軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百十六話

「これで全員ですか。いやはやなんとも、まるで家畜ですね」

宝物庫に転がる、宝物とはかけ離れた存在に言い放つ。

四肢の自由を失い、床で蠢くことしか出来ない人間『だった』者達。

これはもうただの贄。シレントが、主が求めたのがこんなモノだなんて理解に苦しむ。

「殺してくれ……殺してくれ……」

「足……動いてよ……! なんで!」

「俺の腕……ここにあるよな……? ここにあるのに……なんで動かねぇんだ!!」

……必要なら喉も殺すか? いや、死んでしまうか。

聞くに堪えないですが、我慢しましょう。

「さて。この宝物庫は頑丈ですか?」

この中で、唯一言葉を発していない者、全てを諦め虚空を見つめている王に話かける。

「……うあ……?」

「この宝物庫は頑丈なのか、と聞いています。質問の答え次第ではお助けしますよ、こんな風に」

私は手近にいた男の、死んだ手足に拳を打ち込む。

『聖邪逆転』

『自分が与える効果を逆転させる』

『即死は蘇生に猛毒は解毒へスリップ状態は解除+HP自動回復へ』

『回復魔法は攻撃魔法へ蘇生魔法は即死魔法へアイテム効果も逆転する』

これが、死んだ身体の部位を復活させる唯一の方法。

この世界に『蘇生』なんてものは恐らくないでしょう。死んだ身体の部位は、ただの回復手段ではどうにもなりませんからね。

まぁ尤も『心臓を殺されては身体の他の部位も自然に死んでしまいます』が。

「あ、ああ! 動く! 手足が動く!」

「はい、お試し期間はここまでです」

すぐに再び殺す。

手足が動かなくなり、再び男は床に崩れ落ちる。

次の瞬間、男の慟哭がこの狭い宝物庫に満ちる。

「王!!! 答えてください王!!!! 貴方に我々の命が掛かっています!!!」

「うあ……あ、ああ?」

「もう一度聞きますよ。この宝物庫は頑丈ですか?」

再三の問い。ようやく、国王の目に光が戻る。

「あ、あ……頑丈だ……この城で、一番……頑丈だ」

そうでしょうとも。地下の深い場所に、こんなに厳重な扉と鉄格子、そして分厚い壁に囲まれているのだから。

私が見たところ、魔法的な防護も幾重にも重ねがけされている。

……ここが一番頑丈なのは間違ではなかったようだ。

「さて、ではこの頑丈な宝物庫に感謝してください。それではみなさん、ごきげんよう」

そうして私は宝物庫を後にする。扉を閉じ、しっかりと魔法的な防護が発動するのを確認する。

無人の、もはや物言わぬ肉塊だけが転がる城内を抜け、敷地を抜け、この小高い丘から歩いて下る。

半壊しても、まだ城のシルエットを残し、同時に権力と国の威信もまだ残っていると勘違いされそうなこの国のシンボルを見上げる。

「さぁ……宝物庫が『コレ』に耐えると良いですねぇ」

耐えられなければ、私はきっと主の不興を買ってしまうだろう。

私は、ゆっくりと手を前に出す。

まるで目に見えない玉を手の平に乗せるような形で、伸ばした手を、ゆっくりと空に掲げる。

そして、その見えない玉を地面に叩きつけるように、腕を振り下ろす。

「『ソラガオチルヒ』」

その瞬間、城のあった場所に光が降り注ぐ。

光が降り注ぐ? 違いますねぇ、これはまるで『光の個体が落ち全てを押し潰す』と言った方が相応しい。

現実の光景として見ると、なんとも圧巻。私程度でこれなら、熟練の魔法使いはどうなってしまうのやら。

だが次の瞬間、強烈な倦怠感と眠気が、急激に私を襲う。

「っ! ……なるほど、これが……代償ですか」

恐らくMPに相当する何かの枯渇。シーレも以前、似たような症状を発症していた。

私も彼女に倣い、すぐにメニュー画面から回復アイテムを取り出し、一息に飲み干す。

城のあった場所へと続く上り坂。幾百もの死体で埋め尽くされた、シレントが築き上げた屍のカーペット。

その光景を眺めながら、小さな岩に腰かける。

「……ここからは私の裁量次第ですか」

今回逃がしたフースという男。恐らく、なんらかの組織の一員だろう。

そしてこの戦争もゴルダに入り込んだのも、なんらかの実験の為。

私はあの殺した勇者もどきの胸から採取した赤い宝玉の説明文を読む。

『リンドブルムの巣窟のダンジョンコアの欠片』

『外的要因で成長したダンジョンコアの破片』

この程度の情報しか読み取れない。これはシーレか主の【観察眼】で詳しく鑑定する必要がありそうだ。

だが、連中はこのコアの欠片を欲しがり、そして新たな欠片を人工ダンジョンで生み出そうとしていたはず。

今回は主が先に入手していたが、大方、連中の手の人間が回収する手はずだったのだろう。

なら、連中の目的は……コアを集めることではなく作り出すこと?

