軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

●第272話●嵐の到来

「この風とうねりの感じ、さっき見た空と海の様子から、進行方向に嵐の中心があると思いやす」

「なるほど……」

「よりにもよって、進行方向かよ……」

――嵐になる。

物見から見た海面の状態と雲の様子、そしてうねりと風からそう断じたカッサノの言葉を受けて、艦橋では緊急会議が開かれていた。

参加者は、船長の勇、副船長のレベッキオ、乗員をまとめるフェリクス、操舵長のマルセラ、ハーフエルフのユリシーズ、そして元シャルトリューズ家船団の船員カッサノだ。

狭い観測室の机を囲んで、文字通り顔を突き合わせている。

「私はうねりに関してはよく分からないですが、この風の感じは天気が悪くなる前触れに似ていると思います」

「ユリシーズから見てもそうですか」

ハーフエルフのユリシーズも、私見を述べる。

森の民の血を引く彼は、夜目が利くだけでなく天候を読む事にも長けている。

当然陸上と海上とでは随分と勝手は違うが、これまでの航海でだいぶ慣れてきていた。

「……分かりました。二人の意見を総合して、この先嵐になると断定しましょう」

腕組みをした勇がそう決断を下す。

「時間的猶予はどの程度ですか?」

嵐になると断定したのなら、あとは行動に移すだけ。そんな意思を込めて勇がタイムリミットを尋ねる。

「風が巻いてるはずなんではっきりしたことは分かりやせんが、今の速度で走ったら、三、四時間後には突っ込みやすね」

勇の問いにしばし考えてからカッサノが答える。操縦桿を握ったまま話を聞いていたマルセラの肩がピクリと反応した。

「……随分と早ぇな」

絞り出すように呟いたレベッキオの言葉に、全員が同時に頷く。

「このパターンの嵐が一番厄介なんでさぁ。急に嵐が出来るもんで、大概気付くのは近付いた後になっちまいやす」

更に言葉を続けるカッサノ。

長年外洋貿易船に乗っていた彼によると、嵐は大きく三パターンに分かれるらしい。

一つ目は最もイメージしやすい台風のような大規模な嵐。

二つ目はゲリラ豪雨やスコールのような小規模な嵐。こちらも昨今の日本人であればイメージしやすいだろうか。

そして三つ目が、カッサノ曰く厄介な中規模の嵐だ。

実際嵐に遭遇した場合に被害が大きいのが大規模な嵐であるのは間違いない。

しかし、一番多くの船を沈めてきた嵐がどれかと言うと、おそらく中規模の嵐であろう。

「でかい嵐は、かなり前からうねりが出やす。それもかなり遠くまでうねりが来るんでさぁ」

大きな嵐は、ほとんどの場合発達するのに時間がかかる上、発達中はあまり動かない事が多い。

そのため、接近する前からかなり遠方まで大きなうねりが伝播するため、嵐の到来を早く、遠い距離から察知できるらしい。

地球において遥か太平洋沖で台風が発生した場合でも、天気自体は晴れていても海にはかなりうねりが出る。それと同じだ。

規模が小さいものは急速に発達する場合がある。

その場合、影響が出る海域に達した時には、すでに発達した後になってしまう可能性が高い。

「それとデカいのは、動きが遅いんでさぁ」

また、嵐の進む速度も比較的ゆっくりだ。

地球においても台風の速度が上がるのは、北上して偏西風に乗ってからがほとんどである。

嵐自らの影響力が大きいため、局所的な風の影響を受けづらいのだ。

対して規模の小さい嵐は、大型のものと比べて外的影響を受けやすい。

そのため速度が速くなりやすい上、急加速したり急な方向転換をするなどピーキーな動きを見せることが多々ある。

「なんで、デカい嵐が来る場合は戻ったり逃げたりして、そもそも嵐に突っ込むような事にはほとんどならないんでさぁ」

そう言ってカッサノが話を締めくくった。

彼の言う通り、被害が大きくなるのが分かっている嵐にわざわざ突っ込むようなことはしないのだ。

例外があるとすれば、軍事行動などで予定を変えられない場合か、まだいけると誤った判断をする場合くらいだろう。

「ったく……。気付いた時には既に近くまで来てるし、逃げようにも足が速ぇ上、どっちに進むか分からんってか? 確かに厄介だぜ、こいつぁ」

「まったくですね」

お手上げとばかりに天を仰いで両手を上げるレベッキオに同調して、勇も大きなため息を漏らす。

「では最悪あと二時間で嵐の影響が出るとして、出来る対策を全て打ちましょう」

「そうですね。文句を言っていても始まりませんから」

「まずは大方針。どちらに逃げるか、です」

こうして、想定より早く嵐の影響が出ても慌てないよう、乗り切るための計画が素早く立てられていった。

ギィ ギギィ……

勇とレベッキオ、そしてマルセラだけが残った艦橋に、船体が軋む音が絶え間なく聞こえてくる。

先程までより明らかに音が大きく、そして間隔が短くなっていた。

「へっ、いよいよ来やがったか」

「ですね。かなりうねりも出てきました」

