軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百十九話

言いようのない不安と焦燥。

哀愁と郷愁。

寂しさと切なさ。

ここにいていいのかという漠然とした疑問。

誰かが俺を見つけてくれるまで、きっと癒えそうにない孤独感。

無性にどこかに帰りたくなる。

ここは俺の居場所じゃないと、誰かに言われているような。

疎外感にも似た空気が胸中を満たしていく。

セピア色の景色が、俺を拒絶しているように感じた。

こんな思いをしてまで、俺はこの世界に――

「シズマ」

「!? な、なんだ、シーレか」

突然、シーレに手を握られ、思考が冴える。

今の今まで感じていた感情、空気、思考の渦が、急激に消えていくのが分かった。

見れば、シーレは右手で俺の左手を、左手でメルトの右手を握っていた。

「二人共、聞いてください。このダンジョンは『謎解き』で進む場所のようです。先程、ダンジョンを監督している女性の話を聞いて考えていました。どうやら……私はこのダンジョンと凄く相性が良いようです」

「な、なになに? なんだか、急に胸が苦しくなって、泣きそうになって、恐くなったよ……」

「俺も。シーレ、今のは何だったんだ……どうして今は平気なんだ」

「手を握っているからです。これはたぶん、単純な仕組みなんです、本来は。誰だって……一人で知らない場所に放り出されたら不安に思います。その感情を極限まで膨らまされたのでしょう。その解決法なんて、本来ならすぐに分かるはずなんです。でも、探索者という立場がそれを許さない。だから解決方法が確立されなかったのでしょう」

「手をつなぐだけで良いのか……なんで分かったんだ?」

「ダンジョンの情報を聞いて、その解決策を順番に考えた結果……すべてが繋がっているように感じたからです。シズマ、反対の手でメルトの空いている手を握って輪になってください」

「え? じゃあメルト、手繋ごうか」

「うん! これでどうなるのかしら? 三人で輪になってくるくるする?」

「ふふ、かごめかごめみたいですね。実は、ここから考えたんです。『この体勢になれば魔物は現れないのではないか』と。常に背を外に向けている。これなら問題なく動けるのではないかと」

「なるほど……突然どこかから魔物が現れて、背を向けると去る……そんな魔物、普通の環境にはいないもんな。ダンジョンのギミックの一種だと考えるべき、か」

「そうです。それで、この体勢になるなら手を繋ぐのが一番効率がいいはず。なら、誰かと繋がっている状態ならば、孤独や不安にも打ち勝てるのではないかと思いました。予想は当たりでしたね」

「なるほど……なら、他のダンジョンの特性にも意味があるんだね?」

「はい。次に……恐らくこのダンジョンは終わりがないのだと思います。このフロアを調べても、恐らく延々と同じ光景が続くだけ。何か条件を満たさないと次には進めないのだと思います」

「ねぇねぇ。ならこの状態になれば、何か変わるんじゃないかしら? このままみんなでゆっくり進めば次に進めるかもしれないよ?」

「それも考えたのですが、明確に、同じ風景以外のものが存在しているのはここだけですよね?」

そう言うと、彼女は首だけを動かし、後ろを振り向く。

そこには、俺達が入ってきた巨木が存在し、その洞が相変わらずぽっかりと口を開け、一見すると不気味に見える穴が続いていた。

何も聞こえないのに、人を吸い込むような、そんな風音が聞こえてくる気すらする洞。

不安に駆られた人間は、一目散にここに逃げ込み、満足にダンジョンを探索することも出来ないまま、ダンジョンの外に向かってしまうのだろう。

「この状態なら、魔物も出現しませんし落ち着いて周囲を調べられます。というよりも、メルトの言うようにこの状態になっていることが、突破の条件になっている可能性もありますね」

