軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百十九話

「司祭さん、アンタ結構タフだねぇ……もう深夜だってのに休まなくて平気なのかい?」

「ええ、私は自分自身に癒しの力を使っていますからね。無理やりにでも動くことが出来るのですよ。北の野営地に着いたら、そのまま徒歩で北上すれば良いのですよね?」

「アンタって人は……なんの信徒でもないの俺ですら感動しちまうよ本当。野営地で一晩休んでから行けばいいだろうに……」

「いいえ、それは出来ませんよ。今も怪我で苦しむ兵士が大勢いるのです。彼らの為にも、私は歩みを止める訳にはいかないのですよ」

リンドブルムから出発し、荷馬車に揺られながら北の野営地を目指す。

最前線ではないが、重大な補給拠点として機能しているらしく、ここに集められた潤沢な物資の力で、長期間の前線維持を可能とする……という話だ。

だが、恐らく明日の昼頃にはもう、ゴルダ側は撤退を始めるのではないかと私は踏んでいる。

つまり『戦争が終わる準備に入ってしまう』のだ。

だからこそ急がなければいけない。『戦争中という注目を集め易い環境が必要』なのだから。

そうして、少しだけ雲が多い、星の少ない夜空の下を、昨日よりも少しだけ暗い夜道を進む。

到着した北の野営地にて、責任者の人間に私が来訪した目的を告げると、まるで子供のように喜びの声を上げていた。

やはり、治癒術師という存在は絶対数が少なく、騎士団にも二人しか在籍していないという。

曰く、エルクード教の総本山のある大陸にて、巡礼の旅を終え、教皇に力を授けられた者のみが扱える奇跡の御業らしく、旅の治癒術師など数年に一度しか見かけることがないそうだ。

