軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十二話

翌日の朝、今日も早朝に演奏をしつつ、その音色でメルトが起床する。

本日はトランペットでございます。音が大きいからね、流石にサンルームじゃなくて外の東屋で演奏してます。

「私それ知ってるわ! ラッパ! ラッパよね」

「そうですね、ラッパの種類の一つですね。正確にはトランペットと言うんです」

「へー! なんだか手がシュコシュコ動いて楽しいね!」

「確かに、少々せわしないかもしれません」

今日はですね、トランペット+早朝と言えばアレ! な曲を演奏させて頂きました。

……ほらアレだよアレ。親方! 空から女の子が! なアレです。

「元気いっぱいな曲ねー。じゃあ朝ごはん、お外で食べる?」

「ええ、そのつもりですよ。既に用意は出来ています」

今日はですね、屋外にあるグリルで軽く焼き目をつけたホットサンドでございます。

簡単なミルクスープと一緒に頂きましょう。

「もぐもぐ……焦げ目がぱりぱりで美味しいね」

「そうですね、良い音色を奏でます。パンなのに侮れませんよ」

うーんこれはポエミー? 微妙なラインだ。

ただ、本当に音楽が好きなんだなってことは伝わってくる。

俺は『良い音してるよパンの癖に。ザクザクだ』って言ったつもりだったんですがね?

「あ! スープ美味しい! ミルクのスープね!」

「鳥のお肉をバターで炒めて、玉ねぎのペーストと一緒にミルクで煮込んでみました。お気に召したのなら何よりです」

最近分かったのだが、メルトはスープが食卓に並ぶといつもより二割増しで笑顔が増えるようだ。

どうやら、寝起きでお腹を温めてくれるスープが何よりも好きなんだとか。

「それにしても、私『どうやってハッシュも誘おう』って考えていたのに、先に商会長さんに誘われているなんて思わなかったわ、しゅく……しゅくしょーかい」

「お心遣い感謝しますメルトさん。ええ、偶然ですがご招待……いえ、依頼を受けまして」

「きっと沢山の人の前に演奏するのね? 大丈夫かしら?」

「ええ、問題ありません。当日は楽しみにしていてくださいね」

「もちろん! そうだ、ハッシュは今日どうするの?」

「私ですか? ふむ……一度、リンドブルムの楽器屋を探してみようかと思います。色々入用になるかもしれませんしね。出来れば楽譜も手に入れば良いのですが」

「なるほど楽器屋さん! んー……どうしようかしら? 私も今日、リッカとレティちゃんと防具屋さんを見にいくのだけど、楽器屋さんも近かったりしないかなぁ?」

「おや、珍しい組み合わせですね。ふむ、いいんですよメルトさん。乙女の集いに混ざるような無粋はしません。どうぞ三人でお買い物に行ってきてください」

うむ、そんな状況にハッシュで同行したらどうなってしまうのか。

さすがに危機感を覚えるので遠慮致します。

「さてと……楽器店は恐らく……職人通りの近くでしょうかね」

メルトが出かけるのを見送り、日課の作曲という名の譜面起こし済ませてからこちらも出かける。

楽器を作る職人だってきっといるだろう。どの道、情報収取をする意味でも、一先ず職人通りへ向かう。

南門に向かうと、案の定門番に止められてしまった。

が、今回は事前に『トラブルの起きた旅団の存在』を知っていたお陰か、最近ここでお世話になった料理人の話をしたらすんなり通してくれた。

さすがセイラ、しっかり記憶に残っていたみたいだぞ! たぶん体形の所為だろうな!

そうして貴族街を経由し、中層にある屋台街を通り抜けて職人通りを目指す。

午前中の職人通りは、予想通り金属を打つ音や、ノコギリの音がそこかしこから聞こえてくる。

恐らく武器職人や、家庭用の金属製品の修理なども請け負っているのだろうと、通りに面しているアトリエや商店を見回しながら進んで行く。

次第に通りの奥まった場所へ向かっていると、金を打つ音に混じり、かすかに楽器の音色が聞こえて来た。

職人通りの路地裏へ入っていくと、どうやらその一帯は木工工芸品のような品を作ったり販売しているアトリエが密集しているようだった。

ふむ……大きな炉を扱うアトリエは奥まった場所では危険だと判断されているのかもしれないな。

「ここですね」

そんな中、目的の店を見つける。

木製の、バイオリンとトランペットの形を模した吊り看板を掲げた小さなお店。

なんとも絵になるシチュエーションの店のドアノブに手を伸ばす。

心なしか、来店を知らせるベルの音すら綺麗な音色に聞こえるその店に足を踏み入れると、なんとも『楽器屋』らしい香りに満ち溢れ、ハッシュの心が弾んでいるのが俺にも伝わって来た。

