軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百十三話

一瞬、何かに吸い込まれるような感覚がしたと思うと、次の瞬間俺は、深い森の中に立っていた。

少しだけ拓けた土地が広がるも、その周りはもう鬱蒼とした森。

そして……酷く懐かしい、うっすらと蔦や雑草に周囲を取り囲まれた――

「マイクロバス……そうか、ここは館の跡か……」

俺達が修学旅行で乗っていた車。俺達の始まりの場所。そこに、俺は戻って来たのだ。

感慨深い。俺が切り捨てられ、決別を一人決意し、新しい人生を歩むと決めた場所。

「……行くか」

マップを表示させると、しっかりと最短で外に出る為の道が表示される。

恐らく、これと似たような道順で、アイツらも外に向かったのだろうな。

森の中を進みながら、そんなことを考える。

「……そうか、休眠中のダンジョンでも魔物は出るのか」

道中、恐らく原種と思われるオウルベアと遭遇する。

あの日、アイツらが苦戦し、俺が軽く腕で一薙ぎしただけで倒された魔物。

今回も同様の結果を残し、そのまま何事も無かったかのように進んでいく。

この森に、メルトは囚われていた。

一〇年以上も、同族が生贄にされ、たった一人の家族を看取った森の中に囚われていた。

そんな目に遭わせた連中を、俺はこれから潰し、捕らえ、戦争を終わらせるのだ。

戦争に喜びを見出すシレントと、メルトの代行として復讐を果たすという俺の、シズマの勝手な気持ちがシンクロする。

「……顔が勝手に笑うな」

滅ぼしたくて、ウズウズするんだ。

ダンジョンの出口、関所のような建物が見えてきた。

そして同時に、その先でこちらを警戒するように展開している、ゴルダの兵士連中も。

……そうかい、俺がここに来ることを予想して警戒していたのか。少しは考えて動けるじゃないか、ゴルダ国王も。

「伝令に戻らせたりはしねぇよ」

瞬間、俺は背負っていた剣を抜き放ち、そのまま腰溜めに構え、全力で振り抜く。

『ゲイルブレイク』を放つ。風の刃が、関所を破壊しながら、外に展開していた兵士達をもろともなぎ払っていく。

「うわあああああああ!!!」

「誰か! 急げ! 急いでここを離れ――」

全力で駆け、一人の逃さず殺す。

馬で駆け出す兵士にも余裕を持って追いつき、悪いが馬ごと叩き切る。

一人も逃さん。この戦争に加担したゴルダの兵士は……誰一人逃がさん。

周囲の森を刈るように、全ての兵士を、隠れていた兵士も含め、皆殺しにする。

たった数分で、おびただしい数の死体が大地に横たわる。

「……痕跡の隠蔽くらいするか」

どうや兵士達の天幕も設置されているようなので、死体をすべてそこに隠しておく。

血については軽く砂で隠すに留める。どうせ、本格的に調べれば死体なんてすぐに見つかるのだ。

適当で良い。遠目から分からなければそれでいい。

「……夜襲か、それとも最短で行くか……どうするか」

この後の攻め方を思案する。

鈴の力の転移……残り個数的にもあまり多用するのは控えたいが……どうするべきか。

だが、街中での戦闘は避けたい。そうなると必然的に夜襲……か。

「シレントの能力なら街に忍び込むのも容易だよな……なら闇夜に紛れるのが吉か」

夜襲で攻めるのを決め、俺はこの血臭漂う森の入り口から、王都を目指す。

かつて馬車で進んだ道のりを、今度は全速力で駆けて。

今にして思えば……確かにこの国は自然豊かだ。王都からこんなに離れていても、季節にそぐわないくらい、自然豊かに青々とした葉が森を満たしている。

それに農地も多い。まだまだ王都まで距離があっても、広大な畑が広がっている。

これらも全て、強大なダンジョンの力によるものなのだろう。

なら、そこのダンジョンマスターを失い、コアを持ち去られた今……この国は衰退の一途を辿るのかもしれない。

……それがどうした。力を持ったからといって、背負わなければいけない責任なんてないんだよ。

俺はただ気に入らないから殺すし、滅ぼす。それで国が荒廃するなら、それは国の責任だ。

『俺に気に入られなかった国が悪い』それだけの話だ。

「……だいぶ引っ張られてるな」

過剰なまでの攻撃性と傲慢さ、高揚。これはシレントによる影響なのが分かる。

……夜襲まで時間がある。程良い場所まで移動したら、どこかで夜まで休もう。

恐らく、ここから先は冷静さを失ってはダメだ。ただ戦うだけの場面じゃない、後々のことも考えて立ち回らないといけないのだから。

引き続き移動し、遠目に城が見える山の中腹で一息つく。

やはりダンジョンだけを警戒していたのか、ここまでの道中で王国の兵士を見かけることはなかった。

