせて全員がグラスを掲げ「乾杯」と声を上げる。それを合図にワゴンがいくつも登場し、香ばしい料理が大量に運ばれてきた。

「よっ、待ってましたっ!」

一番にテーブルに並べられたのは、鮮やかな色の野菜料理。華乃が待ってましたとばかりに仮面の下側からひょいと口に入れると、身もだえるように「美味しい」と連呼する。俺も口に入れてみれば野菜のほんのりとした甘味と酸味のあるソースが絶妙に絡まって……これはっ。普段食っている野菜とは全くの別物の何かである。美味すぎるぞっ。

胃と腸が次を寄越せと 唸(うな) りを上げる。華乃に負けじと野菜料理を口に放り込んでいると、真宮兄が俺と華乃を交互に見比べながら話しかけてくる。

「ねぇねぇ、君はキララちゃんの“後輩”って言ってたけど、もしかして同じシーフ研究部だったりするのかな?」

「……気になります……」

真宮妹も興味を含んだ視線を仮面越しに向けてくる。キララちゃんは貴族界隈でも大きな影響力を持つ 御神(みかみ) 遥(はるか) と親戚関係であり、子爵位の中でも上位に位置する家の嫡女。冒険者学校においても当然のように注目されている彼女が、どうしてEクラスの生徒と席を並べているのか、やはり気になるようだ。でもそこは俺としても不思議に思っているくらいなんだけど。

一方のキララちゃんはヴェネチアンマスクの向こう側で困り顔を見せる。

「もちろん成海君にはシーフ研究部へお誘いをしましたのよ? でも断られてしまいましたの」

「…… 雲母(きらら) お姉様直々のお誘いを……断る? ……信じられません、何故ですか」

シーフ研究部は八龍の1つに数えられており、校内の有力者しか在籍を認められない名誉ある部。その部の部長から直々に誘われたにもかかわらず断ることが理解できない模様。白狐の面を細かく上下に動かし、まるで不審者を見るかのように俺を見てくる。そういえばチーちゃんは来年高等部へ上がってきた際には、シーフ研究部に入部するんだったっけ。もしかしたらすでに内定しているのかもしれないな。

まぁ俺がシーフ研究部に入らないのは御神の息のかかった組織だから、というのが一番の理由だが、ひっそりとした学校生活を送りたい俺にとって足枷にしかならない、というのも大きい。Eクラスから八龍に行くだなんて目立つにもほどがある。

「でもそうなると君は相当優秀な生徒のようだね。どうだい、学校を卒業したらウチで働かないかい?」

「お兄様! 素性の知れない……しかも明らかに弱そ……使い物になる者とは到底思えません」

真宮兄の言う「ウチで働かないか」というのは、つまり「士族として真宮家に仕えないか」という意味である。それを聞いたチーちゃんがギョッとしたように即座に兄を問い詰める。俺が弱そうに見えるかと問われれば……まぁ少なくとも強そうには見えないだろうな。てへっ。

そんなやり取りを聞いてた華乃が、豆料理をフォークでつつきながら割り込んでくる。

「 千鶴(チー) ちゃんは何にも分かってないなー、おにぃは誰よりも強いんだから」

「……誰よりも? それはわたくしだけでなく、 雲母(きらら) お姉様やお兄様まで含めての話で……?」

「当然……あっ、次のお料理きたよっ♪」

華乃とチーちゃんが言い合っている間にサービススタッフが綺麗に盛り付けたメインディッシュの肉料理を並べてくれる。まったく余計なことを言うおかげで白狐のお面にギロギロと睨まれてしまったではないか。高級料理を前にしているというのに、おちおち楽しんでもいられない。

確かに全ての 能力(スキル) を無制限に解放すれば恐らくはキララちゃん、そしてチーちゃんにも勝てるかもしれない。だが貴族相手に「俺の方が強い」と誇ったところでトラブルの原因になるだけだ。世の中、戦闘力だけが全てではない。ひとまずは頭を下げて「自分の実力では役に立てそうもなかったので」と断っておく。

そんな俺の考えなど知ったことかと大口を開けて肉を美味そうに頬ばる我が妹……まぁ説教は後だ。とりあえず目の前の極上肉を平らげるとしよう。早速ナイフを入れるとスッと入り、肉汁が広がる。何だこの肉はっ。

「んん~っ、お肉が口でとろけるぅ~……って、おにぃ。前のテーブルの……あそこ。 真田(さなだ) 様がいるんだけどっ!」

じっくりと咀嚼し天上の気分で味わっていると、華乃が慌てて前方のテーブルを指を差した。あの辺りには御神が座っていたはずだが……あれか。

青いローブを 纏(まと) った幸の薄そうな顔の青年が、椅子に深く腰掛けグラスを傾けている。来ているだろうな、とは思っていたけれども。

「金蘭会と並ぶ 蒼空(そうくう) 会のクランリーダーであり、カラーズのナンバー2、 真田(さなだ) 幸景(ゆきかげ) 様だね。彼と九鬼様とは不仲と聞いていたけど、しょせんは噂だったのかな」

「うんっ。私もそう聞いてたのでいないと思ってたんですけど、お母さんが真田様の大ファンだからサインを貰う――のは無理でも挨拶して帰りたいなっ」

などと無茶を言うバカ妹。相手は大規模攻略クランのナンバー2。貴族ではなくとも日本最強クランの参謀という肩書は、そこらの貴族より格が上なのだ。立場が違いすぎるので無理だと言ったところ、キララちゃんが大丈夫だと言ってきた。何故だ。

