軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

●第229話●子猫騒動

子猫生まれる――その報を聞いた勇は、一も二も無く工房を飛び出した。織姫もその肩にひょいと飛び乗る。

すぐさま後を追うベネディクト。呆気に取られていたアンネマリーも、一拍おいてそれに続いた。

「やれやれ、鍵もかけずに飛んでいきおったな」

「まぁ、ずっと楽しみにしていたからねぇ。ああ、皆さんすみませんね、我々は先に細かい話を詰めてから参りましょう」

一方、突然の事に何が起きたか理解できずに固まる他領の面々には、エトとヴィレムが落ち着いて対応を続けた。

勢いで教会まで走っていきそうになった勇だったが、肩にいる織姫に「にゃっふ」と耳を引っ搔かれて立ち止まる。

少しだけ冷静になった勇は、教会まではそこそこの距離がある上、領主の娘を走らせるわけにもいかない事にようやく思い至る。

追い付いてきた二人を待ち、護衛のフェリクスと共に四人で魔動車に乗り込むと、再び教会へと向かった。

「あ、イサム様。こちらです」

事故にならない限界の速度で教会に辿り着いた勇たちに、礼拝堂の入り口にいた女性神官のミミリアが声をかけてきた。

声を潜めて呼ぶその様子に、勇たちもなるべく音を立てぬように近づく。

「奥の部屋になります」

ミミリアに先導されて、神像が建つ礼拝所の奥にある部屋へと入った勇たち。

そこには、柔らかな布が敷かれた木箱の中に横たわる黒猫と、そのお腹にもたれてすやすやと眠る小さな茶トラと黒トラの子猫たちがいた。

「おぉぉぉ、か、かわいい……」

「な、なんて愛らしい……」

「こ、これは……」

一目見た途端、目を見開き感嘆の声を漏らす勇、アンネマリー、フェリクス。

「少し前までお乳を飲んでいたのですが、つい先ほど眠ってしまいまして」

箱の脇で様子を見ていたであろうもうひとりの女性神官が、小声でそう教えてくれた。

「にゃっ」

勇の肩から静かに降りた織姫が、横たわったままの母猫――ルルのもとへと歩いていく。

「な~~ふぅ~」

そして労わるようにその顔をひと舐めする。

「にゃーー」

舐められたルルは気持ちよさそうに目を細めている。

「ふぅ~、まずは母子ともに元気そうで良かったですね」

「はい。なにぶん“ねこ”のお産など初めてでしたので心配しておりましたが……。これも神の眷属たるオリヒメ様のご加護でしょう」

ホッと一息つく勇に、改めて祈るような仕草を見せるベネディクト。

彼の言い草は大げさな気もするが、ここ数日織姫が毎日のように教会のルルの許を訪れた後、礼拝所の女神像の前で何やらにゃふにゃふ言っていた事を考えると、それも一理ありそうだ。

「私もここまで小さい子猫の実物を見たのは初めてなんですよね」

「そうなのですか?」

「うん。姫を迎えた時は、もう随分と大きくなっていたし。それ以降お店へ行くこともあまり無かったしね」

すやすやと眠る子猫を指先で優しく撫でながら言う勇に、アンネマリーが驚く。

フード類は決まった銘柄があったため通販でまとめて購入していたし、おもちゃや猫砂なども近所のドラッグストア等で買っていた。

それに織姫以外を飼うことなど考えてもいなかったので、ペットショップへ行っても生体コーナーは通過するだけだった。

もちろんテレビ番組等で見ることはしばしばあったが、実物の猫の赤ちゃんを見るのは、勇は今日が初めてである。

「でも、元の世界の子猫より一回り大きいような気がするなぁ」

そのテレビ等で見た猫の赤ちゃんより、親猫との比率が大きい気がするのだ。

「生まれる数が少ない分大きいのか?」

「イサムさんの世界では、もっと多かったのですか?」

「うん。一頭から二頭ってことは無かったよ」

地球の猫は、一度の出産で平均五頭ほど生むと言われている。

対してリリーネ達から聞いたアバルーシの猫たちは、一頭か二頭しか生まないとの事だった。

もっとも、見た目が猫にそっくりなだけで、半分は“猫に似た魔物”の血も混ざっている別の生き物なのだから、違いがあって当たり前なのかもしれないのだが……。

「まぁ、元気そうだし何より可愛いから、なにも問題ないけどね」

そう言いながら、勇は目を細めて再び子猫の額をそっと撫でる。

こうしてクラウフェンダムで誕生した新たな命だったが、その後予想外の成長を見せるのだった。

「よし、ジークこっちだ!!」

「んみゃー!」

「ツクヨ、こっちだよ!!」

「みゅみゅーっ」

二匹の子猫が生まれて五日後。二匹の姿は、何名かの騎士と共に研究室の裏庭にあった。

勇により茶トラ柄の雄猫はジークベルト、黒トラ柄の雌猫はツクヨと名付けられている。

ちなみに茶トラのほうだが、最初は 麦穂(むぎほ) という名前にする予定だったのだが、昨日王都のニコレットから一頭王妃に献上することになったと連絡があったため、それっぽい名前に改名されていた。

