軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17 新たなお客様

また新しいお客様を迎えております、サラナ・キンジェです、ご機嫌よう。

本日のお客様はエルスト様のお父様のエルスト侯爵様です。

どちらもエルスト様ですね、ややこしいわ。どうお呼びしたら宜しいのでしょうか。お呼びしなければいいわね、解決!

とはいかず、息子の方はレックと呼んでくれと直々に許されましたわ、嬉しくないー。侯爵様がお帰りになられたら、即、呼び名を戻しましょう、そうしましょう。

「これがエルスト領に出るモーヤーンです」

ドーンと荷車に積まれて運ばれてきたのは、20頭ばかりのモーヤーン。腐敗予防のため、ご丁寧に氷漬けになっているわね。

こんな獰猛な魔物を見ても、美味しそうとしか思わない私は、随分とこの世界に馴染んだものだわ。あらでも。前世でも、水族館でお魚の鑑賞をしていて、美味しそうとしか思えなかったわ。只の食いしん坊なのかしら。

お祖父様や伯父様、お父様はモーヤーンを見て頷き合っている。ドヤール領に出たモーヤーンと一緒でしたね。お祖父様が嬉しそうに頬を緩める。お気に入りですものね、モーヤーンのお肉。我が家の在庫が無くなって、ショボンとしてましたものね。

自称私の右腕と左腕のダッドさんとボリスさんは、モーヤーンを見て、ナタを手に舌なめずり。厳つさも手伝って、山賊にしか見えないわ。解体助っ人として駆けつけた村の男衆も女衆も、それぞれの得物を片手に勇ましい。孤児院の子たちも、今日は羽布団作業をお休みして駆けつけてくれました。まぁ、全員、職人の顔。

「解体第一班、配置につきました!」

「第二班も同じくっ!」

「洗浄班、いつでも行けます!」

キビキビと整列するモリーグ村民達。まあ、いつの間にかどこぞの騎士団の様な動きになっているわ。ほんの少し前までは、長閑な何処にでもある村だったのに、一体何が起こっているのかしら?

モーヤーンを運んできたエルスト領の皆様は、モリーグ村民達にドン引きしている。3歳の子が慣れた様子でピシッと敬礼してたら怖いわよね。私も怖いわ。教育方針を間違えたかしら。

戦慄する私の元に、総司令官よろしくルエンさんがやってきて恭しく頭を下げる。この人も随分と村に馴染んだわー。

「敬愛なるサラナ様。久々に現場に足をお運び頂き、村民一同、喜ばしい限りです」

「まぁ、ほんの数日顔を出さなかっただけよ?大袈裟だわ」

王弟殿下がいらっしゃる間だけ、足が遠のいただけじゃない。人聞きが悪いわぁ。

「皆もサラナ様のご尊顔が見られず、この日を一日千秋の思いで待ちわびていました」

だから、ほんの数日じゃない。なんでそういう言い方するかなぁ。

村民の皆さんも、ルエンさんの悲壮な雰囲気に釣られて、涙ぐまないで欲しいわ。全く、ノリがいいんだから。

「さぁ!皆待っています!お言葉を掛けてやってください!」

皆の期待のこもった視線を、一身に集めている。嫌だわ、怪しい宗教の教祖にでもなった気分。

このままではいつまでも整列していそうなので、私は皆に向かって口を開いた。

「皆様、本日はお忙しい中、お集まり頂きありがとうございます」

ぐるりと村人を見回し、特に緊張もなく私は続ける。異様にノリ易い村人達だから、今は信徒みたいになっているけど、まぁ、作業をしていたら落ち着くでしょう。

「今日はエルスト領から大量のモーヤーンが運ばれてきましたわ。解体と洗浄をよろしくお願いします。くれぐれもお怪我の無いよう、気をつけてくださいませ。また、本日はエルスト領のお客様達も、毛の採取、洗浄、肉の下処理を手伝って下さいます。なんと、モーヤーンのお肉と毛も、ご提供いただけるそうですわ。皆様、エルスト領の職人さん達と仲良く、ご作業くださいね」

微笑んで挨拶すると、聴衆の皆様から温かい拍手が来ました。ありがとう、皆様。エルスト領の皆様も何故か拍手をなさっているわ。普通の事しか言ってませんよ、私。でも、ありがとう。

「サラナ様の期待に応えるよう、総員、全力を尽くせっ!作業開始!」

ルエンさんの気迫の籠った号令に、皆が大声で応える。

頑張っては貰いたいけど、全力は尽くさないで良いわ!今日は本業じゃなくてボランティアよ。明日に余力を残してー。

なんて止められそうにないほど、皆様盛り上がってらっしゃる。はぁ、何故こうなった。

作業はモリーグ村の皆様とエルスト領の職人さん達に任せて、貴族組は優雅にティータイム…、兼お仕事の話。料理長渾身の茶菓子を食べながらお仕事の話なんて、邪道だと思うの。

