軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十三話

翌日、いよいよ物件紹介をしてもらえることになり、ピジョン商会へと向かう準備をする。

が、どうやらメルトは寝不足らしく、目の下にうっすらとクマを作っていた。

曰く『楽しみで寝付けなかった』のだとか。

「だって……家よ? 自分の……正確にはセイムのだけど」

「メルト、ちょっといいかな」

そろそろ、はっきりさせよう。

俺は『メルトの世話をしているだけの人間』ではないんだと。

もう、一緒に住むのが、一緒にいるのが当たり前の、家族なのだと。

「二人の家だよ。俺とメルトの家。居候だとか、ただの仕事の相棒だとかじゃない。一緒に暮らして、一緒に旅をして、一緒に仕事をして。もうメルトのことを俺は家族だと思っているよ。俺にはこの世界に帰る場所なんてない。家族と呼べる人だっていない。メルトだけなんだ。メルトだけが、俺の、シズマの、唯一心を許して、全部を話せる相手なんだよ」

それが偽らざる俺の本心なのだ。

「私が……家族? 私でいいのかしら……」

「メルトがいてくれたから、俺は……道を踏み外さなかった。正直、俺はこの世界のことは気に入っているけれど、他の人間を心から信じようとは思えなかった。疑心暗鬼になっていたんだ。でもメルトと一緒にいる内に『誰かを信用したって良い。誰かの為頑張ったって良い』って思えるようになったんだ」

「でも私は、セイムに、シズマに貰ってばかりだよ。セイムは私から沢山貰ってるって言うけど、私こそ貰ってばかりなのよ? お金とか服とか食べ物の話じゃない。私こそ、家族も、故郷も、仲間も、全部なくなったのに、それをセイムが私にくれようとしてるんだって、なんとなく分かってるんだよ」

「うん、与えるんじゃなくて分かち合いたいんだ。だから、メルトは何かに引け目を感じなくて良いんだ。今から商会に行くのは、二人の家、帰る為の居場所を決める為。それをメルトにも分かってもらいたい」

「……セイム、手出して」

すると、メルトがうつむきながら、握手でもするように手を伸ばしてきたので、それに応える。

すると、なんだか不思議な形で指を絡ませ始めるメルト。

恋人繋ぎとも違う、まるで指で印を組んでいるかのような複雑な形だ。

「家族の儀式よ。私達銀狐族の習わしなんだって。元々流浪の一族だった私達は、時折捨て子を拾って一族を少しずつ増やしていったんだって。これは『一族に迎え入れる儀式』って聞いたわ」

「おお……じゃあこれで俺もメルトの一族の仲間入りだ」

「これでセイムは私の新しい家族よ。嬉しいな、私に……また家族が出来るなんて」

彼女の祖母の話しか俺は聞いていない。

両親はどうなったのか、ダンジョン化の際に犠牲になったのか、それとももっと前に別れているのか、それは分からない。

でも彼女が俺を新たな家族と呼んだのなら、他に家族は既に存在しないのだろう。

……聞かなくて良い。今、心から嬉しそうに彼女が笑っているのなら、これ以上は蛇足だよな。

「さあ! じゃあピジョン商会に行きましょ! 新しい家……どんな家なのか楽しみね!」

「だな! 良い物件が見つかると良いなぁ」

「メルト、そんなに急がなくてもピジョン商会は逃げないよ」

「だ、だって! あー楽しみね! どんな家なのかしら……お台所は広いかしら? お風呂はついているのかしら? 近くに川とかあればそれでもいいわ! 私が自分でお風呂を作るもん!」

「ははは……そうだなぁ、確かにどんな物件か楽しみだなぁ」

いそいそと商業区を突き進むメルトを追いかけながら、商会本部のある路地に入っていく。

すると――そこにはまさか過ぎる光景が広がっていた。

ピジョン商会の入っていたビル。

その扉が大きく開かれ、中にあったはずの商会本部が見事に消えてなくなっており、ただのだだっ広い部屋になっていたのだ。

そういえば、昨日この辺りで作業をしてる人がいたな……荷物を運び出しているようだったが。

「セイム……ピジョン商会が逃げた……!」

「えー……いやそんなことはないと思うんだけど」

「そうですぞ! 夜逃げだなんて人聞きが悪いではないですかメルトさん」

「ギニャ!?」

あ、メルトが変な声出した。

じゃなくて、突然背後から声を掛けられた。

振り向くとそこには、商会長さんの姿があった。

「実はここで待っていたのですよ。先日の一件で大きな利益が出たので、思い切って商会本部を転居したのです。と、言っても向かいのビルなのですけどね」

「そういえば……先日何やら荷物を運び出していましたね」

「ええ、そうなんですよ。急な話ではありますが、私共も大急ぎでこの物件を抑えたところでして。なにぶん、この辺りの建物はどこも大人気ですからな……新たに進出を狙う商会が多いのです」

