軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

●第281話●二代目瑠璃猫号のお披露目

「親方! 準備出来やしたっ!!」

「分かった! お披露目までもう少し時間があるから、念のため時間ギリギリまでチェックしとけ! なんつってもこの領初めての進水式だ。失敗しましたじゃ笑い話にもならねぇぞ!?」

「「「「「へいっ!!」」」」」

棟梁であるツィーゴが来たのを見て、船大工のリーダーから声がかかった。

ツィーゴは満足そうに頷くと、更なるチェックの指示を出す。

何度も確認させられると嫌な顔をする者がいそうなものだが、マツモト領の船大工達にはそんな素振りは微塵も見られない。

ツィーゴの教育の賜物ではあるが、世界で自分達にしか作れない物を作っているという職人として最高の環境である事もまた大きいのだろう。

最初に長い桟橋を作った砂浜から少し離れた岩礁地帯。

砂浜と比べて足下から水深がある上、海底が岩なので浚渫がしやすいため、本格的な港として整備が行われた。

並行して、大型の船を建造できる造船所もそこに建てられている。

そうして開発が進むにつれ人口が増えていき、少し前にはついにメルビナは村から町となった。

そんな小さな港町の一角に、似つかわしくない一団がいた。

様々に改造された豪華な魔動車から降りた、これまた仕立ての良い服に身を包んだ見るからに貴族と思われる者たちが、勇に続いて造船所へと入っていく。

進水式に際して、所縁のある貴族家を招待していたのだ。

「ほう……。これは美しい船だな。私は船について詳しくはないが、これが美しい事は分かる。シャルトリューズ閣下の目から見たらいかがだろうか?」

赤い髪と髭を蓄えた貴族――サミュエル・フェルカー侯爵が話を振る。

「ああ、フェルカー閣下の言う通りとても美しい船だね。以前我が領で共同開発したアズール・リンクスも美しかったが、それを上回る美しさだ」

話を振られた長い金髪の貴族――オーギュスト・シャルトリューズ侯爵が、目を細めながら答えた。

「閣下お二人にそう言っていただけると嬉しいですね。職人たちも喜びますよ」

船の方から戻って来た勇が、笑顔で礼を述べる。

「なに、見たままを言っただけだよ。実に美しい。それに……、見た目だけでなく随分と性能も上がっているのではないのかね?」

勇の返答を受けたシャルトリューズがさらに問いかける。

「そうですね……、詳しくは秘密ですが速度も武装もそれなりに、とだけ……」

問われた勇は笑いながら受け流す。

「ふふっ、なるほど。うん、少しは貴族家の当主らしくなってきたね」

「あははー、ありがとうございます」

はぐらかされたシャルトリューズだが、特段気にする風でもなく笑っていた。

「ふむ、シャルトリューズ閣下は外にある船、アズール・リンクスでこちらまで来られたのだったか……?」

「ええ。瑠璃猫号がちょうど修理を終えたタイミングでしたからね。試験航海も兼ねて、お迎えに上がりました。エレオノーラさんまで同乗されるとは思いませんでしたが」

サミュエルの質問に勇が答えながら苦笑する。

「かっかっか、こんな機会滅多に無いからの。船で迎えに行く予定だと駐屯地の連中から 魔法巨人の書記(ゴーレムライター) で連絡を受けて行くしかないと思っての」

すぐ後ろを歩いていた傭兵伯ことエレオノーラ・エリクセン女伯が、からからと笑いながら答えた。

マツモト領とクラウフェルト領に隣接するような形で、エリクセン家の傭兵が一個中隊常駐している駐屯地がある。

同一派閥であるクラウフェルト家やマツモト家の騎士達と継続的な合同訓練を行いつつ、王国中央に楔を打ち込んでいる形だ。

よほどの機密事項以外は共有されてすぐに領地であるエリクシブルグにも伝わるので、船で迎えを出すと聞いたエレオノーラがシャルトリューズ領まで押しかけた形だ。

「そうか、エリクセン卿も乗ったのだったな……」

「ん? なんじゃ、サミュエル閣下も乗りたかったのかの?」

「ちょっと! エレオノーラさん何てことを!?」

神妙な顔で言うサミュエルを茶化すように、エレオノーラが水を向ける。

王国広しと言えど、ここまで分かりやすくサミュエルをいじれるのは、国王とエレオノーラくらいだろう。

かなりフランクに話をする勇でも一線は引いているので、エレオノーラの台詞に慌てる。

「うむ。ようやく手に入れた魔動車で満足していたのだがな……。我が領に海が無い事をこれ程悔やんだことは無い」

「かっかっか、やっぱりの。イサムよ、後で乗せてやったらどうだ?」