恐らく、全て前線、戦場に差し向けていると見て間違いないのだろう。

「……満足に眠れなかったしな、俺も」

脳が覚醒し続けているのを感じる。だがそれでも、少しだけ冷静になる為に、疲れを癒す溜めに、俺は山の中で、一人目を閉じ、息を殺す。

眠れるとは思えない……それでも、心を落ち着かせようと、深呼吸を繰り返す――

……これは、意識が夢を見かけているのかだろうか。

虚ろな意識で、俺は暗闇に立っていた。

覚えがある場所だった。そうだ、ここは確か……シーレと……話した場所によく似ている。

『シズマ……ごめんなさい』

「シーレ?」

暗闇の向こうから、いつもよりも弱々しい、いや、聞こえづらいシーレの声が響いてくる。

『“彼”がどうしても貴方と話したいから、なんとか意識をこちらに引っ張ってきました』

「彼?」

『私はもう限界です……どうか、賢明な判断を、シズマ――』

なんだ、ここは以前シーレと話した俺の精神世界ではないのか?

円卓も何もない。ただ広がる闇だけの世界。

不気味な、不思議な、そんな世界だった。

「どういうことだ……?」

その時、背後から足音が響いて来た。

「いやはいやはや……感無量、ええ、感無量とはこういう感情なのでしょうねぇ! どうも初めまして、我が主!」

振り向くと、そこには『狂気』じみた笑みを浮かべる、一人の若い、白髪の男がいた。

にこやかな笑み。人当たりの良さそうな、柔和とさえ取れそうな表情。

スラリと高い身長に、どこかハッシュのような『人を惹きつけ堕としかねない顔』。

黒く、そして金と白の差し色の入った、どこかの宗教の牧師を思わせるような法衣を纏う人物。

「っ! お前……お前が呼んだのか! 『スティル』……!」

それは、俺が警戒している三人のキャラクターのうちの一人。

俺が『狂信者』と断じ、変化することを危険視した、自キャラの中で『三強』の一角を誇るキャラクター……『スティル』だった。

職業『聖職者』と『凶拳士』。

メインに本来後衛の聖職者を据え、サブ職業に、作品きっての攻撃力を持つ、素手アタッカーである『凶拳士』を設定した、一見するとビルドエラーにも思える組み合わせをしたのがこのキャラクターだ。

ビルドエラー? 冗談、この組み合わせはナーフされた後でも『最強の一角』と呼ばれ続けていた強ビルドだ。

元々聖職者は『回復と光魔法による補助』をメインとしたスキルルートと、『素手による攻撃と自己バフと自己回復』を備えた、所謂僧兵をイメージしたスキルルートがある。

そこに『素手であることで様々な恩恵を受ける攻撃力の伸びと状態異常攻撃特化』の凶拳士をサブで加えたこのビルドは……間違いなく『単体火力最強』の組み合わせなのだ。

そして……背負わされるバックストーリーが、凶悪だった。

『狂った宗教家による独善的な正義執行と、己の主義に反する万人を老若男女問わず殺し尽くす狂信者が、世を欺き宗教の頂へと至るまでの物語』だ。

……こいつの主観ではハッピーエンドだろう。だがプレイヤー目線では、悪が栄えただけの最悪のバッドエンドでしかない。

そんな設定を背負っているのが……スティルというキャラクターだ。

「なんで呼んだ、言え」

「ええ、警戒するのも無理はありませんとも! 私は貴方の脆弱な意思よりも遥かに強い信念を持っていますからねぇ。ですが……自分を創造した主がこうして存在する今、我が信仰の対象は貴方なのですよ、シズマ!」

な……! コイツが……俺を信仰……!

「ですが、信用されていない私では、貴方をここに呼び出すことは出来なかった。だからこそ、シーレさんにお願いしたのですよ! 彼女も言っていたでしょう? もしもの時は私を頼れと……あの方は賢い。貴方がいずれ直面する危機を一早く察知していたのですから。そして……私も」

「俺に迫る危機……?」

「ええ、そうです。貴方も、セイムも、シレントも、誰も彼も何も分かっていない! この戦争で真に恐れるべきことが何なのかを! 甘い世界しか、表面上の危険しか知らぬ半端者だからですかねぇ? ああ、別に馬鹿にしていませんよ、皆さん素晴らしい方達だ。だが――知識が足りない。想像力が足りない……危機感が足りない!!!!」

闇の中、狂おしい程に声を荒げ、変わらずに、ずっと変わらずに笑みを顔に張り付けたスティルが語る。

「この戦争の本質を理解していない……! ここにあるのは国家間の思惑のぶつかり合いではない! 信仰なのです! 確固たる信仰がその裏に隠されている! レンディアもゴルダも関係ないのです! 暗躍する人間はきっと、確固たる信仰心を持ち、国をも巻き込み本懐を果たそうとしている! それを国を亡ぼすだの片方を勝たせるだの、お話にならない! 信仰に殉じ狂う人間の恐ろしさを、貴方達はまるで理解していない!!!!」

