軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百三十九話

「しかし、お主達は意外とお酒に強いんじゃな? メルトちゃん程ではないにしろ、結構あのワイン飲んでおったじゃろ? ワシでもそこそこ酔ってしもうたというのに」

「それがよー? なんだかここ最近、全然酔っぱらわないんだよなー」

「そうなんですよねー。私、お酒って弱かったはずなんですけど」

「ですが、心地よく美味しく飲めるので、困ってはいないんですけどね。何故なのかは分からないので、その点は不思議なのですが」

帰り道、三人のうち二人を居住区まで送っていく道すがら、しっかりとした足取りの三人組に話をふる。

ふむ……急にアルコール耐性があがるとも思えんがのう……。

「あ、俺はここの宿です。居住区に近い関係で安くて助かってるんですよ」

「ほう、ここにも宿があったのか」

「ゆくゆくは資金を溜めて、居住区の深部にある戸建ての家を買いたいと思っているんですよ」

「俺もそうしたいんだけどなー。どうしても実家が街にあると便利で、出ていき難いんだよ」

「私は親が反対しそうなんですよね。活動拠点がリンドブルムな限り、一人暮らしは難しそうです」

「まぁ親心というヤツじゃな。もし、一人前になればそのうち親の考え方も変わるかもしれんの」

居住区。

まだ夜が始まったばかりのこの時間帯は、周囲の家やアパートメントから生活音が聞こえてくる。

が、その中に不審な気配は感じられない。

やはり、人の目の多いこの場所で、襲おうと考える人間はおらんか。

グラントくんと宿で別れ、残りの二人とも居住区の中で別れる。

恐らく中までは追手がかかっておらんだろうが、外に出たら追跡されそうだの。

案の定、居住区を抜け中層に差し掛かる頃になると、遠くからこちらを探る気配を感じるようになった。

このまま、ワシ達の家の場所を特定される訳にもいかんからな。この辺りで撒くとしよう。

「メルトちゃん、しっかり掴まっておるんじゃぞ」

「んー……うん……」

半分寝ぼけながらも、しっかりと力がこめられる腕。

ワシは全力で駆け出し、曲がり角を曲がった瞬間に垂直に飛び、最寄りの家の屋根に着地する。

今度は屋根伝いに上層に向かい移動する。流石に、本来坂道を登らないといけない区画に屋根伝いに直接向かうワシを追いかけるのは不可能じゃろう。

「……そう思っておったんじゃがなぁ」

一人、屋根を飛び跳ね移動してくる気配を感じる。

相当な身体能力の持ち主か。少々厄介だの。

このまま家までついてこられると面倒だ、上層の一角、恐らく人払いがされているであろう、かつてシズマが戦った地、オールヘウス邸へと向かう。

「……ここなら人の目もないぞ。姿を見せい」

予想通り、誰もいない、封鎖されているであろうオールヘウス邸の中庭に着地する。

人は住んでいなくとも、中庭には街灯に似た照明器具が配置され、今も主なき屋敷の中庭を照らし続けていた。

「……何者です、貴方は。その子を今すぐ開放しなさい」

だが、現れたのは、覆面で顔を隠していても、明確に『女性』であると判別できる……いや、正体が誰なのか判別できる人物だった。

「ひょほ!? なんじゃギルドの人間だったんかの! 確か……シレントが世話になった……ええと……そうじゃ! レミヤさんじゃったか!」

「……シレント様を知っている……? 何者です」

「んむ、シレントはワシの部下じゃよ。ちょいとこの娘、メルトちゃんを代わりに預かってもらえんかの?」

そう、レミヤだ。ギルドの暗部に所属し、恐らくは……シレントに何かしらの感情を抱いている女性。なんとも羨ましい話じゃ。

「……彼女の知り合いだったのですか。屋根を移動する怪しい影を追ってきたのですが……いえ、それよりも……部下? まさか……旅団の長なのですか!?」

「正解。ちっとセイムに頼まれてのう。……いや、今はまずメルトちゃんを預かってくれんか。出来れば家まで送り届けてもらいたい。鍵はメルトちゃんが持っているはずじゃ」

「……状況は飲めませんが、察するに……追われているのですね?」

「んむ。なので始末をつけてこようと思う。メルトちゃんを家に預けたら、一緒に待っていてもらえんかの? 見ての通りこの子はだいぶ酔っておるんじゃ、誰かが近くにいてくれると助かる」

