軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第331話 借り

翌日の早朝。

早めに寝たということもあり、疲れも取れてかなりスッキリとした気分だ。

昨日は顔立ちの良い神父に挨拶できなかったのは残念だが、王都には近い内に行く予定だしその時に挨拶すればいいだろう。

普通に考えればレアルザッドから王都へ異動というのは栄転だろうし、何か酷い目に合わされているということもないはず。

考えても分からないことはあまり考えないようにし、今日何をするかを考えるとしよう。

久しぶりに裏通り巡りでも良いし、以前生活していた時は縁がなかった表通りを散策するのもいい。

『七福屋』へ行って、おじいさんと昨日の話の続きをしてもいいし……。

そこまで考えたところで、俺はもう一つの候補地が頭を過った。

そうだ。俺は一つやり残したことがある状態で、レアルザッドを発っていたのだ。

前振りもなく急に襲われて、命辛々なんとか逃げることのできた――あの熊型の魔物。

…………ペイシャの森に行って、あの熊型の魔物にリベンジを果たすとしようか。

以前と比べてどれほど強くなったのかも明確に分かるし、俺個人としての借りがある。

散々お世話になったペイシャの森にも行きたいとは思っていたし、これは今日の予定は決まりだな。

「クリス、もう起きてたのか! 今日はどうするんだ? 特にやることとかがないなら、俺達と一緒に裏通りを回ろうぜ!」

「悪いが、今日はペイシャの森に行くつもりだ。世話になりまくった森だから、思い出に浸りながら歩きたい」

「えー、また森かよ! まぁクリスらしいと言えばクリスらしいけどよ! ……分かった。裏通りの散策は明日行こうぜ! クリスもそれでいいよな?」

「予定をズラさせて悪いな。それで問題ない」

ラルフにそう断りを入れてから、俺は二人より一足先に『月花』を後にした。

さてと、このままペイシャの森へ向かってもいいのだが、一つやることがあるとすればあの熊型の魔物についてを調べるかどうか。

今は金もある訳だし情報屋を当たって、あの熊型の魔物についてを調べて完璧な状態で挑……いや、それでは前回との比較にならないか。

ただ名前くらいは気になるため、冒険者ギルドで少し聞き込みをしてからペイシャの森へ向かうとしよう。

色々とやることをやってからレアルザッドを出た俺は、一直線でペイシャの森へとやってきた。

聞き込みに加えて最低限の買い出しを行ったため、到着したのが昼すぎとなってしまったが、まぁ出会えなかったら後日にまた出向くとして……。

明日はラルフとの約束をしてしまったし、急ぎ足で熊型の魔物こと――デュークウルスの捜索に向かおう。

ちなみに熊型魔物の名前については、冒険者ギルドにいた老兵から聞き出すことができた。

なんでもペイシャの森には凶暴で凶悪なデュークウルスという魔物が生息しているため、人間はおろか魔物や動物ですら近づかないという噂が古くからあるらしい。

もちろんのこと、俺はそんな噂を知らずにペイシャの森に通い詰めていた訳だが……。

そういった諸々の事情を考えると、他の森と比べて異様に生物が少なく静かだったのも納得がいく。

事実だったことから老兵が話してくれた噂も信憑性が増してくるし、そうなると狂暴で凶悪な魔物の正体が熊型魔物だということにも繋がる。

デュークウルスについてを考え込みつつも、俺はペイシャの森の前に立って目の前に広がる圧倒的な自然を見上げた。

「……懐かしいな。色々と濃すぎて記憶が薄れてしまっていたが、こうして実際に見てみると昨日のことのように思い出す」

ぼそりと独り言を呟いてから、俺は目を瞑り初めてペイシャの森に来た時のことを思い出す。

自然の香りが鼻孔を擽り、その香りのお陰で当時の記憶が鮮明に瞼の裏に映し出された。

ただの【農民】だったあの頃と違い、強くなった今でも心臓をギュッと握られるかのように苦しくなり、手先がビリビリと痺れてくる。

『天恵の儀』で全てを失い、家族からも見放されて殺されかけていた何も持たざる者だった俺が……強くなって再びこの森に戻ってきた。

鮮明に思い出された当時の苦い記憶は、今現在に至るまでの仲間たちとの濃い思い出によって流され――自然と不規則に高鳴る心臓も手先の痺れも収まった。

「もう大丈夫だな。……よし。まずはデュークウルスに借りを返しに行くとしようか」

俺はニヤリと口角を上げ、誰にでもなく自分にそう宣言する。

まずは前哨戦としてデュークウルス。

そしてその次は……王都でふんぞり返っているであろうクラウスだ。

正直色々と話がしたいという気持ちがあるものの、クラウスとは話し合いができるような関係ではもうない。

出会った瞬間に殺し合うような、同じ血が流れているとは思えないほど歪すぎる関係。

――クラウスのことは一度忘れるとして、デュークウルスに意識を全て割く。

俺は程よく力が抜けた最高の精神状態に整えてから、久しぶりのペイシャの森へと足を踏み入れたのだった。