いつの間にか艦橋の窓に打ち付けるように降り出した雨粒を見据えてレベッキオが吐き捨てれば、時折大きく傾くようになった様子に勇も顔を顰める。

十分ほどで方針を決めてから二時間半ほど。嵐に備える準備をしながら、瑠璃猫号は東南東へ向かっていたその進路を南西へと変えて全速で航行していた。

「よし、マルセラさんよ。舵そのまま、推力三点に下げだ」

「舵そのまま、推力三点、ヨシッ!」

副船長レベッキオの指示を復唱しながら、マルセラが船速を下げた。

通常時は訓練も兼ねて勇が操船指示を出しているのだが、こうした緊急時にはより信頼性の高いレベッキオが操船指示を出すことになっているのだ。

――ほぼ東へ進んでいるこの船に近付いているんでやすから、おそらく嵐は北西方向に進んでやす。であれば……、南西の方角に逃げるのがいいと思いやす。

進路を決めた時のカッサノとのやり取りを、勇は思い返していた。

「まず、嵐はほとんど北方向へ向かいやす。西や東にどれくらい傾くかは分かりやせんが、南へ行くことはほとんどありやせん」

「ふむ。対してこの後嵐が進むパターンは、そのままか右か左に曲がるか、止まる又は後退の大きく四パターン……」

「へい。一番可能性が高いのはそのまま、次が右へ曲る、この場合北から東寄りに進路が変わりやす」

「で、南に行くことは少ないっつう話だったから、左に曲がる可能性は低い、か」

「そのとおりでやす。仮に左に曲がる場合でも減速してからになりやすから、時間が稼げやす」

「で、そのまま嵐の影響を受けなければラッキーですが、そう甘くは無さそう、と言う事で良いかな?」

「……へい、この船の足でも逃げ切れるという事は無いと思いやす」

「なるほど。目的地はまだここから南なので、完全に逆方向でもない、か。うん、リスク回避にはそれが一番良さそうですね。では、大方針としては南西方向へ逃げることとします」

「「「「「はいっ」」」」」

そんな会話がなされて決まった進路だったが、やはりここにきて嵐に捕まる事となった。

「艦橋からボトムへ、艦橋からボトムへ。ついにおいでなすったぜ。可変バラストの重量を一割アップだ!」

「――おう、随分揺れとるのぅ。可変バラスト重量一割アップ、ヨシ!」

続けて伝声管を使った指示がボトム――船底チームへと伝えられると、一拍置いてエトと思われる明るい声が返ってきた。

可変バラストは、シャルトリューズ領から持ち帰った後に追加実装された秘匿装備の一つだ。

船には重心と喫水をある程度下げて船体を安定させるための錘、バラストが船底に詰め込まれている。

中世の帆船の多くがそうであったように、 この世界(エーテルシア) の船のバラストも普通は石が使われていた。

安価な上、積荷の量によって重量調整が出来るためだ。

瑠璃猫号も最低限の重量分は石で賄っているが、上積み分は重量を変えることが出来る素材――メタルリーチを使っていた。

石を使ったバラストは、海上に出てしまうと軽くする事は出来ても重くする事は出来ない。

通常はそれでも問題無い事が多いのだが、念のため海上で重量を増やす必要に迫られた時の為に、可変バラストを採用していたのだ。

それがここにきて役に立つことになる。

「どうだ、マルセラ?」

「うん、少し安定したね。これくらいが丁度良さそう」

レベッキオの問いに、マルセラが小さく頷きながら答える。

やり過ぎは良くないが、適度に重心を下げれば船体の安定度が増し、横揺れにある程度強くなる。

そして重心を下げて数分もたたないうちに、いよいよ風雨が強まり、うねりが大きく船を揺らし始めた。

「さて、いよいよ本番ですね。頼みましたよ、マルセラ」

「了解ですっ!」

いよいよ始まった本格的な嵐に、勇がマルセラに声をかける。

間を置かず、レベッキオからの指示が飛んだ。

「へっ、早速デカいのが来やがった。舵は二時! サイドの微調整は任せた!」

「舵二時、ヨシ! ……左サイド、推力一点」

指示を復唱しながら、急激に持ち上がりつつある船首の方向をマルセラが調整する。

ドパーーン

数秒後、大きなうねりと波が船体にぶつかり、振動が船を揺さぶった。

船体外壁に施した衝撃吸収の魔法陣が大活躍し始めているだろうが、それでもなおカランと転がったドリンクホルダーに収められたカップを見て、勇は再び先程の話し合いを思い出す。

「そもそも船で荒天に見舞われた時には、どう行動するのが正しいんでしょうか?」

身も蓋も無い勇の疑問だが仕方がない。

嵐が船にとって危険なものであることくらいは素人でも分かるが、じゃあ実際どう乗り切るのか? と問われて答えられる日本人など非常に少ないだろう。

「あっしらが乗っていた船ですと、基本的には帆を畳んで横波を食らわないように気を付ける感じでさぁ」

勇の質問に対するカッサノの回答はシンプルなものであったが、芯を食った答えでもあった。

そもそも嵐に遭った船が気を付けるべきものとは何か?

