軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十四話

「それでは今から倉庫に品を戻しに参りましょう。既にこちらの品の価値は周囲に知れ渡りました。細心の注意を払い移送致します」

会場の裏手で、ピジョン商会の出品物を携え待ち構えていたオークショニアの男性。

その言葉にこちらも頷き、そして同時に――

「では深海の瞳の小箱を今ここで開けてもらえますか?」

「ふふ、そうですね。どうぞご確認ください」

疑ってかかる。すぐにこの場で中を検めさせてもらう。

結果、しっかりと小箱の中には変わらず深海の瞳が収まっていた。

……本物だ。

「ありがとうございます。では行きましょうか」

小箱が金属の箱にしまわれ、さらに同じ形、大きさの鉄箱と一緒に鍵付きの大きな金属のカートに収められる。

ダミーを含めて移送、カートも鍵つきで随分と重厚だ。

ゴロゴロと重い音を立てながら、地下の倉庫へと向かう。

地下倉庫に向かうには、重たい鉄の扉を二つ越えなければならない。

恐らく防犯と同時に防火の目的もあるのだろう。

そこからさらに階段で下ると、途中にも小さな鉄扉があり、こちらは旧館の地下に繋がっている。

旧館は現在、警備の人間の詰め所になっている為、一番安全な地点と言っても良い。

その扉を無視してさらに下ると、ようやく地下倉庫群に着くという訳だ。

「では向かいましょうか」

オークショニアの男性が一枚目の防火扉を開いた時だった。

微かに、本当に微かな物音……剣戟の音にも似た騒音が、二枚目の防火扉の先から聞こえてきた。

……こりゃ最後の最期で事件発生だな。

「なんだか人がいっぱい来たね?」

「恐らくオークションが終わったのでしょう。落札された品をもう一度倉庫に保管して、後日落札者が引き取りに来るんですよ」

「う、うん?」

時は少し遡り、オークション終了直後。

高額で落札された品はセキュリティの関係上、最後に倉庫に戻されることになっている関係で、まずはそれ以外の品々が倉庫に移送されてきていた。

その様子を興味深そうに眺めるメルトと、それを解説するレティ。

「つまり『買いたい物を決め終わったので、商品を元の場所に戻している。お金は今日持ってないから、後日持って来るまで倉庫に保管している』ということですよ。今日すぐに売れるわけじゃないんです」

「あー、なるほど。そういう仕組みなのね? お金がないのにお買い物なんて変わっているわよねー?」

「まぁ……気軽に持ち運べるような金額ではないでしょうからね」

どうやら、レティは段々とメルトに何かを解説するのに慣れてきているようだった。

「メルトさん、警戒するなら今かもしれませんよ。取引が終わり気が抜けているタイミング、品物の価値が定まり、狙いを定めるのもこのタイミングでしょうから」

「なるほどね? じゃあ私達は品物が届くまでここで待てば良いのかしら?」

「ええ、そうですね。……今回私達はあくまで『ピジョン商会の倉庫の警備』を任されています。他の倉庫で起きた事件には基本的に関わらないように、という話でしたが、どうしますか、メルトさん」

「うん? まぁ……そうするのが正しいのなら従うよ、私は」

「そうですね、それが本来なら正しい行動です。ただ、私は捕縛権限を持つ立場上、明らかに不審な人間を見逃すのは少々心苦しいのですよね」

そう言うと、レティは少し離れた場所にある倉庫にしまい込まれていく品物と、その後をつけていくフードで顔を隠した集団に強い視線を向けていた。

「うん? 顔を隠しているのって関係者じゃないのかしら? なんだかお話を聞いてると、この催しって、身分を隠したい人、もしかしたら自分が買った物を知られたくない人もいるんじゃないかなぁ」