「なるほど……もしかして俺の物件を探している時に見つけて急遽押えた感じですかね、最近」

「はは、バレましたか。元々、少々手狭だったのですよ。新しい建物ではあったのですけどね」

ふむ、確かに初めて訪れた時も、メルトがそんなことを言いかけていたな。

「さぁ、中はまだ慌ただしいので、このまま最初の物件を見に行きましょう。まずは下層の物件からです」

商会長に連れられ、乗合馬車で街の中を移動していくと、下層の中でも普段、あまり近づかない区画まで案内された。

というのも、四方向に門のある都市だが、その門から離れた場所にある区画というのは、基本街の住人や契約農家の方々の持ち家、つまり一般市民の為の区画だからだ。

こちらの要望通り、大通りには面しておらず、人通りも多くない。

住宅街、というよりは、集合住宅のような大きな建物が密集している場所だった。

「わー……大きな建物ばかりね。アパートメントって言うのよね? なんだか一族みんなが一緒に暮らしているみたいで、賑やかそうな通りねー?」

「確かに人の営みを感じられるなぁ。活気というか、生活感に溢れているっていうか」

「そうですな。もう少し奥まった場所は一軒家の多い区画ですからな。まずはそこの物件から確認しましょう」

なるほど、一戸建てもあるのか。

言われるまま進むと、確かに閑静な……とまではいかないが、少し落ち着いた住宅街に着いた。

木製ではなく、レンガを木で補強したような、しっかりとした作りの家が多いように見える。

築年数はそれなりにありそうだが、見回した限り、メンテナンスが行き届いていない家は見当たらない。景観を大切にしているようだ。

「ここですな。住宅街の中でも外れの方にある家です。都市の外壁に近い場所ですな。庭はご覧の通り少々狭いですが、井戸も備わっていますぞ。中に入ってみましょう」

案内されたのは、黄土色の屋根に、ベージュ色のレンガの壁の家だ。

小ぢんまりとしているが、二人で暮らすなら十分すぎる広さに思える。

中に案内されると、日当たりのよい窓から差し込む日光が、キッチンを明るく照らしていた。

家具は既に備え付けられているが、これは自分で買い替えるのも視野に入る、か。

「一件目はここです。この場所は職人ギルドで管理している住宅で、大工職人が試験の課題として建てた家なのですよ。この辺りには似た家が多いでしょう? 皆、課題で作らされた家に、職人や一部の冒険者が住んでいるのですよ。治安は良好。難点として、すぐ隣が街壁なので、時間帯によっては日当たりが悪くなる、というところでしょうか」

「なるほど……広さ的には丁度いいですね。人通りもそこそこ少ない。キッチンは……設備的には買い足しが必要かもですね」

「ふむふむ……二人暮らしなら丁度いい大きさかも! 日当たりは……不便に感じるかもねー?」

「そうですな、ただしお値段はかなりお手頃です。即金ならば大金貨三〇枚だそうです」

あ、確かに安いかも。一軒家が一五〇万は魅力的だ。

ただし、今は資金が潤沢だ。もう少し欲張ってもバチはあたらないだろう。

「ご安心ください、あくまで様々な値段帯を紹介しているだけですので、もう少し良いものから、かなりの高級物件も用意していますぞ」

「おお……色々住宅事情や都市経済の状況、住人の様子も知れるので、正直助かります」

「ふふ、やはりセイムさんはしっかり情報の価値を理解しているご様子。つくづく……私は良い方と出会えました」

「まったく同じ言葉をお返ししますよ、商会長」

本当、この人とゴルダで出会えなければ、今頃どうなっていたか……。

もう、恩人と言っても良いくらいだ。まぁ隙を見せると恐いから口にはしないけど。

「私も私も。私も商会長さんに出会えてよかったわ!」

「ははは、照れてしまいますなぁ」

そうして、俺達は次の物件へと向かうのだった。

「いやはや、乗合馬車でなく商会の馬車を用意するべきでしたな。ここが次の物件です」

「わー! 凄く綺麗な家ね!」

「これは……どなたかの別宅だったんですかね?」

次に連れてこられたのは、中層区と上層区の中間にある、やや裕福な人間が暮らす地区。

ここは地位のある商会の人間や、貴族ではないが地位の高い役職に就いている人間が多いと言う。

落ち着いた拠点を欲しがる冒険者や研究者の家、なんらかの功で稼ぎの多い学者の家、貴族が一時的に子供を独り立ちさせる為の別宅等も存在するらしい。

ふむ……学園に通う生徒の為、だろうか?