木と、動物の皮と、油とインク。時間が経ち角が取れ、優しく香る楽器の持つ香り。

楽器の保管に気を使っているのか、店内に入った瞬間、外より空気が乾燥しているのを感じた。

乾燥し過ぎず、湿度も高過ぎず。この絶妙な空気を失わせまいと、急ぎドアを閉め、声をかける。

「こんにちは、どなたかいらっしゃいませんか?」

すると、微かに店の奥から、ハーモニカの音が聞こえた気がした。

驚かせてしまったのだろうか、その音色が急に大きくなり、止まってしまう。

「は、はいただいま!」

すると店の奥から現れたのは、獣人の女の子だった。

年の頃、メルトと同じくらいか年下か、といった具合で、頭上には猫の耳と思われる三角の耳がちょこんと生えていた。

尻尾は……細い。猫の可能性が高いな。

「こんにちは、可愛い子猫さん。ここは楽器屋でよかったでしょうか?」

「え! あ、はい! 楽器屋です……」

「それは良かった。もしかしたら楽器が大好きな人の家かもしれませんからね。では、少々お尋ねしたいのですが、このお店では楽譜の取り扱いはしていますでしょうか? 記す為のものではなく、演奏の為の既に楽曲が記されているものです」

「楽譜ですか? それでしたら少し……一応、芸術家ギルドなら有料で写させてもらえますけれど」

「なるほど。しかし折角来たのですし、ここで購入しますよ。あるだけ種類をください」

「ええ!? 楽譜ってギルドに権利がある関係で割高になっちゃうんですけど!?」

女の子は、よほど楽譜が高いと思っているのか、少々大げさに驚いて見せた。

すると――

「客がせっかく買ってくれるって言ってんのに、なーに言ってんだお前は!」

威勢の良い声と共に、ガタイの良いおじさんが現れる。

む、猫耳! 猫耳マッシブおじ! そういうのもあるのか……!

「こんにちは、お邪魔しています」

「ほう、随分と『らしい』客だな。楽譜だったか?」

「ええ。出来れば最近のメジャーな楽曲があると助かります」

「ふむ……お前さんモグリか? 正規の楽師なら最近の楽譜なんてわざわざ個人の店で買ったりせんからな」

「ふふ、さすがに分かりますか。ええ、私は放浪の旅団に所属する楽師です。訳あってこの都市で演奏を披露することになりまして。それでしたら、その土地の人間に喜んでもらえる演奏をしたいな、と思った次第です」

「なるほどな。良い心がけだ、いくつか見繕ってやる」

そう言うと店主と思しきおじさんは、カウンターの向こうから紙束を持ってきてくれた。

羊皮紙ではなく、綺麗な植物性の紙。だが、上質な紙であることは手に取るまでもなく分かる。

「全部で十二曲ある。全部で大金貨一枚と金貨三枚だ。思ったよりも高いだろ? ちょっとした楽器なら買えちまう」

「なるほど、確かにそうですね」

「この中から一曲、好きなヤツを弾いてみろ。それで半額にまけてやる。使うのは今修理が終わったコイツだ」

すると、店主は持っていたバイオリンをこちらに差しだしてきた。

「調整具合を調べるには実際に弾かせるのが一番だ。だが生憎、今指を怪我していてな。アンタに試してもらおうって寸法だ。もし満足させる演奏が出来たらまけてやるんだ、いいだろう?」

それは随分と気前の良い話だ。こちらに一切の損はない。

その話を受け、修理が終わったばかりだと言うバイオリンを受け取る。

「む……随分と重厚感のある逸品ですね。見た目以上に重く……音の響き方は通常よりも低音が重視……恐らく響き方の輪郭が強く出る……気難しそうな子ですね」

「ふ、分かるか。そいつは誤魔化しが効かねぇじゃじゃ馬だ。弾きこなすには並大抵の腕じゃ足りねぇって訳だ」

「なるほど……これは中々。まるで大貴族のご令嬢……我儘でお金の掛かる子のようですね」

出た! オートポエム! なにその表現!

