軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十一話

「なるほど……紅茶や焼き菓子を注文出来るようですよ」

サロンに着いた私達は、まず軽食を摂れるのか調べたところ、テーブル席が点在するフロアの入り口で、何やら注文を行えることを知った。

見た限りではあるが、注文した人間の席に、後から給仕の人間がお菓子や紅茶をカートに乗せ運んでいる様子がうかがえる。

本当にまるで貴族のお茶会のような様相だ。が、そもそも貴族が多い区画の施設なのだし、こういうサービスを行っていても不思議ではない。

「お菓子……甘いのとか?」

「ええ、恐らく。あまりお菓子は食べたことがないのですよね?」

「たまに、行商人さんがおまけでくれたよ、子供の頃」

「なるほど……では久しぶりに食べましょう?」

「……やった」

声を抑えながらも喜びをにじませるメルト。

早速二人で注文をすることに。

「あ、カルモの葉のハーブティーだ。私これにする」

「ふむ……では私も同じものを」

この世界の植物の名前をまだ知らない以上、山暮らしの長いメルトのチョイスに間違いはないはずだ。

半面、お菓子の名前は見覚えのあるものも多く、微妙に違っているが同じようなものだと仮定する。

いや……宝石の名称が同じだったことからして、仮に名前が違うものだったとしても、私の脳が同じ名前だと認識している可能性もある。

正直このあたりの仕組みはまだ理解出来ないが、検証もかねて注文してみよう。

「フィナンシェとカッサータを二人分お願いします」

フランスとイタリアの菓子の名前を注文する。

もしこれで想像通りなら、この世界に存在するものがそれにふさわしい地球の単語に変換されて認識されているのだろう。

「かしこまりました。こちらの花瓶を席に置いておいてください」

「綺麗な花ですね」

「こちら、フロース蘭の変種でございます」

「へー……珍しいね、これって変化しやすい品種なのに、この変種を固定の種として栽培しているのよね? これ、注文した人間を識別する為にたくさんの品種をどこかで育てているの?」