「……たまに唐突に鋭くなりますよねメルトさんって」

「そうかなぁ? でも確かにさっきの人達怪しいね。どうしよっか?」

「……警戒しつつ様子見、ですね。何かあればすぐに動けるように準備しておいてください」

「私達のところの品物はどうしよう?」

「到着前に全て終わらせます。別に、何か起こると決まったわけではありませんし――」

が、レティの言葉が終わる前に、メルトは既に駆け出していた。

異音、空気の振動を察知し、何かが起きたと確信したメルトは、少し離れた場所にある件の倉庫へと駆け寄る。

そこは、セイムが落札した古代の魔導具を有する、『エルクード教商会』の倉庫だった。

「回収出来たか!?」

「ああ! 撤退するぞ!」

「俺はこいつらの足止めをする! 退路の確保頼む!」

地下から響いてくる声。メルトは今まさしく、ここを駆け上がってくる人間を取り押さえようと武器を構える。

「な! メルトさん!? なんでこんなところに!」

「おい! 今は逃げるぞ! 確かあっちだ!」

現れたのは二人組のローブの人物。声から察するに、若い男二人。

メルトはその怪しい人物に自分の名前を呼ばれたことに一瞬だけ驚くも、すぐさま男達が何かのケースを持っていることに気が付いた。

「貴方達泥棒ね? ここで捕まえるわ」

「違う! これはみんなの為なんですよ!」

「おい! 早くしろ! ここで捕まったらまずいだろ!」

「だが、彼女を味方に引き入れられれば戦力になる!」

メルトは、何故か自分を知る相手に、容赦なくナイフを振り下ろす。

しかし、男はそれを寸でのところで回避し、反撃の魔法を放つ。

迫りくる石の礫。ショットガンのように打ち出されたそれらが、全てメルトのナイフで弾かれる。

「無駄だよ、大人しく掴まって」

圧倒的に実力差のある相手。

そこに更にレティが追い付き、剣を突きつける。

「やはり盗賊の類ね。馬鹿ね、たった二人でこの会場に乗り込むなんて。それとも囮かしら?」

「クソ……新手だ。どうする!?」

その時、地下の倉庫から人とは思えない咆哮が上がり、それに続き悲鳴が複数上がる。

地下空間を揺るがすような咆哮。あまりの衝撃に一瞬、メルトとレティが目と耳を塞ぐと、その隙に二人組が駆け出し、どこか別な倉庫に潜んでしまった。

すぐに追いかけるべくレティは駆け出すのだが、同時に――

「メルトさん、その倉庫の奥へ! たぶん敵と……この倉庫の護衛をしていた人がいるはずです」

「分かった。追いかけるのは任せたよレティちゃん」

階段を駆け下りる。そこには、既にひしゃげてしまい、役目を果たせなくなった鉄扉と、散乱する血痕が残されていた。

最悪を想定し中に踏み込むメルト。

「……なに……この臭い……血と……魔物じゃない、なにこれ……」

そこで見た光景が、メルトの目に焼き付く。

壁にめり込み、血を大量に流す人間と、下半身がねじれ、ちぎれかけている人間。

そして片腕を『巨大な口』に噛みつかれ、そのまま力なくぶら下がる人間。

なによりもメルトの心を揺さぶったのは、その人間が『見知った顔』だったから。

「嘘!? なんで!? カッシュ! グラント! リッカ!」

ここ最近、一緒に行動することの多かった、新人冒険者三人組だった。

返事なく、力なく、血の気なく動かなくなっている三人の姿に、一瞬でメルトの頭に血が上る。

それは、生まれて初めての経験だった。

幼いうちに祖母を亡くし、死というものをしっかりと理解出来ないまま、一人で生きていくことを強いられていたが故に。

近しい友人という者を知らず、ただ一人生きる為だけに行動してきたが故に。

大人に近づきつつあるのに、それに伴う感情が育っていなかったが故に。

癇癪を、怒りをぶつける存在がこれまで近くにいなかったが故に。

「殺す」

一足で駆け抜け、禍々しい、黒いゴムで出来たようなのっぺりとした体表を持つ魔物の口をナイフで切り裂き、腕一本で口からぶら下がっていたリッカを床に解放、そのまま抱きかかえ離脱するメルト。

