作品タイトル不明
●第268話●瑠璃猫号 いざ海原へ
「おお! 遂に完成しましたか!」
レベッキオの言葉に思わず勇の頬が綻ぶ。
予想していた話だったとはいえ、足掛け三か月かけて持てる技術と資源を惜しげもなく投入した渾身のプロジェクトだけに、その喜びは 一入(ひとしお) だろう。
「予定より少し早い感じですかね?」
「おうよ。向こうで随分とジルデッリに教えてもらったし、半分は魔法具絡みだからな。割とスムーズにいったと思うぜ」
自領に戻ってきてからの艤装作業は一か月弱程度を想定していたのだが、五日ほど早く仕上がっていた。
シャルトリューズ領での建造時には、最重要技術以外を割とオープンにしながら共同作業を行っている。
そのおかげで、お返しとして外洋船に関するノウハウをしっかりと教えてもらえたのが、この結果につながったのだろう。
「あとちょっとで事務仕事も一段落するので、早速見に行くかな。ノイマン、アンネにも声をかけておいて。姫も一緒にいると思うし」
「かしこまりました」
「う~~ん、楽しみだ!」
宣言通り一時間かけずに事務仕事を片付けた勇は、織姫とアンネマリーを伴って、領都ヴェガロアから瑠璃猫号の待つメルビナへと魔動車を走らせた。
「ぱっと見はほとんど違いが無いんですね」
「そうだね。甲板の両側にある魔砲類が増えたくらいじゃないかな?」
屋内ドックに係留されている瑠璃猫号を見上げながら、勇とアンネマリーが感想を口にする。
ドックへ到着した途端全力で走って行った織姫の鳴き声が、甲板の上から微かに「にゃっふ」と聞こえていた。
最後の艤装作業はトップシークレット扱いなので、目隠しできる屋根付きのドックの中で行われていた。
試作三号艇を作っていた造船所の近くに新たに頑丈な二本の桟橋を伸ばし、壁と屋根、出入り口に大きな扉を付けた、いわゆる湿式ドックである。
ベネチアにあるアルセナーレの造船所などがイメージ的に近いだろうか。
ちなみに瑠璃猫号がロールアウトした後は、さらに一回り規模を大きくしつつ、水抜きが出来る乾式ドックへと進化させる予定だ。
「まぁ手を入れたのは見えねえ部分がほとんどだからな」
桟橋の二階部分から渡されたタラップで甲板へと渡りながら、案内役を務めるレベッキオが言う。
彼の言う通りマツモト領に戻ってから行った追加作業は、そのほとんどが船の内側に対する作業だ。
こうしてレベッキオの案内の元、完成した瑠璃猫号の検分が始まった。
◇
「うん、バッチリですね。これで、現時点でやれることは全部やれたはずです」
「よっしゃ! ついに完成だな!!」
三時間ほどかけてじっくり追加艤装を確認した勇が、大きく頷きながらオッケーを出す。
さすがに少々緊張していたレベッキオの表情が、ようやく緩んだ。
「この後はどうするんですか?」
「しばらく操船の訓練を兼ねたテストをして、微調整を終えたら出航かなぁ」
一緒に検分を終えたアンネマリーの問いに勇が答える。
「今が九の月の六日だから……、大きな問題が無ければ十の月の上旬くらいの出航になると思う」
「なるほど……。どれくらいの期間航海する予定なんでしょうか?」
「えーっと、想定直線距離が二四〇〇キロだからバッファを見て三〇〇〇キロ、夜は走らず平均時速二〇キロとして…………。うん、片道十五日往復で三十日ってところかな?」
「……三十日、そんなにですか……」
「ちょっと長く留守番させちゃうことになるけど、事前に色々やって――」
ボフッ
頭を掻きながら説明する勇の言葉は、突然胸に飛び込んできたアンネマリーによって遮られた。
突然の行動に驚き、どうしたのかと声をかけようとした勇の動きが、腕の中で微かに震えているアンネマリーに気付いて止まった。
「…………ごめん。そりゃあ心配だよね。ちょっと浮かれて気付いて無かったよ」
そしてゆっくりその頭を撫でながら、謝罪を口にする。
その言葉に、胸の中のアンネマリーがふるふると小さく頭を振った。
