軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1.刺繍と魔法

「よろしくね、フィア」

両手を合わせた幼なじみに、フィアは困った顔になった。

「無理だよそんなの……。できないよ」

「そう言わないで、お願いよ。みんなフィアの刺繍を楽しみにしてるんだから」

「そんなこと言われても……」

フィアに渡されたのは、ずっしりとした大袋。

袋いっぱいの色糸とともに、強引に渡される。

「期限は七日後まででいいわ。フィアが刺繍すると、すっごく効果があるみたいなの。みんな喜んじゃって、大変よ」

「それは嬉しいけど……」

フィアは村外れに住んでおり、村人との交流は多くない。

一日一度、神殿に赴く用事があるくらいで、あとは生活に必要な品を買う程度だ。親しい人はおらず、いつもひとりで過ごしている。唯一の例外は、頻繁にやってくる幼なじみのルーナくらいだ。

彼女はいつも大荷物を持って訪れる。そしてフィアに「お願い」するのだ。こうやって、半ば強引に。

「じゃあね。よろしく」

嫌だと言ったのに、彼女は二つの袋を押しつけると、さっさと背中を向けて帰っていった。去り際に、前回の分を回収していくのも忘れなかった。

「しょうがないなぁ、もう」

押しつけられた袋を見ると、中には小物や衣類がぎっしりと詰まっている。

そのひとつひとつに、「結婚のお祝い」「病気の子供に」「仲直りのおまじない」など、細かな指示が書かれていた。

もう一方の袋にも、色糸がどっさり入っている。

これを全部片づけるのに、果たしてどれくらいかかるのか。

とても七日で終わる分量ではなかったが、フィアはため息を噛み殺した。

刺繍はフィアの趣味であり、唯一の特技でもある。

それを知ったルーナが、村人から注文を取ってくるようになった。

(喜んでもらえるのは嬉しいんだけどなぁ……)

儲けはほぼなく、材料費も最低限。正直言って、少々厳しい。

持ってくるのはいつもルーナで、感謝の声も伝えてくれた。

――恥ずかしいから、直接は言えないらしいけど。いつも本当にありがとうって言ってたわよ。

その言葉に、思わず胸がほっこりした。

ルーナのお願いを強く断れないのも、そんな事情があったのだ。

「……とりあえず、刺繍しよう」

いつまでも悩んでいるのも馬鹿らしく、フィアは気持ちを切り替えた。

部屋に戻って袋を開け、中身を全部引っ張り出す。

それからふと気づいたように、ほどけていた黒髪を結び直した。

ぱちぱちと緑の目を瞬きし、よし、と気合いを入れ直す。

託された品を確認し、色糸にざっと目を通す。そうするだけで、頭の中にはいくつもの図案が浮かんでくる。

刺繍は好きだ。

図案を考えるのも、色糸を選ぶのも、美しい模様が指先から作り出されるのも。

そして、それに祈りを込める事も。

祈り――すなわち「魔力」。

この世界には魔力が存在する。

通常は目にする事ができないが、血液のように体内を巡り、生命活動を補っている。また、魔力は生活の助けとなり、小さな火や水を生み出す事もできる。

そして、刺繍には魔力を込める事ができるのだ。

フィアは魔力が少ないため、込められる魔力は多くない。それでも、祈りを込めて針を刺す。そうする事で、少しでも思いが伝わるようにと願いつつ。

自らの魔力を込めた刺繍は、刺した人にしか作り出せない唯一の品だ。

どんなに小さな力でも、それはフィアの宝物だった。

ちなみに、魔力を込めた刺繍には特徴がある。

刺した者の魔力を通すと、刺繍がほのかに光るのだ。フィアの魔力ではかすかな光しか生まないが、王都にいる神官などは、まばゆいほどの輝きを放つという。一度見てみたいものだが、多分そんな日は来ないだろう。

ルーナは逆に、魔力量が非常に多い少女だった。

年齢はフィアと同じ十六歳。毛先がくるんとした赤髪に、ぱっちりとした青い瞳。道行く人々が振り返るような、愛らしい顔立ちだ。

彼女も刺繍が趣味らしく、立派な道具を持っている。だが、いつしかそれは使われぬまま、ルーナの傍らに置かれていた。

彼女から刺繍を頼まれるようになったのは、今から二年ほど前の事だ。

偶然フィナの刺繍を見たルーナが、自分にも欲しいと頼んできた。

――だって、すごく素敵なんだもの。いいでしょう?

村にも刺繍する者はいるが、あまり数は多くない。

フィアも畑仕事や家の作業の傍ら、空いた時間に刺すくらいだ。

村の神殿には様々な書物があり、詩集の図案も数冊あった。幼いフィアは、その美しい模様に夢中になった。

コツコツ色糸を買い集め、小物や服に刺繍する。

あまり大きなものは無理だし、できる模様は限られているけれど、限られた条件でどう刺すかを考えるのも楽しい。

最近ではルーナが色糸を買ってきてくれるようになったので、材料が不足する事もない。もちろん有料だけれど(しかも高い)、フィアには絶対に買わせてくれない。せめてものお礼よと言っていたが、少し不思議だ。

ただ、最近は、さすがに数が多すぎる。

おかげで昼間は欠伸が出るし、家の仕事も進まない。

注文数を絞ってくれと頼んでも、ルーナはのらくらかわすばかり。そのくせ、少しでも遅れると文句を言う。思い余って、村人に直接頼むと告げると、「そんなことしたら、効果が薄れちゃう」と反対する。

ルーナの言う事にも一理ある。

刺繍は声の出ない魔法とも言われる。人に渡す前は口を開かず、黙って刺す方が効果が高い。それを思うと、事前に何か言うのは憚られた。

――それに。

「忘れてた。いつもの予定だけど」

帰ったと思ったルーナが戻ってきた。

「明日も神殿、行くんでしょう? あたしも行くから、待ち合わせしましょ」

「うん、分かった」

「いつもみたいに、一緒に中に入るのよ。約束よ?」

「そんなこと言うために戻ってきたの?」

「だって、一緒じゃないと心細いんだもの」

ルーナが甘えた声で言う。

他の場所はどこでもひとりで行くのに、神殿だけはフィアと一緒に行きたがる。そして、フィアと一緒でなければ出ていかない。一年ほど前から、ずっとそうだ。

変だなぁとは思うものの、断るほどでもない。

それに、色々とお喋りしてくれるルーナは、フィアのたったひとりの友人だった。

ルーナがちらりとフィアを見て、意味ありげに笑う。

「もうすぐね、聖布の完成」

「そうだね」

「みんなをびっくりさせちゃいましょ。それまでは、誰にも見られないようにしなくちゃね」

「分かったってば」

念を押すルーナに呆れ、思わずフィアが笑みをこぼす。

毎日忙しいけれど、それもあと少しだ。

それまで頑張ろうと思い、フィアは刺繍に取りかかった。