軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十八話

『獣人』とは、人間に近しい種族でありながら、動物や特定の魔物の因子を内包する種族の総称である。

故に多種多様な種が存在し、それぞれ異なった特性や能力を秘めている。

一般的に『気配察知能力』に長けていたり『俊敏性』が秀でていたり、シンプルに『怪力』であったり。

が、無論それだけでは『完全に一般人間種の上位互換』になってしまう。神の采配か、それとも生命の神秘なのか、獣人にもそれぞれ弱点が存在し、人間の完全上位互換ではないのだ。

だが――例外と言われる種族も、少数ではあるが存在している。

それは『銀狐族』にも言えることであった――

いや……マジでか。メルトがかなり戦えるとは、ギルドに登録する時の動きで予測出来ていたが……今、メルトが戦っている相手は冒険者の中でも恐らく『上澄み』に分類されるエリートなんだろ?

実際、動きの切れ、剣速、身体の動かし方なんて、見ている分には明らかに『強者』だと分かる。

俺だって不意打ちで一気に潰していなかったら、それなりに苦戦していてもおかしくない、そんな剣捌きだ。

なのに――

「なんで! なんなのよアンタ!」

「よ! ほ! もう一回!」

剣筋がかろうじて見えるレベルの剣技を、メルトは楽しそうに全て、狙いすましていたかのように弾き、反らし、受け流していた。

達人なんて領域じゃない。あれはもはや異常だ。俺でもたぶん、メルトとは剣を打ち合えそうにない。

「スキあり!」

「ガ!」

スキなんて俺には見えない。だが、気が付くとメルトはレティの振るう剣を掻い潜り、ぴったりと身体を彼女の背後に背中合わせにくっつき、背中で押し出し体勢を崩し、そのまま逆手に持つ木剣でノールックで背後をなぎ払い、そのままレティが地面に転がってしまった。

「よし! 私の勝ち!」

「なんでよ! どうなってるのよ……!」

真剣さをそれほど感じない。だが、それでも持てる技を全て使ったのか、メルトは満足げな表情を浮かべ、勝利を噛みしめていた。

「ふざけるな!」

「わ!?」

が、それもつかの間。地面に転がっていたレティが突然、横たわったまま腕をメルトに向け、そこから炎の塊が撃ち出される。

魔法……! 実際に他人が使うのを初めて見た……だが、これは模擬戦だったはずだ。

魔法もありなのか!?

「レティ! 魔法の模擬戦での使用は禁じているはずだ!」

その時、見守っていたシュリスさんから鋭い指摘が飛ぶ。

……癇癪からのルール違反か、メルトは……無事なようだが。

「びっくりしたー……魔法もありだったのねー?」

炎が静まると、何事もなかったかのように現れるメルト。

だが煙が晴れると、そこにはどこからか現れた土壁が存在しており、それがメルトを炎から守っていたようだった。

あれは……シュリスさん? それとも他の誰かが咄嗟に守ってくれたのだろうか?

「じゃあ私も使うねー? えいや!」

が、その予想は外れだったようだ。

新たに土の鎖が生み出され、地面から起き上がろうとしていたレティが地面に縫い付けられる。

あの土壁の魔法、メルトが発動させたものだったのか! ていうかメルト魔法使えるのか!

「今度こそ私の勝ちでいいよね?」

「……そうよ、私の反則負けよ」

完全に戦意を喪失している様子だった。

まさか、不意打ちの反則である魔法まで完全に防がれるとは思っていなかったのだろう。

完敗だ。誰かどう見ても、きっと本人も完全に認めてしまうような完敗だ。

「……模擬戦終了。メルトくん、強いね。かなり強い。もしかしてセイムさんより強いんじゃないかい?」

「んー……たぶん負けるよ? 受け流せる自信がないもの、セイムの攻撃は」

「……ほう、そうなのか。いや、模擬戦で強さの確認をしてこちらの人員を決めるつもりだったのだけどね……これじゃあ誰を配属しても変化なしだ。メルトくんだけでおつりが出てしまう程だよ」

