作品タイトル不明
【16】魅力的な人
燃え滓邸(シンダー・ハウス) で留守番中のベリルは、寝室のベッドに座り、白いフワフワ毛玉こと、レニーのブラッシングをしていた。
ブラシは、モラン夫人に頼んで買ってきてもらった物である。
「どうだー、気持ちいいかー?」
「めふん」
くるしゅうない、と言わんばかりの鳴き声である。
このネズミだかウサギだかよく分からない生き物(テオ曰く、「多分白馬」らしい)は、一応人間の個体を認識しているらしい。
一番懐いているのがテオ、次が多分ベリルとハルクだ。
小動物好きのJJに対しては偉そうというか、「フワフワさせてやろう」と言わんばかりの態度。
カルラやロゼ、アーチボルドとはあまり関わりがなく、ガートルードは間違いなく嫌われている。
(あと、ヒューゴは見下されてるなー……動物って、上下関係よく見てるもんだし)
毛玉の絡みを指先で丁寧にほぐし、ブラシをかけてやる。
燃え滓邸(シンダー・ハウス) は基本的に暇なので、ベリルとしては、こういう不思議な生き物との触れ合いは大歓迎である。
「ベリル」
声をかけられ、ベリルは顔を上げた。こちらに近づいてくるのは、カルラだ。今日も仮面を外している。
ベリルはパチパチと瞬きをした。カルラが白髪を二つに分けて、高い位置で結んでいたからだ。ただ、左右で高さが合っていないし、ほつれた髪が弛んでいる。
「二つ結び? 最近流行りの歌姫リリー風?」
「……わたしにも、毛繕いの仕方を教えて欲しい」
「いいよー。そこに座って」
カルラがベリルの横に座ると、レニーがフワフワな毛並みを誇るかのように、「めふん」と鳴いた。カルラはそんなレニーを無機質な赤い目でジッと見つめる。
この年頃の少女なら、この手の可愛らしい生き物に興味を惹かれそうなところだが、カルラはいつもレニーを観察するような目で見ていた。
それはガートルードが 呪魔(テルメア) に向けるような好奇心とは違う。
カルラのそれは、対象が自分にとって敵か味方かを見極めるための観察だ。
(まぁ、そもそも、カルラは不老不死だから、少女って年齢じゃないけど……でも、年寄りって感じもしないんだよな)
一番近い表現は人形だ。聖騎士団の中にはカルラを「切り裂き人形」と呼ぶ者もいるという。
事実、カルラは人形みたいな少女だった。仮面の下の表情の変化に乏しく、人間みが薄い。
そして、ひとたび 呪魔(テルメア) との戦闘が始まれば、誰よりも速く飛び、その大鎌で 呪魔(テルメア) を切り裂く。
ベリルが灰色騎士になって、 燃え滓邸(シンダー・ハウス) に来た頃、カルラは今よりももっと反応が鈍かった。いつもぼぅっとしていて、話しかけても反応がないのだ。
それなのに、テオと出会った日から、カルラは人間みが増したように思う。
今みたいに、髪型を変えるところだってベリルは初めて見た。
(これは、少年少女の甘酸っぱい初恋的なあれかー?)
そういえば、カルラはテオの歓迎会の日も、髪を二つ結びにしていた。
そのことを思い出し、ベリルは訊ねる。
「カルラ、この間も二つ結びしてたよな? あれも自分でやったの?」
「自分でやったけど、上手にできなかったから、テオに直してもらった」
「そっかそっかー。最近、オシャレに目覚めたんだ?」
「…………」
カルラは黙り込んだ。恥ずかしくて黙ったというより、返事を考えているような間だ。
ベリルはベッド横のサイドボードの小物入れから櫛を取り出すと、カルラの髪を梳く。
髪を梳いてもらいながら、カルラがポツリと言った。
「魅力的な人になりたいと、思ったの」
「何か心境の変化?」
「テオにこっちを向いて欲しい、もっと喋りたい」
おぉ? とベリルは櫛を動かす手を止める。
炭鉱街ウォルグでテオと出会った時からそうだ。カルラはやけにテオを気にかけている。
「テオに気にしてもらうなら……魅力的になるのが良いと思ったの」
「そうかそうかー。テオ、かっこいいもんなー」
「…………?」
ベリルの言葉に、カルラが黙る。
今度の沈黙は、「何を言っているか分からない」という時の沈黙だ。
カルラは首を捻ってベリルを見上げた。
「テオの形状が、好ましいわけじゃない」
──形状。すごい表現だ。
「せめて容姿って言ってあげような。おねーさんは、テオかっこいいと思うぞ」
お世辞ではない。テオは元々品のある顔立ちをしているのだ。あと三年もしたら、意志の強そうな顔出ちの良い男になるだろうなぁ、とベリルは思っている。
ところがカルラの意見は違うらしい。
「金髪の人は好きじゃない。嫌なことをするのは、いつもそういう色の人だったから」
「でも、テオは怖くない?」
「よく分からない」
どうしよう。少年少女の甘酸っぱい恋物語が始まるのかと思ったら、微妙に想定外の方にずれている気がする。
少なくともカルラはテオの容姿に対して、特に好印象を抱いているわけではないらしい。
これはどう返したものかと迷っていたら、カルラが「ただ……」と呟く。
「テオの言葉は懐かしくて優しいから、もっと聞きたい……もっと、お喋りがしたい」
カルラの呟きに、ベリルは確かな人間みを感じた。
人形は、こんなにも切なく甘やかな声を出したりしない。
(……つまり、テオの顔は好みじゃないけど性格は好き、って感じか?)
