軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勘違いは加速していく

学校で授業を受けているときは、早く帰りたいと思うのに……帰ってきたらきたで、どうして次の日になってほしい、と願ってしまうんだろう、とレイラは思っていた。

目の前では両親とリベリアが、グロネフェルト公爵家と縁を結べることをとても喜んでおり、グレースに至っては泣いて喜んでいる。

「ああ……良かった! リベリア、可愛い貴女のことだから心配はいらないと思っていたけれど!」

「お母さま、泣かないで? それに……」

ああ、そうでしょうとも。お得意のお涙ちょうだいが始まるんだな、とレイラはこっそりと溜息を吐いた。

「レイラに悪いじゃない……こんなにも喜んでしまうと、不謹慎かしら。ねっ、レイラ?」

「ああ、そうだったわね! いけないわ、私ったら!」

「仕方ないさ、レイラには愛嬌という物がないんだからな! はっはっは、だがしかしそのうち婚約者は見つかるだろうさ!」

嗤う父、微笑んでいる母、意地の悪い顔をしている双子の片割れ。

どうせこの人達の前では、可愛いのはリベリアで、可哀想なのもリベリアで、優先すべきもリベリア。何でもかんでもリベリアばかり。彼女を中心に回っているといっても過言ではないかもしれない。

あっはっは、と笑いあっている三人を見ているレイラは、驚くほど冷静で、反論も何もしてこない。おかしい、ここは泣きながら悔しがるべきでは、とリベリアが口を開こうとするが、少し前にレイラは確かリベリアとジェレミーの婚約をきちんと受け入れてくれていたのだから、まぁ今更か……とも思う。

「……なら、早々に書類を作成してくださいな、お父さま」

「は?」

「婚約者を交代する、という申し出の書類です。だって……」

自分が何を考えているかだなんて、何も悟らせないかのごとく、まるでお面を張り付けているかのように、とても綺麗な笑顔でレイラは微笑んだままで言葉を続けていく。

「そうしないと、グロネフェルト家に迷惑がかかってしまいますわ」

「……そ、そう、だな……?」

「はい」

何故だか、レイラの声がとてもクリアに聞こえてしまい、オルドーは自分の背中を冷や汗がたらりと流れていく感触を味わっていた。

何だろう、もう少し前のレイラであれば、こんな風には言わなかったような気がするが、いつの間にこんな顔をするようになったのだろうか。何が原因でこんなことになっているのだろうか、と、とても馬鹿げたことを考えているところで、レイラが手をぱん、と鳴らす。

ハッと我に返ったオルドーは、ぐい、と乱暴に額の汗をぬぐった。

「!?」

「お父さま、善は急げ、と申しますでしょう」

「……ああ」

――相手が代わっただけ。

グロネフェルト家と縁は結べるのだし、婚約者がレイラからリベリアに代わるだけで、何の問題もない。顔は同じだし、何か不都合があるとすればレイラの友人たちは恐らくリベリアの式に参加しないだろう、というところ。

学校にあまり通っていないリベリアに、悲しい思いをさせる訳にはいかないが……とも思うが、リベリアはレイラにない愛嬌があって、とても可愛らしいから問題ない。この時は、これが正しいのだと信じて疑わなかった。

「あなた、レイラの言う通りに書類を作成しましょう。……全くもう……本当に、可愛げのない子だこと! まずはリベリアの婚約を祝福する、っていうことができないの!?」

「いやだわお母さま……どうやって?」

「簡単でしょう! おめでとう、って笑顔で言ってあげるっていう考えはないの!?」

どうしてそんなものがあると思うのか、とレイラは内心毒を吐いた。

そもそも、ジェレミーもリベリアも、感覚がおかしい。単なる浮気をしておいて、どうしてこの二人は幸せそうに笑えるんだろう、というのがレイラが抱いた最初の思い。公爵家の役に立てるように、と色々な勉強をしてきたし、グレッタにも色々教えてもらいながら将来に向けての勉強をしてきたというのに、それらの努力が全て水の泡になっていることを、この目の前の家族たちは理解しているのだろうか、ともレイラは考える。

「(……どうせ考えていないか。交代、だなんて……体育の授業の徒競走の順番を代わるとか、っていう簡単な話ではないのに……馬鹿な人たち)」

はぁ、と小さく溜息を吐いた途端、レイラの頬をじくりとした痛みと、熱が襲う。ばちん、と大きな音に、リベリアもオルドーも、少しだけ驚いたようだった。

「……」

「本当に可愛げのない子だこと! 家族なんだから、少しはリベリアのことを祝福してあげようとしなさいな! だからジェレミー様に捨てられるのよ!」

「おいやめんか」

「あなた、でも……!」

「レイラにそんな可愛げのある行動をしろ、という方が無理だろう」

「お父さま、そんな風に言っちゃいけませんわ!」

あはは、とリベリアは無邪気にオルドーと笑い合う。レイラを叩いたグレースは、はぁはぁと肩で息をしていたが、ゆっくりと深呼吸をしてからまた、レイラのことをきつく睨みつけている。

