軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

88 ロック(後編)

明後日にはドヤール領に戻るというサラナ様たちに俺はついて行くことになった。明後日なんて急すぎるかなと思ったが、親父さんがやたらと早く行けと勧めるので、俺は素直に頷いた。俺の中ではもうドヤール領に行くのが楽しみで、一緒に連れて行ってもらえるならありがたい。サラナ様たちが購入した鉱石を運ぶ馬車に同乗できるように、御領主様が急いで手配をして下さることになった。

俺は急いで家に戻り、荷物を纏めた。貧乏なので私物は着替えぐらいしかないが、研究結果をまとめたものや実験用の資材や薬の類が山のようにある。出発は明後日の早朝だ。準備が間に合うのかと途方に暮れたが、呆けていても荷物がまとまるはずも無いので、とりあえず身体を動かすことにした。普段からちゃんと片付けておけば良かったと、心の底から後悔した。

「おいっ! ロック! 手伝いに来たぞ!」

「うわっ! 汚ねぇ部屋だな。少しは片付けろよ」

細かい資材に四苦八苦していると、鉱夫仲間たちがどやどやとやって来た。

「え? 皆、どうして?」

「鍛冶屋の親父から聞いたんだよ。手が空いてるなら、手伝ってやれってよ。おい、この箱を運べばいいのか?」

「う、うん」

鉱夫仲間たちは手際よく荷物をどんどん箱に詰めていく。多少荒っぽかったが、一日がかりでも終わるのは無理だと諦めていた荷造りが、あっという間に終わってしまった。

「よし。終わった終わった。俺ら、仕事に戻るからな。じゃあな、ロック。お前はいつかやる男だと思っていたぜ」

「お前はこんなところでくすぶっている男じゃないからな。頑張れよ! たまには帰ってきて、一緒に飲もうぜ」

「そうそう。たまには息を抜かなきゃなぁ。研究もいいが、可愛い彼女を作れよ」

「ぎゃはは、お前が言える立場かよ!」

「うるせえよ!」

鉱夫仲間たちは大騒ぎしながら帰っていった。湿っぽくならず、いつもの仕事帰りみたいな、あっさりした別れだった。それがむしろ嬉しかった。これはちょっとした別れで、またいつでも会えるんだと思えたからだろう。

それから、家主に家を引き払う挨拶をしたり、色々な所に引っ越す事を説明したり。鉱山にも挨拶に行ったら、荷造りを手伝ってくれた鉱夫仲間たちにまた会って、早い再会だと大笑いされた。色々と細々した用事を済ませたら、あっという間に夜になって、家に戻ったら疲れ果てて食事もとらずに泥の様に眠り込んでしまった。

翌日。目を覚ました俺は、荷物を領主様が手配して下さった馬車に積み込んだ。今日の夜は領主館の使用人室を借りる事になっているので、部屋を引き払った。明日、サラナ様たちが発つのは早朝だから、万が一にも遅れないように、今日の夜は領主館で過ごす様に言われたのだ。寝坊なんてしないが、万が一遅れて貴族様をお待たせする事になると思ったら心臓に悪いので、俺は領主様の御好意を素直に受け取ることにした。

俺が乗る馬車は結構な大きさだったけど、サラナ様たちが大市で購入した大量の鉱石を見て、全部載るのかと不安になった。物凄い量の鉱石を買ったんだな。こんなに何に使うんだろう? あれ? サラナ様って貴族令嬢だよな? 鍛冶職人じゃないよな? なぜこんなに大量に買ったんだ?

馬車に鉱石を載せるのを手伝いながら、興味津々で鉱石の種類を確認する。サラナ様の購入された鉱石は多岐に渡り、俺なんかじゃ手を出せないような高価なものもあってワクワクした。だって、研究施設では資材も無償提供してくれると言っていた。高価で手が出なかった資材も試せるかもしれない。

「まぁ、ロックさん。手伝って下さったの? ありがとう、沢山あって疲れたでしょう?」

鉱石を粗方積み終えたころ、サラナ様がいらっしゃった。お貴族様だというのに俺なんかにお礼をいってくれるなんて、本当に気さくなお人柄なんだなぁ。

「サ、サラナ様! いえ、俺なんて、こ、これぐらいしか役に立たなくてっ」

「そんなことないわ、とても助かるもの。ついつい、大市で買い過ぎてしまったのよね」

サラナ様が頬に手を当て、小首を傾げる。お土産や自分用の鉱石を買っていたら、いつの間にかこの量になってしまったらしい。

「ロックさんの研究に必要な石は揃っていたかしら?」

「は、はい! あ、えっと、スーク鉱石をもう少し買い足した方がいいかもしれません」

スーク鉱石はそれほど高価な鉱石じゃないけど、カルドン領以外ではあまり量が採れないと聞く。もう少し買っておかないと、すぐに無くなりそうだ。俺の研究でもよく使うものなのだ。