「おお、お詳しいですねお嬢様。ええ、その通りでございます。この区画にある学園にて、植物の遺伝学を教えている教授がお育てになっているそうです」

「へー……そんな学問まで教えているのねー……」

ふむ……つまりおしゃれで上品な番号札、ということなのだろう。

この場に相応しい、優雅な仕組みだ。

しかし……やはりメルトはかなり高度な知識を身に着けているようだ。

それに遺伝学というものですらこの世界にはすでに存在している。

いや、確かに豆の栽培で遺伝についてのメカニズムを発見した学者が、地球でも一八〇〇年代には既にいたと言うし、不自然ではない、か。

「では席で待ちましょう、メルト」

「うん、待ちましょう」

少しだけこちらの口調を真似するメルトがおかしくて、笑いが漏れそうになる。

そうして、私達は中庭が見えるガラス戸の傍の席に座る。

恐らく気温が低い所為だろうか、今は戸が解放されていない。

が、芝生の様子や片付けられているテーブルが積み上げられている様子からして、もう少し暖かければテラス席として解放されていたのだろう。

「紅葉がキレイねー……山にいた頃は意識したことなんてなかったけど、綺麗な庭園に赤や黄色の葉っぱがうっすらと積もってる姿って、絵になるね」

「ええ、本当に。まるでキャンパスに絵の具を落としているようです。今は水が止まっていますが、噴水の水面に浮かぶ葉も綺麗ですね」

「噴水……見てみたかったなー」

本当に絵になる中庭、庭園だ。

もう少し暖かければ、あの場所にあるガゼボの席でお茶を頂くことも出来たろうに。

……今、私の中に眠るシズマの意識が一瞬、ガゼボの事を『カカポ』と言いそうになったのを感じた。

シズマ……何故微妙に間違って覚えている。カカポは鳥の名前だ。

変な発言をして七色に光りながら首を回すあのキャラクターの元の動物だ。

「お待たせいたしました、お嬢様方。ご注文の品でございます」

すると、給仕の男性がカートに乗せて、ティーポットと皿に盛られたお菓子を運んできてくれた。

一瞬、チップを渡すべきかと迷うも、他のテーブルではそのようなやり取りが行われていない。

なら、それに倣おう。

「ありがとうございます」

「ありがとうね」

微笑み会釈すると、メルトも真似をする。

そして顔を赤らめる給仕の男性。

……正直、これは仕方ないと自分でもわかる。

自分自身の容姿が優れていることくらい、キャラクターを作ったシズマの感想や、自分の記憶やこれまでの反応から嫌でも理解する。

これは、間違いなくトラブルを生む容姿だ。

「可愛いお菓子ねー?」

「ええ。……ふむ、想像通りの品ですね」

フィナンシェは長方形の焼き菓子、カップケーキの仲間みたいなもの。

カッサータは、簡単に説明すると、ドライフルーツやナッツが混ぜ込まれたレアチーズケーキを冷凍したお菓子、だろうか。

こちらも想像通りの物が出てきた。

つまり、冷蔵、冷凍技術も、少なくともこういう上流階級の施設では普通に浸透している、ということだ。

まぁ、セイムで冷えたエールを飲んでいたことから、科学技術は進んでいると予想してはいたのだが。

科学? 魔法による技術の可能性もあるか。

「これってどういうお菓子?」

「これは、冷たいお菓子ですよ。温かい紅茶によく合うでしょう」

「綺麗なお菓子ねー……あむ」

幸せそうに食べるメルトを眺めつつ、私も一口。

うん、食べた記憶がないお菓子なのに、この味を知っている。

クリームチーズのような濃厚さと、優しい甘さ。リキュールの香りと甘さがしみ込んだドライフルーツと、コリコリとした粗みじんにされたナッツの触感。

とても、美味しい。上品でかつ、一口で様々な香りが楽しめる上質な一品だ。

「ふぅ……美味しいですね。しかしメニューも問題なく読めましたし、これで私の役目も終わり、でしょうかね」

「え、もう? もっと一緒にいたいのに」

「ありがとうございます。ただ、やはり色々と不都合があるみたいなのです。今度は私でなく、シレントとして少し冒険者の活動をしてみるべきでしょう」

現状、シレントが一番リスクが高いのだ。なにせゴルド国で国王相手に喧嘩を売ったようなものなのだから。

ならばこそ、冒険者という肩書を手に入れ、一定の地位と後ろ盾を築いておくのだ。

まぁ……他にも狙いはあるのだけれど。

「そっか。じゃあ一回お別れ……なのかしら?」

「本質的には同じですよ、安心してください」

が、実際私とシレントではギャップがありすぎる。

それに、シレントでいた時間はそこまで長くない。今度はシズマにどんな影響が出てくるのか、未知数ではある。

半面、圧倒的に生活力……というより、生存能力が高そうなシレントの知識を得られたら、今後の生活でも生かされていくだろう。

「短い間でしたが、本当にありがとうございました、メルト」

「こちらこそ。近くにいて、色々教えられたよ、私も」

そうして笑い合う。

上品に、優雅に、素敵な時間が過ぎていく。

が――

「ご歓談中失礼。私も共にその時間を過ごさせて頂いてもよろしいだろうか?」

突然、見知らぬ男性が私たちのテーブルにやって来た。

身なりの良い男性。表情から察するに、自分に自信を持っているタイプだと分かる。

貴族……もしくは上流階級で一定の権力を持つ人間だろうと辺りをつける。

「申し訳ありませんが今回はご遠慮下さると助かります。今、私はこの方と別れの挨拶をしているところなのです。乙女の大事な話に割り込むような無粋は、さすがになさらないでしょう?」