人間の中でコアを成長させていたのなら、人工ダンジョンに細工をするよりはこちらの方が楽そうだ。

「まだ分かりませんねぇ……一体なにが目的なのやら」

が、少なくともこの戦争が、多くの人間の命をコアに吸わせるのが目的だったのは間違いない。

私はもう一度コアを取り出し、星空にかざす。

「……美しいですね。まさに人の血潮、命の輝きを封じ込めたような色です」

幾千の命がここに吸われていったのだろう。なんと尊いことか。

私は再びコアを収納し、立ち上がる。

そろそろ、城の消滅による轟音に、誰かが様子を見に来るだろう。

再び歩き出す。ゆっくりと、この屍のカーペットを。

「おや……」

この道を、駆け上がってくる姿が二つ。片方は見覚えがある。

……レミヤ、確かそんな名前だったはず。強さと地位を持つ女ならば、都合が良い。

「おやおや、そんなに急いでどうしたのです」

「っ! 何者です! 城の者ですか?」

レミヤではなく、もう一人の女性が剣を抜き放ちこちらに向ける。

……はて、この方も見覚えがあるが……思い出せない。

「城の近くにいましたね。恐ろしい人間が現れたのですが、私が城の兵士でないと分かると捨て置かれました」

「……エルクード教の人間ですか?」

「いえ、違います。極めて小規模な団体ですが、後ろ盾が欲しくこちらに来ていたのです。まぁ……待たされた挙句門前払いを食らいましてねぇ。いや、しかしお陰で難を逃れたとも言えるのでしょうか。やはり私は……この世に愛されているのでしょう。ああ……なんと素晴らしきかな信仰」

どうせ、理解されないのなら。狂人でいよう。狂人を演じ続けよう。

狂人のつもりなどなくとも、人は私を狂人と呼ぶのだから。

「今、恐ろしい人間と言いましたね? どのような風貌でしたか?」

今度はレミヤが問う。

ならば、求めているであろう言葉を投げかけよう。

「大きな剣を背負う、戦士のようでしたね。大量の兵士を虐殺し、城内へ向かうところまでは確認出来ましたが、その後のことは。私、お恥ずかしながら逃げ出すので精一杯でしたので。今もこうして震える足を休ませる為、こちらに座っていたところなのですよ」