「同じテーブルには御神様もいらっしゃるようですから、一緒に挨拶しに参りましょう」

「やったーっ! 同じカラーズでも九鬼様はちょっと怖かったけど、真田様とコタロー様は絶対に優しい人だよねっ」

真田と一緒のテーブルには御神もいる。もともとあのテーブルには機を見て挨拶しにいく予定だったようで、一緒にどうかと誘うニッコリ顔のキララちゃん。親切心で言ってくれているのだろうが、あのテーブルをよく見てみれば核廃棄物並みにヤバそうな奴らが並んでいる。あんなところに行かせるわけにはいかないぞ。

やんわり断ろうとするものの華乃が速攻で食いついてしまい、その上、チーちゃんもそわそわしながら「わたくしも行っていいでしょうか」と参加を表明。わいのわいのと勝手に話が進んでしまったではないか。さすがに華乃だけで行かせるわけにはいかず、俺もついて行くほかない……

高級魚介料理を平らげ、最後のデザートをチビチビと口に入れていると、キララちゃんが「そろそろ参りましょうか」と言って立ち上がる。華乃とチーちゃんも嬉々として後ろについて行くが、まぁ挨拶するだけなので何も起こることはないと自分に言い聞かせ、俺も立ち上がることにする。後ろにいる真宮兄が意味深な笑顔をして見てくるが、気にしないことにした。

「あらまぁ、いらっしゃい。皆様、こちらがわたくしの姪でございますのよ」

「ご挨拶に参りました。子爵家の長女、 楠(くすのき) 雲母(きらら) と申します」

宝石でふんだんに着飾った御神が輝くような笑顔を振りまいて姪を紹介すると、キララちゃんもスカートの裾を少しだけ持ち上げて完璧なカーテシーで応える。背後にいる華乃とチーちゃんには「後輩です」と軽く触れただけの紹介に留めてくれている。

チーちゃんも貴族なので完璧なカーテシーで応えているが、ド庶民の華乃にそんな上流階級の仕草ができるわけが――と思っていたが、見様見真似の動きで何とか切り抜けていた。ナイスだぞ、華乃。

(しかしメンツがヤバいな)

テーブルに座っているのは、くノ一レッドのクランリーダーで伯爵の御神遥。その御神の隣にカラーズナンバー4、金蘭会リーダー 九鬼(くき) 一元(かずもと) 。そして対面には着物を着崩し、ボリュームのある長い髪を束ねる女が、グラスを舐めながら鋭い視線を向けている。この人は――

「おい、後ろの小娘と男二人。顔が分からないだろ、それを外せ」

日本最大の攻略クラン“ 十羅刹(じゅうらせつ) ”の大幹部であり、冒険者ギルドの最大戦力。 六路木(ろくろぎ) 時雨(しぐれ) 。年齢は五十近いはずだが、顔には皺1つないどころか張りがあり、20代に見える。【侍】の情報流出の件で冒険者ギルドから送られてきた戦力とはコイツのことのようだ。

華乃はコテリと首を傾げて仮面を外していいのかと俺を見る余裕があるが、六路木を知っているチーちゃんはドスの効いた声と鋭い視線に委縮してしまっている。来年には冒険者学校に首席入学してくるような実力者でも、六路木の前では大人と赤子くらいの力の差があるのだ。

(とりあえず華乃には首を振っておくか)

十羅刹(じゅうらせつ) もカラーズも、今後ゲームストーリーによって敵となる可能性があるため、できることなら顔は晒したくない。とはいえ、【侍】の情報流出を警戒して神経質になっている六路木の追及を躱せるものなのか。ならば俺が先に顔を晒し、華乃の素顔だけは勘弁と願い出るしかないな。

いつでも滑り込み土下座ができるよう肩の力を抜きながら一歩踏み出そうとすると、しっとりとした低めの声が割って入る。

「 六路木(ろくろぎ) さん、あなたほどの方がそうも子供相手に睨んでは怯えるばかりです。大人げないんじゃないですか」

「あぁん? ガキが……私に講釈か?」

敵意を乗せてさらに鋭くなった六路木の眼光を物ともせず、目を細めて「もう大丈夫ですよ」と爽やかな笑顔を向けてくる男。襟のついた青いローブが特徴のカラーズナンバー2、 真田(さなだ) 幸景(ゆきかげ) だ。

カラーズ結成前からリーダーの田里を支え、集団戦術や戦略を考える頭脳として活躍し、日本最強クランと言われるまで押し上げた功労者。その実力も頭のキレも本物だ。「もう大丈夫ですよ」と声をかけられた華乃も舞い上がって小躍りしているが――

(どこまでも 胡散(うさん) 臭い男だぜ……)

今、真田が浮かべているやんわりとした笑顔は、赤城君のような純粋無垢の感情からくるものではなく、計算されつくした偽物のそれだと俺は知っている。何故ならこいつこそがカラーズを裏切り、日本の最重要機密【侍】の情報を流出させる張本人だからだ。

もし神聖帝国に動きがあるとすれば真田を中心としたものになるはず。その涼しい笑みの奥で、何を考えているのやら。