作品タイトル不明
同じ顔なんだから、だなんて
グレッタが持っていた採用試験の申込用紙は、シルヴィオにとって『こっそり手渡された特別なもの』ではあったものの、しれっとお茶会に持ってきていた(しかも書き損じを考慮して複数枚あった)から、後で事情を聞いたシルヴィオがしょんぼりと肩を落としてしまったのだった。
だが、先に教えてもらっていたからこそ、母であるグレッタに情報提供をすることができたし、レイラ本人にも的確に情報が伝わったのだ。
申込期間が始まって早々、リーシェ王女が一番乗りで申込書を出したことで受付がどよめいたが、リーシェは胸を張ってこう告げた。
「安心なさい! ヴェルティ伯爵家のご令嬢で、魔法の才能は群を抜いている。それはこのわたくしが証人となりましょう! ああ勿論、試験で実力を見ることが出来るんだからご安心なさいませ」
あまりに堂々としていたものだから、受付の男性役人は目を丸くしたままでこくこくと頷いて、受領印を押す。
受験票は二週間後に発送される旨まできっちり聞いて、リーシェは足取り軽く己の職場である魔術職員課にスキップして行って『次の試験でとっても有能な新人が入りますわよー!』と声高らかに宣言してしまったのは、レイラが試験を無事に突破してからの王宮案内の時に知らされることとなり、絶叫をしてしまうのだがそれはもう少しだけ後の話なのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結局、ルミエナの家――ヴェロネーゼ侯爵家からの賠償金支払い命令はどうやっても覆ることはなく、結構な額を支払うこととなってしまった。
「……なんでよ、どうして……」
ぶつぶつとぼやきながらリベリアは、家の中をうろうろと歩き回る。
メイドたちから部屋に戻って、と言われても無視しつづけ、むすっとしたままで中庭へと向かった。
「レイラのせいなんだから。そうよ、何もかもぜーんぶ、レイラのせい!」
ぷん、と頬を膨らませている姿は、何も事情を知らない人が見れば可愛いのかもしれないが、今回の賠償金支払いに関しては屋敷の使用人全員が知っている。
さすがに今回ばかりはリベリアの味方をしてくれる人の方が少なかった。
だって、体が弱いとされている人がマウントを取って自身よりも身分が上の令嬢に暴力を振るうようなことをする、だなんて貴族令嬢として大変よろしくない。
普段は体が弱いから、と自分自身を大事にしてくれないと困る。だから何よりも優先しろ、と我儘を言っているのに、やる気を出せば動けるんじゃないか、という考えに至った使用人までいる。
「何もかもうまく……あ、そうだ! そうよ、そうそう! あっははは!」
何やら一人で騒いでいるリベリアを見て、訝し気な表情をしたメイドが彼女に近付いていく。今日は気温が少し低めなのだから、早々に部屋に行って大人しくしてもらわないと、また主治医を呼ぶ羽目になるのだから。
「リベリアお嬢様、お部屋にお戻りくださいませ。お体が冷えます」
「……はぁーい」
今まで通りにしても、メイドは必要以上にリベリアの機嫌を取ろうとはしない。最低限接する方向性にシフトチェンジしてしまっている。
だが、リベリアには策があった。
賠償金を支払ったのだから、学校に行っても何も問題ないと思っている。そして、レイラの機嫌を取りつつまた家に戻ってくるように宥めれば良い、ということ。
戻ってこないことは間違いないのだが、リベリアは『どうせあんなこと言っているのは皆が 自分(リベリア) にばかり構っているせいなんだ』と勝手に思い込んでいて、訂正していない。
「(うふふ、見てなさいよレイラ。貴女は戻ってくることになるんだから!)」
ジェレミーとの婚約式も間近になってきているし……とふと思ったリベリアはまた別のことを思いつく。
「そうだ!」
部屋に戻って暖かな格好をしたリベリアだったが、すぐに嬉しそうに部屋の中でくるくると一人踊った。
「そうよ、婚約式の招待状を作らなきゃ! ジェレミー様が公爵家の跡取りじゃないのはまぁ……予想外だったけれど、でも公爵家に……って、お勉強しなきゃいけない……」
がっくりと項垂れたリベリアだったが、彼女の思考はどこまで行っても人が助けてくれるから問題ない、ということに帰っていくのだ。
例えリベリアが諸悪の根源でも、リベリアは悪くない。
これが、『今までの教育の賜物』というやつであることに、まだヴェルティ夫妻は気付いていない。
「でもレイラが帰ってきたら問題なーい!」
そう宣言して、やたらと上機嫌なリベリアは図太くも翌日の準備を始めた。