「ええ、そりゃあ構いませんけど……。サミュエルさん、乗りたかったんですね……」

「よろしく頼む」

乗船できることになったサミュエルが、満足そうに頷いた。

元々魔動車に対しても並々ならぬ興味を示していたサミュエルだったが、どうやら魔道具、それも乗り物に対する思い入れが強いようだ。

そういえば 魔法巨人(ゴーレム) にも乗りたがっていたな、と思い出した勇が内心で苦笑する。

「……お前んとこの婿殿は、やっぱとんでもねぇな。あのお三方と談笑してやがる……」

「ハッハッハ、すごいよねぇ。同一派閥のエリクセン閣下はまだしも他派閥の重鎮、それも侯爵閣下が相手だからねぇ。私でも未だに緊張するのに」

少し距離を置いて歩いていたダフィド・ヤンセン子爵とセルファース・クラウフェルト伯爵は、思わず顔を見合わせた。

セルファースの言う通り、サミュエルもオーギュストも敵対勢力とまでは言わないまでも他派閥の貴族だ。

しかもどちらも侯爵という大貴族の当主本人であり、名ばかりではなく実力も王国随一であろう。

そんな重鎮に、ある種劇薬のようなエレオノーラを交えて冗談交じりの会話が出来る勇を、セルファースたちは驚きの表情で見ていた。

彼らのさらに後方を歩く三人の辺境伯ら同一派閥の領主たちも、彼らの言葉に小さく頷く。

そもそも王国貴族の常識からしたら、進水式という小規模な式典に派閥外の貴族、それも侯爵家の当主を呼ぼうという時点で普通ではないのだ。

勇からしたら、最初こそ色々あったがすでに二人の侯爵は遠い存在ではない。

サミュエルはズンとの戦争で共闘した、いわば同じ釜の飯を食べた仲であるし、オーギュストには瑠璃猫号の建造時に世話になり、最近ではバンド活動を通しての交流がある。

自社のパーティーに、お世話になっている協力会社の取締役級を呼んだくらいの感覚だ。

もっとも、そもそも貴族でもなかった勇が、ビジネス上とは言え上位貴族の筆頭格と懇意に出来ること自体がおかしいのだが……。

そんなこれまでに類を見ない式典だったが、進水式自体は粛々と行われ、二代目瑠璃猫号は無事海に浮かぶこととなった。

「おお、これは素晴らしいな! 以前に帆船に乗った事はあったが、それよりも大きいにも関わらず速い。これはまるで別物だ」

「動力も推進方式も違いますからね。同じなのは船という点だけかもしれません」

船首付近で正面から風を受けながら、サミュエルが目を輝かせていた。

その脇で勇が簡単な解説をする。

無事に進水式を終えた後、せっかくならと皆で二代目瑠璃猫号に乗り込み、お披露目のクルージングに出ていた。

あまり沖へ出ると魔物が襲ってくる可能性があるが、近海には大型船に襲い掛かってくるような魔物はいない事が分かっているため、遊覧と洒落込んでいる。

三々五々、一回り広くなった甲板に散らばってのんびり楽しむ中、最も楽しみにしていたサミュエルは忙しなく甲板を移動しきりだ。

「動力……。うぉーたーじぇっと、と言ったか?」

船首で勇の説明を聞いたサミュエルは、今度は船尾側に移動する。

「ええ、ウォータージェットです。お見せすることは出来ませんが、勢いよく水を噴射する魔法具ですね」

「確かに勢いよく水が出ているようだ。原理自体はシンプルなのだな……」

水飛沫を上げるウォータージェットを見るサミュエルの目は真剣そのものだ。

「な~~ん」

「……ふむ、そろそろオリヒメは飽きてきたか?」

サミュエルの肩に乗っていた織姫が、甘えたような声で一鳴きして頬をスリスリと擦り付ける。

誰をもてなせば良いのか把握している織姫は、船に乗るや否やサミュエルの肩に乗り、以降ずっとそこにいる。

ちなみにオーギュストの肩には、ティラミスの愛猫であるキキが同じように乗って愛想を振りまいていた。

間違いなく織姫から指示が出たのだろう。

そんな織姫の巧みな誘導により甲板での見学は一区切りさせようという空気になったところで、執事のノイマンが勇に耳打ちをする。

「――ありがとう。皆様、昼食の準備が出来たようなので、船室の方へご案内します!」

式典が午前中に行われ、そのまますぐに海へと繰り出していたので、昼食は船上で摂ることになっていた。その準備が整ったようである。

勇の案内で、一同は船室へと降りていった。

「船内なので、狭いのはご容赦ください。そのかわりに、美味しい料理とお酒を用意していますので」

食堂へと到着すると、そう言って着席を促す。

船体の大型化に合わせて食堂も一回り広くはなっているが、それでも上位貴族の感覚では非常に狭い。