「そうですか。あら、どうしましょう。今日はお祖父様がカルドン侯爵様と手合わせをするので、私、大市には行けそうにないのです」

他にも護衛は連れてきているけれど、大市の様に不特定多数の人が集まる場所は、『英雄』様が一緒でないと外出の許可は出ないらしい。

「あ、それじゃ、俺がスーク鉱石の手配をしてきます!」

「まぁ、本当ですか? 助かりますわ」

サラナ様が鉱石を買った店は俺の知っている店だった。あそこならスーク鉱石はすぐに揃うはずだ。

店で鉱石の手配を終えた俺は、大市で賑わう街をプラプラと歩き回った。明日は生まれ育ったこの街を離れるのだが、まだ実感が湧かない。現実感がなくて、頭の中がふわふわしている感じだ。

「ロック!」

俺に呼び掛ける声に振り向けば、マリーが。そしてその側に寄添うジーンの姿があった。

その様子は、今までの2人と同じようでいて、どこか違った。嬉しそうに上気したマリーの頬。いつも以上に近い2人の距離。俺の胸にやっぱり、という諦めが過る。

「今、貴方の家に行こうと思っていたの。行き違いにならなくて良かったわ!」

マリーが嬉しそうに言うのに、俺はハッとなった。昨日から忙しく動いていたから忘れていたけど、マリーにもこの街から出る事を伝えなくちゃ。ジーンには、別に知りたくもないだろうが、一応伝えておこう。

「あのさ、マリー、ジーン。俺……」

俺が口を開くと、ジーンがマリーを背に庇う様にしての前に立ちふさがる。

「マリーの名前を呼び捨てにするな。お前に馴れ馴れしくされる筋合いはない」

「ジーン! そんな、ロックは幼馴染なのに……」

「マリー。俺たちは婚約したんだ。こいつには立場ってものを分からせないと」

婚約。覚悟はしていたけど、その言葉の衝撃に、俺は目を見開いた。

ああ。やっぱりそうか。マリーはジーンを選ぶんだ。そんな事、とっくに分かっていた筈なのに。

「俺の妻になる人を、お前の様な出来損ないに呼び捨てにされたくない。近づけたくない。幼馴染だからと、これまでは目を瞑ってきたが、今後は二度とマリーに近づくな」

固いジーンの声と、こちらを蔑んだ様な目に、俺は悔しいというよりも悲しい気持ちになった。

子どもの頃は、ジーンはこんな目で俺を見ることはなかった。ジーンは大きな商家の跡取りで、俺は貧乏な鉱夫の息子だったけど、ジーンはそんなこと気にするなと言ってくれていた。

いつからだろう。ジーンからこんな目で見られるようになったのは。

たぶん。ジーンも俺も、マリーが好きで。でも子どもの頃は譲り合えた『好き』は、大人になるにつれて、奪い合う『好き』になった。ジーンか俺のどちらかがマリーを好きにならなければ、ジーンと俺は今も変わらず友だちでいられたのだろうか。

俺は、マリーの事が好きだったけど、同じぐらいジーンの事も好きだった。だから、2人が幸せになるなら、マリーの事はちゃんと諦めて、心から祝福できたと思う。2人の側に居ても、そりゃあ寂しく感じる事はあると思うけど、ちゃんと友だちに戻れたと思う。

でも。駄目なんだな。俺は2人の側に居てはいけないんだ。俺が側に居る事で2人が不幸になるなら、離れた方がいい。

「そ、そっか。おめでとう」

俺は胸の痛みを堪えて、なんとか笑った。ちゃんと、笑えていたと思う。

ジーンは俺の言葉に舌打ちをして、マリーの肩を抱き、踵を返した。

「ご、ごめんね、ロック」

マリーが俺にそう声を掛けてくれたけれど、ジーンに促され歩き出すと、もう二度とこちらを振り返る事は無かった。俺は、2人が見えなくなるまで、馬鹿みたいにずっと突っ立っていた。

