作品タイトル不明
【4】大人の遊びを嗜みにキタンダヨ……
テオに背負われたセシリーは、ポツリポツリと自分の事情を語った。
ある日、偶然、自分によく似たリリーという少女と出会ったこと。リリーの歌を歌って、褒められたのが嬉しくて、つい何度も舞台に立ってしまったこと。
「我ながら、自己顕示欲の塊で承認欲求の悪魔に憑かれてるっていうのは分かってるわ……」
「そこまで卑下せずとも……」
懺悔するような口調のセシリーに、テオが困っていると、隣を歩くヒューゴが理解者顔でうんうんと頷いた。
「いや〜、分かる分かるぅ〜。どうせ人前で何かすんなら、一番目立ちたいじゃん? 聖歌隊なら、ぜってーソロパートやる奴が一番カッコイイじゃん?」
「あああああ、神よっ……これと同類! 私はこれと同類なのですねっ!」
テオの背中でセシリーが泣き崩れた。ヒューゴはムッとしているが、テオにはセシリーの気持ちがよく分かる。
なにせ、ヒューゴは事あるごとに「調子に乗ってます。ノリノリです」と全身で主張している男なのだ。テオだって同類にされたくない。
やがて、情報屋の近くまで戻ったところで、テオはセシリーを背中から下ろした。
セシリーはすっかりしょげた顔で俯いている。
「私のこと……姉様達に言う?」
ポソポソと小声で問うセシリーに、テオは困ってしまった。
セシリーのことを言いふらすつもりはない。寧ろ、この場にいることに言及されると困るのは、テオ達もなのだ。
今の灰色騎士達は、研究所から逃げ出した 呪魔(テルメア) 二体をこっそり討伐するという極秘任務中。
それが、教皇庁や聖騎士団の人間に知られるとまずいのだ。そして、セシリーは聖女の妹。教皇庁側の人間である。
とにかく、追及される前に彼女を家に帰すのが一番だ。そう判断し、テオは言った。
「話したりなんてしません、なぁ、ヒューゴ?」
「えぇ〜〜〜、ど〜〜〜すっかなぁ〜〜〜」
「ヒューゴっ!」
ヒューゴは下唇を捲った大変いやらしい顔をしていた。下心満載である。
テオが叱ると、ヒューゴは無理やり肩を組み、小声で言った。
「ここは恩を着せて、俺達に会ったことも黙っててもらうのが一番だろ」
「そういう脅すようなやり方、僕は嫌だ。そんなの騎士のすることじゃない」
キッパリと言うテオに、ヒューゴは何故か拗ねたように唇を尖らせた。
「……んだよ。だって、そうすりゃ、お前の忘却使わないでいいじゃん」
テオは正直驚いた。確かにヒューゴの言う通り、セシリーに〈指定忘却〉の力を使って、今日ここで灰色騎士と会ったことを忘れさせるのが一番早くて確実なのだ。
だが、その代償でセシリーはテオのことを忘れる。
ヒューゴは、なるべくテオが〈忘却〉の力を使わなくて良いよう、気を回してくれたのだ。
テオが黙り込んでいると、セシリーが遠慮がちに訊ねた。
「そういえば、貴方達はどうしてここに? 灰色騎士って外出に申請がいるんでしょう?」
痛いところを突かれてしまった。
嘘の苦手なテオが目を泳がせていると、ヒューゴがテオの肩に手を回したまま、得意げな顔で言った。
「そりゃお前、俺らは息抜きでぇ〜先輩に大人の遊びに誘われたんだよ。なぁ、テオ?」
思わずテオの口から「えぇぇ……」という声が漏れた。
もう少しまともな言い訳はなかったのか。不服そうなテオを、ヒューゴが小声で罵る。
「お前、そこは話を合わせろよ。気が利かねーなぁ」
「灰色騎士は素行不良だと思われたくない。それは騎士道に反する行いだ」
「それで任務失敗したら、元も子もねぇじゃん」
うぐ、と唸りテオは葛藤した。
これは任務のためなのだ。周りからどう見られるかを気にするあまり、任務を疎かにしては本末転倒。ここは己の仕事のために私情を殺す時。
テオは全ての私情を押し殺し、ついでに感情も殺した。
「……ソウナンダ……ヒューゴの言う通り……大人の遊びを嗜みにキタンダヨ……」
セシリーが真顔でヒューゴに言った。
「彼、今にも死にそうな顔だけど大丈夫?」
「ガキだから、大人の遊びに興奮してるんだよ。おいテオ、はしゃぎすぎて鼻血出すなよ」
「出すかっ!!」
テオが怒鳴ったその時、「リリー!」と声をあげて、テオ達がいる細い道に駆け込んでくる者がいた。
セシリーと同じ年頃の黒髪の少女だ。セシリーと違って二つ結びにはせず下ろしているが、その顔立ちはセシリーとよく似ていた。
黒髪の少女はキッと眉を吊り上げ、セシリーを背中に庇う。
「あんた達、うちの歌姫に何の用? この子に何かしたら、タダじゃおかないわよ」
「リリー、違うの。この人達は……」