「これは……、一体何でしょう?見た事もないものだが」

エルスト侯爵がお皿の上を凝視している。

「……?パンケーキですわ」

この世界の定番オヤツの筈ですけど。料理長には、いつもみたいにあまり奇抜なものは出さないようにお願いしているから、ポピュラーなものな筈……。

「パンケーキですか?これはまた、随分と分厚い。そして柔らかいような。飾りの果物も美しい」

はっ!いつもの癖で、フワフワパンケーキに果物をトッピングしたスペシャルフワフワパンケーキだわ!大変、この世界のパンケーキはぺったんこなのに!

「まぁ。うちの料理長は研究熱心でしてっ!こうした目新しい料理を出してくれますのよっ」

「そうですか!ふむ、柔らかく口の中でフワフワと楽しい。これは大変美味しいものですなっ!」

エルスト侯爵はニコニコとパンケーキをあっという間に平らげてしまった。お代わりを勧めると、目を輝かせた。息子に似た優しげな顔のイケオジだが、甘いもの好きのギャップまで装備しているとは。侯爵様という事で身構えていたが、いい意味で肩の力が抜けたわ。

「しかし、息子から聞いていたが、サラナ嬢は随分と領の者に好かれているのだな」

「モリーグ村は小さな村ですから、皆、新参者の私が珍しくて構ってくださいますのよ」

「いやいや。息子の話では、素晴らしい功績で領民を救い、まるで女神の様に讃えられていると聞いていますよ?」

「まあ。伯父が聞いたら喜びますわ。最近のドヤール領は優秀な人材に恵まれていて、活性化していますもの。皆の頑張りが、ドヤールを支えてくださっているのですわ」

ね?と伯父様に視線を向ければ、辺境伯らしく、優雅な仕草でパンケーキをもぐもぐしていて……話を全く聞いていませんでしたね?なんていう事でしょう。可愛い姪っ子が苦労して侯爵様の緩やかな追及をのらりくらりと躱しているというのに、御当主たる伯父様が他人事とは。お父様が額を押さえながら、小さなため息をついている。

「だがドヤールの最近の事業は、全てサラナ嬢の発案だと」

「まぁ私なんて何も。ほんの最初はお手伝いの真似事をさせていただきましたが、今では村民の皆様が主体となっておりますのよ」

これは事実よね。何をしてても最後はアウェイですもの。寂しいわ。

「だが事業を生み出し、ここまで育てたのは……」

「伯父様の領地経営の努力が実って、本当に嬉しいですわ」

ホホホと笑う私に、エルスト侯爵様はとうとう諦め、苦笑を浮かべる。

「ふむ、息子の言う通り、なかなかに手強い」

レック様は一体どんな風に私の事をお話しになったのかしら。エルスト侯爵様の口ぶりから、碌な話では無かった様だわぁ。

「時にサラナ嬢、貴女にはまだ将来を約束した方がいらっしゃらない様だが……」

キラーンと音がしそうな目付きで、エルスト侯爵様が私を見つめる。その爛々と獲物を狙う様な視線に、私は思わず仰け反った。

「奇遇な事に、ウチのレックにもぶほっ!お、おい、レック?」

エルスト侯爵様の言葉の途中で、レック様が突然、侯爵の口を両手で押さえた。

「なりませんっ、父上!その先を言ってはなりませんっ!」

「何故だ、この様な良縁、なかなか……」

「トーリ様が、サラナ嬢に関心をお持ちなのです」

レック様は侯爵様を引き寄せ、その耳元に何事かを囁いているようだった。こちらまでは聞こえなかったけど。侯爵様の目が、大きく見開かれる。

「なにっ?本当か?レック、本当なのか?」

「はっ!天地神明に誓って、偽りでは御座いません!」

エルスト侯爵は暫く呆然としていたが、レック様と私を交互に見比べると、上機嫌に笑み崩れた。

「そうかっ。そうかっ!なんと、素晴らしいっ!女性に対してあれほど辛辣だった方が、とうとうっ!それは、さぞ陛下がお喜びになるだろうっ!」

ん?陛下?国王陛下の事よね?何故ここで陛下のお名前が出てくるのかしら?