俺の小さな恋が終わったことよりも、友だちを2人無くしたことの方が、ずっとずっと、辛かった。

◇◇◇

「なんだ小僧、その腑抜けた顔は」

とぼとぼとカルドン領主邸に戻った俺は、屋敷に入るなり『英雄』様に捕まった。文字通り、ぐいと襟を掴まれて、子猫のように持ち上げられて捕まったのだ。ぷらんと足が浮いて、息が詰まって、死ぬかと思った。

ずるずると引きずられて行った先は侯爵邸内の『英雄』様の部屋だ。俺が使うように言われた使用人部屋も綺麗で勿体ないぐらいの部屋だったが、『英雄』様が使う客室は更に豪華だった。飾っている壺とか、俺が座っているこの椅子とか煌びやかで、俺が一生働いても買えそうにない。傷一つ付けられないと、俺は椅子の上で身体を固まらせていた。

『英雄』様は部屋に控えていた侍女さんたちに、なぜか大量のお酒を準備させた。キラキラしているグラスにダバダバと豪快にお酒を注がれ、俺は一体何が起こっているのかと『英雄』様とグラスをきょろきょろと見比べる。

「飲め。男がそんな顔をしている時は、これが一番よ」

そう言って、『英雄』様はカパッとグラスを空ける。まるで水でも飲んでいるみたいなので、そっとグラスに口を付けたら、カッと喉が焼けた。お酒は飲めないわけではないけれど、今まで飲んだことがない強い酒だ。味は、美味しいけど。

「……俺ぇ、別にぃ、マリーとどうこうなれるとぉ、思ったわけじゃないんですよぅ。俺なんかぁ、相手にされないってぇ、分かってたしぃ、でもぉ、それにしたってぇ、あんな風に言わなくてもぉ」

「そうか、そうか」

グラス一杯をちびちび飲んでいたのだけど、いつの間にか酒の相手が『英雄』様であることも、ここが領主邸であることも頭から抜け落ちていた。気づけば、ただひたすら、自分の中の苦しい気持ちを吐き出していた。

「俺ぇ、2人にはぁ、幸せにぃなってもらいたいんですよぉ。だからぁ、俺ぇ、ちゃんと2人からぁ、離れるんですぅ。俺がぁ、2人のぉ、邪魔したらぁ、いけないからぁ」

「そうか。気弱な情けない小僧だと思っていたが、なかなかに懐の深い男だな、お前は。気に入ったぞ、そら、飲め」

グラスの酒がちょっと減ると、すかさず『英雄』様が酒を注いでくださる。ああ、熊みたいに怖い顔なのに優しいなぁ、『英雄』様。それに、このお酒、本当に美味しいなぁ。

でもそろそろ、目が回って来た。おかしいな。まだグラスの一杯目なのに。これぐらいで酔うはずがないのに。

「お祖父様……? まぁ、ロックさん? 何をなさっているんですか!」

「おおサラナ。ロックのやけ酒に付き合っておるのよ」

部屋の中に綺麗な声が響いて、俺は顔を上げる。ああ、サラナ様だ。

「すごいぃ、可愛らしいサラナ様がぁ、3人もいるぅ……」

こんなに可愛い人が3人もいるなんて。ここは女神様のいらっしゃるお庭なのだろうか。なんて素晴らしいお庭なんだろう。俺もずっと居たい。

「お祖父様……。ロックさんにどれだけ飲ませたのですか?」

「ロックは飲むのが遅くてな。ちびちび飲むたびに注いでいるが、まだ1杯も空けてはおらんぞ」

「それ、最終的に何杯飲んだか分からなくなる、駄目な飲み方じゃないですか」

サラナ様が腰に手を当ててプリプリと怒っている。怒っている顔も可愛くて、怒られている『英雄』様の顔がデレデレになっていた。分かります。ああ、3人とも、怒っていても可愛い……。

「それに、カルドン侯爵様だけじゃなく、カルドン領邸の兵士や、護衛さんたちとも手合わせをなさったでしょう? 起き上がれないぐらいボロボロになっていましたわよ」

「あれぐらい、飯を食って寝れば治るぞ。心配いらん」

「ドヤールの兵はそうかもしれませんが、他所の兵士は食べて寝て次の日には治りません。少しは手加減なさってください」

「分かった分かった、すまない、サラナ」

あんなに可憐なサラナ様が『英雄』をやり込めるのが面白くて、俺は笑い声をあげて机に突っ伏した。

フワフワぐるぐる回る頭から、悲しみも寂しさも抜け落ちていくようで、俺は気持ちよく意識を手放した。

翌日、二日酔いと馬車酔いで死にそうになるだなんて、この時の平和な俺は全く知らなかったのだ。