なるほど、彼女が本物のリリーというわけだ。気の強そうな表情をすると特に似ている。
テオは少しでも誠実に見えるように、表情を引き締めて言った。
「彼女が暴漢に連れて行かれたので保護していたところです。どうか彼女を安全な場所へ……それと、暴漢達が使っている場所はお教えするので通報してもらえると助かります」
リリーが背後に庇ったセシリーに「それって、本当?」と訊ねる。
セシリーはコクリと頷いた。
「本当よ。この人達は悪い人じゃない」
良かった。あまり話が拗れずに済みそうだ。
テオが胸を撫で下ろしたその時、頭上で声がした。
「テオ、逃げて──!」
カルラの声だ、と見上げた瞬間、頭上から黒い何かが降ってきた。
夜の闇よりも濃く、赤みがかった黒い塊── 呪魔(テルメア) だ。
「『呪装顕現──汝、騎士たれ』」
呪装顕現は発動に少し時間がかかるが、何か一つに絞れば時間を短縮できる。
今、ここにはセシリーとリリーという守るべき対象がいる。ならば、一番必要なのは、皆を守れる盾だ。
テオは赤黒い盾を前にかざし、 尾刺棘(ブラッド・テール) の一撃を弾いた。
* * *
──少し時間は遡る。
情報屋ドグの根城に足を踏み入れた灰色騎士ハルクは、鼻をひくつかせた。匂いの確認は癖のようなものだ。
この根城はいつも複数のハーブの匂いがする。
ただ、その中に「良くない」香りはしない。「良くない」香りを漂わせる同胞をハルクは軽蔑しているので、それだけでもドグは信用できた。
「おい、ハルク。俺んとこに妙なの連れてくんなよ。 中央(エリントン) 貴族は鼻持ちならねぇ」
ドグは木のベンチに腰掛け、煙草をふかした。
ドグの言う「妙なの」とはテオのことだろう。
テオは人の記憶に残りにくい存在だ。だが、ドグはテオを認識して記憶できる──つまりは、そういうことだ。
だから、こうして情報屋として暮らしている。
「育ちは 中央西地方(レガート) だとよ。以前はウォルグで鉱夫見習いをしていたそうだ」
「嘘こけ。あの容姿は、どう見ても良いとこのお坊ちゃんだろうがよ」
正直、ハルクも同意見である。
テオの容姿は 中央西地方(レガート) よりも 中央(エリントン) 貴族のそれだ。〈忘却〉の呪いを抱えていなかったら、さぞ人目を惹いただろう。
ただ、無駄話をしたいわけでもないので、ハルクはさっさとこの話題を切り上げた。
「テオは灰色騎士だ。そして俺達は今、灰色騎士としての仕事中。他に言うことがあるか?」
ドグはモジャモジャ髭の下で舌打ちをしたが、すぐに情報屋の顔になった。
「それで、どんな情報をお望みで?」
「分かってんだろ。アドコック研究所の件だ」
ドグは痩せた背中を丸めて、鼻で笑った。
「参ったな。心当たりが有りすぎる。あそこは叩いても叩いても埃が出てくるんだ」
「あそこの 呪魔(テルメア) が二体脱走した」
「心当たりはねぇなぁ。今んとこ街は平和だ。だから、どこかに隠れているか遠くに逃げ出したんじゃねぇのか」
なるほど、本当に心当たりがないらしい。ならば、もう一つの用件だ。
ハルクはドグの前に紙幣を押しやり、低い声で問う。
「アドコック研究所は、裏で何を研究している?」
ドグは暗い目で笑った。権力者に対する嘲笑だ。
「……最高権力者が金を出してる研究所で、不老不死の 歩く呪い(マッドウォーカー) を切り刻んでんだぜ。少し考えりゃ分かんだろ?」
不老不死の呪いを抱える 歩く呪い(マッドウォーカー) カルラは、戦闘任務で自身の体の一部を切り捨てた時、その体をアドコック研究所に提供している。
歩く呪い(マッドウォーカー) の呪いの進行状況や耐性について調べるため、というのが表向きの理由だ。
だが、本当の理由は別にある。JJはそれを察しているから、ハルクを通して情報屋に確認させたのだ。
ドグは煙草を灰皿に押しつけながら言う。
「昔は、かなりエグいことした権力者もいたって話だ。切り捨てた体にメス入れんのが可愛らしく思えるぐらいにな」
灰色騎士団の切り裂き人形と揶揄されるほど、感情の起伏の薄いカルラ。
彼女は今日に至るまで、どれだけの凄惨な体験をしてきたのか。想像するだけで吐き気がする。
ハルクが口を開きかけたその時、扉が強く叩かれた。
「ハルクの兄貴! 呪魔(テルメア) だ! 呪魔(テルメア) が出た!」
ヒューゴの声だ。ハルクは腰の剣に手を添えた。
「一仕事してくる」
「おー、こっちに被害が出ないように頼むぜ」
ヒラヒラと片手を振るドグに、ハルクは肩を竦めてみせた。
「そいつは自信がねぇなぁ。今回は 最強の破壊魔(チェリービューティー) がいる」