作品タイトル不明
【6】Q.マントは必要ですか? A.カッコイイから必要です
テオはレニーの感覚を追いかけながら走った。随分と細い道をぐにゃぐにゃ移動しているらしく、土地勘のないテオは進む道に苦労する。
レニーが追いかけてくれなかったら、とっくに見失っていただろう。
その時、月明かりを遮って、カルラが下降してきた。丁度、辺りには人の姿がないので、空を飛ぶカルラに驚かれることもない。
「この先、人が少なくて開けた場所がある……そこに、ロゼが待機してる」
そう言ってカルラが指差した方向は、 呪魔(テルメア) が逃げていく方向とは少しずれている。
ハルクが辺りを見回した。
「なら、そこまで誘導すりゃ良いわけか。幸い、ここらは人が少ない。俺らも屋根の上を移動するぞ。足を踏み外すなよ、テオ坊」
「わ、分かりましたっ」
呪装顕現中は身体能力が飛躍的に上昇しているとはいえ、屋根の上を飛び回るのは初めてだ。
最初はそれなりに緊張したが、やってみると案外すぐに慣れた。ウォルグにいた頃、アレンと飛び石を渡りながら、剣を打ち合う稽古をしたことがあるのだ。
自分の歩幅と跳躍距離を正確に把握し、バランスをとりながら、アレンの攻撃をかわすのは非常に困難だった。あれに比べたら、屋根から屋根に飛び移るぐらい簡単だ。
足場が悪いところでの戦い方も、アレンに教わっておいて良かった。
「ロゼさんも身体能力強化タイプですよね? 屋根の上に飛び乗ったりとかは、苦手なんですか?」
「チェリービューティーは、そこまで足が遅いわけじゃねぇが、すぐに物をぶっ壊すんだ。だから、市街地では、派手に暴れて良い場所に待機させんだ」
「なるほど…………あっ」
レニーの居場所を追いかけていたテオは気がついた。レニーが進んでいる方向には、大きな道があるのだ。
「 呪魔(テルメア) は、おそらくこの先の大通りに向かっています!」
「よしきた。それなら、先回りするぞ」
「ハルクさん、僕に考えが」
その考えをどう説明しようか、テオは言葉に迷った。
だが、テオが全てを言うより早く、ハルクが「いいぜ」と背中を押す。
「下は俺が、上はカルラがフォローする。思いきりやってみな」
「ありがとうございます!」
テオは速度を上げて大通りに繋がる出口側に回り込む。
呪魔(テルメア) は今、建物の隙間をニュルニュルと這いながら、大通りを目指しているはずだ。
(レニーのおかげで分かる。出てくる場所は、多分ここ)
建物と建物の隙間の前で、テオは待ち構えた。両手を使えるように、盾と剣は消しておく。
あとは声だ。初めて挑むことは、声を出した方が良い。
「『呪装顕現──騎士のマントは、弱き者を守るために』」
いつもは服の上に現れるマントを手の中に顕現。それも、通路を塞ぐぐらい大きくだ。
そうして広げた赤黒いマントを、素早く建物の出っ張りに結びつける。
この布で、 呪魔(テルメア) の出口を塞ぐのだ。
呪魔(テルメア) が再生した 尾刺棘(ブラッド・テール) を突き刺したが、テオのマントを貫通することはできない。
勢いよく体当たりをすれば、布を剥ぐことはできるだろう。ただ、数秒は布が絡まるから、その隙にテオ達が一斉攻撃できる。
呪魔(テルメア) がそこまで考えたかは分からないが、罠だと思ったのか進路を変える。
テオはすぐさま顕現したマントを消して、屋根の上から 呪魔(テルメア) を追った。
ハルクが並走しながら言う。
「色々使えそうだな、あのカーテン……いや、テーブルクロスか?」
「マントです! 騎士のマント!」
「ヘイ、テオ坊。剣、盾、拍車は分かるが、騎士にマントは必要か?」
「必要です! 絶対!」
テオが好きな物語の中で、騎士のマントは様々な形で役に立つのだ。
ヒロインにかけてあげたり、物を包んで運んだり、時に敵への目眩しにしたりもする。
そんな騎士物語に対する憧れが顕現したのが、このマントなのだ。
小鼻を膨らませて力説するテオに、ハルクが白い歯を見せて笑った。