「まぁ、半分以上俺の興味本位みたいなものだから、探索なんてする必要はないしね。船はシャルトリューズさんとこみたいに貿易とか輸送に使えばいいし」
「違うんですっ!」
頭を撫で続けながら、優しく話しかける勇の言葉をアンネマリーが再び遮った。
「探索に出掛ければまた新しい発見があるでしょうし、それは世界中でイサムさんにしか出来ない事で、そうしたほうがいいのは分かっているんです」
ようやく顔を上げたアンネマリーが目を真っ赤にして言う。
「でも、まだ誰も行った事が無い、遺跡なんて目じゃないくらい危険なのに逃げ場のない所に行って、もし何かあったらと思うと怖くて怖くて仕方がないんです!」
後半は半ば叫ぶように言ったアンネマリーが、再び勇の胸に顔を埋める。
「そっか……」
アンネマリーの話を聞いた勇は、特に何を言うでもなく優しく頭を撫で続ける。
肩の上の織姫も、その尻尾でゆるりとアンネマリーの頭を撫でていた。
「ふぅ……。すみません、取り乱しました。留守の間はまかせて下さい。そのかわり、必ず無事に帰ってきてくださいね!!」
しばらくの間そうしていたアンネマリーだったが、ようやく落ち着いたのか顔を上げて笑顔を見せる。
「当然だよ。お義父さんとお義母さんの前で誓ったからね、アンネを悲しませるようなことは絶対しないって。それに俺は臆病だからね。危なくなったらすぐ逃げるよ」
「フフッ、そうでしたね」
勇の回答に微笑み返したアンネマリーは、もう一度勇の胸に顔を埋める。
そして織姫を抱きかかえて勇から離れると、警護に付いてきているフェリクスをはじめとした騎士たちを振り返った
「フェリクスたちも頼みましたよ?」
「はいっ!! この命に代えましても、イサム様をお守りいたします!!」
「駄目です。イサム様が助かってもあなたたちが命を落としては意味がありません。いいですね?」
やや緊張した面持ちで答えるフェリクスには駄目出しをする。
「「「はっ!!」」」
フェリクスと共に護衛の任についていたティラミスとミゼロイも、姿勢を正して返答した。
「オリヒメちゃんも頼みますね~。まぁ、あなたは言われなくてもイサムさんを絶対守ってくれるって確信してますけどね~」
抱きかかえた織姫にグリグリと頬ずりしながら問いかける。
「にゃっふん」
織姫は、当然でしょと言いたげな表情で一鳴きすると、ぺしりぺしりとそのよく動く尻尾でアンネマリーの頬を軽く叩いた。
「っしゃ!! それじゃあ気合い入れて訓練しねぇとな!」
黙って様子を見ていたレベッキオが、努めて明るく声を掛ける。
「そうですね。それじゃあ皆、明日からよろしく!!」
「「「「「はいっ!!!」」」」」
勇の締めの言葉に、一同の返事が木霊した。
なお余談ではあるが、勇がアンネマリーに無事に帰ってきてと言われた際に口を衝きそうになり、慌てて飲み込んだ言葉がある。
「帰ってきたら、結婚式を挙げよう――」
それは、世に数多ある“フラグ”の内、最強との呼び声高い台詞であった。
◇
「左舷にも一体行ったぞ!!」
艦橋前のデッキに陣取ったリディルからの大きな声が、甲板に響き渡る。
「了解っ! ……捕捉した。雷導索ちょい沈めろ!!」
「了解!!」
指示を受けて左舷側に回ったユリシーズの指示を受けて、イーリースが手にした魔法具を操作する。
そこから伸びる細い帯状のものが足下に丸まっており、その先は海中に沈んでいた。
イーリースの操作を受けて、しゅるしゅるとさらに何メートルか帯が水中へ吸い込まれていく。
バヂィィ
数秒後、微かに聞こえたくぐもった音とともに、薄っすらと海中が白紫色に光る。
しばらくすると、鮮やかな緑色をした物体がゆっくり浮上してくる。
全長は五メートルは無いくらいか。三分の一くらいはずんぐりとしているが、残りはやや細長い。
「よし、浮いたところに射槍砲をぶち込め!」
「まかせろっ! …………っしゃ、行けっ!!」