そういうこともあるよなー、あるある。とベリルは思っている。
なおベリルは、容姿というか表情にグッとくるタイプだ。「あ、この表情良いなー」と思ったら、大体好きになっている。
「そうか、そうかー。カルラはテオを振り向かせたいから、魅力的になりたいわけかー」
「ベリルは魅力的だと思う」
「おっ、嬉しいね。ありがとー」
「テオとベリルが魅力的なのは、わたしにも分かるの。でも、どうしたら自分が魅力的になれるのか分からなかった、から……」
カルラの指がベッドのシーツをギュッと握る。感情のやり場に困るみたいに。
「だから、魅力的と言われている歌姫の髪型を真似してみたけど……これだけじゃ違うとも、思う」
ベリルは少し驚いた。
カルラがこうして己の胸の内を明かしたのは、これが初めてだったのだ。
(まぁ、不老不死なんて呪い抱えてちゃ、人と関わるのが億劫になるのは分かるけど……)
魅力的になりたい。だから、人気者の髪型を真似してみたなんて、可愛らしい話ではないか。
なので、ベリルなりにカルラの悩みに寄り添ってみることにした。
「んー、そうだなー……これはあくまで、私の考えだけどさ。魅力的に見えるのはいつだって、他人と関わる奴なんじゃないかな」
「人と関わると、魅力的になる?」
「だって、一人でいる奴は、魅力的かどうかなんて周りには分からないじゃん。関わって初めて、魅力的かどうか分かるんだからさ」
これはもう前提条件のようなものだ。
どんなに魅力的な人間であろうと、誰とも関わらないのであれば、魅力なんて伝わらないではないか。
「たとえばテオは〈忘却〉の呪いで皆から忘れられちゃうだろ? それでも覚えてもらうことを諦めないで、人と関わろうとする。そういうところが、おねーさんは魅力的だと思うよ」
ちょっと痛ましくもあるけれど。とベリルは胸の内で付け足す。
キャンディ一つで目を輝かせて、名前を呼ばれただけで幸せを噛み締めて。
彼の境遇を思うと、痛々しいとすら思う。
(それでも卑屈にならないのは、きっと家族がテオのことを沢山愛してくれたからなんだろうなぁ)
亡き戦友ダンカンのことを思い出す。
豪快で大らかで、他者の欠落と向き合い、受け止めてくれる人だった。彼はテオにとってどんな父親だったのだろう。
「わたし……」
カルラが恥じ入るように小さな声で呟く。
「人と関わること、頑張ってなかった……忘れたくないことだけ考えて、ずっとぼんやり生きてた」
「じゃ、この後、留守番組で勉強会しよーよ。ガートルード先生がさ、 呪魔(テルメア) の特徴まとめた本を作ってくれたんだ」
「……ん、する」
「よしよし、それじゃあ二つ結びを仕上げちゃおうな。髪を分ける時は、つむじの位置と髪の流れに気をつけること」
ベリルはカルラの髪を二つに分けて、高い位置で結んだ。これでうさぎ耳の出来上がりだ。
ベリルは櫛をしまい、ベッドの上を転がっているレニーを回収して立ち上がる。
そして、手鏡で髪型を確認しているカルラを見て言った。
「最近のカルラは、積極的に人に関わろうとしてるじゃん?」
手鏡を見ていたカルラが、小さく瞬きをしてベリルを見上げる。
ベリルは白い歯を見せて快活に笑った。
「そういうの、おねーさんは魅力的だと思うよ」