「……お前、何を言っているんだ……? 何が分かったって言うんだよ」

「……分かりませんか? ゴルダなど、利用されているだけ。国一つ手玉に取り、戦争を起こさせ、手勢になりうる、都合のいい実験材料になりえそうな異世界の勇者を召喚させる。国家を越え、国の重鎮を裏切らせ、国の産業を支えるダンジョンを崩壊させる。これらがあの、いかにも愚鈍な国家に実行可能だとでも?」

「黒幕の存在は俺も薄々分かってる。だがそれがどうしたんだ」

「何らかの信仰心を持ち、実行に移しているように思えてならない。そういう人間は『目的の為に手段も犠牲も厭わない』そんなこと、『私が一番よく分かっていることを貴方も分かっている』はずです! 貴方は、私的で詩的な感情で、その身を晒し力を見せた。そう『本来利用するべき存在である異世界の勇者が強力な力を備えている最高の完成形』を見せてしまった! その上、貴方はシレントではなく、シズマとして決着をつけようとしている! 愚か過ぎですよ、我が主! 敵に最高の獲物である自分を見せるなど、愚の骨頂! さぁ、手段を問わない狂信者はどんな手段に出るでしょう? 考えてください、考えてください! 最悪を、最も考えたくないシナリオを考えて! さあ!」

恐い。俺は、こいつが恐い。だが、こいつが言わんとしていることを理解することがもっと恐い。

……そうだ、俺は異世界の勇者の中で、最高傑作って呼んでもいいくらい強くなってる。

……もし、異世界召喚を『何者かの入れ知恵でゴルダが行った』のだとしたら。

欲しいのは、強い異世界の人間。人知を超えた力を持つ人間……。

俺が狙われた時、どうするべきか。何を警戒すべきなのか。

「既に人知を超えた集団として『旅団』の存在が仄めかされている。シズマだけでなくセイムもシーレもシレントも、十分に標的たりえるのですよ。ならどうする。手に入れるにはどうする? 答えは簡単です、弱みを抑え平穏を乱し心を挫き隙を作らせる。いるでしょう? もう出来てしまっているのでしょう? 大切な生きる意味が! この世界に残る理由が! もういるでしょう!」

「……メルトか」

「ええ、きっと貴方の周りがどんどん危険にさらされる。黒幕の組織力も規模もまだ分からないのに、貴方はそれらを敵に回そうとしている。標的になる一歩手前まで来てしまっている! 貴方の平穏を、幸せな暮らしを、常に脅かす存在が迫ろうとしている! そうなりたいのですか? そうならないと思っているのですか? 自分の周りの被害を完全に抑えられると思っているのですか? 私のような狂信者が、相手にいないとでも思っているのですか? 私はね、感じるんですよ! 私と同じ匂いを、この戦争の向こうに感じるのですよ!」

……戯言だと切り捨てることが、俺でには出来なかった。

「……お前なら、解決出来るのか、スティル」

「ええ、ええ! 完全な形で決着させられますとも! 主の平穏を守り、戦争を終結させる方法が私にはある! さぁ、今からする私の提案、策に乗るかは貴方次第だ! さぁ、私の姦計共有しましょう! さぁ……共に多くを騙しましょう……」

この、悪劣で、凶悪で、賢く、狡猾な男の話に、俺は耳を傾ける。

……そして――

「……本気か? 一時とはいえ、俺はそんなこと……」

「絶望を乗り越えられない弱者はどのみち淘汰される! ここはそんな世界だと私はお見受けしましたがねぇ? どうです、良い考えでしょう? 肥大した虚像を一度消す必要があるのです! さぁ……選んでください。修羅の道を進み、平穏が壊されるのを食い止めようと、心が擦り減っていく人生を歩むのか、それとも……大切な生活を守る為に『一人』を犠牲にする道を選ぶのか!」

こいつの提案は、一見すると完璧に思えた。

ただ……『一人に全ての犠牲を背負わせる』ことを除いては。

「……乗る」

「私の策に?」

「ああ、だが最低限だ! 過剰な演出も、言葉も、なしだ!」

「さぁ、それはその時にならないと分かりません。ですが……お約束しましょう? 最高の結果を残してみせると」

俺は、この男の策に乗ることを決めた。

まるで悪魔との契約を結ぶように、手を伸ばす。

「シェイクハンド! 私を受け入れてくれますか、主よ!」

「今回は、だ。お前が本当に俺の為に動くのか……確かめる。だが、もしもお前が……ゲーム時代のような行動を取るなら、俺はなんとしてでも身体を取り返すからな」

「勿論ですとも! 私は『殺すべき者』しか殺しませんよ! お約束しましょう!」

平穏を、彼女の安全を、この先の生活を守る為に――今だけは、お前を信じてやる。