「……分かりました。後ほど、お話を聞かせてください」

運が良かった。いや……これは必然か。

大方、今回騒ぎを起こしている勢力に対して、既に国もギルドも警戒していたのだろう。

ならば、レミヤ嬢がこういった役割に従事していても不思議ではない。

「さてと……ワシの記憶が確かなら、この屋敷にもアンダーサイドへの抜け道があったはずじゃが」

「まさか、追手というのはアンダーサイドの人間なのでしょうか?」

「勘じゃよ。だが、状況的に急激にリンドブルムの勢力図が変わる要因はここしか考えられん。冒険者の巣窟は、察するに『どこかの縄張り』なんじゃろう? そこに切り込める勢力となると、ある程度限られてくるんでないかい?」

地下世界に国が関与をし始める。すると、必然的に後ろ暗い人間も集っていたであろう、地下の住人は地上へ逃れるはず。

そんな世界に、まとめ役となる勢力がいないはずがない。

大方、アンダーサイドの『裏』を束ねる存在がいるのだろう。

「ふーむ……ワシの勘ではキルクロウラーが『その連中』を抑え込むはずだと思うのじゃが」

「……! 貴方は、リンドブルムの勢力に詳しいのですか?」

「んー? 全然じゃよ。ただ、ワシの予想では『地下と地上にそれぞれ表と裏の取り締まる勢力』がいると思ったんじゃ。地上の表はセイムが世話になっとる『グローリーナイツ』そして裏は『カースフェイス商工会』。地下の表は『キルクロウラー』そして……今回暴れておるのは地下の裏。どうじゃ? 正解じゃろ?」

恐らく、均衡が取れているからこそ、これまで国もギルドも手出ししてこなかったのだろう。

だが、地下の一部崩壊と難民の流入。そして地下崩壊でキルクロウラーに負傷者が出ている。

このタイミングで動く勢力なんてそれくらいしか思いつかんわい。

「……シレント様の上司というのも納得です。かつて……あの方は『俺達のボスは善性の高い人物だ』と仰っていました。……私は彼の言葉を信じます」

「ほっほ、そうかそうか。地下へはここから行けるんじゃな?」

「はい。瓦礫の撤去は済んでいます。貴方の敵は恐らく『アビスファング』と呼ばれる、元傭兵集団でしょう。犯罪者やごろつきを吸収し、今では傭兵ギルドのクランにも匹敵する数の兵隊を揃えています。迂闊に手出し出来ないと様子見をしてきましたが……」

「ワシを利用せい。所詮ワシは外の人間。しかも今回はお主にも国にも依頼された訳ではない。幸い、ワシがごろつきに絡まれていた姿は多数が目撃してる。つまり……じゃ」

大義名分は既に用意されておる。

「――安心せい、ワシの可愛い孫娘の平穏を乱し、思い出の地を乱す阿呆共は、今日を以ってこの世界とはお別れじゃよ」

誰も見ていないのなら。親愛なる孫が、親しき若人達が見ていないのなら。

ちょっとくらい、本気を出してもいいだろう?