揺れ対策のため座席も固定式だし、スペースの有効活用のため座席の下は収納になっている。

ともすれば激怒されそうな内装だが、今回案内された面々は実に興味深そうにその誂えを検分していた。

辺境伯達やエレオノーラはもちろんだが、サミュエルやオーギュストも自らが前線に出ることを厭わない当主なので、豪華さと実利はきっちり分けて考えているのだろう。

「まずは食前酒ですね。結構強めのお酒なので、氷を入れて水かこちらのソーダで割っていただくことをおすすめします」

最初に出てきたのは、小振りのグラスに入った食前酒だった。

綺麗な琥珀色をしている。

「強め、ということは火酒か?」

勇の説明に真っ先に反応したのは、酒好きのズヴァール・ザバダック辺境伯だ。

「はい。ウィスキーという火酒です。私のいた世界のものを参考にマツモト領で作っているオリジナルなので、厳密には火酒では無いかもしれませんが」

「なに!? 火酒を作っているだと!?」

再びの勇の説明に、ズヴァールが思わず立ち上がる。

火酒の製法はドワーフ族の秘伝であり、時の王でもその製法は知らない。

酒好きなら驚いて当然だろう。

初めて作ったウィスキーが樽に仕込んで半年以上たったので、物は試しにと今回初お披露目する事にしたのだ。

「ええ。ドワーフの職人に手伝ってはもらっていますが、製法自体はオリジナルです。多分ですけど、ドワーフの製法とは異なりますね」

「ドワーフと違う製法の火酒……」

勇の言葉に、ズヴァールはグラスの中の液体を凝視したまま沈黙してしまう。

「ん? よく見たらこのカップはガラス製ではないのかね?」

沈黙の中、次に口を開いたのはオーギュストだ。

ウィスキーが注がれているグラスが、まだ珍しいガラス製である事にあらためて気付く。

「はい。私のいた世界ではウィスキーはガラスのカップで飲むのが当たり前だったので、職人と試行錯誤して作ってもらったんです」

「なんと、わざわざ作ったのかね……」

「ええ。流石に数は無いのでおもてなし用ですけどね。当然揺れる船にも普段は載せてません」

少々作るのに苦労はしたが、形から入りたい勇としてはどうしてもガラス製のグラスが欲しかったのだ。

ある意味、領主特権を使った初めての我儘かもしれない。

「どれ……。む!? これは美味いな!! 初めての香りやが、良い香りや」

乾杯の後、一先ずストレートで口に含んだズヴァールが目を見開く。

「ほぅ? 確かにこれは美味い」

「うむ。アルコールもドワーフの火酒に劣らんな」

一拍遅れて他の面々も感想を口にする。

「香りを楽しむなら、一対一くらいで加水するのもおすすめですよ」

上々の反応にホッと胸をなでおろした勇が、続けて説明をしていく。

「おお!? 確かにアルコールがまろやかになった分、香りが引き立つな」

「私はこちらの方が好みだねぇ」

ダフィドやセルファースは、どうやら水割りの方が好みのようだ。

「あまり強いお酒が得意でない方は、氷を入れてこちらのソーダで割ると良いかもしれませんね」

皆の様子を見ながら、そう言って勇は自分のグラスにソーダを入れてハイボールを作る。

この世界(エーテルシア) の人々は、基本的には皆酒に強い。

もちろん個人差はあるが、体質的に下戸と言う人はほぼいないだろう。

だからと言って皆が酒好きかと言えばそんな事は無く、味やアルコール度に関する好みは様々だ。

「む!? そーだと言ったか? この水はエールのように泡立つのか。わっちはこれが気に入ったわい」

「ふむ。私もこの爽やかさが好みだな」

最初に一口試してから進んでいなかったエレオノーラとサミュエルだったが、ソーダ割は気に入ったらしい。

このソーダも、ウィスキー作りを始めた当初から探し始めて、最近ようやく見つけたものだ。

天然の炭酸水である。

現代日本であればコンビニでも手軽に炭酸水は購入できるのだが、人工的に作るには何気に高い技術力が必要だ。

二酸化炭素を単離して保管、圧力をかけての水溶、それに耐えられる容器など、工業製品と言っても過言ではない。

なので勇は、天然の炭酸水を求めて各地に人を派遣していた。

古来よりヨーロッパでは、天然の炭酸水は飲まれてきていた。

多くはないが日本でも飲用の炭酸水が湧いているところはあるし、炭酸を多く含んだ温泉ならさらに多い。

この世界(エーテルシア) にも火山活動はあって温泉もあるので、天然の炭酸水もあるだろうとの目論見だ。

日本にいる時に行った有名な炭酸泉の温泉地で、天然の炭酸水が出来る条件が解説されており、それを元にある程度候補地を絞りはしたが、そこからは地道かつ運任せの作業だった。

