軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

●第231話●お隣さん

王都での論功行賞があってから二週間後。ズンへの戦後賠償の話をプラッツォと調整しつつ、戦争の結末と貢献した者への褒賞内容が盛大に発表された。

古代の兵器である 魔法巨人(ゴーレム) を相手に勝ったとあって、国中が沸きに沸いた。

その 魔法巨人(ゴーレム) の実物も、壊れたほうの機体ではあるが王都の広場に展示されたため、王都などはお祭り騒ぎである。

対して裏切った貴族たちについては、戦場において命令違反があり、それが原因で当主が命を落としたため降爵処分となった、とだけ発表される。

もっとも、紙芝居や劇場での演劇によって限りなく事実に近い演目が上演されていたため、ほとんどの人間が裏で何が起きていたのかを察する事となっていた。

紙芝居や演劇の影響はそれだけではない。

文字通り物語の英雄として描かれ、先の褒賞でも陞爵、叙爵となったクラウフェルト家や勇達は、一躍時の人となったのだ。

そしてそのおかげで、新たに領主となる勇には追い風が吹くことになる。

「いやぁ、まさかこんなに歓迎されるとは思ってもみなかったね……」

「そうですね。ある意味私達のせいで他貴族の領地になったとも言えるのでしょうに……」

「にゃっふぅ」

十一の月初頭。魔動車で走る勇達一行に対して、道沿いに並んで笑顔で手を振る人たちに手を振り返しながら、勇とアンネマリーは驚いていた。

ここは、クラウフェンダムから魔動車で南東へ一日走ったところにある街で、名を“セードラーデ”という。

クラウフェルト領の東隣、ハイネマン伯爵大領にあるセードルフ子爵領の領都であり、先の戦争で叙爵した勇が、新たに領主として治めることになる街でもある。

西のヤンセン子爵領からセードルフ子爵領まで、南北に短く東西に長い形でクラウフェルト伯爵大領が誕生する事になる。

セードルフ子爵は、失脚したハイネマン伯爵の後任として一代伯爵を襲名、前ハイネマン伯爵領の領都へと移る事になっているため、クラウフェルト領と隣接しているこの領地が、割譲するには何かと都合が良い立地だったのだろう。

これまでに王都で一度、寄り親であるビッセリンク伯爵家の領都でも一度、子爵本人と顔を合わせて話をしたが、領地を訪れるのは初めてだ。

お互いの体制、特に初めて貴族となる勇側の体制が形になるのを待っていたためである。

セードルフ子爵家の騎士に先導されながら、噂の新しい領主を一目見ようと詰め掛けた住民たちの中を十五分ほどかけて魔動車の車列は進み、領主の館へと辿り着いた。

馬車寄せまで進めていくと、エントランスの前に身なりの良い男女が立っているのが見えてくる。

勇達が魔動車から降りると、男性のほうが早速笑顔で声を掛けてきた。

「やあマツモト殿、よく来てくれたね」

「これはセードルフ閣下、わざわざのお出迎え恐縮です」

慌てて勇が返答する。

挨拶をしてきた、やや恰幅の良いこの中年男性こそがヤン・セードルフ子爵本人だ。

派閥が違ったため、お隣ではあるがクラウフェルト家とはあまり深い交流は無かったようだが、まじめで実直・温厚な人だと言うのがセルファースの人物評である。

貴族でもなく、自家の寄親を失脚させた張本人の一人とも言える勇に対して、恨み言の一つも漏らさず領地譲渡の手続きを説明してくれるセードルフは、二回しか会ったことの無い勇から見ても、セルファースの評価通りの人物であった。

今回ハイネマン伯爵の後釜として白羽の矢が立ったのも、そうした彼の善良性が評価されたためかもしれない。

「ああ、妻とは初めてだったね。紹介しよう、妻のゲルタだ」

「初めましてマツモト様。ゲルタ・セードルフよ。フフ、お若いのに大したものね」

「お初にお目にかかりますゲルタ様。若輩の身に過分なお言葉、恐縮です」

紹介されたゲルタ夫人も、人好きのする笑顔で挨拶をする。

言い方によっては棘があるように聞こえてもおかしくない台詞であったが、彼女の言い方には全く嫌味が無いので、おそらく本心からなのだろう。

夫のヤンと同じくふくよかな体形なのも手伝って、似たもの夫婦感がハンパ無い。

「アンネちゃんは久しぶりね。綺麗になって驚いたわ! 小さい頃だったから忘れているかもしれないけど、遊んだことを覚えているかしら? それに、良い旦那さんを捕まえたわね。羨ましいわ」