「……すごいな、もう走り回ってる」

フェリクス、ユリシーズに猫じゃらしのような玩具(エト謹製)で遊んでもらって飛び跳ねる子猫たちを見て、勇が感嘆する。

「イサムさんの世界では違ったのですか?」

「確か、立てるようになるのにも二週間くらいはかかるんじゃなかったかなぁ……」

アンネマリーの問いに勇は小さく首を傾げた。

勇の記憶通り、地球の飼い猫は個体差はあるものの二週間ほどで立てるようになり、四週ほどで首を上げて歩くようになるのが一般的だ。

その後二か月目くらいになると、大人とそん色ない程度に走れるようになる。

対してジークベルトとツクヨは、なんと翌日にはすでに立てるようになり、その翌日には歩き出していた。

そして五日目の現在は、目の前で飛んで走って大はしゃぎするに至っている。地球の猫から考えると、驚異的な成長速度だ。しかし身体の大きさはそこまで変わっていないのが、また不思議である。

野生のキリンなども生後三十分で立ち上がり、一時間で歩くと聞いたことがあるので、魔物の血が混ざる彼らがそうであっても不思議ではないのかもしれない。

「よし、ユリシーズ交代だ!」

「ええーーっ! まだ始めたばっかりじゃないですか!?」

ツクヨと遊んでいたユリシーズは、団長のディルークに声をかけられて顔をしかめる。

「いや、すでに十分は経過している。イサム様の話によると、まだ長い時間は遊べないとのことだからな。頃合いだ。フェリクスもだ!」

「「ええーー」」

続けて発せられたディルークの言葉に、二人のブーイングが重なった。

「大人気ですね……」

その様子を見たアンネマリーが苦笑する。

「昨日の話を聞いて、一気に人が増えたよねぇ」

勇も、フェリクスとユリシーズを取り囲むようにして待っている騎士たちを見て嘆息した。

「にゃっふぅ……」

勇たちの足元でゆったりと子供たちを見守るルルの横で、無茶をしないか目を光らせていた織姫もあきれ顔だ。

子猫たちが遊べるようになったことが分かったのが昨日の午後。

その時は勇たちやその護衛騎士らだけで遊んでいたのだが、どこからかその話を聞きつけたのか今日は騎士たちが押し寄せていた。

非番の騎士がほぼ全員揃っているのではないかと思わせるほどの盛況ぶりだ。

苦言を呈しようにも、その長たるディルークが仕切っている感すらあるのでそうもいかない。

子猫たちが疲れてしまわないよう、勇が時間制限を設けたのが精々である。

「しかし騎士の数、増えてないですか??」

「ええ。御前試合で優勝した上、魔法具をこれでもかと見せつけましたからね。各地から希望者が来ているようです」

ジークベルトとひと遊びして戻ってきたフェリクスに勇が尋ねると、そんな答えが返ってきた。

非番になる騎士は、おおよそ全体の四分の一ほどだったはずだ。そして現在裏庭には、どう見ても二十名程度の騎士が詰めかけている。

御前試合の選抜メンバーを決めるときの騎士団が五十名だったので、シフトの割合が同じなら八十名近い規模になっている計算だ。

そのあたりをフェリクスに尋ねてみれば、

「現在は騎士が七十名強、兵士が二百名弱の規模になっていると聞いていますね」

との返答が返ってきた。確か兵士は百五十ほどだったか。

年始の御前試合以降の半年で、三割ほど増強されているようだ。

「少し前に、エリクセン家の駐屯地が出来たのがさらに追い風となり、さらなる強さを求めて有力な冒険者から転身する者も最近増えているようです」

国中にその名を轟かせるエリクセン家の傭兵騎士。

ただでさえ御前試合で優勝する強さのクラウフェルト家。その上傭兵騎士と訓練することも出来るとあって、さらに人気に拍車がかかっている。

しかしこれでも、勇や秘匿魔法具の秘密を知ろうと潜り込む間者がいる可能性があるので、かなり門を狭めているとの事だった。

「もっとも、人気になっている最大の要因は、先生のようですが……」

フェリクスが、渋い表情でそう言葉を締める。

「にゃっふ!」

「く、さすがは先生。ますますその動きに磨きがかかってらっしゃる!」

その目の先では、疲れの見えだした子猫に代わって騎士団と追いかけっこを始めた織姫が、ディルークを華麗にあしらっていた。

紙芝居の効果もあり、強さと可愛さを兼ね備えた織姫の存在が、クラウフェルト騎士団を唯一無二のものにする強力なブランディング効果になり始めているようである。

「あははー。これで王妃様がジークを飼っていることが広まると、さらに人気になってしまうかもしれませんねー」

フェリクスの話を聞き終えた勇は、乾いた笑いを浮かべる。

果たして勇の言う通り、“猫に会える唯一の騎士団”としても、クラウフェルト騎士団はその名を轟かせていくのである。

こうして子猫騒動に沸くクラウフェンダムに、プラッツォでの戦争終結の知らせが届いたのは、およそ一か月後の事であった。