なるほど、だから薬の相場が高いのか。あの娘、主の庇護を受けているメルトさんの知識が有難がられるのも納得だ。

ただ、エルクード教の教会には最低一人、治癒術師が在籍するのが通例らしく、主が王宮で見かけた十三騎士、シアンと名乗る女教会騎士が、治癒術師も兼任しているのだとか。

……厄介そうですねぇ。私の最後の目論見の障害になりそうだ。

「おい分隊長さんよ、治癒術師が来てるってのは本当か!?」

その時、分隊長と私が話している天幕に、荒々しく乱入する人物が現れた。

……本当に縁がある。必然だろうと理解しているが、それでもそう感じずにはいられない。

乱入者は、傭兵ギルドの十三騎士、ヴィアスという名の男だった。

「……ええ、私が治癒術師ですよ。患者がここにもいるのですか?」

表情には出さない。そして、声にも出さない。感情の揺らぎを人には決して見せない。

それなのに――

「いや、そうじゃねぇ。スカウトだ。お前治癒術師なんだろ、流れの。うちのクランに入らねぇか、この戦争が終わったら」

「お引き取り下さい」

……今なら、飴玉を噛み砕く人の気持ちが少しだけ理解出来る気がした。

「わーったよ、そう睨むな」

「いいえ? 睨んでなんていませんよ」

「……いや、睨んでるどころか殺意すら向けてんだろアンタ」

「……これはおかしなことを言う御仁ですねぇ」

「……これ以上は追及しねぇよ。アンタ……相当数『ヤってるな』」

「はて……何のお話でしょう」

なるほど。主がこの男を『最も危険』だと言っていた理由が少し分かった。

この男は『勘が鋭い』のでしょう、それも常軌を逸したレベルで。

私もこの男には近づかない方が良さそうだ。

「さて、では私は野戦病院へ向かいますね」

「おお! お願いします司祭様! 今、護衛の準備を手配します!」

「あ? いらねぇだろ。この司祭サマにゃあここにいる兵士が束になってかかっても敵わねぇよ」

「おやおや……随分と過大評価をしてくれますね……少し照れてしまいます」

「……本当なら俺がついて行きてぇが西の警戒をしなきゃならねぇ。おい、お前の名前は?」

「スティルと申します。ただのしがない宣教師ですよ。司祭でもありますが」

名前だけ聞くと、ヴィアスは天幕を後にしていった。

……おかしな話だ。私の容姿は他のキャラクターの皆さんと比べても、優れている方だと自負しているのですがねぇ。

どうにも、強者からの反応が芳しくない。

北の野営地を出発する。

深夜は基本的に両国とも攻撃を行わないのが通例となっているそうだ。

が、深夜に工作活動を行う兵士はどちらの軍にも存在しているのだろう。

今も、遠くの森の中を移動する兵士の姿が見える。レンディア側の人間なので問題はないのですがね。

しかし……戦争が始まって丸一日が経過しているとはいえ、既に前線で前哨戦が起きているとは意外だった。

つまりゴルダ側も、いつでもこちらに攻め入る準備が出来ていたということになるのだから。

「……楽しい世界だ。こんなにも人が自由で、愚かで、殺し合うなんて」

作り物の世界で生きていた頃とは全てが違う。

背負わされた物語に殉じていた頃とは全てが違う。

私は、自分の意志に逆らって行動することが許されているのだから。

私は、自分の意志に従って行動することも許されているのだから。

好きな方を自分で選ぶことが出来るのだから――

「治癒術師様なのですか! なんとありがたい! すみません、隣の大天幕に負傷者を休ませているのです、すぐに向かって頂けませんか!?」

「ええ、もちろんです。案内してください」

野戦病院は、野営地から徒歩で更に一時間程北上した場所に設営されていた。

焦土の渓谷周辺に展開されている、最前線の兵士達の陣が遠目に見える程度の距離しか離れていない。

つまり、戦いが再開されれば、次から次へと負傷者が運び込まれてくるような位置だ。

本来なら、敵に突破されることを考えて、こんな前線近くに設営されることなんてないだろう。

が、強気とも取れる最前線に野戦病院が設置されているのも、ひとえにこの場所を守護する人間の力を信じているからなのだろうと、私は『彼女』を一目見て分かった。

「貴方が派遣されてきた治癒術師様ですわね? こんな最前線までようこそお越し下さいました。私、エルクード教リンドブルム教会に所属する教会騎士のシアンと申します」

「これはこれは……初めまして。エルクード教程人々に信仰されている教えではありませんが、同じく信仰にこの身を捧げる同志として、畏敬の念を抱かずにはおられません。私の名前はスティルと申します。よろしくお願いします、シアン殿」

シアンと呼ばれるこの女性。身に纏う力が尋常ではない。

本人の力だけではなく、まるで『この世界から常に力を送り込まれている』かのような姿。

エルクード教は『大地に宿る神を信仰』する宗教だと聞いている。

つまり信仰が……本当に目に見える形で強さに直結している。

それも、信仰対象である大地から与えられるという形で。

なんと羨ましい。なんと妬ましい。なんと……おぞましい。

明確なリターンが存在する信仰など……私とは決して相いれない存在ではないか。

エルクード教……調べるべきことが増えてしまった。

「まぁまぁ、素晴らしいですわ! 独自の信仰で癒しの力まで発現させるなんて……! 是非、こちらの患者さんを診てくださいませんか?」

深夜だというのに、夜に相応しくない、明るすぎる雰囲気を纏う女……だと思った。

そして、必ず私がこれからすることに反発し、諍いになることを予感させる。

重症患者が臥せているという天幕に通されると、血と薬品の匂いが充満していた。

包帯で応急処置こそされていても、苦しそうに呻く人間が所狭しと寝かされている。

「シアンさん、治癒術の方は既に?」

「はい。お恥ずかしい話なのですが、私は治癒術の適正が低く、低級のエリキシルにすら届かない効力しか与えられないのです。ここにいる方達の怪我は……もう私では手の施しようがなく」

私の目から見ると、今ここで苦しんでいる人間は皆『表面上の怪我が治っているだけ』の状態だった。

皮膚と肉だけが繋がり、血管や神経、骨に深刻なダメージが残っている状態。

それどころか、内臓の機能すら失われつつある人間が大量に寝かされている。

……なるほど。

「爆発……ですか。ゴルダ側は広域破壊兵器、もしくは魔法を用意していたんですね? それも、かなり早い段階から待ち構えるように」

「っ! 流石、専門家ですわね……ええ、その通りです。恐らく……宣戦布告の遥か前から、この戦いを予期していたかのような手際、でしたわね……」

「なるほど。本当に『戦争らしい』戦いが既に起きていたのですねぇ……」

私は、この天幕に寝かされている患者を一人一人確認していく。

そして、一番の重症患者であろう、土気色の顔をした患者の前で立ち止まる。

両足の複雑骨折、本来なら切断してもおかしくない状態。

更に、恐らく内臓が機能していない、死に今も一歩ずつ近づいているような患者。

私は『聖邪逆転』を発動させ、この男の全身に指による無数の刺突を繰り返す。

傍目からは悪ふざけだと、怪我人を苦しめていると思われるような行為。

だが、確かに私の刺突を受けた部位が淡く光を放ち、顔色がみるみるうちに回復していく。

全身の怪我も不調も、確実に、目に見えて回復していく。

「な……なんという……! 凄いですわ、スティル様」

「ええ、私は凄いのですよ。……だからこそ、この力には代償が必要なのです」

私は更に、ある一人の患者の元へ向かう。

そして――

「代償は命ですよ」

その患者を、今この場で叩き伏せ、呻く声を完全に止める。

「!!!! 何をなさっているのです!?」

「それはこちらのセリフです。何故『ゴルダの兵士がここに寝かされている』のですか?」

そう、ゴルダの兵士すら、ここに寝かされていたのだ。

慈悲の心? それともエルクード教とやらの教義なのか? 信仰は尊いものではあるが、これは……信仰とは思えない。

信仰は他の人間を時には踏みにじることもあるだろう。だがそれは『仕方ない』時だけ。

そう、回避できる衝突なら回避するのだ。それでも回避できないなら、問答無用で潰すのも仕方ない。

だがこれは……少なくとも同じ天幕に並べるのはおかしいでしょう?