俺も同意見です。全力を出すようにお願いしたけれど、まさかここまで強いとは……強すぎるとは思ってもみなかった。

この子は一体どういう存在なのだろう。疑問が次々に湧いてくるレベルだ。

「セイム、勝ったよ。どう? 私強い?」

「正直かなり驚いてる。というか魔法も使えたんだね? 土魔法って感じなのかな?」

「うん、そんな感じ」

「いやぁ……俺も魔法が使えればよかったんだけどなぁ」

残念ながらセイムで新たな戦闘技能を習得するのは無理な様子。

これは本来の姿、シズマとしての俺に期待、だな。

「メルトくん、模擬戦に協力してくれて感謝するよ。一緒に警備する人間はこちらで残りの二人を決めておくから、今日はもう大丈夫だよ。木剣を預かるよ」

「うん、分かった。はいこれ、いい木剣ね」

シュリスさんがメルトから木剣を受け取り、それを観察していた。

かなり難しい顔をしているが、きっと彼女の目からしても、メルトの戦いに『異常性を感じた』のかもしれないな……。

「よし、じゃあ今日のところはお暇しますね。シュリスさん、今回は警備依頼を受けて頂き本当にありがとうございます」

「ん、こちらこそ貴重な機会に恵まれたよ。ありがとう、二人とも」

「さ、メルトも帰ろうか」

「分かった。じゃあねレティちゃん、それと……アワアワの人も」

「シュリスと呼んでくれないのかい?」

「んー……もう少ししたら?」

「ふふ、もうアワアワしないと約束するよ」

そうして、俺達はクランホームを後にするのだった。

「レティ。君は本当にいつまでも子供のままなんだね」

「……ごめんなさい」

「格下だと侮った相手に手も足も出なかった。それが悔しかったのは分かる。だが、あれは戦士として最低で卑怯な行為だ」

「はい、そう思います」

「……今回の警備任務が終わったら、降格処分だ。報酬の支払いも減額半年。それくらい甘んじて受けるんだ、いいね?」

「……はい、そうされて当然のことをしました」

二人が去った後、シュリスはこの未熟な剣士に沙汰を言い渡していた。

除籍にはしない。だがそれは優しさではなかった。

『ここまで力に溺れ自尊心が肥大化した子供を野に放つのは危険だ』と判断したからこそ。

もしもレティが貴族の出身、後ろ盾のない存在なら、すぐにでもギルドの牢に拘留、そのまま罪人として禁固刑にするように進言してもいいとすらシュリスは考えていた。

だが、貴族という肩書がそれを不可能にする。それほどまでに貴族出身、貴族令嬢という存在は国に守られているのだ。

「……木剣、よく見てみるんだ。君の木剣にも、メルトくんの木剣にも一切の凹みがない。傷も殆ど出来ていない。これがどういうことか分かるね?」

「……完全に見切られて、合わされていた、ですよね」

「そうだね。私でもここまでの芸当は出来ないよ。無論、レティの腕力が彼女と大差がないからこそ出来たってだけの可能性もあるけれどね」

「……力だけならたぶん、私が勝ってました」

「そうか……彼女は何者なんだろうね。彼女曰くセイムさんには勝てないと言っていたけれど、直接二人と戦った君の目にはどう映った?」

シュリスは、先程の戦いが余程興味を引いたのか、詳細をレティに問う。

そしてかつて戦ったセイムと比べたらどうなのかと。

それは武人としての好奇心と、得体のしれない強者の登場への警戒から来るものだった。

「たぶん、言っていた通りなんだと思います。受け流せる攻撃の破壊力にも限度があるんだと。正直、あの男……セイムの攻撃を受け流せるとは思えません。あまりにも速くて、強くて……暴力的でしたから。たぶん、触れただけで木剣なんて弾け飛んで粉々になるかと」