気を取り直し、バイオリンを構える。

……確かに重い。軽く弦に弓を滑らせると、高音の伸びよりも低音の響きの方が前に押し出されるような音色をしている。

俺は渡された楽譜の中から吟味するわけでもなく、ランダムに一枚、楽譜台に置く。

ふむ……これはクラシックの一種だろうか。ただ、どことなくバロックな曲に似ているかも。

つまり……まだ音楽は貴族のものだという考えが強いのだろうか?

面白い。優美で豪華絢爛、少し格式高いようなこの楽曲、どう弾いてやろうか。

って……なんか凄いハッシュが燃えてる。なんだ、こいつの思考……!

「ではこの曲に私が一時の命を吹き込ませて頂きます」

そうして、この荘厳な調べを、まるで巨大な神殿のような楽曲を、その柱を殴るように奏でる。

宮廷楽曲も、貴族の嗜みであるという側面も、否定はしない。

しかしこうしてギルドで楽曲が管理され、街の中にもこうして楽器の店があるのだから。

もう少し、もう少しだけ寄り添っても良いじゃないか。

もう少し肩の力を抜いて、道行く人と笑い合って歌い合って、語り合っても良いではないか。

ハッシュの心の声が、考えが、如実に語りかけてくる。

……そうだな、ハッシュは元宮廷楽師だったんだもんな。

それで野に下り、音楽の楽しさを、誰とでも笑い合える音楽を知ったんだったな。

奏で続ける。生半可の演奏ではしっかりと応えてくれない、難しいバイオリンで。

そのバイオリンでこそ輝くような、重厚で荘厳な楽曲を。

まるで壊すように。格式の高さを窘めるように。けれども、楽曲に最高の敬意を払って。

「……ふぅ。なかなかにお転婆さんですね、それでもしっかりと応えてくれる」

「……おめぇさん……そいつを扱ったことがあるのか?」

「いいえ、初めてです。ここまで固く重い木材で出来たバイオリンは初めてですよ。令嬢かと思いきや、なかなかに年月を重ねた妙齢の女性を思わせる。魅力的な逸品です」

「まったく……いちいち女に例えないと感想も言えないのかおめぇさんは。見事な演奏だった。この曲をこんなに楽しそうに弾くヤツは初めて見た。約束だ、楽譜は半額で良い」

「おやおや、しかしそれでは私だけが得をしてしまう。察するにこちらのバイオリン……宮廷楽師やそれに近しい方の逸品でしょう? そんな貴重なものを弾かせてもらったんです、そのお礼もかねてどうぞ」

俺はしっかりと最初に提示された額を払う。

これは楽譜の値段じゃない、貴重な楽器を触らせてもらった対価だから、と。

「後から返せって言われても無理だからな?」

「ええ、勿論。とても貴重な体験をさせてもらいました」

「そいつはこっちのセリフだけどな。いいもの聞かせてもらった」

無事に楽譜を手に入れる。

……ところで、さっきから娘さんの反応がない。

なぜだかぼーっと呆けている。

「お嬢さん? 大丈夫ですか?」

「はい!? あ、お買い上げありがとうございます!」

「ええ、こちらこそ。このお店を見つけられたのは、貴女のハーモニカの音色のお陰ですよ。これからも、音楽のことを愛してあげてください」

「はい! 私もいつか、お客さんのような演奏が出来るように頑張ります!」

確かにその通りだ。あのハーモニカの音が無ければ、ここには辿り着けなかったかもしれない。

……良い出会いをしたな。うん、俺もそう思う。

そうして、楽譜の束を手にし、意気揚々と我が家に帰宅しようと大通りに向かうのだった。

「えー! 私こっちが良いわ!」

「だから……それはもっと……その……大きい人向けです」

「あ、でもメルトちゃんならまだ成長するかもしれないですし」

「するよ! そのうちセイラみたいにぼいんばいんってなるよ!」

「誰ですかセイラって……いいから、こっちにしてください。確かにそっちの方が装飾は綺麗ですけど」

「ちぇー……」

何故か三人の娘さんがそこにいた。

察するに防具を取り扱うアトリエ兼防具屋に、メルトとレティとリッカさんが揃っていた。

どうやらメルトが自分の鎧として、胸当てのような形状のものを選んでいるようだが……。

……なんかこう、会話に入り辛い話題なのでこのままスルーしていいですかね……?