「ゲルタ様、お久しぶりです。微かにですが、遊んでいただいた事は覚えております」

ゲルタは、アンネマリーに対してもフレンドリーだ。

顔を赤くして挨拶を返すアンネマリーをみて、むしろ近所のおばちゃん感すらあるなと勇は内心で苦笑する。

「む? ゲルタよ、私とて今回伯爵に推挙されたのだぞ? 中々に良い旦那だと思うのだが?」

そんなゲルタの台詞を聞いて、ヤンが突っ込みを入れてくる。

「あらあら、何を張り合ってらっしゃるのかしら? 心配しなくてもあなたが良い男である事は十分存じ上げておりますよ」

「うむ、ならば良い」

「フフ、まったく年甲斐もない……。それに、あなたが出世したのは、こちらのマツモト様のおかげのようなものでしょう?」

そしてゲルタの口から、実にセンシティブな発言が飛び出してきたことで、勇とアンネマリーの笑顔が凍り付く。

「はっはっは、確かにそうだな! ズンの企てを察知して戦争を勝利に導いた上、主の悪事まで暴いたくれたお陰でチャンスが巡ってきたわけだからな!」

しかし当の本人は、面白そうにその大きなお腹を揺らしながら笑っている。

どうみても本当にそう思っているように見えて、勇達の方が逆に驚いてしまった。

もっとも、これが本心でなく腹芸でやっているのだとしたら、とんでもない悪人なのかもしれないが……。

「ああ、すまないね。こんな所で立ち話もなんだから、中で話をしよう」

こうして勇達は、呆気に取られたまま館の中へと案内された。

「え? 騎士を残していただけるんですか?」

「ああ。一部になってしまうがね」

応接室に、勇の驚きの声が響く。今後の流れの話をし始めた矢先の事だった。

「これまで領都を治めていたハイネマン家は、取り潰しにこそならなかったが降爵の上、小さな町一つだけに転封だ。現状の領軍のほとんどは領都に置いていくことになるのだ」

「ああ、なるほど……」

「そうなると、我々が配下の騎士や兵を全て移すと過剰戦力になってしまう。なにより、軍の規模を大きくすると維持費が馬鹿にならないからね……」

苦笑しながらヤンはそう言うが、旧ハイネマン領は風の魔石を産出するお金持ち領だ。維持費については誤差の範囲だろう。

自分を出世させてくれたお礼代わりに、という事なのかもしれない。

「ただねぇ、誰が残るのかで大揉めしてね……」

「あーー、それはそうですよね……」

困り顔で言うヤンに、勇の表情も曇る。

「誰だって、取り残されたくは無いですものね……」

「ああ、いやいや。逆だよ逆。残っても良い者を募集したところ、定員の倍以上の申し込みがあってね」

「えっ!?」

ヤンからの思わぬ回答に驚く勇。

「魔剣が使える可能性があるのと、エリクセン家の傭兵騎士と訓練できる事が魅力のようでね。まったく、薄情な連中さ」

「……すみません」

首をすくめて両手を肩の高さまで小さく上げてみせるヤンに、思わず勇が謝る。

「いや、気にすることはないよ。揉めなくてかえってありがたいくらいだ。そういうわけだから、兵力については安心してくれたまえ」

「……恐縮です。文官もですけど、兵力は大きな課題だったので助かります」

そう言ってあらためて勇は頭を下げた。

勇の手持ちの兵力となると、現在専属護衛となっている騎士を中心に、派閥関係者からの支援で賄う事になる。

クラウフェルト家から数名の騎士と十名の兵士、ビッセリンク伯爵家からも同程度、その他エリクセン伯爵をはじめとした同一派閥からも数名の支援を受けてはいる。

その上で、全ての騎士と兵士に魔剣と魔法の鎧が与えられる。

また他にはない独自戦力として、アバルーシの 魔法巨人(ゴーレム) が十体程配備されることも決まっているので、純粋な戦闘力で言えば問題無いのかもしれない。

しかし、騎士も兵士も休みなしで働けるわけではないし、警備や巡回が必要な場所は多い。

その辺りはどうしても数に頼る事になる。ヤンからの提案は非常にありがたい話であった。

ちなみにアバルーシの 魔法巨人(ゴーレム) については、その扱いが少々問題になった。

最終的にはシュターレン軍として活躍したものの、一時的にとは言えズンに加担していた事実があるため当然だろう。

罰するべしという声もあったが、最終的にはズンを追われて、縁のあるマツモト家へ亡命した、という形での幕引きとなった。

やや褒賞が足りなかった借りを、王家がこれで返したという所なのだろう。

また、勇には知らされていないが、クラウフェルト家をはじめとした支援をした家でも、セードルフ子爵家と同じく枠の取り合いになっていた。

人気の理由は魔剣等ではなく、織姫がいるから、と言う身も蓋もない話であったが……。

その後話題は、領内にある町や村の話へと移る。

今回勇へと割り当てられるのは、ここ領都セードラーデに加えて、町がもう一つと大きな村が二つ、後は点在する小さな村々だ。

男爵領としては標準的な規模だが、これはセードルフ領の全てが勇に割譲された訳ではないためである。

「町はこちらに来るときに通ってきたのではないかな? 領の境付近にある町だね」

「はい、そちらは行きに立ち寄らせていただきました」

「うむ。我が領は基本的には開けた土地にあるが、あの町は森のほとりにある。産業はクラウフェルト領の町と似ていると思っていいよ」

「分かりました」

「次に大きな村だが、一つはここからやや南寄りの東にある。平地が多く農業がメインだ」

領地のほとんどが森林であるクラウフェルト領とは違い、セードルフ領はクラウフェルト領の境界以外に森は無い。

全体的に平地が広がっており、南へ向かうと緩やかな南向きの斜面が広がっている。

水捌けがよく日当たりの良い土地を活かして、領地全体で農業が盛んだ。

そして、南部にある斜面を降りた先に、セードルフ領もう一つの特徴があった。

「で、もう一つの村だが、こちらは南側斜面の麓付近。海からほど近い場所にある」

そう、セードルフ領には海があるのだ。

「海……。港などはあるのでしょうか?」

「いや、遠浅で砂浜が広がっている地形だから港は無いよ。穏やかな海だから、村人が小さな船を出して漁をしたりはしているけどね」

「おお、そうなのですね。こちらに来て以来海はまだ見た事が無いので楽しみですね」

以前より話には聞いていたのだが、あらためて海があると聞いた勇は少々テンションが上がる。

「そうか、それは良かった。今日はこちらに泊まって、明日は早速海を見に行ってみるといい。中々綺麗な所だよ」

「ありがとうございます。本日はお言葉に甘えて、一晩御厄介になります」

「うむ。代わりに先のズンとの話でも聞かせてくれたまえ」

「もちろんです」

こうして一晩をセードラーデで過ごした勇達は、翌朝、海を目指して魔動車を南へと走らせた。