少しだけ気取った風に、けれども明確に拒絶の意思を示す。

「な……そうかね? それは失礼した」

「ええ、申し訳ありません」

メルトは、今回は口を挟まなかった。

きっと、こういう状況での私を観察したかったのだろう。

男は、諦めて他の場所へ行くのだと思っていたら、なんと近くの席、私の顔が良く見える席に着いた。

……露骨な。

「美味しいね、シー……」

メルトが、私の名前を呼びそうになるも、途中でそれを止めた。

「正解です。お互い、最低限の会話で」

「うん。食べたらまた本読みにいく?」

「いえ、帰還しましょう」

予定変更。本は後日、どこか古本屋でも探して購入、他のキャラクターで読めるか確認もかねて検証してみよう。

「それにしても……このオレンジ色のつぶつぶ? 美味しいね」

「ああ、この中に入っている具ですね? これはオレンジの皮を砂糖で煮詰め、乾燥させたお菓子にお酒を吸わせて刻んだものですよ」

「へー! お菓子にもお酒って使うのね」

「ええ、そうでうすよ」

視線を無視し、笑い合いながら当たり障りのない会話をする。

「もし、他のお菓子が気になるようでしたら……シレントに聞いてみてください。彼も私と同じ程度には知識もあるはずですから」

「え? えー……なんか意外かも」

「ふふ、確かに。彼ならばきっとトラブルに巻き込まれる心配もないでしょうし、安心してください」

「あ、それはそうかもねー? ふふ、なんだか寂しくなくなってきたかも」

「良かった。では……来て早々ですが、また宿の方に断りを入れておきます。さすがに何度も代わるのは失礼ですからね。今回は私が宿を引き払ったら、貴女一人で使ってください」

「え……うん、分かった」

「流石に、シレントと同じ部屋は違和感が凄いでしょうし」

「あー……確かにそうかも?」

「大丈夫、近くの宿を取らせますから」

さすがにあんな物騒な大男と、こんな可憐な女の子を同じ部屋にさせるわけにはいくまい。

宿的にもトラブルになりそうだと思われかねないし。

「ごちそうさま。このカルモの葉のお茶……私のよく知るものにとてもよく似ていました。美味しかったです」

「うん、私も好物なんだ。これ、寝る前に飲むとよく眠れるんだよ。それにお香とかも作れるんだ」

「素敵ですね。さて……では名残惜しいですが、お暇しましょうか」

最後まで、こちらを観察するようにニヤニヤと見つめてくる男を無視し、席を立つ。

そのまま足早に事務所で退館手続きを済ませ、図書館を後にしたのだった。

「……メルト、気が付いていますね?」

「三人、たぶん素人じゃないね」

「先ほどの男の手の者でしょうね。おおかた、私たちの宿を突き止めるつもりなのでしょう」

「なんだか面倒ねー? 美人って大変なのね?」

「メルトも美人ですよ? だから気を付けてくださいね、今後」

「本当? 私美人?」

「ええ、間違いなく」

が、今回あの男の眼鏡にかなったのは私のようだ。

「メルトは私と別れてそのまま宿に戻ってくださいね。もしつけられていたら屋根伝いに速攻で姿をくらましてください。その後……」

私は、だんだんと数が減って来た転移の鈴を一つ、メルトに手渡す。

「宿で自分の部屋に戻ったら、この鈴を鳴らしておいてください」

「分かった。シーレはどうするの?」

「この追手を巻いてからそちらに転移します」

「へー最初の時みたいに?」

「ええ」

そうして、中層に向かう道でメルトと別れる。

予想通り、追手は皆私の後をつけてきた。

さて……なら今度はこちらも全力で逃げよう。

こちらのメインジョブは狩人……高所への移動は得意分野なのだから。

曲がり角を曲がった瞬間、垂直に飛び、近くの屋根に飛び乗る。

追手は曲がり角で私を見失う、という寸法だ。

そのまま、私は屋根伝いに動いては目立つからと、他の路地に降り立ち、身を隠す。

……気配察知能力も、視力も、聴力も高い。

狩人という職業は、斥候としても優秀なようだ。

耳を澄ませ、追手の会話を盗み聞く。

「見失った……何故だ……」

「やはり、どこか他の家の客人だったのではないか? あちらの獣人を追っていれば情報も聞き出せたかもしれないというのに」

「しかし『キスク様』の指示であの娘は放っておいても良いという話だったからな……」

「あの方の女癖は本当に厄介だな……トラブルを起こした時のリスクを考えないのか」

「お父上ならばなんとかしてくれると思っているのだろう。あれで……次期当主だというのだから『ハバリー家』の未来も暗雲立ち込める、か」

「まぁ実際、あのお嬢さんが逃げ切って助かった。あれほどの美貌……さぞ名のある令嬢だろう。背後にどんな人間が控えているか分かったものじゃない」

「間違っても『いつもみたいに』食い散らかして終わり、なんてことは出来ないだろうな」

なるほど、案の定『クズ』でしたか。

キスク・ハバリー。その名前、憶えておきましょう。

機会があれば……何かしらの不幸が降りかかるように努力するのもやぶさかではありません。

そうして、私はしばらく物陰に隠れ続け、ほどよく時間が経ったところで転移の鈴を鳴らし、メルトの待つ部屋に帰還したのだった。