「……まだ生きてる、息してる……!」

メルトはすぐに近くにあった木箱の中にリッカを詰め込み、部屋の隅に向かい、少々乱暴だが箱を蹴飛ばし退避させる。

「他の二人も……気配がある! こいつを殺して……!」

メルトの見た限りでは、一番の重傷は下半身がねじれてしまっているグラントだった。

だが、それでもかろうじて息をしている気配を感じる。

しかし、その身体は謎の魔物のすぐそばに転がっており、抱えて離脱するのは難しいと判断する。

メルトは、両手のナイフを強く握り、構える。

得体のしれない、これまで見たことも聞いたこともない魔物の容姿に、どう対処すべきか迷っていた。

メルトの強さは『圧倒的な知識量』と『過去の経験を完全に体で覚えている』という二つの点によるところが大きい。

故に、まったくの未知、応用が利きそうにない相手との戦闘には弱いという弱点があった。

「コイツなに……獣じゃない……竜でもトカゲでもない……なめした皮みたいな表皮……」

まるでゴムのような、艶やかな魔物。

流線形のようでいて、唐突に頭部と思われる部分が裂け、そこに牙がみっしりと生えそろう。

もしも地球出身のシズマがこの場にいたら『エイリアンみたい』と言いそうな、そんな外見。

それでもメルトは、確実に頭だと分かる部分に攻撃を集中すべく、素早く踏み込んだ。

「な!?」

だがその瞬間、異形の口から長い舌が飛び出し、素早いメルトの動きにも対応し、床を高速で這うように伸びてくる。

が、それでも――

「おりゃ!」

一瞬の迷いを断ち切るように、メルトは片方のナイフを舌に突き刺し、強く踏みつけ床に縫い留めて見せた。

自由に動かせなくなる舌と頭。

その隙に、メルトは残りのナイフを構え、身体ごと突進するようにナイフを強く魔物の身体に突き刺した。

シズマから譲られたナイフ。ゲーム時代の装備であるナイフは、一般的なナイフよりも刀身も長く、頑丈で、切れ味も鋭い。

メルトの技量から放たれた渾身の突きは、確かに魔物を大きくのけぞらせ、ひるませた。

その隙に、床で倒れているグラントを抱え、リッカと同じ木箱に優しく運び込む。

「……カッシュで最後……アイツの後ろだから……どうしよう」

今、まだ自由に動けない魔物は、自分の舌を引きちぎろうと暴れていた。

メルトは、舌がちぎれて魔物が自傷ダメージで怯む隙を狙うべきだと判断し、注意深く魔物の動きを観察する。

だが、見てしまった。

その観察眼で、魔物の特徴、弱点と思われる場所を見てしまった。

「……! どういうことなの……」

その弱点と思しき場所は、メルトに迷いを生む。

『殺してもいいのだろうか』という迷いを。

「たぶん……そうだよね……殺したいけど……」

するとその時、外に続く階段から、新たな足音が響いてきたのだった――

「なんだこの騒ぎは……」

地下倉庫群に到着すると、既にこの異常を察知していた他の商会の護衛達が、皆自分達の倉庫の防備を固めていた。

解決の為に動く人間はおらず、自分の倉庫だけを守ろうと動くその様子は、このオークションの性質からすれば正しい判断なのだろう。

だが……。

「オークショニアさん、商会長さん。品物を倉庫へしまってください。俺は情報を集めます」

「わかりましたぞ。さぁ、行きましょう」

すぐに近くにいた警備の人間に話を聞くと、どうやらどこかの倉庫が襲われたらしく、なにやら人外めいた咆哮が響いてきたらしい。

人間じゃない? なら、もしかしたら無秩序に暴れ出すかもしれない。

「その倉庫はどこです?」

「直接はわからねぇ……でもあっちの方だった」

警備の人間の指し示す方向へ向かい走り出すと、騒音がさっきよりも一層大きく響いてきた。

同時に、ピジョン商会の倉庫も視線に収まる。つまりピジョン商会の倉庫付近で事件が起きたのか……?

「商会長! 事件はこの辺りで起きたらしいです! レティさんとメルトはどこですか!?」

「そ、それがお二人の姿が見えないのです! 倉庫が破られた形跡などはないのですが……」

「ふむ、なにやらただの襲撃ではないようですね。上階に連絡して応援を手配します」

オークショニアの男性が、倉庫内にある通信機を操作する。

……二人がいないってことは、この事件の解決に動いている……?

ありえそうな話だ。あの二人の性格から考えて。

「俺は周囲を詳しく調べてきます。念のため、二人とも倉庫の扉を閉じて中に立て篭もっていてください」

「了解しました! セイムさんも気を付けて」

そうして周囲の倉庫の様子を確認していくと、警備がいない倉庫を発見した。

だが場所的にここはどこか商会が使っていたはずだ。

すると、すぐに地下倉庫に続く階段から激しい物音が聞こえ、そこに向かい飛び込んだ。

「な! メルト!?」

そこで目に飛び込んできた光景は、メルトが巨大な魔物相手にじりじりと武器を構え、様子を窺っている姿だった。

明らかに倉庫の入り口を通れないような巨体。それがここにいることが不思議でならない。

それに……表現はあれだが『世界観が合わない容姿』の魔物だった。

自然じゃない……どこかSFめいた姿の魔物。

「セイム! こいつどうしよう!」

「どういう状況!? なんで魔物がここに!?」

「分かんない! 盗賊の仲間だと思う! レティちゃんが他の人間を追跡中! こいつは……殺すべきかもしれないけど、そうじゃないかもしれない!」

「どういうこと!?」

メルトが敵を殺すべきか迷っている。何か理由があるのか?

「セイム! こいつ魔物だけど人間だった! 中に知ってる人がいる!」

「なんだって!?」

は? 人? 中に? 知り合い?

「セイム、死なない程度に弱らせられる?」

「……いけると思う」

「じゃあ回復手段とかはある? お薬とか魔法とか」

「ある」

なんだ、なんの確認だ? いや……周囲に血痕がある。

「メルト怪我したのか!?」

「私じゃない! 私の友達の冒険者三人、瀕死!」

「了解。メルト、三人にこれ飲ませてあげて。俺が相手する」

俺は以前、レティに飲ませるために提供したのと同じポーションを三つメルトに投げ渡す。

すぐにメルトは動き、それに反応する魔物の前に俺が身体を割り込ませる。

なんだこいつ……生き物って感じがしないぞ……。

ゴムのクリーチャーのような……洋画に出て来そうな見た目だ。

だが、間違っても自然界に存在する生き物には見えない……もっとこう、人工的何かを感じる。

「それに……元人間だって……?」

その時、俺は見てしまった。

大きく口を開けた魔物、その口の中を。

切り裂かれた舌を器用に巻き取り収納していく魔物の口の奥底に……見知った顔を。

「な……ムラキ……?」

それは、元クラスメイトのムラキだった。