シゴデキ・ワンオペ令嬢を貪り読みながら、若手の進捗を管理する限界OL
作者: 紡里
本文
ボーナスが増えない。若手はすごく上がったとキャッキャしているので、「新人に手厚く」という人材確保の一環なのだろう。
だが、しかし。それが中間層の冷遇に繋がったらあかんのじゃないかね、キミ。
……脳内のオッサンが怒りをジョークに変えようとして、失敗した。
悔しい。悲しい。虚しい。
若手のフォローを押しつけられて、「本当に育つのか、こいつら」と震える握りこぶしを背中に隠し、「いい先輩」を演じているというのに。
シゴデキ、ワンオペ令嬢の小説を貪り読んで、自らを慰める。
仕事ができるが評価されず、雑用まで押しつけられて、一人で仕事を回している令嬢が主役の小説だ。最後は無能な人々をギャフンと言わせてすっきりする、勧善懲悪ものと言っていいだろう。
くそー。仕事しろよ、課長。
先日、午後三時過ぎに「できませ~ん」と言ったやつの尻拭いを、私に押しつけて先に帰りやがって。「君なら安心して任せられる」じゃないっつーの。
教育係である私のせいにされたけど、誠実さが育つかは家庭での躾の問題でしょう?
もしくは、学生時代。様々な行事を通して、「割り振られたことはちゃんとやる」という責任感を育んできたはず。
教員になった友達は「なんでもかんでも学校に求めるな」と切れていたけれど。
ああ、可愛い顔で乗り切ってきたのか。それで、就職の面接も通ってしまったと。
ばかか。チョロすぎるぞ男ども。
それだったら、尻拭いもお前たちでやれっつーの!
あれ? 人事課に女性っていなかったっけ?
まあ、とにかく。明日から、私は、もう「サービス」しない。
結局、最終的にやってやるから、彼女に対して「教育」になっていない。つまり、私も甘やかした側か。うう~、踏んだり蹴ったりだ。
次の日の朝一番に、私は若手社員のところに行く。
「何日くらい前に、間に合いそうもなかったと気がついたの?」
穏やかに話しかける。こめかみに青筋が出そうだけれど、押さえなければいけない。
「えっと、三日前くらいですかね」
おい、他人事か。反省する気はなさそうだ。
「では、次からその時点で相談しましょう。手分けしてやれば、前日に終電間際まで残業しないですみますから」
「ええ~。ベテランさんだから、もっと、ちゃきちゃき処理してくれるのかと思ってました」
最初から押しつける気満々かよ、このボケナスが。そして、私を無能扱い……!
「あなたの判断ミスで、残業代、本来必要なかった光熱費が発生しました。会社に損失を与えたことを自覚してくださいね」
皮肉っぽい言い方になってしまった。残業代が出るだけマシだけど。だからといって「問題なし」と無罪放免されるわけじゃない。
「ええー、でも相談しづらくって~」
相談はしづらいのに、締切り直前で押しつけるのは平気なのか。判断基準がわけわからん。
「そ、そうだな。もっと優しく接してあげなさい」
無責任な甘やかしモンスターめ。
「では、次からは課長が残業してください。それなら私もこの子に優しくできます」
「きょ、教育係なんだから、しっかりしてくれ」
「もし、間に合わなくて大問題が発生したら、教育係と課長のどちらが責任を問われると思いますか? 仕事の進行管理は管理職の仕事じゃないんですか?」
目を逸らす課長。本当に、こいつムカつくな。
「管理できないなら、管理職を返上してその場所を私に譲れ! やりたいわけじゃないが、権限を与えられて、給料が上がるなら我慢してやってやる!」
私の声が、オフィスに響き渡った。
シーンとして沈黙が痛いくらい……。興奮した私の息づかいが恥ずかしい。
小さく控えめに拍手が聞こえて、そちらを見る。同じように搾取されている、大人しい中堅社員が立っていた。うん、同士よ。私は善戦したよね?
徐々に拍手が増えていき、課長と新人が決まり悪そうにうつむいた。
「まあ、反省して改善してくれるなら許しましょう」
私だって、鬼ではないのだ。
そこに、陽気なBGMが流れる。
「君のっ、笑顔がぁっ、僕のっ、ハートをっ」
……中学生の頃に好きだったアイドルの舌っ足らずな歌声。
「朝か……」
スマホのアラームを止め、両手で顔を覆う。
「夢オチ……。夢の中ですらスパダリは登場せず、自ら働くとか……」
どんだけ社畜なんだ、私――
起きたら、昨日買っておいたクロワッサンが私を待っている。コンビニの深夜営業ありがとう。私が「後はもう寝るだけ」と、うなだれている間も働いていた人がいる。
昨日は読めなかった小説を、今日は読めるくらいの時間と体力は残したい。ペース配分、大事。目指せ、脱・社畜。
私は勢いを付けて、起き上がった。
「もう、これからは嫌がられても、進捗チェックの頻度を増やしてやる」
カーテンを開けて、伸びをしながらそう決意した。