「随分と気にされていたのだ。あのお歳で、余りに潔癖すぎると。まぁ、陛下とてあの時分は、似たようなものだったが。陛下には妃殿下がおられたから、その点は心配していなかったものなぁ…。そうか、なるほど。お前が言う通りならば、今からでも相応しい教育を受けていただければ、充分に間に合うだろう」

ボソボソと呟くエルスト侯爵に、レック様がまたその耳元で囁く。

「サラナ嬢は、妃教育も終えていらっしゃいます」

「何っ?そうなのか?たしかにこのお年頃にしては、美しすぎる所作だと思ったが。それで、評判は?」

「隣国で探らせてみましたが、悪く言うものは誰もおりません。あちらの次のお相手が酷過ぎるというのもあったのでしょうが、ゴルダ王国でサラナ嬢は、幼いながらも『完璧令嬢』と呼ばれていたようです。此方に滞在している間、サラナ嬢の博識と発想力に驚かされてばかりでした。能力的には十分過ぎるほどかと」

「いつもご令嬢に辛口なお前が、そこまで褒めるとは……。何と素晴らしいっ!」

エルスト侯爵とレック様のお話は小声のせいで、良く聞こえなかったけど……。何故かじいっと凝視されているので、とりあえず愛想笑いを浮かべておいた。困った時の曖昧な笑いは、日本人の性だわ。

「ドヤール伯!サラナ嬢の居を直ぐに王都へ移すべきだ!其方がここから動けぬというなら、私がサラナ嬢の後見に!」

「恐れながら」

興奮するエルスト侯爵の言葉を、お父様が静かに遮った。

「その先はどうか仰らないで下さい」

高位貴族の言葉を、男爵でしかないお父様が遮るなど、大変失礼な事だが、お父様はじっと、エルスト侯爵を見据えている。

「サラナは。この子は……、幼い頃から全ての時間を王子妃教育に費やし、娘らしい楽しみを何も知らずに育ちました。その挙句、お相手の心変わりであっさりと婚約を解消され、打ち捨てられたのです」

お父様が、膝の上の拳を、ギリリと握りしめる。

「私は、今後一切、娘の意に沿わぬ縁談を受けるつもりはありません。親バカと、貴族失格と謗られようと、娘を不幸にする縁を結ばせるぐらいなら、折角頂いた貴族籍ですが、返上させて頂きます」

静かだけど、有無を言わさぬ強い言葉に、私は胸が締め付けられた。

婚約を解消された時、私は清清したし、前世もお一人様だったから特に何とも思わなかったけど、お父様とお母様は、涙を流していた。私のこれまでの努力を蔑ろにされ、結婚という未来が閉ざされた事に、悔しさと怒りと悲しみで、私を抱きしめてボロボロと涙をこぼしていた。「サラナは何も悪くない、お前は最高の娘だ」と何度も何度も私に言い聞かせくれた。

「良く言った!」

お祖父様が、バシンとお父様の肩を叩き、笑う。

「心配するな。ワシの目の黒い内は、ドヤール家の宝玉を、誰であろうとそう簡単に渡さんわ。少なくとも、ワシを倒せる男でなければ許さんっ!」

私、今世でもお一人様確定ですわね。三つ首竜を倒すお祖父様を倒せる人間なんて、この世にいるのかしら?

「まぁ、親父は無理でも、最低限、私に勝ってもらわないと」

伯父様が凄味のある笑いを浮かべる。伯父様だって無理ですよ。領民に『血塗れ領主様』って呼ばれてるの知ってます?

「な、ドヤール伯?何を言ってるんだ!」

怒りで青筋を立てるエルスト侯爵に、私はニッコリ微笑んだ。なんだかよく分からないけど、どなたかと私の縁談を進めようとなさっているのかしら?余計なお世話よー。

「エルスト侯爵様。私、残念ながら嫁ぐには障りがございますのよ?お疑いでしたら、どうぞ、ゴルダ王国の公式記録をご確認ください。第二王子の婚約解消理由が、しっかり記されておりますわ」

ほほほ。貴族令嬢としては致命的な理由が、バッチリしっかり載ってますわよ。

「大変有り難いお申し出でございますけど、 折(・) 角(・) 、 事(・) 業(・) 提(・) 携(・) と(・) い(・) う(・) 素(・) 晴(・) ら(・) し(・) い(・) ご(・) 縁(・) が(・) ご(・) ざ(・) い(・) ま(・) す(・) の(・) に(・) 、私ごときの縁談で、お手を煩わせるなど、心苦しいですわ」

意訳。いらん縁談を勧めたら、事業提携は無しね。

誰と縁付かせるつもりなのか知りませんが、余計な事は考えずに事業だけに専念しなさい。協力するのやめちゃうぞー。

ニッコニコで思惑を込めてそう言ったら、エルスト侯爵は何か言いたげにしていたが、結局押し黙った。うん、勝った。