もう行きなさい。本当は今にも駆け出したいのでしょう。

こんな得体のしれない人間、放っておきなさいな。

「……分かりました。後ほど詳しくお話を聞かせてもらいます。ギルドにてお待ちください」

「お約束はしかねますねぇ……今この国は異常だ。私は早く正常な世界に戻りたいですから」

「っ!」

「レミヤ、今は急ぎましょう」

もう一人の女性が、レミヤの肩をたたき、もう一度城を目指し走り始める。

その後ろ姿を見送りながら……私はようやく思い出す。

「ああ! あの方でしたか!」

セイムとしての主のギルド登録の為に、戦闘試験を受け持った女性。

なるほど、どうやら只者ではなかったようですね。

「いやはやなんとも面白い……合縁奇縁とはこのことか」

あの二人なら、恐らく地下宝物庫に囚われている人質を見つけられるだろう。

ご丁寧に鍵も置いてきてある。私の攻撃に耐えられているのなら、救出されるのは自然な流れ。

そして……シレントが『生殺与奪』を求めた相手があの宝物庫の連中だと気が付くのも時間の問題。

人質は皆口をそろえて言うでしょう『牧師のような人間にやられた』と。

……遅かれ早かれ、私は先程の女性に尋問されるのでしょうねぇ。

「……今のうちに戦場に急ぎますか」

星が消える前に。夜が逃げ出す前に。戦場が、終わってしまう前に。

「……先程の男、どう思いますか」

「そうね、十中八九関係者でしょうね。どこに関係しているかは分からないけど、あの男は『城の突然の崩壊を免れた』その事実だけで注意すべき人間よ」

「ええ。ですが……今はこちらが先決です」

二人は、轟音と共に突然崩壊した城を目指す。

初めはシレントの仕業かと思ったレミヤも、その被害規模に『流石にあれは違う』と本能で察知していた。

しかし、街を埋め尽くす屍の山、河のように流れる血、まさしく屍山血河を生み出したのはシレントだと確信していた。

丘の上、かつて城の外壁があったその場所から、止めどなく坂道を流れる血の川を遡行する二人。

やがて辿り着いたのは……死体すら、瓦礫と共に更地と化した、かつて城のあった土地だった。

「嘘……何も……ない」

「いえ、地面に広がる血痕の規模からして、ここに人もいたはずです……見てください。砂の色も違う。恐らく……『城を構成する全てが摺り潰された』のかと」

「は……? それって……」

「土塊を指で摺り潰すように、この城を完全に破壊したのでしょう……信じられませんが、ところどころ武器の破片や難を逃れた瓦礫の欠片が埋まっています。調度品や絨毯の残骸も砂に紛れています」

「な……なによこれ……ゴルダの秘密兵器だとでも言うの? それが暴発した……?」

「分かりません。もう少し探りましょう。もしかすれば、情報が残っているかもしれませんから」

そうして、二人は見つけ出す。この天災すら凌駕するような、まさに神罰の如く災厄に見舞われてもなお、生き残っていた人間達を。

宝物庫は、地下にあったのも幸いし、なんとかその形状を残していたのだった。

その封を解くと、そこには――

「助けてくれ! 誰でもいい! 助けてくれ!」

「その制服! ギルドの人間だな!? 我々を助けるのだ!!」

床を埋め尽くさんばかりに詰め込まれた、城の住人と思しき集団が転がっていた。

レミヤはその中に、つい最近、宣戦布告書を忍び込ませた人物が紛れていることに気が付いた。

「ゴルダ王とお見受けします。ここで何があったのか説明出来ますか?」

「……あ……」

「ギルドでは、貴方達を一時保護することも可能です。今、この戦争を止められるのは貴方だけなのです、ゴルダ王」

「……知らぬ……もう、私は知らぬ……殺せ……殺してくれ」

一見すると、外傷もないのにだらりと力なく手を垂らし、足を投げ出している風の人質達。

だが一様に、その心が折れているのか、虚ろな瞳でぶつぶつと呟くだけ。

激痛と困惑の中、四肢の自由を奪われ、監禁され、そして聞いたこともないような轟音に曝され続けていた人質達の心はもう、完全に、この城と同じように砕け散り、灰塵と化していたのだった。

「っ! 既にギルドの職員に暇を出したのがアダになりましたか。メリッサ。大変ですがこの人質達を皆、ギルドまで移送します」

「そうするしかないわよね……一応、この街出身の職員が何人か街に残ってるはずよ、招集してみるわ。少し待っていて頂戴」

「そう、お願い」

走り去るメリッサを見送り、この人質達を見渡す。

レミヤは、ここに集められた人間がなんなのか理解していた。

身形からして、全員が王族やそれに近しい、上流階級の人間なのだろうと。

そしてこの人間達は……シレントが報酬として求めた『ゴルダ上層部の生殺与奪の権利』と関係のある存在なのだと。

ならば、ここに閉じ込めたのはシレントなのだろうと、レミヤはその名前を出す。

「ゴルダ王。貴方達をここに閉じ込めたのは……シレントという名の大男だったのではないですか?」

それが引き金だったのか、虚ろな王の瞳に生気が再び宿る。

壊れたように、過去の思い出を語るように、笑いながら語りだす。

「シレント! そうだあの男が全ての現況だ! 災厄を連れてきたのはアイツだ!!!」

「そうですか。では、シレントという男は今どこに?」

「死におったわ! 罰が下ったのだ!!! 我が国を裏切ったあやつに相応しい最期だ!! そうだ! 罰が下ったのだ! 正しかったのは私なのだ!」

「な……死んだと? その男が?」

「私の勇者が! 見事に殺して見せたのだ! そうだ! イサカはどこにいった! 私を助けよ! 早く来い! お前は最強だ! イサカ……イサカ……? ああ!? あああああああああ!!!」