殺し合っているというのに、信仰同士のぶつかり合いだというのに、それに水を差すようではないか。

「さぁ、選びなさい。私の力は他人の命を他人に分け与える力。ここに寝かされているゴルダ兵の犠牲で、レンディアの兵を救いましょう? 一人助けるのに一人殺す。それがここにいる皆さんを救うただ一つの条件です。丁度同じだけの人数が寝かされていますからねぇ」

嘘だ。私はただ踏みにじってやりたいのだ、この女を。

そして知らしめたいのだ。私という……いや『信仰という名の悪』を。

この戦場で、最も邪悪で、最も忌むべき存在として、世界に認知されたいのだ。

元々……ここへは人を殺す為にやって来たのだから。私の悪名を広げる為にやって来たのだから。

「っ!! 貴方という人は! 去りなさい! 邪悪の権化です、貴方は!」

「おやおや。良いのですか? 私の見立てですと……ここにいるレンディア兵の七割は次の朝日は見られない様子ですがねぇ?」

こちらは事実だ。まず、助からない人間は七〇名近く横たわっている。

そして助かっても後遺症に苦しめられる人間が残りだ。

そして都合が良いことに、ゴルダの兵士もそれと同じくらい、この天幕には寝かされている。

「良いでしょう! では私はシアンさんの『敵国の兵士の命を優先して自国の負傷者を見捨てる』という決断を尊重致しましょう! それでは負傷者の皆さん! お元気で! おっと、元気ではありませんでしたねぇ!」

大きな声で。目を覚ましている負傷者に聞こえるように。

希望をちらつかされ、目に光が宿った人間を再び奈落に突き落とすように。

「な! ちが……私はそんな……!」

「いいえ、貴女の決断ですよシアンさん。それでは……良い旅路を」

死へと旅立つ者達に、別れの挨拶を。

……が、そうはいかない。そうこなくてはいけない。

旅路を拒む声が、そこかしこから上がり始める。

「シアン……様……助かりたい……」

「あいつら……犠牲にすれば……」

「死にたくねぇ……なんで……俺達を……」

「どうして……僕達が……」

生きたいと願う自国の兵を、貴女は切り捨てられますかね?

敵兵もこのままでは死を待つだけだというのに、それでも犠牲にしないと決めたのでしょう?

二つに分けたリンゴ。片方を諦めたらもう片方を食べられるのに、諦めるのが惜しくて両方朽ちるのをただ眺めるだけ。貴女はそういう決断をしようとしているのですよ。

「あ……あああ……私は……私は……」

揺らぎ、崩れる間際の信仰。

声を震わせるシアンの元へ静かに歩み寄る。

そっと、背を押してやる。

「……自国の兵を、貴女の決断で見殺しにするのですか? このままいけば……どうせゴルダの兵も死ぬ。なら、ゴルダ兵の命を『次に託させて』あげてはどうですか?」

「次に……託す?」

もう、一押しだ。

「ええ。私の力で、ゴルダ兵の命を癒しの力に変え、この苦しむレンディア兵の中に宿し、共に生きていく力に変えるのですよ?」

「……共に……生きる……」

「ええ、そうです。だから命じてください、私に。『ゴルダの兵を屠り、その命を以ってレンディアの兵を救え』と」

「わ、私が……」

信仰と恐怖の狭間で揺れる、敬虔な信徒。

ああ、私はようやく、貴女のことを好きになれそうだ。

「お……お願いします……」

「何をですか?」

「……ゴルダ兵を生贄に……我が国の兵士を……お助け下さい」

「ええ、了解致しました」

さぁ、救いましょう。

貴女の望み通り……『全員』を。

「『聖邪逆転』『ダイチムシバムヒ』」

私は、この巨大な天幕に寝かされている、全ての人間を一度に癒す。

そう、今殺すと『彼女が決めた』ゴルダの兵すら共に。

私が殺したと思い込んでいた、虫の息となったゴルダの兵すら共に。

文字通り、全てを癒して見せた。

「ほーら……全員救いましたよ? 私の力に犠牲なんて本当は必要ないのです。しかし、貴女は『人の命を犠牲にし、自分にとって優先順位の高い人間を救おうとした』のです。この事実を、一生忘れないでくださいねぇ?」

「あ……嘘……そんな……私は……だって……!」

「では……今度こそごきげんよう……教会騎士シアン様」

天幕を、後にする。この野戦病院を、後にする。

響き渡る女の慟哭を背に、私は再びリンドブルムへと舞い戻る。

十分、私の存在が知れ渡っただろう。後は、それが生み出した結果と、最大の『悲哀』をこの目で確かめるのみ。

それを以って、此度の私の狂演を終いとしましょう――