知らないふり。他人のふり。女三人寄れば姦しいとは言わないけれど、若い娘さん三人のガールズトークに割って入るのは野暮ってもんですから。

だが――

「おいおい! 諦めんなよ嬢ちゃん! なんなら俺達がデカくしてやってもいいぜ?」

「昔から言うだろ? 揉めばデカくなるってよぉ!」

……おいおいおい、死んだわアイツ。

なんだあの露骨すぎるナンパは!

メルトはまだ分かる、知らないとただの天然さんに見える!

リッカさんもまぁ、純朴そうな見た目で声をかけ易いのも分かる!

だがレティはダメだ! オフだからか今日はクラン支給の装備をつけていないのが仇になった!

「……触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものですね……」

レティがいれば解決だろう。確か警察権限のようなものもあるって話だったし。

「あ! ハッシュー! 助けてー!」

!? 何故呼んだ!? メルトさん何故俺を呼んだ!?

なんでそんなウッキウキで呼んだ!? そんなのオートポエムで反応してしまう……!

「おや? どうしましたかメルトさん。それに……ご友人でしょうか? 麗しの姫君がもう二人、まるで花園に迷い込んだのかと錯覚しましたよ。それと……そちらの男性もお知り合いですか?」

「違うよー、いきなり話しかけて来たのよー」

颯爽と発動! オートポエム! 全員の視線が俺のハートにイグニッション!

状況は見ていたから知っているんだけどね!

「ふむ……なるほど? 察するにこの三人の美姫に目がくらんだのでしょう。しかし三人の時間に水を差す、いえ……汚水で妨げようとするとは言語道断です。大人しくここは身を引きなさい、貴方達の為にも」

主にレティに処断されないうちに。

「なんだ優男。丸腰でこんなとこうろついて。ここがどういう人間が来る場所分からねぇのか?」

「そうですね、恐らく戦いに身を委ねる人種が次の戦に向けて準備する、勇敢な戦士の集う場でしょう。間違っても婦女子に無理やり迫る、二流の戦士くずれが迷い込む場所ではありませんね?」

オートポエム絶好調だな! やっぱ女が関わるとこうなるのか!

……いや、メルトがいるからだな。半分面白がって俺を呼んだのだろうけれど、家族に助けてと言われたら助けるに決まってる。

「じゃあお前はここでその戦士崩れにも劣るただのクズってことだよなぁ!?」

恐らく冒険者ではなく、傭兵か未所属の傭兵崩れだろうか。

剣を抜くでもなく、そのまま殴りかかってくる男二人。

一人が背後に回り込むのが分かる。

……ステータスくっそ低い音楽家でもなんとかなりますかね?

「ほら危ないですよ」

ステップ、背後に回り込んでいた男の手を掴み、俺と位置を入れ替えるようにくるりと回る。

同士討ち成功。そのままよろめく男と、仲間を殴ってしまったことに動揺する男を一緒に地面に転ばせる。

「流石にそろそろ捕縛をして頂けませんか、姫? いえ……貴女は姫騎士の名が似合いそうだ」

「な! そ、そうね、私が処断、捕縛します」

何故か動かないレティに捕縛をお願いしますね……。

そして目を輝かせて嬉しそうにしているメルトさんや、何か言うことはありませんか。

「メルトさん、大丈夫でしたか?」

「うん、大丈夫よ! ハッシュがどんな風に助けるのか気になったの!」

「……そうですか」

そんなに無邪気に言われると……怒るに怒れない!

「あの、ありがとうございました。メルトちゃんがさっき『今家に凄くおもしろい喋り方をする男の人がいる』って言っていたんですけど……」

「面白い喋り方……そうですね……否定はしません」

「本当にお芝居の台本みたいな話し方でしょー? それにすっごくピアノが上手なんだよ」

「ええ、音楽は私の人生を捧げるに値する素晴らしき文化ですよ。誰もが楽しめるものであり、その気になれば貴賤を飛び越え、人を繋ぐことも出来ると私は信じています」

気が付けば、レティの持つ縄で拘束されているナンパ戦士二名。

その二人に話しかける。

「貴方達だってそうだ。冷静になれば、強引な手法が通じるか否かは見極められる。恐らくこの三人の美しさに冷静さを欠いたのでしょう。もっと音楽を嗜みなさい。人の、女性の心の機微にも気が付けるようになる」

「う、うるせぇ……」

「なんなんだよオメェは……」

ね。本当なんなんでしょうね俺。誰か止めてくれ。