無論、課題なんてやっていないし、レイラが寮に入っているから助けてくれるわけなどない、ということも綺麗さっぱり忘れて――。
――迎えた翌日。
リベリアは、嬉々として朝食を食べ、学校に向かう。
普段と少しだけ異なる髪型にして、きっとこうすれば何も問題はない、と自信満々でずんずんと歩いていったのは レ(・) イ(・) ラ(・) の(・) ク(・) ラ(・) ス(・) 。
「おはよう」
がらり、と扉を開けて、一斉に視線を浴びながらレイラの机に歩いていくリベリアの視界に、一人の女子が入った。
「おはよう、チェスカ」
「……おはよう……って」
よりにもよって、レイラのことを色んな意味で誰よりも愛しているチェスカに声をかけたリベリアは、にこ、と微笑んだ。
だが、次の瞬間のこと。
「それでレイラの真似したつもりなんじゃないでしょうね!」
「――へ?」
怒りでぎっと目をつり上げたチェスカは、ひゅっと手を振り上げて思いきりリベリアの頬を引っぱたいた。
パチン、とかではなくばちん、と物凄い音がして、叩かれた本人のリベリアは痛みを忘れてポカンとしている。はえ……とよく分からない声のようなものを出しながら、リベリアは叩かれた頬を押さえる。
「なに、するの」
「私の大親友を騙るクソ野郎に、容赦してどうにかなるっていうの?」
冷静に、しかし表情は大激怒のままでチェスカは問う。
改めてチェスカはぎろりとリベリアを睨んでから、拳を握って震えながら言葉を続ける。
「それにあんた、このクラスじゃないんだから我が物顔で入って来てるの意味わからないし」
「そ、それは」
「大体、あんたは私と友達でも何でもないんだから、呼び捨てやめてよね」
「はぁ!?」
次から次へと遠慮なく放たれる言葉に、リベリアはみるみるうちに顔色を真っ赤にさせていく。チェスカの言葉には、うんうんとクラスの皆が頷いているから、ここにリベリアの味方はいない。
ここでようやく叩かれた頬が痛みを帯びてきたのか、リベリアは目をつり上げていくがそれがチェスカに通じるとも思えないのだが、リベリアの思考回路では『お友達に睨まれているだなんて、どんなに辛いものかしらね!』となっている。
「お、同じ顔なんだから」
「だから何」
「……はい!?」
「同じ顔でも、アンタごときがレイラに成り代われると思うな! この泥棒! レイラが来るから、さっさとアンタは自分のクラスに戻れっての!」
「ちょ、ちょっと!」
ぐいぐいと背中を押して、チェスカはリベリアのことをクラスから追い出していく。
クラスメイトは通りやすいようにさっと道を開けてくれているし、誰もリベリアを助けない。それどころか『こうやって婚約者奪ったんだ……』や、『顔同じだからって何だっていうんだ?』という声が聞こえてくる。
それはリベリアにも聞こえており、みるみる顔色を悪くしていくも、どうすることもできない。
リベリアの頭の中では、同じ顔だからコロッと騙されるんだろうしいけるいける! くらいにしか考えていなかったため、こう返された時の対処なんて思いつくわけもなかった。
「あ、あの!」
「同じ顔、似たようでちょっとだけ違う声、仕草は似ても似つかない。そんな馬鹿がしたり顔でこっちに来たところで、見分けることは楽勝なのよ。お・馬・鹿・さ・ん」
トドメと言わんばかりに言い放ったチェスカの台詞に、ポカンとしたままクラスから追い出されてしまったリベリアはどうしようと立ち尽くしていた。
ちょうどそこに、レイラが登校してきた。リッドと一緒に。
「何してるのかしら、リベリア」
「本当だ」
「は、はぁ!? ちょっと、私とレイラの見分けつくっていうの!?」
何を言っているんだ、とリッドは首を傾げ、迷うことなくうん、と頷いた。
「どうして分からない、って思っているのか分からないけど……ああなるほど、君が奪った婚約者殿は見分けられなかったんだね」
あはは、と笑ったリッドは、自然とレイラの肩を抱き寄せる。
普段のリベリアならば浮気者! と叫ぶところだが、自分が同じことをしている自覚だけはあるから、そこは責めることができない。
リッドとレイラは幼馴染でもあるから、こうした触れ合いも日常茶飯事。
ジェレミーとの婚約解消をしているから、そもそも責められる謂れもないのだから。
「君が奪った大馬鹿者の婚約者とこっちを、一緒にしないでくれないか。たとえ君が渾身の演技をしたとて、見分けられる」
自信たっぷりに言い切ったリッドは、レイラをとても愛しそうに見つめた、冷ややかにリベリアに告げる。
「だから――もう何もしないで引っ込んでいてくれないか。頑張るレイラの邪魔だけはしないでいただきたいものだ」