再び、ゴルダ王は発狂する。もはや意味のある言葉を口に出来ないのか、ただうわ言のように誰かの名を呼び続ける。

だが、レミヤはその中に含まれていた、意味のある言葉に囚われてしまっていた。

「死んだ……? シレント様が……死んだ?」

そんなはずはないと。この壊れた王の戯言だと。信じようとはしなかった。

だが……王に代わり、別な人質が恐る恐る口を開く。

「わ、我々をここに連れてきたのは……大男ではなかった……」

「詳しく聞かせなさい」

「く、黒づくめの……どこかの宗教に関わる人間に見えた……」

瞬間、レミヤの脳裏に、先程城の外で見かけた、どこかおかしな男の姿が過ぎる。

だが、ギルド職員の招集にメリッサが向かった手前、ここを離れるわけにもいかないからと、ぐっと堪える。

何が真実なのか。その答えを知っているであろう人物を追うことを、ただひたすらに耐える。

やがて職員達が招集され、この人質達の搬送が始まると、レミヤはすぐに城を飛び出していた。

街を全力で駆け抜ける。血に濡れた街の中、まるで雨上がりの道を駆けるように。

王都の門から外に続く道。その道に、ぽつりぽつりと残る血の足跡。

レミヤは、それこそが先程の男の痕跡だと見極め、追跡する。

戦場へと向かう足跡。この状況下で、戦場へ続く道を進む異常な人間など、他にはいないと。

やがて……レミヤは追いついた。

街道の途中で、まるで自分を待ったいたかのように、自分の来る方向を眺めながら座る、謎の男の元へと。

「思ったよりも遅かったですね。お疲れ様です」

乗合馬車の停留所と思われるベンチに腰かけていた男が、先んじてレミヤに言葉をかける。

どこまでもにこやかに、まるでそれ以外の感情を見せるつもりがないかのように。

「……答えなさい。貴方は何者です」

「恐ろしいのでその物騒なものを収めてくださいな」

突きつけられたダガーの切っ先に、優しく指を触れ下ろさせる。

そして――

「私はそうですねぇ……シレントに興味を持ち、追いかけていた人間でしょうかね?」

「追いかけ……それは不可能なはずです」

「ほう? ああ、彼がダンジョンを経由してこの国に来たことを言っているのですかね? 違いますよ、今回のことだけじゃありませんよ。私はもっともっと前から、彼のことをよく知っていますから。この戦の気配高まる最中、ここに武勲を求める彼が現れるのは時間の問題でしたからねぇ。今回に限っては『追いかけてきたのではなく待ち構えていた』と言った方が正しいでしょう」

その言葉に、レミヤは黙り込む。ダンジョンコアを所持していることも知っていた目の前の人物は、もしかしたら本当にシレントの知り合いなのかもしれないと。

「貴方は『旅団』の人間ですか?」

「いいえ、残念ながらあの集団と私はあまり仲がよろしくない」

「では、何が目的でシレント様を追いかけていたんです?」

「簡単な話ですよ。あの力、欲しくはありませんか? 自陣営にあのような男がいたら、さぞや心強いでしょう?」

一瞬、下ろしたダガーを再び構えようとするも、グッと堪える。

「なので今回は……取り引きを持ち掛けたんですよ、シレントに。『もしも貴方に何かがあった時は、私が願いを叶える。その代わりに全てが終われば私の元に来なさい』と」

「っ!」

その願いが、宝物庫の人質のことだと瞬時に理解したレミヤは、やはりもう一度ダガーを向ける。

「シレント様は今どこに」

「私が約束を果たした以上、お察しの通りですよ。いやはや……とんだ見込み違いでしたねぇ……まさか異世界の勇者にこうもあっさりと殺されてしまうとは……これが恐らく貴方が聞きたかった答えですよ。ああ、ついでに私が託された願いは『上層部の確保と城の壊滅』です。忍びないとは思ったのですよ? 亡骸だけでも回収したかったのですが、死体もろとも城を潰してしまいましたから」

「っ!」

一瞬の激昂と共に、ダガーに力が加わる。

「お止めなさい。自分が今、命の瀬戸際に立っていることくらい、理解しているのでしょう? ここで引き返しなさい。私には分かりませんが、あの上層部の人間、シレントはなんとしてもレンディア側に連行したかったのではないですか? 貴女が連れて行きなさい、私はそこまで面倒を見る義理はない」

「!?」

瞬間、レミヤを襲う極大のプレッシャーに、生まれて初めて、いや、シレントに続き二人目の、絶対強者の威圧に屈する。

地面にへたり込み、この凶悪な、異常とも呼べる謎の人物を見上げる。

「私はもう行きますね? いやはや……中々尊いものを感じましたよ。貴女の『シレントへの信仰』は。実に心地よい、仄かに切ない信仰でした。初々しくも、どこか力強い」

「なにを……言って……」

「その儚い信仰が折れる瞬間もまた……なんと美しいことか。……さぁ、戻りなさい。信仰を失った哀れな子羊よ」

そうして、街道に膝から崩れ落ちたレミヤを捨て置き、狂人は一人戦場へと向かう。

戦争という舞台で、自由に振る舞うエキストラを演じる為に。

狂った演劇が、幕を開ける。