「呪装顕現は使い手次第で進化する。できそうだと思ったことは、どんどん試してみろ」
「はい!」
ハルクは呪装顕現をできないが、灰色騎士団ではカルラに次ぐ最年長だ。
灰色騎士の戦い方を知る人が、テオの挑戦を見守り、アドバイスをしてくれるというのがありがたい。
テオは「はい!」と力強く返事をした。
そこにカルラが屋根の高さで飛行しながら、二人に告げる。
「……この先、ロゼがいるところ」
「追い込み完了だ。あとは、チェリービューティーの仕事だな」
屋根の上を走り、テオは目を凝らす。
前方、建物が途切れた先のひらけた場所には、ピンクがかった髪の女が一人佇んでいた。
ダラリと背中を丸めた姿勢で、その手に、身の丈を超える巨大な戦斧を握りしめて。
* * *
郊外の空き地で待機していたロゼは、「ロゼ!」と己の名を呼ぶ声を聞き、俯いていた頭を持ち上げる。いかにも頭が重いと言わんばかりに、ゆったりとした動作で。
そうして見上げた夜空にカルラの姿を見つけ、ロゼは戦斧を握り直した。
戦斧は呪装顕現で作り出した物ではない。 赫鋼(かくこう) で作った特注の戦斧だ。
ロゼは顕現の才能がなく、呪いの力は全て身体能力強化に割り振られているので、こうして武器を持参している。
「……来たか」
建物の隙間から、赤黒い塊が勢いよく飛び出してきた。
塊はドゥルン、ブルン、と揺れていたかと思いきや、たちまち巨大な蜘蛛となる。
ロゼは思わず微笑んだ。敵はデカいほどいい。それだけたくさん楽しめる。
(さぁ、踊ろう。シャルル)
胸の内では甘やかな声で呟くも、その口から漏れるのは獣じみた唸り声。
「ぁあああああああっ!!」
ロゼは吠えながら駆ける。
呪魔(テルメア) が 尾刺棘(ブラッド・テール) を飛ばしてきた。それを紙一重で回避し、ロゼは斧を振り下ろす。
蜘蛛に似た 呪魔(テルメア) は、体の表面を覆う甲殻でそれを受けた。
甲殻持ちは厄介だ。強化された灰色騎士の攻撃ですら弾き返す。
だが、ロゼには関係ない。
病的に痩せた腕が振り下ろした戦斧は、甲殻ごと 呪魔(テルメア) を両断した。
地面に落ちた部位の小さい方が硬化を始める。だが、残りの半分以上はまだまだ元気だ。 呪魔(テルメア) は体積を半分以下にしないと死なない。
「らぁあああ!」
戦斧を振り回す度に、ブゥンブゥンと風を切る音がする。その音の合間にロゼは幻聴を聞いた。
『 尾刺棘(ブラッド・テール) に気をつけて。甲殻持ちの中には、甲殻の表面から 尾刺棘(ブラッド・テール) を飛ばしてくる奴もいるからね』
青年の柔らかな声がロゼに注意を促す。
(うん、シャルル。気をつけるよ)
胸の内は恍惚と、浮かべる表情は凶悪に、ロゼは笑った。
「ッフ、ハハハ! アハハハハハ!」
シャルルの忠告通り、甲殻の表面がボコボコと膨らみ、そこから 尾刺棘(ブラッド・テール) が生えてロゼを狙う。ロゼを首を捻ってそれをかわし、 尾刺棘(ブラッド・テール) を戦斧を持つのと反対の左手で握りしめた。
「ぉぉおおおらぁぁああああ!」
熊のように吠え、ロゼは 呪魔(テルメア) の巨体を片手でぶんぶんと振り回す。
多少切り落としたとはいえ、まだそれなりに質量はある。それをロゼは、利き手とは逆の手で振り回し、地面に叩きつけた。
「ふんっ!」
ロゼは何度も何度も繰り返す、 呪魔(テルメア) を振り上げては叩きつけ、振り上げては叩きつける。
それは戦士や騎士の戦い方ではない。ただ暴れたいから暴れるだけの戦い方は、どこか子どもの癇癪じみていた。
「簡単に死ぬなよクソ 呪魔(テルメア) 、もっと頑張れよ、でないとシャルルの声が聞こえないだろ」
衝撃は 呪魔(テルメア) を殺すには至らないが、動きを数秒止めることはできる。
ロゼは両手で戦斧を振り上げ、 呪魔(テルメア) の体にザクザクと振り下ろした。
理性と正気を失くした顔で、けたたましく笑いながら。