「っ!!!!!!」

「では、行ってくる」

「は…………はい………」

そうして、ワシはこの屋敷の地下牢から続くアンダーサイドへと向かうのだった。

「…………く……はぁ……はぁ……」

メルトを抱き抱えながら、レミヤは止まりかけていた呼吸をようやく思い出す。

真冬だというのに、額から汗を滝のように流しながら。

「あれが……旅団の……長」

別格だと。かつて、自分がシレントに抱いた恐怖すら生ぬるいと、そう感じさせる迫力が今の老人にあったのだと、ようやく思い至る。

離れてようやく気が付く。自分が先程まで、強大な存在と相対していたのだと。

「まるで……天災です……この私が……危うく気を失うところでした……」

「んん……うん……んっむ……」

腕の中で、可愛く呻くメルトの姿に、強張っていた身体からようやく力が抜ける。

同時に、レミヤは大切にしなければとも思う。

孫娘と呼び、可愛がっていたこの娘を。

もはや人ならざる気配を放つ、旅団の長が気に掛けるこの娘をなんとしても守らねば、この国が亡びるのではないか……そう、レミヤは確信にも似た思いを抱くのであった――

地下区画アンダーサイドにて。

かつての爆発事故と、国からの復興支援。それにより、風通しが良くなってしまったこの界隈から、殆どの人間は去ってしまっていた。

だが、この区画の主にして、国が我が物顔を『余所者』を流入させようとしていることについて、異を唱える勢力が一つ。

『アビスファング』深淵の牙を自称する、犯罪者集団と呼ぶには、些か力を持ちすぎた一団。

自分達もまた、国の土地に無断で巣食っている存在であることを棚に上げ、今まさに国と交渉中の彼らは、この土地の利権を餌に、傍若無人な振る舞いを繰り返し、地上へとその勢力を広げ始めていたのだった。

四つの勢力の均衡。それが崩れれば、それはもう、第二の戦争にもなりかねない。

本来なら地上と地下、それぞれの表の勢力がそれらを封じ込めている。

だが、地下の裏組織が勢力を伸ばし始め、それは『地上の裏』との衝突を近い将来引き起こすであろうと誰もが予想していた。

故に、国が動こうとしていたのだ。

が――今宵、この地下世界に一人の老人……否、一人の『修羅』が降り立った。

「……なるほど、確かに殆ど人が残っとらん」

ルーエは、常識外れの気配察知能力により、このある種閉ざされた空間で過ごす知性ある存在、人間のおおよその数を把握していた。

それは微かな振動であったり、残された人の痕跡の数や新しさであったり、微かに香る人の生活の匂いであったり。

五感全てが無意識に感じて、常人であれば無意識にシャットアウトしてしまうような情報ですら、全て細部まで読み取り【心眼】や【神の導き】【観察眼】にも似た力を発揮していた。

ルーエは、静かに歩みを進める。

地下故に反響しやすい足音を、不思議と一切させずに歩みを続ける。

途中、巡回の国の騎士も見かけるが、どういう訳か平然と歩くルーエを『認識出来ていない』かのように、まるで素通りするかのように、誰にも呼び止められることなく地下を探索する。

「……一般の人間ならば問題なしか」

それは歩法だけではなく、人間の無意識の死角や、視線の動きの予知を組み合わせた、もはや奥義とさえ呼べるような、人外の察知能力を組み合わせた動き。

平然とそれらの『技術』だけで、ゲーム時代ですら存在しえなかった効果を発揮させる。

そうして、ルーエはアンダーサイドの深部へと向かい、一番『まだ残っている人間の多い場所』を目指す。

……やがて辿り着く。辿り着いてしまう。

アビスファングのアジトにして、かつてリンドブルムを建造する際、その基礎として建造された、最も大きく頑丈な土台へと。

「……なるほど、堅牢な砦と化している訳か」

工事中に使われていたであろう土台に作られた通路や、作業小屋があったであろうスペース。

それらを改造して作られた、もはや基礎ではなく建物とすら呼べる都市を支える土台。

そこを前にし、ルーエは一人、普段浮かべている柔和な笑みを醜く歪め笑……否、嗤う。

「クカカ……最早すまぬとは言わぬ……諦めよ」

修羅が、駆ける。