「……よし、俺の【神眼】でこの辺りを調べてみるよ」

ものの詳細だけでなく、地形に隠された情報も見破ることができるこの力なら。

この謎のダンジョンに存在するオブジェクトに、何か秘密があっても見抜けるのではないか。

『極樹の門』

『通る人間の心に呼応する異界の門』

『知性を持ちくぐる者を観察している』

……なるほど。探すまでもなかったようだ。

恐らく、これが次の階層への入り口にもなっているのだろう。

「この体勢のまま、入り口に戻るよ。それでたぶん、次の階層に着くはずだから」

「おー! 不思議なダンジョンね! 戻ったら次に進めるなんて」

「やはり、謎を解いて初めて条件が満たされるタイプでしたか。では、このまま進みましょう」

三人で輪になって、蟹歩きと後ろ歩きをしながら巨木の洞に戻って行く。

確かに、これまで次の階層に進む人間が現れなくても不思議じゃないよなぁ。

ダンジョンの常識的に考えたら、こんな行動を試そうとなんてしないか。

洞に入り、そのまま内部を通り抜ける。

予想通りなら、外には出ずに、次の階層に出るはずなのだが――

「出口だ! 外じゃないわ! 雨、降ってない!」

「本当ですね、ダンジョンの中のままです。さっきまでの場所かどうかは……」

「判断できないね。一度、手を放して――」

いや、放すべきじゃない。

こんなに華奢で、可憐で、綺麗な手を放すなんて。

このままずっと、ずっと一緒にいたい。

二人と一緒に、どこまでも、いつまでも。

唐突に胸に湧き、そして沸く感情。

愛おしいと、手放したくないと、強く強く願ってしまう心。

もう、一緒にいられるならそれで良い。

そう、心の底から思った。

隣の二人の顔を見つめる。

シーレが、頬を染め、いつもよりも瞳を潤ませながら、熱っぽい視線を向けてくる。

俺と同じ気持ちなのか、彼女の手が、俺の手を握る力を強める。

指が、絡む。互いの距離が、近づく。

「止まってー! えい! えい!」

するとその時、突然メルトが俺とシーレを突き飛ばし、離れてしまった。

手の届かない距離に、彼女が遠のいてしま――

「は!? え!? なんだ今の!」

「これは……! シズマ! 精神系状態異常に耐性がある装備をお願いします!」

「了解! そうか……メルトは『ソレ』をつけていたから無事だったのか」

一気に危機に瀕してしまっていた。だが、幸運にも精神に異常をきたすことがなかったメルトによって、助けられる形になったようだ。

『蒼海の思い出(極)』

『2024年度アクセサリーデザインコンテスト最優秀賞作品の最上位バージョン』

『“ダメージ耐性20%上昇”“状態異常耐性50%上昇”』

『“スタミナ消費10%軽減”“HP自然回復1%/10s”』

『“魔法確率反射20%”“クリティカル確率無効20%”』

以前、彼女に贈ったアクセサリー。

この効果により、状態異常を受けても、その効果が半減するのだ。

恐らく精神に作用する、一種の魅了の状態異常。

だが、メルトはその効果が半分になったおかげで、俺とシーレの異常に気がついたのだ。

沢山ストックがあるので、同じアクセサリーを取り出し、シーレに投げ渡す。

下手に近づいたら、また魅了にかかってしまうかもしれないからな。

自身が装備している『静寂のスケルトンカフス』と交換し、彼女と同じブレスレットを装備する。

少し離れた場所で、シーレも『破れた誓いの指輪』を外し、ブレスレットと交換した。

こういう時、セイムのように『盗賊』のジョブをサブでもいいので設定していると、アクセサリーを三つまで装備できるので、有利だよなぁ。

俺も試しに二つ目のアクセサリーを装備してみたことがあるのだが、効果が発動しなかったのだ。

これは俺達の身体が、この世界にルールで縛られている……ということなんだろうな。

「シズマ、今から少しだけそちらに向かいます。アクセサリーの効果がどれくらい反映されるのか、実験もかねて!」

「了解! メルト、念のため同じく近くに来てくれるかい? もしまたおかしくなったら、俺達のこと突き飛ばして引き離してほしいから」

「わ、分かった! ドンってやるから、気を付けてね」

シーレとメルトが近づいてくる。

先程は、俺とシーレが明らかにおかしな状態になっていたと思う。

というか、メルトがいなければ……なんかとんでもないことになっていたと思うのだ。

「ふむ……いつもとあまり変わりません。半減されることで、殆ど影響がなくなるのか、元々の好感度とは別カウントで、そちらの好感度に行動が引っ張られてしまうのか。私は普段から二人のことが大好きなので、今感じている感情は普通、ですね」