どうして自分がこんな風に貶されなくちゃいけないんだろう。こんな風に言われるくらいなら、やはり……と、レイラは驚くほど冷静に考えていた。

貶されれば貶されるほど、頭がすっと冷えて考えがまとまりやすくなっていく、とでもいえば良いのだろうか。

今までは馬鹿にされたり、こんな扱いを受ければ受けるほど嫌気がさして、反論だってしていた。少しでも、家族が自分の気持ちを分かってくれれば、と必死にだってなっていたけれど、そんなことをするだけ無駄なんだ、とあの高熱が出てしまった時に察したのだ。

今更、と言われるかもしれない。

だがこれまで、こんなにも冷静に考えたりしなかったのだから、少しは思考回路が成長しているのではないか、とレイラは考えていた。

「まぁ良いさ、可愛げのない馬鹿は放っておけ。叩いたりするだけ時間の無駄だ」

「……ええ、そうね。嫌だわ、手が痛いだけだった」

「お母さま、大丈夫?」

「大丈夫よ、リベリアは優しい子ね」

あの子とは大違い、と忌々し気に付け加えていると、そこに執事長が慌てた様子でやってきた。

「失礼いたします! その……レイラお嬢様宛てに、グロネフェルト公爵夫人から……」

「夫人から?」

レイラはこれ以上ここに居たくなかったし、自分の部屋でその手紙を読もうと立ち上がって受け取りに行ったのだが、素早くリベリアがそれを奪い取った。

「もーらった!」

「……リベリア、返して」

「どうせお茶会の招待とかでしょ~? もう私が行くから、レイラはお役御免、ってやーつ!」

こんな時だけ無駄に元気なんだな、とレイラは思ったが、もし仮にリベリアが言っていることが間違いであるならば、叱られるのはレイラではない。

リベリアが、とんでもなく酷く叱られてしまうだけだが、それを教えたところで『はいはい嫉妬~』と言われることは容易に想像できてしまうから、口をつぐんだ。

「……ふふっ、悔しいんだ~?」

「そうじゃないわ」

「強がっちゃってぇ」

いつから、こんな子になったんだろう。昔はもっと……もっと、と考えたところでレイラは目の前に立っている自身の片割れをじっと見る。

うっかり口を開いてしまうと、今はきっと淡々とした暴言しか出てこないだろう。だから、あえて黙ったままにしておかなければいけない。

「まぁ良いわ、とりあえず日付だけ確認しよーっと。えーと何なに?」

リベリアは遠慮なく手紙の封を切って、中身を読んでいく。

「わぁ、明後日だって! お母さま、熱が出ないように私はしっかりと休むわ! ああでも、何を着ていくか決めないと……」

「リベリア、そんなにはしゃいではすぐに体調を崩してしまうわ。さ、お部屋に行きましょう。その手紙は一旦執事に預けておきなさい」

「はーい」

後はよろしくね~、とのほほんと言ってから歩いていくリベリアと母、それを満足げに見送ってから自分も移動していく父、を見送っているレイラと執事長。

「……お嬢様……」

「一応、手紙を見せてくれる?」

「かしこまりました」

申し訳なさそうにして手紙を渡してくれた執事長から受け取ったレイラは、中身を見てから目を少しだけ丸くした。

「(……やっぱり)」

公爵夫人からの手紙は、レイラだけを呼んでいるもの。

「(根回しでも……いいえ、あの人たちなんか……もう知らない、って決めた)」

内容をしっかりと読んだレイラは、手紙を執事長へと押し付ける。

「これ、リベリアのところに持って行って。ああ、私に返す必要なんてないからね」

「は、はい……」

普段とどことなく違っている空気のレイラに気圧されたのか、執事長は手紙を持って、リベリアの部屋へと向かった。

それを見送ってから、レイラはすっと自分の部屋に歩いていった。

【レイラへ

この度は、我が愚息のしでかしたこと、本当にごめんなさい。

わたくしは、貴女にきちんとこれまでのことについてお礼を言いたいの。

明後日、当家でお茶会を開きます。わたくしと貴女だけの。

良ければ、わたくしが貴女にあげたレースの手袋を着用してから、当家にいらして。

グレッタ・グロネフェルト】

「……見ていたのはきっと……『明後日、当家でお茶会を開きます』というところだけでしょうね」

独り言を呟いているレイラのことを、気にかける使用人はいない。

そのままレイラは部屋へと戻って、念のためにと部屋の鍵をかけてから、グレッタからもらい、とても大切にしているレースの手袋を取り出す。

「……グレッタ様とお揃いの……懐かしい」

いつも、お揃いで着用していたそれを見て、レイラは自然と微笑む。

「リベリアのこと、お詫びのお手紙を書かなくちゃ」

そして、愛用の羽ペンを取り出し、便せんをデスクの中から取り出してから文字を綴っていく。

ごめんなさい、という気持ちと、きっとこれからこのヴェルティ伯爵家がとんでもないことになっていくでしょう、という予言めいた内容を書いてから、封をしたのだった。