それが浮いてきたのを目にしたユリシーズから再び指示が飛ぶと、舷側に据え付けられた射槍砲から短槍が勢いよく発射された。
ボシュッ
「キシャァァァ……」
見事頭部に短槍が命中すると、しばらくバシャバシャと藻掻いていた深緑色の生物の動きが止まった。
「……対象の沈黙を確認!」
「よし、皆怪我はないな? イサム様、シークロコダイルの駆除完了しました」
ユリシーズの声を受け、フェリクスが勇へと報告する。
「お疲れ様でした。これにて第一種戦闘配備は終了。片付け次第、第三種戦闘配備とします」
「「「「「第三種、ヨシ!!」」」」」
勇の指示を聞いて復唱すると、皆が三々五々に散って片づけを始めた。
「随分と慣れてきましたね」
「そうですね。このサイズの魔物なら、数が多く無ければ慌てることは無くなったかと」
勇が、その場に残っていたフェリクスと言葉を交わす。
十の月の五日。艤装を終えて一月ほど訓練をすると、瑠璃猫号は約四十五名のクルーを乗せてメルビナを出航した。
それから三日。三匹の海洋性の魔物――ワニっぽい見た目からシークロコダイルと命名――と遭遇して排除したところだ。
「やっぱり雷導索を使った戦術が効果的ですね」
イーリースが海中から巻き上げる様子を見ながらフェリクスが感想を口にする。
雷導索と呼ばれるそれは、海上戦闘用にあらたに実装された新兵器だ。
細長い帯の先端に野球ボール大の球が付いており、その後一メートルほどの間隔で五〇〇ミリリットルのペットボトルくらいの大きさをした円筒状の物体が合計十個ぶら下がっている。
「揺れる船の上から動く的に当てるのは難しそうですからね。こういう兵器が必要なんじゃと思いましたが、当たって良かったです」
「ですね。だからといってメタルリーチを使うのはイサム様くらいだと思いますが……」
勇の言葉にフェリクスが小さく肩をすくめた。
雷導索の基本的な使い方は川船に積んでいる雷玉・改と同じで、ロープ付の雷玉を水中に投下して相手を感電させる。
より強力かつ広範囲に効果があるよう、さらに出力を上げた雷玉が複数搭載されている。
基本的には、漂わすように流して使うことを想定しているのでロープは長い。
そして先端に付いている球の中に、フェリクスが言ったようにメタルリーチの素材を仕込んであった。
手元から土属性の魔力を流し込めるようにしてあり、重量を可変させることが出来る。
魔力を込めて重くして沈めることで、水中に潜った敵にも効果を発揮することが狙いだ。
コンセプトはまっとうな武器ではあるが、魔物との戦闘で失う可能性が高いものに高価なメタルリーチを惜しげもなく使うあたりがマツモト家流だろう。
これを左右の舷側に一つずつと、船尾に二つ実装している。
「魔砲類を増やしたのも正解でしたね」
そう言ってフェリクスが目をやった先には、合計十門の魔弾砲と射槍砲が舷側にズラリと並んでいた。
逆側にも同じ数の魔砲が並び、船首と船尾にもそれぞれ二門ずつ搭載されている。
「沖合に出る魔物は大きいという話でしたし、海の上で白兵戦をするわけにもいかないですからね。これくらいは積んでおかないと」
勇が大きく頷きながら言う。
「ええ。沖合に出たとたん、ほとんどが三メートル以上の魔物ですからね……。的が大きくて助かりますよ」
フェリクスが苦笑しながら答える。
出航して一日目は、まだ陸が見える距離だった事もあり魔物には出くわさなかった。
二日目には三回魔物とまみえたのだが、いずれも最大で二メートル程の個体である。
それが三日目となり海流が少し強くなり始めた途端、大型の魔物が出現するようになったのだ。
「すでに未知の領域ですからねぇ……。まぁ、空から襲われないだけよしとしましょう」
そう言って勇は、晴れ渡った空とどこまでも続く水平線に目を細めた。
住み慣れた陸地を離れること五〇〇キロメートル。彼らの航海は、まだ始まったばかりである。