辺りを見回せば、同じ衣装に身を包む若い人間がチラホラと歩いている。

それに、上等な装備の冒険者も。

「へぇ……学園に通ている子達なんだ」

「興味ある? メルト」

「ない……と言ったら嘘になる! 今の時代はどういうことを教えてるんだろうなーとか、どんな勉強があるのかなーとか」

「なるほど、知的好奇心だ」

「た、たぶん? なんだか私今、賢い子に見えるかしら?」

「ははは、メルトさんは賢いと思いますぞ私は」

問題の家は、メルトの言うように、美しい柄の壁を持つ、どこか芸術的な外観の家だった。

様々な色のレンガを美しく並べ、モザイクアートのような文様を描く外壁。

随所の柱にはレリーフが彫られたり、庭にはカカ……ガゼボが設置されている。

日当たりも良い、治安もよさそう。家の規模も外観だけで広いであろうことが窺える。

早速家の中に入ると、まず目に飛び込んできたのが、天窓から差し込む日の光だった。

これは……開放感もあるし部屋も明るくなって良い雰囲気だ。

「綺麗な家ねー! お日様が照らしてくれるし、明かりの魔導具も立派!」

「ええ、調度品はかなり拘っているそうです。これら家具は全て備え付きで、屋敷と合わせてオーダーメイドされているのだとか。そして奥には浴場もございます」

奥へ向かうと、露天風呂ではないが、大きなタイル張りの浴場が備え付けられていた。

モザイクアートで、何やら青空を飛ぶ白い鳥が描かれている。

……なんていうか、貴族の別宅って印象を受ける家だ。

「お風呂! いいわね! 身体を洗うスペースも広いし、のびのび尻尾を洗えるわ!」

そう言いながら、メルトは浴場に座り、モフモフの尻尾をめいいっぱい伸ばして見せた。

……触りたくなるな、これは確かに。泡立ちが実に良さそうだ。

「なるほど、条件がかなり良いですね。部屋数も問題なさそうですし」

「ええ。ただ勿論お値段の方は……少々高くなりますし、競売で競うことになるかもしれません。御覧のとおり、非常にハイクオリティでお子さん向けに購入したいという貴族も多いんですよ」

「あー……やっぱりそうなんですね」

正直、競売で勝つ見込みはある。だが、そこまでする価値のある立地とも思えないのだ。

閑静な住宅街とはいえ、それなりに人通りも多い。そして住人が少々曲者だ。

貴族や富裕層の子供に、上級の冒険者も暮らすと言う。こちらが詮索される可能性もある。

「セイム、どうする? ここは素敵だけど、ちょっと豪華すぎるかも? お風呂は魅力的だけど!」

「そうだなぁ、まだ保留かな? 他を見てから決めようか」

「なるほど、了解致しました。ふむ……ではここからは、都市からわずかに離れた農村地帯にある家や、下層区の外れ、農業地区にある家なども紹介しましょう。距離がありますからな、やはり一度商会に戻り、自分達の馬車で参りましょう」

「すみません、我儘言って」

「いえいえ! 今日は丸一日、物件巡りをするつもりでしたからな、元々」

そうして、俺達は再びスタート地点、ピジョン商会まで乗合馬車で移動するのだった。

俺達がピジョン商会に到着し、商会長さんが馬車を準備しようとした時のことだった。

突然、商会のドアが開き、何度か見たことのある子供の店員が大慌てで飛び出してきた。

「商会長! よかった、戻ってきてくれたんですね!」

「おやおや、どうしたんです、そんなに慌てて」

「じ、実は先ほど王城からの使いだと名乗る人が来て……それでこれを……」

何やら紙を一枚手渡す店員さん。

なんだ? なにか不穏な内容の書類でも城から届いたのだろうか?

「こ、これは……やはり何か……繋がりが……」

「あの、今ってまだ紹介の途中なんですよね? 出来ればこっちを優先した方が……」

「ふむ……幸いまだ物件を決めてはいませんからな……良いでしょう、このタイミングで我々に任せるということは『そういうこと』なのでしょう。知らせてくれて感謝致しますぞ」

「いえそんな! ではお気をつけて!」

店員と話し込んでいた様子だが、何か火急の要件が城から入ったのだろうか?

「商会長、何か急ぎの仕事が入ったのなら、物件紹介は今日はここまでで構いませんよ」

「いえ、違うのです。事情は次の物件にてお話します。少々予定を変更、別な物件をご紹介します」

「ふむ……分かりました」

はて……一体どうしたと言うのだろうか……?