「……恐ろしい話だ。かなり頑丈なアクスブレの木で出来た木剣なんだけどね」

「団長。あの二人をスカウトするんですか?」

「きっと無理だろうね。セイムさんが誰かの下につくのを想像出来ないよ」

「そう、ですね」

「それに――たぶんメルトくんを従えると、政治的に面倒なことになりそうだ」

そう言うと、シュリスは試合場に残されていた、メルトの生み出した土壁に手で触れる。

「ご覧。これはただの土壁じゃない。中にびっしり芝生の根がはりめぐされている。それにかなり圧縮されている。炎どころか――」

すると、シュリスは唐突に土壁を強く殴りつけた。

だが、それが崩れることはなく、ただ少し凹むだけにとどまっていた。

「大概の攻撃は防がれるだろうね。彼女は土を操作したんじゃない。植物の命を操作したんだ」

「え……では……あの子は『生命魔法』で戦ったんですか?」

「いや、これは『自然魔法』だよ。生命魔法は植物にここまで作用しないんだ。治癒が精いっぱいだからね」

「自然魔法って……そんなの幻獣種の獣人の……」

「……その可能性がある。おいそれと手出しは出来そうにないよ。どんな出自にせよ、安易に従えるなんて『あの国』に喧嘩を売るようなものだからね」

「……なんだか、大きな流れの始まり、みたいな予感がします」

「その感覚を大事にするといいよ。大局を見る力、それは戦う力以上に稀有な才能だからね」

そうして、シュリスは考えを巡らせる。

あの二人が国に仇為す存在なのか。そしてこの未熟な剣士は、大成していくのか。

その両方をこれから先も見守っていくべきなのか、と――

「帰りに何か食べて帰ろうか。そろそろ夕方だし」

「じゃあパイ食べに行こう! この前一緒に依頼を受けた三人と行ったんだー」

「お、いいね。パイなんて久しく食べてなかったよ」

帰り道、この無邪気な強者さんと一緒に夕食を食べに冒険者の巣窟をぶらぶらと練り歩く。

この子は、危うい気がする。俺以上に危うい立場に陥りやすい気がする。

メルトは『利用価値が高すぎる』んだ。それなのに、この子はあまりにも精神がまだ幼い。

……これからも、一緒に居よう。もちろん、俺が一緒に居たいからでもあるけれど。

「揚げパイがおすすめよー」

「おー、なかなかヘヴィだね」

「あー、久しぶりに本気で動いたからお腹すいたー」

「そっかそっか。よし、じゃあメルトは警備の仕事、大丈夫だとは思うけど気を付けるんだよ。今日は頑張ったメルトに、そして今後も頑張るメルトの為に俺が奢るから」

「いいのー? じゃあいっぱい注文するねー」

シュリスさんが今回の依頼を受けた背景には何かがある。

もしかしたら、メルトも危険な目に遭うかもしれない。

が、少なくとも武力でメルトをどうこうするのは難しいだろう。

それにグローリーナイツからベテランが二人派遣されるのだし。

問題は、オークションで何が起きるのか……それを予想出来ないってことだ。

「結構考えることが増えてきたな……」

「そうねー? 今日はかぼちゃのパイもあるんだって。どれを食べようか考えないとねー」

「ははは、そうだなぁ」

ま、今は彼女の言う通りパイの種類について考えよう。

じゃあ俺はこの『ベーコンとカボチャのパイ』にしますね?

俺、実はカボチャが好物なんですよ。

そうして、今日もまだ見ぬご馳走に目を輝かせるメルトをほほえましく観察しながら、楽しいひと時が過ぎていく。

どこかで何かが、事件が、野望が、渦巻いているとしても。

それでも、今この瞬間を楽しもう。

あまり順風満帆なスタートではなかったこの世界での人生。

それを、俺は精一杯楽しむと決めたのだから――

その頃、シズマのクラスメイト達は、ゴルダ国に存在する『術法研究塔』と呼ばれる場所に集められていた。

偽りの正義と使命を信じ込まされた子供達は、魔術師の説明を真剣に聞き、覚悟を決めていた。

「では、最初に説明した通り、ある程度の拒絶反応と反動による苦痛が考えられます。無論、すぐに緩和させる薬液は投与しますが、それでも覚悟はしておいてくださいね」

「あ、ああ! 分かった……まずは俺から試してくれ」

クラスメイトの中で、最も前衛の適性が高く、肉体的にも強靭なムラキが、何やら紋章の中に立たされ、緊張した面持ちで言葉を紡ぐ。

「ムラキ、頑張れよ! うまくすれば……一気に強くなれるんだ。俺達は世界の為に強くなるんだ……絶対、乗り越えような」

「ああ!」

そう、クラスメイト達は地道な成長だけではシレントには追い付けないと考えた王により、正攻法ではない方法で経験を、強さを得ることになったのだった。

膨大な知識と、先人の記憶。

かつてダンジョンで敗れた人間の経験と力の一部を取り込むという、ある種の禁術の力によって。

それがどこからもたらされた術なのかは不明だが、確かに強い戦士を作り上げられることは実証済みだった。

それを、勇者として強大な器を持つ生徒達に施すのだ。

それはひとえに、レンディア神公国を攻める為。

それを知らずに、生徒達は禁術に、得体のしれない術により変質させられるのだった――