しかし思わぬところでまたしてもカリナの伝承知識が火を噴いた。

“泡立つ泉”があるという伝承が、王国北部にあった事を思い出したのだ。

その話を参考にさらに場所を絞り込み半年以上探索を続けた結果、ついにカレンベルク伯爵領にて自噴している泉を発見、近くで井戸を掘り当てたのだ。

「なるほど、泡の出る水を探していると言われた時は意味が分からなかったが、こうして飲むために掘っていたのだな……」

サミュエルと一緒に来ていたブルーノ・カレンベルク伯爵が、ハイボールの入ったグラスを傾けながら呟く。

「あはは、黙っていてすみません。製品化する場合は、共同開発と言う事でひとつ……」

「むろん構わんよ。我々だけだったら掘ろうとも思わなかっただろうし、逆にありがたいくらいだ」

頭を掻きながら言う勇に、ブルーノは小さく肩をすくめてみせる。

何も無い山や森の中とは言え、流石に他貴族の領地を勝手に掘るわけにはいかないので、簡単に事情を説明して監視を付けてもらいつつ採掘していたのだ。

今後は冷蔵箱に続いて、カレンベルク家との共同開発製品として広まっていくだろう。

ひとしきり食前酒で盛り上がった後、サラダ、スープ、主菜、主食と続いていったのだが、こちらも都度盛り上がりを見せていた。

まずサラダだが、こちらにはマヨネーズが使われていたためそれで大盛り上がりする。

参加貴族全てがレシピを欲しがったので、幾ばくかの金銭で販売する事になった。

料理が発展していくのは勇も望む所で、マヨネーズに関してもしばらくしたら領地外にも広める予定だったので、遅いか早いかだけの違いだ。

その点含めて全員が納得しての購入だった。

主菜は、 この世界(エーテルシア) では珍しい塩漬けにしていない新鮮な海産物料理だ。

こちらも試験的に始めた本格的な漁業で獲れたものである。

外洋船を作るに至る過程で試作した十五メートル級の魔道船を漁船として利用、やや沖合まで出ての漁だ。

たまに魔物が出るため最初は騎士が一、二名同乗していたが、魔法具もあるため現在は冒険者の同乗で安定して漁を行う事が出来るようになっている。

これまでそうした漁場で漁をすることは無く、生の海産物は滅多に食卓に上らないため、こちらも驚きを以て迎えられた。

特に自領にも海があるオーギュストの食いつきは凄まじく、後日改めて話をする事となった。

そして主食。こちらはオリザ――米を使ったものが提供された。

これまでは身内のみで食べていたので、派閥内の貴族たちに対しても初の提供となる。

さすがにいきなり白米とおかずと言う形はハードルが高いので、米料理として提供される。

何度か試食会をして、もっとも受けが良く見栄えもいい“パエリア風海鮮チャーハン”だ。

ハーブと少々の香辛料、貝類を入れて硬めに炊いたご飯を、バターと玉ねぎで炒める。

それをパエリア鍋のような鉄板に乗せたら、同じくハーブとバターでソテーした海老と魚を盛りつければ完成だ。

ちなみにこの海老は、例のマッドクレイフィッシュである。

果たしてこの料理も大受けする結果となった。

これは海老クリームコロッケと共にマツモト領の名物料理にする前提で開発した物なのでレシピを売る事は出来なかったが、米については全貴族から買いの注文が入った。

ちょうどこれから田起こしの時期。今年は一気に面積を拡大して、本格的な稲作がスタートする事になるだろう。

こうしてマツモト領の新たな特産品のアピールにも成功して、二代目瑠璃猫号の進水式典は大成功のうちに幕を閉じた。

「荷物の積み込み終わったか~? 今回は武器類もありったけ持っていくからな。ぬかるんじゃねぇぞ?!」

「「「「「おうっ!」」」」」

綺麗に水の張られた田んぼに爽やかな風が吹き抜ける五月の初旬。

メルビナの港は少々の緊張感と大きな活気に包まれていた。

その中心にあるのは、ひと月ほど前に無事に進水した二代目瑠璃猫号だ。

初代瑠璃猫号と同じく副船長を襲名したレベッキオの指示のもと、積み込み作業が佳境を迎えていた。

進水してから約一ヶ月。

二代目瑠璃猫号の操艦訓練や新造した魔動兵器の訓練を行い、田植えも終えて準備万端。

いよいよ船島への上陸を果たさんがための対海竜戦リベンジに向けた、船出の時を迎えていた。