作品タイトル不明
第265話 人型甲虫
ラルフがダンジョンにて、密かに練習していたという【神の加護】のスキルを使ったガード法。
後ろから見ていて神々しさすら感じたが、ド派手な見た目だけでなく威力も凄まじい。
人型甲虫の斬撃魔力複合の一撃を、何の変哲もない鉄の盾で難なく打ち消したのだからその凄さが分かる。
ラルフの話によれば【神の加護】はこの使い方だけでなく、事前に発動させておけばあらゆる状態異常等も打ち消すこともできるらしい。
これだけを聞くと完全に俺の【毒無効】スキルの上位互換なのだが、【神の加護】は全てを打ち消してしまうため、有毒植物の良い効果も受け付けないという結果が出ている。
それにとにかく体力の消費が激しいようで、今のラルフを見れば分かるが一回のガードだけで肩で息をしている。
何故通常スキルなのかが理解できないスキルの一つであるが、デメリットの大きさも関係しているのかもしれないな。
――と、今はラルフのスキルについての考察をしている場合ではない。
「ラルフよくやった。流石は【聖騎士】だな」
「ぜぇー、はぁー。あんま嬉しくねぇ誉め言葉だな! ちょっと息を整えたらすぐに加わるから頼んだ」
俺はスノーと共に疲弊しているラルフの肩を叩いてから追い抜かし、人型甲虫が鎮座している開けた場所へと入った。
横幅二十メートルほどのこの洞窟にしては広々とした場所。
通路までは足元が岩のような硬い地面だったが、この開けた場所からしっとりとした土に変わっていて、奥に進むに連れて緑も生い茂っている。
この人型甲虫から放たれていた嫌な気配よりも、俺はその更に奥から感じる“何か”に強く惹かれたのだが……。
この洞窟内の変化を見るに俺の勘は当たっており、もしかしたらこの奥にスキルの実が眠っているかもしれない――そんな予感めいたものを感じる。
ただ何をするにせよ、まずは目の前の人型甲虫を倒さなければ始まらない。
人型甲虫は全身が青く艶やかな硬い外皮で覆われており、腕は太く筋肉なのか分からないが非常に発達しているのが分かる。
足には鋭い逆刺が無数についていて、蹴りによって体を貫かれたら簡単には抜けない仕組みになっているようだ。
そして頭には、先ほどの魔力の籠った斬撃を飛ばしてきた剣のような鋭い一本角が生えており、鋭い眼光で真正面にいる俺を睨みつけている。
「この魔物……聞いたことがあります。名前は確か――ヘラクベルグ。ロザの大森林を支配していると言われている三匹の魔物の内の一匹ですよ。実在するとは思っていませんでしたが、特徴から間違いありません」
人型甲虫の姿をはっきりと見たフェシリアが、この魔物に思い当たる節があったのかそう叫んだ。
ロザの大森林を支配しているという三匹の魔物内の一匹。
ヘンジャクから何も聞かされていないが、フェシリアの口ぶりから察するに逸話のような形で広く知られているのだろう。
不確かな情報は混乱を招くだけだから、ヘンジャクは俺に教えなかったといった感じか。
何はともあれ、名実ともに強いことは間違いない。
一挙手一投足に注視し、些細な動きも見逃さない――ボルス流の戦闘法を行っていく。
スノーを俺の背後に回らせ、俺は一気にヘラクベルグとの間合いを詰めにかかった。
俺の役割はラルフが回復するまでの時間稼ぎ。
とにかく攻撃を俺に集中させつつスノーの攻撃の隙を作り、額から生えた角に魔力を溜めさせる隙を与えないこと。
タコの魔物と時と同じく、スキルをフルで発動させて全力で相手取る。
ここまで微動だにせず、俺達の動きを窺っていたヘラクベルグだが、俺が間合いに踏み込んだ瞬間に即座に攻撃を仕掛けてきた。
親父が俺に一度見せたことのある、『空手』と呼ばれる武術に近い構え。
……魔物の癖に技術を使用してくるのか。
体幹が一切ブレておらず、美しいと感じるほど一切の隙がない構え。
そして俺が間合いに踏み込んだ瞬間にタイミングを合わせ、超速の正拳突きを放ってきた。
魔物特有の雑で大振りな攻撃ではなく、静止した状態から予備動作なしで飛んでくる攻撃。
逃げの一手の思考といえど、親父の空手の動きを見ていなければ完璧に捉えられていた一撃だが――動きが頭に入っていたため、俺は予測して超速で飛んできた拳をギリギリで回避することに成功した。
親父のは軽くかじっただけの下手くそな動きだったが、あの時一通りの型を見せてくれたのが功を奏した。
戦闘における技術の大半は、生物的に弱者である人間が知恵を絞って編み出した護身術。
ヘラクベルグが一体どんな人間からこの技術を吸収したのか分からないが、所詮は意図を理解していない練度の低い付け焼き刃に近いもの。
それでも圧倒的な身体能力に疎かとはいえ技術が伴えば、脅威的なものに変わりはないのだが……。
型さえ分かってしまえば、動きを読むことは容易くなる。
どれだけモーションを短く速く攻撃してこようが、次にくる動きが分かれば避けれない攻撃はない。
拳も艶やかな外皮に覆われているため、感覚としては鉄球が飛んできている感じだが、逃げることだけに意識を割いているこの状況なら避けることができている。
額に魔力を溜める隙も与えていないし流れで言えば完璧に俺の流れなのだが、もう一つの役割であるスノーの攻撃の隙を作ることができない。
どうにかして隙を作ろうと模索するが、逃げ一辺倒の状態ではヘラクベルグのペースを乱すことができないのだ。
攻撃を躱され続けているのに顔色一つ変えないし、このままではタコの魔物の時と同じくジリ貧になって俺の体力が先に切れる。
鉄球のような拳を避けながら若干の焦りを覚え始めていると、唐突に俺の右斜め後ろから閃光がヘラクベルグ目掛けて飛んで行った。
「【ライトニングバレッド】。もうタコの魔物の時のような不甲斐ないことはしませんよ。一人で打破しようとせず、私達を頼ってください」
「フェシリアさんの言う通りで、魔法なら安全な位置から攻撃できますので! クリスさんは、私たちの魔法を放てる状況を作ってください」
……本当に頼もしいな。
二人の言葉を聞いたことで、焦りの感情が一瞬で消え去ると同時に俺の中で余裕が生まれ始めた。
俺がスノーの攻撃の隙を作るのではなく、俺は三人の魔法を放ちやすい場面を作り、三人の魔法によってスノーの攻撃の隙を作る。
フェシリアの【サンダーバレッド】が直撃したし、軽くではあるがダメージを負っているのが見て取れるためこの作戦がベストだ。
俺の負担は最小限になったし、射線を開けて三人の魔法力に託すだけの簡単な作業。
――よし。ラルフが戻ってくるまで、ヘラクベルグと遊んでやるとしようか。