「私も二人のこと大好きよ! だからいつもと変わらないわね」

「……まぁ俺も二人のことは大好きだよ、大切な家族なんだから」

改めて口にすると、物凄く照れ臭い……! メルトはともかく、シーレに面と向かって言われると、殊更恥ずかしい、照れてしまう。

「しかし、一層目で人を密着させておいて、移動した瞬間にこの仕打ち……中々悪辣ですね」

「確かに。これはたぶん……さっきとは逆に、一緒に行動していると悪いことがどんどん起きるのかもしれないな……例えば、魔物が突然現れるとか」

「ありえますね。この階層はひとまず、別れて探索しましょう。幸い、ここも見通しのいい、木の少ない雑木林があるだけですし」

「分かった! じゃあ、ええと……天気が変わらないなら、時間がどれくらい経ったかわからないね……時計とか買っておけばよかったねー」

「確かに……そうだな、時計はあった方が良いか」

「ふむ……確かにダンジョンに挑むなら必要ですね」

「じゃあ村に戻ったら売っていないか探してみようか。とりあえず、今回は俺が一人で辺りを見てくるから、二人はこの出入り口付近をある程度離れて、互いが目視できる距離で調べてみて欲しい」

最初のフロアと同じなら、一人で行動することで、何か条件を達成できるのかもしれない。

そう思い、二人を入り口近くに残し、俺はひとまずここから見える雑木林に向かうのだった。

「一見するとただの林……というか森? なんだよな……ダンジョンの中って感じがしない」

【神眼】を使っても、反応するオブジェクトもなければ、地形に反応する様子もない。

つまり、何の変哲もない空間でしかない、ということだ。

魔物が現れるわけでもない。かといって特別変わったオブジェクトがある訳でもない。

そう、思っていた矢先だった。

枯葉の降り積もるこの『秋にしか見えないダンジョン』の中、カサリと枯葉が擦れる音がした。

カサカサと、人の足跡を思わせる音が、気配も姿もなく近づいてくるのが分かった。

まるで見えない人間がこちらに駆けてくるような、そんな物音。

「……ここだ!」

剣を振りぬく。近づいてきた音を頼りに、何もない虚空を切り裂く。

すると、手ごたえは何もないが、確かに何もない空間から、剣を伝うように黒い液体が流れてきた。

刀身を伝い、鍔に到達し、地面に滴り落ちる黒い液体。

俺にはそれが、何かの血液のように感じられた。

「……空間に黒いシミが広がっていく……?」

それは、剣の先から空間に広がっていき、次第にそのシミが、一つの形を作り出していく。

まるで、人のような形。けれどもその頭部は、異常に細長く、枝分かれし、まるで人間の身体から枯れ木が生えているような、そんな異形の姿をしていた。

「っ! なんだこれ……不気味過ぎるだろ」

【神眼】が、その動かなくなった異形の正体を読みとった。

『フェアウェルブランチの怪異』

『霊草フェアウェルグラスの傍に生えるという異形の樹木の苗木』

『一番最後に自分に触れた生き物の形を覚え成長し自分で移動できるように進化する』

『触れた生き物を食らい個体を増やす非常に危険な存在』

『最後に触れた生き物に逃げられ息絶える寸前であったが最後の力で獲物に襲い掛かり』

『死んでいった』

「……魔物の一種か? 随分不気味な魔物だな……二人は大丈夫かな」

二人が負けるとは思えないが、急いできた道を引き返す。

大丈夫だ、マップは表示されないが、俺は歩きながら、本当にパンくずを地面に落としていたからな。

夢とは違い、メルトが拾い集めたりもしていないし。

「二人ともー! 何かおかしなことはなかったかーい?」

「おかえりー! なんもないよー! 葉っぱ集めてただけー!」

「どうやら、このダンジョンには生き物がいないみたいですー! 虫もいませーん」

入口まで戻ると、相変わらず二人が距離を取り、大声で近況を報告してくれた。

ふむ……落ち葉に虫でも隠れているのが普通だが、それすらいないとなると、やはりここはダンジョン、ある種の異界なんだな。自然界の常識が通用しないと。

「こっちは不気味な魔物が一体だけ出て来たよ! 倒したから、何か変化があったかも!」

「おー! じゃあ、一回バラバラに入り口に入ってみるー?」

「試してみましょうかー! もしかしたら、魔物の撃破の他にも、バラバラになることがそもそもの正解かもしれませんしー!」

なるほど、確かに普通なら、くっついたままずっと一緒に動くことになりそうだもんな。

バラバラになることで条件を達成している場合もあるのか。

そして、もしかしてあの魔物は……仲間から離れすぎた場合のペナルティ、か?

メルトとシーレは、互いが目視できる距離に残っていたのだし。

俺達は、バラバラのまま、再びこの巨木の洞、出入り口になっている穴の中へと向かって行く。

果たして、無事に次の階層に辿り着けるのか――