色々な考え方があるだろうが、大きく五つに分類する事が出来る。

座礁、傾き、スラミング、歪み、そして浸水だ。

座礁は一番わかりやすいだろう。そもそも嵐の時に限らない。

今回のように陸地や岩礁などの無い外洋では無視できるが、沿岸付近を航行する場合に最も気をつけなければいけないのが座礁だ。

特に帆船は風の影響をもろに受けるため、迂闊な操船をすると方向転換が出来ずに座礁してしまう羽目になる。

傾きも同じく分かりやすい。大きく不規則なうねりや風によって船体は大いに傾くことが容易に想像できる。重心の高い帆船では尚更だろう。

そして一定以上に傾いてしまうと元に戻る事が出来ず、あっけなく転覆してしまうのが船の怖いところなのだ。

スラミングと言うのは、波が叩きつけられる事によって船体が受ける打撃の事だ。

荒天時はかなり強い波が打ち寄せるだけでなく、うねりによる高低差で下手をしたら海面に叩きつけられる事になる。

こうした打撃によって、船体が破損してしまうのだ、

歪みは、スラミングによる直接的な打撃と比べて少々分かりづらいか。

うねりと波に翻弄されて揺さぶられる船は、常に船体が色々な方向に捻れることになる。

そうやって船体、特に竜骨と呼ばれるフレームに対して、見えない所でダメージを与え続けるのが歪みや軋みなのだ。

スラミングによる破壊が、即時かつ部分的、外部から行われるのに対して、歪みによる破壊は唐突かつフレーム全体に対して内部から行われることがほとんどだ。

どこまでダメージが蓄積しているのか分からないまま、限界を超えた途端いきなり船がバラバラになるので、非常に厄介な敵と言えるだろう。

そして浸水だ。

降雨はもちろん波も容赦なくかぶるだろうし、船体の隙間からも容赦なく水は入り込んでくる。

少量であれば特に問題無いが、浸水量が増えると重心がおかしくなって制御ができなくなるし、浮力が不足すれば最悪沈没である。

こうした憂慮すべき点を帆船で回避するための方法が、カッサノの言った「帆を畳んで横波に気を付ける」に集約されていた。

帆を畳めば、風の影響を減らして重心も下げられる。そして何より重要なのが横波を食らわない事だ。

スラミングにしろ浸水にしろ、余程の事が無ければ一撃で船が壊れるようなことは少ない。

歪みにしても目に見えないのだから、注意しつつも祈る他ないのが実情だ。

しかし横波はそうはいかない。

船は構造的に横への動きに弱いため、まともに横波を食らえば一発で転覆しておしまいになってしまうのだ。

そんな系統立てた理論や知識など勇達には無いし、カッサノの言葉にしろ経験則からの積み上げだろう。

しかしそれでも、対策としては有効だ。

彼の言葉を軸にやれることを選んでいく。

「まともに横波を食らうと一発でひっくり返りやすからね」

「確かに転覆したら一巻の終わりですね……」

「へい。なんで、波やうねりに対して常に船首を斜めに立てるようにするんでさぁ」

「斜め……。真正面からあたると今度は船体がまともにダメージを受けるわけか。マルセラ、そう言う事らしいから頼んだよ?」

「わ、分かりましたけど、うまくいくかどうかまではさすがに……」

勇の頼みに先程から緊張しまくりのマルセラが引きつった顔で応える。いきなり船の命運をおまえに託すと言われたようなものなのだから当然だろう。

「あはは、もちろんです。マルセラがやって駄目なら誰がやったって駄目なんですから、思い切ってやっちゃってください」

悲壮感漂うマルセラに、笑いながら勇が発破をかける。

「んだなぁ。ああそうだ、ジェットは絶対止めるなよ? 瑠璃猫は普通の船と違って舵はオマケだ。常に動かしながらジェットの向きで向きを調整するんだ」

それに追従したレベッキオは、自身も操船する立場から具体的なアドバイスをしっかり付け加えていた。

今マルセラが実践しているのが、まさにその“ある程度うねりに乗りつつ、斜めに波を乗り越える”操船だ。

大きなうねりに乗りつつも真下に降下するようなことが無いようにしながら、時折押し寄せる波を斜めに乗り越えていく。

今の所大きな問題は起きていないが、嵐はまだ始まったばかりである。